瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2009/06/30 21:47   >>

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歌舞伎を見始めて、この夏で丸二年になります。
なかなか回数も行けず、歌舞伎についても何冊か本を読んだきりで、
まだまだ初心者のままな私ですが、生意気にもこの人いいなあ、と思う役者さんもちらほら。
その中で、というか別格!というくらい、心惹かれている役者さんがいます。
その役者さんの、一世一代の舞台を観てきました。


歌舞伎座さよなら公演六月大歌舞伎 昼の部
「女殺油地獄」 片岡仁左衛門 一世一代にて相勤め申し候

2009.6.20 歌舞伎座 1階11列10番台

二年前、地獄ごくらくdiaryのスキップさんの記事を読ませていただいてから、
いつか観てみたい、と心から思っていたこの演目。
”一世一代”という言葉が、”最後”とほぼイコールであることを知った時には、
私の行ける日のチケットはもう完売状態・・・(涙)
でも、とてもラッキーな偶然で、あの空間の、あの静かな狂気を、肌で感じることができました。



片岡仁左衛門さんの演じる河内屋与兵衛は、今で言うならいい家のお坊ちゃんな不良少年。
複雑な家庭環境の中で、屈折した気持ちを抱えこみ、
無軌道なこどものまま体とプライドだけは大きく育ってしまった、考えなしのろくでなし。
弱虫で、甘えたで、態度ばかり大きくて、家庭内暴力も振るうし、最後には衝動的に人まで殺してしまう。

人として与兵衛の行為に感じるのは、正直嫌悪でしかなかった。
なのに―――
女に甘える甘い声に、
義父に叱られて拗ねたようなその表情に、
人のことばや動きを窺うようなその頼りなさに、
捨て台詞を行って家を飛び出ながら、そっと後ろを振り向く弱さに、
自分を見つめる義父・徳兵衛(中村歌六)の姿に気づいて、見せ付けるように背筋を伸ばす幼さに、
与兵衛の生きてきた時間と葛藤とを感じずにはいられませんでした。
そして、強がる姿の中に隠れた孤独な魂に、
人を惹きつけ、手を差し伸べずにはいられない気持ちにさせるその魅力に、
目が離せなくなっている自分がいました。

彼の行動は、常に誰かに対してのものだった。
母へ、義父へ、妹へ、兄へ、お吉へ―――
自分はどれだけ愛されているのか。
自分はどこまで許されるのか。
自分はどれだけ受け入れられているのか。
それは、多かれ少なかれ誰もが持っている問いで。
しかも与兵衛には、彼のことを一心に考えてくれる家族がいて。
だから、結局は彼の堕落も彼自身の責任でしかないのだけど。
でも、なにかきっかけがあれば、彼は光の中に戻ってくることができるのではないか・・・?
そう思ってしまった私には、最後の殺しにいたるまでの長く静かな場面が、
本当に怖くて、辛くて、哀しくてしかたがなかった。

お吉にお金を託す両親の言葉に零した涙はきっと本物。
その自分の気持ちを疑われ、拒絶されたその時、
与兵衛が浮かべた笑みの凄味は、まさに凄味としか言いようがなくて・・・
ああ、彼はこの瞬間に越えてはならない一線を越えてしまったのだ、とそう思いました。

僅かに残った戸惑いも、良心も、
自分を拒み、逃げ、”愛する子供のために”命乞いをするお吉を前に、
理由のない殺意へと純化していく―――
殺そうと思った理由も、その目的も、あの場面ではもうどこかに行ってしまっていた。
油まみれで、無様に転びながら、ただ殺すために殺すという、純粋な狂気。
奥の間から聞こえる赤子の泣き声さえ、その狂気を助長する要素でしかなかった。
その獣のように剥き出しで、なのにあくまでも静かな感情の奔流に、
私は息を呑んで、ただただ巻き込まれ続けていました。

お吉を殺したあと、我に返った与兵衛の手は固くこわばっていました。
もう片方の手で、一本一本指を開いていく与兵衛。
冷静に、お吉の懐から鍵を取り出し、棚から金を盗み出す与兵衛。
なのに、自分の中を吹き抜けた狂気という嵐の名残に酔ったようなその目―――

