瓔珞の音

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zoom RSS 未来のある、さよならを

<<   作成日時 : 2008/02/17 22:50   >>

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今日仕事をしながら、無意識に「タン・ビエットの唄」の中の歌を口ずさんでいました。

「もしも、自由を手にしたなら・・・」

”自由”ということばは、
誰もが知っていて、
誰もが求めていて、
なのに、ひどく曖昧で、
だからこそ、誰もが心惹かれる―――

「もしも、自由を手にしたなら・・・」

私は、たぶん自由なのだと思う。
仕事のしがらみ。
人間関係の綾。
そんなものは、彼らが捉えられていた”不自由”とは比較にもならない。

なのに、この歌を聴いて、胸が掻き毟られるように痛んだのは何故だろう。
溢れる涙を抑え切れなかったのは、何故だろう。

残されたのは、たくさんの問い。

この舞台から投げかけられた問いの答えは、
きっと一生かけて見つけていくものなのだと思います。


TSミュージカル
「タン・ビエットの歌」

2008.2.10 ソワレ 東京芸術劇場 中ホール 1階M列10番台
2008.2.16 ソワレ 東京芸術劇場 中ホール 1階R列10番台

出演:安寿ミラ、土居裕子、畠中洋、吉野圭吾、宮川浩、駒田一、戸井勝海、川本昭彦、福永吉洋、
    平野亙、島田邦人、藤森真貴、長尾純子、中野祥子、久積絵夢


1969年、春。
ベトナム戦争の只中。
小さなハンティン村は、アメリカ兵による大虐殺を受けました。
村人に自らの墓穴を掘らせ、その淵に立たせた村人に向けられた銃口―――
生き残ったのは、たった二人の姉妹、ティエン(土居裕子)とフェイ(安寿ミラ)。
ジャングルの中を逃げ惑った二人は、解放民族戦線のメンバーに助けられます。
解放民族戦線の一員となり、そこで共に暮らした二人。
ティエンは死の恐怖を、未来への力へ変え、
フェイは、死の恐怖から遠い世界を夢見―――
あるとき、フェイは使節団に加わり、ヨーロッパへ渡ることになります。
彼女たちが受けた、大虐殺の真実を告げるために。
姉と離れることを拒むフェイに、ティエンは言います。
真実を話すことも、戦いであると。
これは、永遠の別れではなく、未来のある、また会うための「さよなら(タン・ビエット)」なのだと。
けれど、二人にとって、これは永遠の別れになってしまいました。
それは、フェイが亡命したから。
イギリスで、彼女に同情してくれたイギリス人夫妻の養女になる。
それは、「平和」が当たり前の世界があると知ってしまった彼女が、
死への恐怖から逃れるために選んだこと。
でも、彼女は知らなかったのです。
それが、姉を、仲間を、祖国を裏切ることであることを。
逃げているだけでは、その恐怖からは逃れられないことを―――

20年後。
ホーチミンを一人の女性が訪れます。
フェイ・スミス。
イギリスで成長し、結婚し、そしていまや未亡人となった、小さなフェイ。
彼女は、姉を探すために、長い時間を経て祖国の土を踏みました。
そこは、彼女の知る祖国とはまるで違う。
沢山の人。
沢山の食べ物。
沢山の観光客。
活気溢れる大きな街―――
そこで、彼女は一人の男を見つけ出します。
それは、民族解放戦線で彼女たちを助けてくれた5人の男の一人、トアン(畠中洋)。
彼女たちに字を教え、言葉を教え、歌を教えた音楽家志望だった男。
垢抜けた彼女に驚き、再会を喜び、けれど、姉の消息を尋ねた途端、
トアンの表情は固くこわばりました。
そして、彼の口から語られる、この国の現実―――
美しい過去を大事にするなら、すぐに立ち去るよう諭すトアンの言葉を、
フェイは受け入れず、姉を探す旅を続けます。
そして、続く5人の男たちとの再会。
中国人と詐称し、ベトナム人お断りの高級店のオーナーになったミン(宮川浩)。
詩人を夢見ていた彼がフェイに突きつけたのは、未だ彼らを苛む戦争の疵痕。
優しい兄であったビン(駒田一)が、いつか帰るのだと楽しそうに語った故郷の村でであったのは、
心を病んだ彼の父(駒田一)とその弟(川本昭彦)。
ビンは、解放戦線を抜け、父の目の前で自殺をしていました。
そして、その死にティエンが関わっていた、という告発・・・
僧侶となり、人はみなその運命に従っているだけだと説くのは、
戦争が終っても正規軍に入り、力で国を守ろうとしていたゴク(戸井勝海)。
そこで、彼女は知ってしまうのです。
ティエンが、捕虜となった敵の将校を逃がした罪で銃殺になったことを。
その銃殺隊のメンバーに、ビンとゴクがいたことを―――

