瓔珞の音

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zoom RSS 賛歌

<<   作成日時 : 2009/07/02 22:13   >>

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ゴッホ、という名前を聞いて私が思い浮かべるもの。

鮮やかな力強さと、俯く弱さが混在した向日葵の花。
引き込まれるような空の渦。
そして、切り落とした耳を覆う白い包帯と哀しそうな目。

その明るさと暗さの交じり合ったような油絵は、私にはどうにも激しすぎて・・・
決して好きだとはいえない画家でした。

けれどこの舞台を観て、いつか本物のゴッホの絵と真正面から向き合ってみたい。
彼の求めた真実の”カタチ”を、
彼の孤独な魂が見つめ続けたものを、
じかに感じてみたい―――そう、思いました。


「炎の人」

2009.6.28  東京千秋楽  銀河劇場 1階A列10番台

作:三好十郎
演出:栗山民也
出演:市村正親、益岡徹、荻野目慶子、原康義、さとうこうじ、渚あき、斉藤直樹、荒木健太郎、野口俊丞、
    保可南、中嶋しゅう、大鷹明良、今井朋彦、銀粉蝶


物語は、炭鉱の町の、暗く貧しい一室で始まります。
小さな窓の外には、暮れはじめた弱々しい太陽の色。
最悪の労働条件の中で、諦念を背負いながら必死で生きている人たちと、
彼らに心の底から寄り添おうとして、自らの弱さに打ちのめされるゴッホには、
その太陽の光は決して届かない。

貧しいアパートの一室。
痩せた白い身体と、不幸に慣れてしまった笑みを持つ女と、
その女の哀れさに、真っ直ぐすぎる愛情を注ぐしかできないゴッホ。
彼らにも、明るい太陽の光は決して届かない。

新進気鋭の芸術家たちが集う画材屋。
そこで出会う明るい原色の世界。
その中で自分の求める色と自分の持つ色の間で混乱するゴッホ。
彼には、パリの華やかな光は届かない。

南フランスの小さな黄色い家。
豊かな自然、暖かな人々、尊敬する友人、愛する女。
望んだものに囲まれながら、常に不安に苛まれていたゴッホ。
彼とゴーガンの住む部屋にも、アルルの爽やかな陽光は届かない。



栗山さんの演出を最初に観たのは「氷屋来たる」
このときも、そこに在るのに、決して届くことのない”光”の演出がとても印象的でしたが、
今回の舞台も、”光”の使い方が秀逸だなあ、と思いました。
明るいパリでのシーンが白々しく感じてしまうほど、
暗い部屋に斜めに差し込む遠い光の弱々しさが印象的で―――市村さん演じるゴッホのイメージと重なりました。


市村さんのゴッホは、何故?と思うほど生きることに不器用でした。
けれど、哀しくなるほど必死で真っ直ぐでした。
炭鉱の人々への共感も、
シィヌへの恋慕も、
テオへの愛情も、
ゴーガンへの憧れと、そして嫉妬も。
全て直球で、だからこそまともに打ち返されると深い傷を負う。
そんな風に傷だらけになりながら、それでも絵を描き続けたゴッホ。
ふり幅の大きいそのゴッホという男を、市村さんはあくまでも自然に、
そして生々しく演じてらっしゃいました。
市村さんのストレートプレイを観るのは久々でしたが、
観客に、ここまでクリアに”ゴッホ”の生き様を伝えることができるのは、
やはり市村さんならではだろうなあ、と思いました。
ほんとに、大好きな役者さんです!


ゴーガンを演じた益岡徹さん。
自信に溢れ、決して迷うことのない強い男、という感じでした。
常に惑い続けたゴッホとの対比はとても鮮やかで、
ゴーガンの傍にいることで、ゴッホは自分も光の中に行けると思ったのかもしれないなあ・・・
ゴッホがゴーガンに憧れるように、
もしかしたらゴーガンも自分には描くことのできないゴッホの世界に憧れていたのかもしれない。
パリで、アルルの黄色い家で、ゴッホの絵を見つめるゴーガンの眼―――
だからこそ、あの瞬間に彼は別れを告げた。
自分がゴッホとともにあることで、ゴッホが壊れてしまうことが解かっていたから。
自分が離れることでゴッホが壊れることも解かっていたけれど。

最近、ゴッホの耳を切ったのはゴーガン、という説がニュースで流れましたが、
なんだかそれもありかもしれない、とこの二人をみて思いました。
もちろん、この舞台ではゴッホは自ら耳を切り落とすのですが・・・