犬の声にすらびくつきながら、逃げ出していく与兵衛は、
二幕で家を出るときに立ち止まったのと同じように、花道で立ち止まり振り向きます。
けれど、その姿が与える印象は、全く異なっていました。
与兵衛は一線を越えてしまった。
狂気に攫われ、人を殺し、それを楽しむ自分を見てしまった。
もう、決して戻ることのできない深みへと堕ちてしまった。

不良少年だった一人の若者が、本当に堕ちてしまったその瞬間を、
仁左衛門さんは確かに見せてくれました。
本当に、一世一代の舞台であったと思います。


そんな仁左衛門さんの与兵衛を囲む人たちも、本当に素晴らしかった。
片岡孝太郎さんのお吉は、母性に溢れる世話焼きのとても善良なおかみさんで、
だからこそ、殺されるときの恐怖と、疑問と、悲哀は見ていて本当に哀しかった。
中村梅玉さん演じるお吉の夫・豊嶋屋七左衛門も、本当にいいお父さん、という感じで、
千之助くん演じるお光が可愛くて仕方ない、という様子でした。
妻を惨殺されて、この男はどういう風に変わっていくのかな、というのもちょっと興味を引かれるところ。
中村梅枝さん演じる与兵衛の妹・おかちもとても綺麗で可愛らしくて、
お兄さんが大好きなんだろうなあ、と思いました。
あと、序幕でちょこっと出てきた小栗八弥の坂東新悟さんも、とても凛としたいい声をしていたなあ、と思いました。

そして、与兵衛の両親、歌六さん演じる徳兵衛と片岡秀太郎演じるおさわは、
堕落していく息子を切り捨てることのできない親の心情が痛いくらいで、
お吉にお金を託すシーンは、ちょっと泣けてしまいました。
与兵衛が育った家と、与兵衛を囲む人たちの姿がこんなにもクリアだったからこそ、
更に与兵衛という男の存在が際立ったように思います。



なんだか、纏まらない感想になってしまいました。
あの空間で感じたことを、少しでも残しておきたい、と思ったけれど、
書けば書くほど遠ざかるような気がします。
でも、だからこそ、あの空間に身をおいて、
この舞台を肌で感じることができたことが、本当に幸せでした。



最後にちょこっとだけ、一緒に上演された演目について。
(「正札附根元草摺」は間に合わなくて、見損ねました/涙)

「双蝶々曲輪日記」は、中村吉右衛門さん演じる放駒長吉がとても可愛くて微笑ましかったですv
でもって、市川染五郎さんの若旦那のミーハーっぷりに、ちょっと自分がかさなったり(笑)。
うんうん、その気持ちわかるよ〜とか思っちゃった(笑)。
なんだか凄くいいところで終わっていて(放駒と松本幸四郎さんの濡髪の見得のはかっこよかった!)、
どうにも続きが気になってしまいました・・・

「蝶の道行」は、とーっても楽しめました!
暗闇の中にひらひらと舞う蛍光緑(笑)の蝶の演出もびっくりしたし(客席どよめきました)、
蝶の目線での大きな花々のセットはとても美しかったし(「CATS」みたい、とか思っちゃった/笑)、
お二人の衣装や扇のペア具合が可愛らしかったし。
でも、何より中村福助さんの小槇がとても好きでしたv
仕草がとても可愛らしくてねえ。
中村梅玉さんの助国を見つめる視線とかも初々しくて・・・
先週放映された俳優祭でのお姿もかなり好きですし(え)。
役者さんってほんとに凄いなあ。

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09/06/21 歌舞伎座昼の部?仁左衛門の一世一代の「女殺油地獄」
{/star/} 「片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候」が外題の後につく特別の公演。少しずつ書き足している間に案の定長くなってしまったので、斜め読みでも時間のある時にでもお好きな読み方でお願いしますm(_ _)m {/dogeza/} 【女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)】近松門左衛門 作 公式サイトよりあらすじと今回の配役を以下に引用、加筆。 「河内屋の放蕩息子与兵衛(仁左衛門)は、馴染みの芸者小菊(秀太郎)の客に喧嘩を売ろうと、善兵衛(右之助)や弥五郎(市蔵)と共に待ち構えている。 ... ...続きを見る
ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記
2009/07/01 23:45
09/06/27 千穐楽に六月大歌舞伎を概観
{/silver/} 六月大歌舞伎千穐楽夜の部を観る前に、ご一緒するさちぎくさんとオフ会だけの玲小姐さんと3人のミニオフ会。私は娘を医者に行かせる大仕事を片付けてから(笑)合流。デニーズもドリンクセットがコーヒーしかお替り自由でなくなって注文少なく粘るお客を抑制するようになってしまった。それでもしっかり3杯飲んだけれど(^^ゞ {/cups/} {/cups/} {/cups/} 週末には風邪がぶり返して、減感作療法の注射を打ちに行きながら風邪の薬もいただいてきて飲んでいる。だから睡魔と闘いなが... ...続きを見る
ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記
2009/07/01 23:52