会いたかった姉は、裏切り者として殺されていた。
そして、自分自身も、彼らにとっては裏切り者であった。
自分の存在は、彼らの疵を抉るだけ―――
その事実に打ちのめされ、絶望したフェイはベトナムを去ろうとします。
しかし、そこでひょんなことから、最後の一人、ハイン(吉野圭吾)と再会を果たします。
医師となることを夢見たハインは、今はチンピラの一人。
すさんだ目をした彼から、フェイは最後の真実を知ります。
ティエンは、その将校の娘を産んでいたことを―――
ティエンの死後、その赤子を託された5人は途方にくれ、
そして、生き延びる可能性を信じて、ハインはその子を連れて解放戦線を脱走しました。
けれど、待っていたのは、どん底の生活。
犯罪に手を染め、その子が8歳の時に捕まり、投獄されてしまったハイン。
それ以来、その子の消息は知れず・・・
何もかもが投げやりになったハインと、フェイを見守り続けたトアンがぶつけ合う、
絶望と、怒りと、嘆きと、そして彼らを支えていたはずの希望。
この旅で、自分が眼をそむけた彼らの「戦争」を知り、
その疵を今もなお抱え続けるこの国と、そして人々を見たフェイは、
初めて自分自身の恐怖と、そしてこの国と向き合うことを決意します。
私にも、何かが出来るかもしれない、と―――
そして、あの悪夢の夜以来、初めて足を踏み入れた故郷、ハンティン村。
美しい蓮の花に彩られ、緑に溢れる故郷。
そこで、フェイは最後の”再会”を果たします。
ティエンが歌い続けた、「タン・ビエットの唄」と共に―――


えーと、かなり長くなりましたが、プログラムにのっていなかった物語のキーワードを残しておきたくて。
観劇前、粗筋を読んだ時点で、これはやばい、と思ったのですが、
予想通り号泣でございました・・・

紡がれるのは、ぎりぎりの感情。
歌われるのは、気恥ずかしいほどまっすぐな言葉。
突きつけられるのは、見つめなければいけない現実。

舞台は、様々な形に粗く編まれた縄に囲まれていました。
その縄のベールが、時に彼らを囲む木々になり、
時に、ネオンのきらめくホーチミンの街になり、
時に、彼らを苛むジャングルになりました。

その中で交差する、現在と過去。
その空間に現れる、白い女(藤森真貴)と黒い男(平野亙)。
希望と絶望。
優しさと嘲笑。
はぐくむ力と、破壊する力。
ベトナムの想いと、アメリカの象徴。
白い女の滑らかで、柔らかで、そして優しい笑顔に溢れた舞いと、
黒い男の軽やかで、親しげで、でも掌を返したように冷たく残酷な舞い。
物語の間に挟まれる彼らのダンスは、言葉で語るのと同じくらい、何かを訴えていました。

TSミュージカルファンデーションは、宝塚出身で振り付け師である謝珠栄さんが率いています。
「AKURO」の時もそうでしたが、そのダンスはいつも本当に素晴らしいです。
今回も、白い女と黒い男の対比、
ベトナムの生活を織り込んだ群舞、
戦いのシーンをダイナミックに彩る動き・・・どれも見ごたえがありました。
でも、一番素晴らしかったのは、1幕中盤の「勇気そして希望」。
森を開拓する民族解放戦線のメンバーが、それぞれの夢を語り、
そして、「もしも、自由を手にしたなら・・・」と歌うあのシーンでした。
次々と明るい目で夢を語る彼ら。
けれど、その時彼らが対峙しているのは、いつ死ぬとも知れない戦争。
その中で、歌われる未来への歌。
長い棒で表現される開拓の動き。
その棒が床を打つ音が、歌と一緒に力強いリズムを刻み、
彼らの夢を、彼らの希望を、彼らの恐怖を、そして彼らの生きる力を、
真正面から見せ付けてくれました。