ゴッホの弟テオを演じた今井朋彦さん。
優しい目線がとても印象的でした。
どうしてここまで?と思うほどにゴッホに対して献身的だったテオ。
台詞の端々から、彼らは幼い頃共に過ごしたわけではなく、
それなりに複雑な家庭環境であったことが窺えました。
テオとゴッホの関係は、この物語の中で唯一安らげるものだったけれど、
どこかすれ違いを感じるような危うさがありました。
互いに求めるものが違うかのような・・・
最後、白い光の中で一人静かに絵を描き続けるゴッホを見つめるテオが、
なんだかとても満足そうに見えたのは、私の気のせいなのかなあ。


不幸の塊のようなシィヌと、
アルルの光のような陽性の笑顔を持つ天真爛漫なラシェルと、
そして包み込むような優しさを感じた看護婦。
その三役を演じた荻野目慶子さん。
どの役もそれぞれの背景が思い浮かびました。
今回は最前列での観劇だったのですが、表情一つで年齢すら飛び越える・・・
女優さんって凄いなあ、と思います。

もう一人、素晴らしい!と思ったのが銀粉蝶さん。
炭鉱の事故で息子を亡くした老婆と、
生きることにしたたかなルノウと、
小言を言いながらも母のような懐の深さのあるタンギィの妻。
その三役を、やはりとてもクリアに演じてらっしゃいました。
特に最初の老婆は、ほんとに老婆にしか見えず・・・
こもったような老婆の喋り方なのに、台詞がとてもクリアなの!
とても好きな役者さんの一人です。


そして、中嶋しゅうさん。
炭鉱のまとめ役のヴェルネと、
アルルでゴッホを支援した郵便夫ルーランと、
そしてたぶん作者である三好十郎として、最後の詩を読まれました。
その詩が、とてもとても素晴らしかった。

冷たいほどに白い光の中で、ただ一人絵筆を取るゴッホ。
一心なその顔。
全てを遮断したかのようなその瞳。
息をすることさえはばかれるような静寂にかぶさるように、、
滑らかに語られるその言葉。

自分の想いに正直で、
だからこそ歯がゆくなるほど不器用で、
それゆえに絵を描くことだけでは生きていくことのできなかった、ゴッホ。
生きている間は、決して理解されず、
求めるほどに孤独になっていった、ゴッホ。
そんなゴッホに、日本の一人の男が書いた賛歌。
その生き様を赤裸々に、決して美化することなく描くことで、
彼の生きた軌跡を讃える、賛歌―――それが、この舞台。

とても、素敵な舞台でした。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さんの「炎の人」の記事をお待ちしていました(^O^)/
>彼の生きた軌跡を讃える、賛歌―――それが、この舞台......まさにそんな感じでしたねぇ。ゴッホの絵はいま物凄い値段がつくし、絵は確かに凄い迫力なんです。でもだからといって持ち上げて礼賛するのではなく、最後の語りかける台詞は、作者の三次十郎が日本に生きる自分と同じように悩んで苦しんで生きたことへの共感の気持ちをこめた賛歌のように思えました。
これからゴッホの絵を観るとまた一味も二味も味わいが深くなるのではないでしょうか。
現代版「桜姫」の感想アップはこれから頑張ろうと思っているところです。ちょっとダメだったんですけどね。7月の歌舞伎版でどうかという感じです(^^ゞ
ぴかちゅう
2009/07/03 23:30
ぴかちゅうさん、こんばんは!
私にとっては、ゴッホに対する認識が変わるような物語でした。
いつかゴッホの絵が見れる機会があれば、
是非観にいこうと思います。
少し歪んだ額縁のようなセットも素敵でしたね。
栗山さんの演出、実は結構好きなのかなあ、と思ってみたり。
恭穂
2009/07/04 21:09
恭穂さま
すばらしいゴッホでしたね。
私は特に前半部分のゴッホの人生をあまり
知らなかったので、恭穂さんがお書きのように
だんだん色を帯びてくるような生活とともに
彼自身の絵も色彩が鮮やかになっていき、
でも心はそれと裏腹に色を失くしていく
かのような生き方なんて、とても興味深か
ったです。
それに何といっても市村さんですよね!
またひとつ代表作の仲間入りですね。
スキップ
2009/07/29 01:23
スキップさん、こんばんは!
華奢で折れてしまいそうな市村さんのゴッホ。
ザザの時とは体格や骨格すら違って見えてしまいました。
もちろん衣装やメイクにもよるのでしょうけれど、
でも、やっぱり市村さんは凄いなあ、と思いました。
ほんとに代表作になりそうですねv
恭穂
2009/07/29 22:52

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