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コメント(6件)

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TB&コメントを有難うございますm(_ _)m
六月大歌舞伎は仁左衛門丈の一世一代の舞台あり、かたや豆高麗の初舞台もありというなかなか感慨深いものでした。
仁左衛門与兵衛はついつい感情移入してしまうような魅力がありました。四十年以上かけてあの与兵衛を作り出したということに感嘆せざるを得ません。NHKの教育TVでオンエアしてくれないと私は観ることができないので是非そちらでもお願いしたいと切望してしまいます。
「双蝶々曲輪日記」の吉右衛門の長吉もさよなら公演だからのキャスティングだったようで、昼の部で吉右衛門と仁左衛門のいい芝居を観ることができてすごく満足でした。前後の舞踊も「双蝶々」つながりだとわかって、けっこう凝った企画だったと後からわかって唸っておりました。さよなら公演の期間はなるべく歌舞伎もご贔屓にお願いしますm(_ _)m(松竹の営業部の回し者か(^^ゞ)
ぴかちゅう
2009/07/02 00:26
見たい見たいと思いつつ未だ見ず、の歌舞伎なのですが
この記事を読んでいたら見たことがないのに
与兵衛の表情が目に浮かぶような気がしました。
恭穂さんの観劇日記はこれだから好きです。
秋か来年、歌舞伎デビューにチャレンジしてみようっと。

今回のさよなら公演のTV放送あるといいですよね。私も見てみたいです。
みずたましまうま
2009/07/02 00:57
恭穂さま
もう、私の言いたいことを全部書いてくださいました!な記事、
ありがとうございます。
一つひとつ、「そうそう」とうなづきながら読ませていただきました。
冷静に見れば本当に見栄っ張りで情けないただのあほぼんなのに
こんなにも私たちを惹きつけるのは仁左衛門さんの造形のなせるワザ
でしょうか。
本当に最後の最後にこの与兵衛をご覧になれてよかったですね。
あの狂気に走った目は忘れられそうにありませんが、この後おやりに
なる役者さんにも大きなプレッシャーですね(笑)。
スキップ
2009/07/02 02:37
ぴかちゅうさん、こんばんは!
TBとコメントありがとうございます。
仁左衛門さんの与兵衛、ほんとについつい感情移入しちゃいますね。
いつか文楽でも観てみたいなあ、と思います。

歌舞伎座前のカウントダウンの看板にちょっとびっくりしました。
今月は観にいく予定は立てていないのですが、
できるだけ、観にいきたいなあ、と思います。
あ、その前に「ジェーン・エア」のチケットも取らなきゃ!
恭穂
2009/07/02 20:50
みずたましまうまさん、こんばんは!
私もまだまだ歌舞伎初心者で、
もしかしたら的外れな感想かなあ、と不安でしたが、
みずたましまうまさんに喜んでいただけたなら、
頑張って書いた甲斐がありました!
この演目は8月にBSハイビジョンで放映予定だそうですよ。
今から録画予約したいくらいです(笑)。

博多座でも歌舞伎は上演されますよね。
10月の海老蔵さんの通し狂言は、
私も新橋演舞場で観ましたが、面白かったですよー。
いつか是非、歌舞伎デビューしてくださいね!
ゆきほ
2009/07/02 20:55
スキップさん、こんばんは!
仁左衛門さんの与兵衛は、本当に魅力的でした。
観ることができて本当に良かったですv
でも、確かに他の役者さんには大きなプレッシャーかもしれませんね。
ネットのニュースで千之助くんが「18歳位でやってみたい」と言っていた、という記事を読みました。
こういう風に芸は受け継がれていくんだな、と、
なんだかとても嬉しくなりました。
7〜8年後の千之助くんの与兵衛、是非観てみたいですよね!
恭穂
2009/07/02 20:57

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