先ほども書きましたが、この舞台、私は泣いてばかりいました。
でも、一番泣けたのは、実はティエンの死でも、ラストシーンでもなく、
この「勇気そして希望」だったのです。
それは、彼らの”未来”を知っていたからかもしれない。
でも、悲しかったからではないのです。
その事実が辛かったからでも、ないのです。
夢を、自由を、生き抜くことを、ただひたすらに信じていた彼ら。
その想いに引きずられるように、私の中にも熱い想いが湧き上がってきたように思います。
あの瞬間、私は彼らと共に在った。
時代を、国を、生きる場所を越えて・・・ミュージカルの”力”を見た気がしました。


フェン役、安寿ミラさん。
まっすぐに伸びた背筋が印象的な、美しい人でした。
彼女の演じるフェイは、祖国の地にあって、最後の最後まで異分子でした。
美しく整えられた髪。
清潔でモダンな服。
祖国を捨てた彼女は、裏切り者と呼ばれました。
彼女が去った後の過酷な戦争を経てきた人々にとっては、そうだったのでしょう。
けれど、フェイの恐怖も、選択も、私にはとても納得がいってしまうのです。
平和であることが当たり前の世界―――もしそれが手の届くところにあったなら、
どうしてそれを望まずにいられるでしょう・・・?
身近すぎる死を前にしたとき、どうして未来への夢を語ることができるでしょう?
けれど、どれだけ目を背けても、彼女は祖国を忘れることは出来なかった。
両親を殺された、ハンティン村に心は捉えられていた。
姉を探す彼女の動機は、一見とても身勝手です。
20年間自分を苛んだ苦しみから逃れるために、
自分自身のために姉を探し、かつての仲間を探し、彼らの疵を抉った。
でも、彼女はそうするしかなかったのです。
これからを、生きるために―――
そんなフェイの強さ、弱さ、ずるさ、真摯さを、安寿さんは淡々と演じてらっしゃいました。
最後、アオザイを着ていてさえ、フェイの姿はベトナムの風景に完全にはなじんでいなかった。
でも、それは当然だと思うのです。
だって、彼女はイギリスで20年過ごした歴史があるのだから。
でも、異分子である自分と、ベトナム人である自分を、
十分に理解して、それでも自分にできることを探そうとする彼女の姿勢は、
この物語の象徴の蓮の花のように、美しく見えました。


ティエン役、土居裕子さん。
「マリー・アントワネット」でのアニエスの歌声がとても美しかった土居さん。
今回も、ガラス細工のように透明で、
ぴんと張った糸のように繊細な歌声でした。
限りなく強く、限りなく優しいティエン。
大虐殺の夜、フェンの手を引いてジャングルを駆け抜けた強さ。
死への恐怖を生きる力へと変えていった強さ。
帰らぬ妹との再会を信じ続けた強さ。
愛した男の裏切りを知っても、その愛の真実を疑わない強さ。
ジャングルの中、一人出産し、その子を守るために戦った強さ。
その強さは圧倒的で、でも同時に痛々しくてしかたがなかった。
でも、彼女の強さは、一人ではなかったからこそなのだと思うのです。
支えるべき誰かがいたからこその強さ。
誰かを支えることで、彼女自身が支えられていた。
彼女の言葉は、余りにまっすぐで、余りに真摯で、
でもその分今の私たちにはなんだか嘘くさく聞こえてしまって。
たぶん、日常の中で言われたら、気恥ずかしくなってしまうものばかりでした。
私には、きっと簡単には言えない言葉ばかり。
なのに、ティエンが、土居さんがその声で紡ぐ言葉たちは、
うわべだけではない、真実の響きがあった。
それだけの存在感のある「ティエン」だったと思います。


