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zoom RSS 一人の男の最後の七日間

<<   作成日時 : 2007/06/26 23:22   >>

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昨年、DVDでしたが、映画「パッション」を観ました。
私はキリスト教徒ではなくて、
親戚にお寺が多くても、仏教徒とは言いがたくて、
どちらかというと、八百万の神という考え方の方がしっくり来るタイプです。
ですから、「パッション」も、私にとっては
「ある信念を持って生きた一人の男の最後を描いた物語」でしかありませんでした。
映画は、主観的な言葉は何一つ挟まず、
ただ、死へと赴く一人の男と、彼を見つめる人々の姿を描き続けます。
彼に降りかかる痛みを、裏切りを、涙を、切望を、
私は真正面からみつめることはできませんでした。
そして、最後まで、私の中には1つの問いがありました。

彼は、この瞬間に何を思ったのだろう?

この問いは、答えの出ないまま私の中に沈み込み、
そして再び、湧きあがりました。



劇団四季
「ジーザス・クライスト=スーパースター」ジャポネスク・バージョン
2007.6.24  四季劇場 秋  マチネ 1階13列6番

出演:柳瀬大輔、芝清道、木村花代、下村尊則、飯田洋輔、神崎翔馬 他


四季のJCSには2バージョンあります。
1つは、乾いた砂漠の地を舞台とした、エルサレムバージョン。
もう1つが、歌舞伎や能、雅楽の要素を取り入れた、ジャポネスクバージョン。
久々に観た今回は、後者でした。

ジャポネスクバージョンの舞台は、真っ白で傾斜のきつい八百屋舞台です。
その後ろに、6台(5台だったかな?)の真っ白い大八車。
この大八車を、白子(真っ白い装束の黒子)が動かし、
乾いた陽射しの起伏の激しい地面を、
使徒がまどろむ丘を、
ヘロデ王が現れる花道を、
ユダが沈み込む奈落への道を、
あらゆる場面を作り出します。

更に、役者たちはみんな白塗りに歌舞伎の隈取。
一人一人異なるその隈取は、
その表情を、感情を、時に塗りこめ、時に誇張します。
ジーザスを取り囲む人々は、怖いほどに赤裸々に、
ユダの、苦悩はさらに激しく、
マリアの愛は、無表情に隠されていたはずなのに、ある場面では一気に花開きました。
そして、ジーザスの表情は、ただ、限りなく静謐に満ちて。
慈愛も、激昂も、苦悩も、切望も、諦念も。
穏やかで端正なその白い面の内に沈み、
けれどふとした瞬間に、高温の炎のような揺らめきを見せました。

その白い舞台のの上で描かれたのは、
導かれるままに歩き、他者に理解されることを諦め、
答えを得ることの出来ない問いを胸に抱えたまま、
それでも、ひたすらに前を見つめ続けた、一人の男の最後でした。

そして、決して答えをくれない男を理解しようと切望し、
裏切りという手段でその答えを得ようとしたもう一人の男の、
破滅への道筋を描いた物語でもありました。

愛という感情で、男を理解しようとしたマリアも、
ただ一人冷静に罪のありかを見届けようとしたローマ総督ピラトも、
挑発で答えを得ようとし、得られないものはすぐに放り出したヘロデ王も、
この物語の中では、ただの傍観者で。

そして彼らの誰一人、絶対的な答えを得ることの出来ないまま、
物語は赤く染まった静けさの中で終焉を迎えるのです。
癒されることのない渇きを抱いたまま。

その時、彼は何を思ったのか。

その答えは、やはり今回も私は得ることはできませんでした。


ジャポネスク・バージョンだけあって、日本的な要素はあらゆるところに見られました。
音楽の上では、バリバリのロックと違和感なく融合した雅楽の音色。
先に述べた隈取や大八車。
時にジーザスを乗せる輿になり、時にジーザスを縛り付ける棒となり、
時に刑場の柵となるのは、太い竹の棒。
苦悩するユダはすり足で歩き。
人力車で登場した助六姿のヘロデ王は大きく見栄をきり。
そして王が従えるのは二人の花魁(高下駄で八百屋舞台は大変だと思う!)。
そんな、ある意味異世界的な演出が、
更にこの物語を「一人のただの男」の物語と思わせたのかもしれません。


ジーザス役の柳瀬さんは、もう、本当に、とんでもないくらい歌がお上手です。
演技としての動きは、その表情と同じくとても静かで、むしろ少ないくらいなのに、
劇場を満たすその歌声は、圧倒的な存在感と感情の迸りを感じさせました。
昔見たジーザスも柳瀬さんだったので、
私の中ではジーザス=柳瀬さん、という感じ(笑)。
でも、今回ちょっと聞いてて思ったのは、
柳瀬さんの声って、吉野圭吾さんと似てますか?
吉野さんも四季出身だから、発声法とか同じなのかなあ・・・?
でも、吉野さんのジーザスも観てみたい気がします(無理ですが)。

ユダ役は芝さん。
えーと、この方ファントムもやってらっしゃるかな・・・?
以前見たときこの名前だったような気がするんですが。
この方も、とにかく凄い歌声。
動きもジーザスとは対照的にアグレッシブだし、
歌も感情を全面に押し出すような、歌というよりも叫びという感じ。
キャストをみると、ジーザスもやってらっしゃるんですねー。
ユダとジーザス、両方やるのって、どんな感じなんでしょう。
ちょっと観てみたいと思ってしまいました(笑)。

マリア役の木村さんは、本当に透き通るような高音で!
聴いていてうっとりしてしまいました。
薄いベネチアングラスみたいな声。決して江戸切り子やびいどろではない感じ(笑)。
白塗りのせいで無表情にも見えるのですが、
マリアの戸惑いや喜び、悲しみが、すんなり理解できる歌声でした。
でも、久々に四季をみてちょっと思ったのですが、
四季の女優さんの歌声って、私にはなんだかみなさん似通って聞こえるんです。
声質が同じなのか、発声法が同じなのか・・・・?
ご一緒してくださった天華さんにそう言ったら、なんともナイスなお答えが!

「(浅利さんの)好みなんじゃない?」

そっか!!
非常に納得させていただきました(笑)。

ヘロデ役は下村さん。
この方、何か他の舞台でも観たように気がするのですが、何だったかなあ・・・?
ヘロデ王のメイクはとーっても凄くて、素顔も表情も全然分かりません(笑)。
でも、全体的にモノトーンな舞台の中で、
どーん!と原色な存在。
そして唯一笑いをとる存在。
もの凄く美味しい役な気がするなあ・・・
これ、市村さんもやったんですよね。観てみたかったです。


他のキャストの方も、皆さん歌が素晴らしかったです。
ダンスも、一糸乱れず、というのはこういうことを言うんだろうなあ、という感じ。
観ていてその迫力に圧倒されました。
四季を観ると、やはり「様式美」という言葉が思い浮びます。
アドリブなんてもってのほか!という雰囲気。
CDで聴いても、ライブ録音ですら、殆ど乱れが感じられません。
このレベルを保つのって、本当に凄いことなんでしょうねー。
いつ観ても安心して観れるというのは、とてもいいことだと思います。
でも、アドリブ満載の演目も、やっぱり好きなんですよねー。

ということで(脈絡無し)、

「朧の森に棲む鬼」ゲキ×シネ化決定です!!

1回ぐらいは観にいけるといいなあ・・・
新宿は渋谷と同じくらい苦手なんですが・・・
一緒に行ってくださる方、大募集!(またですか)

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