トアン役、畠中洋さん。
かつて姉妹の先生で、そしてこの物語のなか、最初から最後までフェイを見守ったトアン。
勝ち取ったはずのベトナムの自由の現実の中で、諦念と怒りと、そして夢を持ち続けた男。
ひょうひょうとした佇まいの中に、たわむことのない信念を持つ人だと思いました。
語るように歌われる歌声も、とても聞き取りやすくて、
激昂したシーンですら、きちんとその感情を伝えてくれたように思います。
でも、実は一番不可解な人物でもあったかも・・・?
彼が何を見て、何を知り、何をなくし、そして今何を求めているのか・・・
もしまたこの舞台を観ることができるなら、今度はそんなことも気にしてみたいと思います。


ミン役、宮川浩さん。
登場シーンでは、なんというか悪役っぽい扱いでしたが、
ミンの心情を激しく歌われた後には、
過去に傷つき、その疵を見ない振りして生きていく男の悲哀が感じられました。
詩人になる、といっていたミン。
彼にとって詩は、現実を紡ぎ、そこから未来を語るための手段だったのではないかと思います。
たぶん、5人のメンバーの中では一番現実的で、
そして同時に一番感じやすかったのが、ミンだったのかなあ・・・と。
朗々と響く歌声が、とても雄弁でした。
フェイと会った後、そして、タオと会ったあと(たぶん会うと思うのです)、
彼は何を思うのかな・・・?
でも、きっと彼の生き方は変わらないと思う。
それだけの覚悟のある男だと、そう感じました。


ゴク役、戸井勝海さん。
5人の中では、もしかしたら、一番心の弱い人だったのかもしれない、と思う。
だからこそ、力に頼ったのかもしれない―――
優しくおおらかな歌声が語る「運命」。
私には、それは「言い訳」と同じ意味のように聞こえました。
それがいけないとかそういうわけではなくて、
でも、彼もそれをわかっているのではないかな。
ティエンを撃ったことを告白したときのあの叫びが、
唯一彼の真実の言葉だったように感じました。


ビン役、駒田一さん。
ティエンとは別の意味で、悲しいほど優しい人だったのだな、と思いました。
軍人である父から、闘うことを暗に強要されていたビン。
彼が闘う理由は、決してそれだけではなかったと思うけれど、
でも、彼が本当に望んでいたのは、故郷の地で穏やかに暮らすことだった。
それは、あの時代にはきっと難しいことだったのでしょう。
でも、戦いの日々はきっとじわじわと彼を蝕んでいたのだと思います。
愛するティエンをその手で殺したという事実が、
そんな彼のぎりぎりの精神を切り裂いた。
その様は、呆然とするほど凄惨でした。

駒田さんの声は独特です。
何処か笑いを含んだような明るさのある声。
けれど、この舞台では、その声が空恐ろしく感じられました。
それは、ビンの父ビックを演じられていた時。
隻腕のよぼよぼのおじいちゃんが、雄雄しい声で戦を語り、
そして自慢の長男が目の前で自殺したことを不意に思い出す。
その狂乱の演技。
平さんのリアとはまったく違って、でも、その狂気は負けず劣らず深かった。
凄い役者さんだと、改めて思いました。


そして、ハイン役、吉野圭吾さん。
・・・ちょっと惚れ直しちゃうくらい素晴らしい演技でした。
この役で、私の中の役者・吉野圭吾像が変わったような気がします。
戦争が終ったら、医者になる、と目をキラキラさせて語っていたハイン。
ティエンの残した赤ちゃんを抱えて、怯えた獣のようにジャングルを逃げたハイン。
そして、身を削るようにしてその子を育てたハイン―――
本当に、それは、魂を削るような生活だったと、
そう眼前に突きつけられるようなすさみ方と、そして歌声でした。
あんなに叫ぶような歌い方をして、喉は大丈夫なのかと、
一瞬素に帰って心配になってしまうくらいの渾身の歌声、そして慟哭。
フェンの恐怖に共感したように、
ハインの恐怖と選択も、私にはとても納得できるものでした。
けれど、脱走したその先で彼を待っていたのは、過酷な現実だった。

子供と共に生きるために、他者をくいものにしなければならない現実。
一人の命を守るために、生まれる前の命を奪い、他者を騙し、アヘンを売る―――
その相反する現実は、きっと容赦なく彼の魂を、心を引き裂いたに違いありません。

でも、ラストシーン、フェイと”再会”するタオの言葉を聞いたとき、
私はハインの深い愛情と優しさを感じたように思いました。
タオは言います。
「お母さんは、いつもこの歌を歌っていたそうです」と。
「あなた(フェイ)は、きっとこの歌を思い出してくれると信じていました」と。
その歌を教えたのは、ハイン。
ティエンの生き様を、フェイの存在を、二人の故郷の村を教えたのも、ハイン。
母ティエンと同じように、美しく、正しく育ったタオ。
ハインは、そのすさんだ生活の中でさえ、
きっと底なしの愛情で、まっすぐな優しさでタオを育てたに違いない。
そう思ったら、なんだかとても切なくて、でも幸せな気持ちになりました。
人の、強さを見た気がしました。

タオと再会したハインは、この後どうするのでしょう。
違法なことから手を引くことができるでしょうか?
命と、そして魂を賭けて小さな命を守り育てた彼の未来が、
幸福であるといいな、とそう思います。

そんなこんなで、素晴らしいハイン役だったのですが、
それ以外のダンスシーンでも、吉野さんはやっぱりかっこよかったですv(笑)
お寺のシーンの剣舞(だったかな?)の蒼い衣装とか、とってもお似合いでした。
ああ、2幕冒頭のお面をかぶったシーンではどれだかわからなかったなあ・・・
あのシーン、物語の中で唯一笑えるシーンでしたが、
言っていることは結構辛辣でブラックでしたよね。
あんな風に、他人の嫌なところをあげつらうのではなくて、
良いところ、素敵なところを見ることが出来れば、
争いは減るんじゃないかなあ、なんて、甘いことを考えてしまいました。


おおお・・・なんだかめちゃくちゃ長くなってしまいました(汗)。
まだまだ書きたいことはあるんですが、強制終了。
二つに分けたほうが良かったかなあ・・・ ま、いっか(え)。
地方公演をあわせても1ヶ月に満たない、東京は8日間だけの舞台でしたが、
本当に素晴らしい舞台でした。
再演はもちろんですが、サントラCDやDVD、是非出して欲しいな、と思います。
この素敵なメロディが、記憶から消えてしまうのはとても悲しいので。

最初に観たとき、小さい子にも観てもらいたいなあ、と思ったのですが、
昨日、客席に結構小さい子もいて、なんだか嬉しくなりました。
私ですら肌では知らない戦争。
その意味を、その罪を、そこに生きる人たちの想いを、
ミュージカルという媒体で知ることは、TVや本で知るのとはまた別の意味があると思う。
昨日、ロビーには、謝先生もいらっしゃいました。
白いジャケットがお似合いの、フェイのようにまっすぐ背を伸ばした、パワフルな印象の方でした。
泣きすぎてぼーっとしてて思い至らなかったけど、一言でも直接感想を言えればよかったな。
でも、ここで沢山叫んだからいっか(笑)。


6月からは、同じくベトナム戦争を題材にした「ミス・サイゴン」が始まります。
「ミス・サイゴン」がどちらかというと、戦争のその後、そして恋に重点が置かれているのと比べて、
「タン・ビエットの唄」は、まさにその戦争の只中の人の想いを描いているように思いました。
もちろん舞台設定は1990年ごろなのだけど、
人物の全てが、戦争に囚われ、その疵を抱えて生きている。
視点は全く違うけれど、どちらも素晴らしい舞台。
でも、今度「ミス・サイゴン」を観た時、きっと私はこの舞台を思い出す。
彼らの慟哭を、耳に甦らせる。
彼らの言葉を、噛みしめる。



「もしも、自由を手にしたなら」

私は、何をするだろう。
自由であるはずの今、私に何が出来るだろう。
そして、あなたは何ができますか?

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