瓔珞の音

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zoom RSS 彼女の白

<<   作成日時 : 2010/06/01 23:20   >>

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白い舞台、というと、「タイタス・アンドロニカス」が思い浮びます。
あの舞台の白は、美しさと共に光を弾く割れた硝子のような鋭利な攻撃性を感じました。
けれど。
この舞台の白は違った。
光を弾くのではなく、暖かな光を生む白。
全てを拒絶するのではなく、包み込む白。
凛と立つ強さを感じさせる、白。

それはきっと、薫の色。


朗読劇 「私の頭の中の消しゴム」

2010.5.29 ソワレ ル・テアトル銀座 22列20番台

脚本・演出:岡本貴也
出演:泉見洋平、坂本真綾


何度も映像化されたこの物語を、私は一度も見たことがありません。
このころ、"純愛""泣ける"というキャッチコピーをつけた物語が沢山あったように思います。
そのどれも、私は手を出しませんでした。
不治の病を患った、あるいは大きな不幸に見舞われた主人公が、
恋人に愛されて、人生ってこんなに素晴らしいんだ!と言って死んでいく―――
その、何でも美談にしてしまう構図が、私的にはなんとも受け入れ難くて。
まあ、多分に私が天邪鬼で流行りモノには食指が動かない、というのもあるんですが(笑)。
で、「私の頭の中の消しゴム」も、そういう物語だと思っていたんですね。
若年性アルツハイマーに侵されたヒロインが、恋人に愛されて死んでいく物語だと。

が!!
ぜんっぜん違いました!

いやもう原作者の方に頭を下げて思い込みをお詫びしたくなりましたよ。
もちろん、話の大筋としてはそうなんです。
でも、この朗読劇で私が受け取った物語は、
一人の男の救済と赦しと、そして自立の物語でした。

物語は、泉見さん演じる浩介と坂本さん演じる薫が、それぞれの日記を綴る(読む)という形で進みます。
シンプルな舞台の上で、二人が立ち上がるのはほんの数回。
二人が目を合わせるのも、数えるほど。
なのに、二人の紡ぐ言葉が、そのときの情景を、そのときの二人の感情を、
細やに、鮮やかに浮かび上がらせていました。


坂本さんの薫は、自分に正直で、恋に一生懸命で、
けれど私的には、何故か可愛らしいというよりも、とても凛とした強い女性に見えました。
エポニーヌもそうだったから、それが坂本さんの持ち味なのかもしれないけれど、
儚さよりも冷静さや強さを感じたんですね。
自分の気持ちに正直でいることは、とても勇気がいる。
誰かを愛し続けることは、とても覚悟がいる。
薫は、その勇気もその覚悟も、本当に自然に身につけていた。
自分にはわからない理由で自分を拒む浩介に対しても、
だから彼女はいつでも真っ直ぐでいられた。
そして、病が進行し、一番愛する相手を忘れていく自分を知ったときも、
嘆き、惑い、恐怖に慄きながらも、
自分の意思でどうするかを―――彼の前から姿を消すことを選び実行する冷静さと強さがあった。

そしてその強さが、浩介を変えたように思うのです。

母親に捨てられた少年のころの自分をずっと胸に抱えていた浩介。
親の愛ですら永遠ではない。
人の気持ちは変わっていくもので、だから自分は誰も愛さない。
そんな風にして、傷ついた少年の自分自身を守っていた浩介が、
薫と出会い、惹かれあい、そして彼女の真っ直ぐな愛情に包まれることで、
彼女を無くせないと思う自分自身を受け入れる。
彼女との満ち足りた生活の中で、憎み続けた母親と向かい合い赦すことで、過去の自分を救済する。
そして、病のために自分を忘れていく―――否応なく変わっていく薫に寄り添うことで、
自分の中の変わらない想いに気づき、そして、薫の傍にいることを自らの意思で選んでいく。

変わらない強さを持つ薫の傍で、そうやって鮮やかに変わっていく浩介。
その変化は、浩介自身のものなのだけれど、
薫がいなければ、浩介はずっと膝を抱えたこどものままだったはず。
そう思うと、浩介にとって薫は、ファム・ファタルというよりは、
彼を救い導く女神のような存在だったんじゃないかな、と思う。
浩介の視点から見る薫は、特に最後は光り輝くような美しさ、というイメージだったし。
実際、相手がいなければ生きていけないというのは、薫よりも浩介のほうだったと思う。
変わらない愛。
変わらない存在。
変わらない温もり。
たぶん、彼は自分からそれを求めることはできなかった。
それらは全て薫から与えられるもので―――ある意味彼は薫に依存していた。
でも、変わらないはずのものが薫の意思を無視して否応なく変わっていってしまったとき、
彼は自ら、その存在に寄り添おうとした。
それは、縋りつくのではなく、依存するのでもなく、
(薫が浩介の前から姿を消すまではそうだったのかもしれないけど)
浩介自身の選択として、浩介自身の意思で行われた。
そんな風に思うのです。

そういう意味では、私にとってこの物語は浩介の成長物語でした。
なので、何故か浩介の感情に沿って涙しちゃったんですね(え)。
たとえば、前半で倒れた薫が目を覚ましたら、怯えた顔をした浩介がいた、とか、
前の恋人の名前で呼ばれたときの浩介のやるせなさとか、
やっと見つけ出した薫に、「はじめまして」と言われた時の浩介の絶望とか・・・
浩介は、心のどこかで「薫は自分のことだけは忘れない」って思っていたんじゃないかな。
それが打ち砕かれた時に、一度彼は絶望して、そしてその絶望でも変わらない感情をみつけたんだと思う。
こんな風に言葉にすると凄く陳腐だし説明臭いけど、
あのシーンでの泉見さんの表情の変化を見たときに、
なんだかすんなりそんな風に感じてしまったんですね。
その後彼は、薫の中に残る自分を別の形で知るのだけれど、
それがなくても、きっと浩介は薫のそばにいることを選択したんじゃないかなと思う。
もしかしたら、それは薫の本当に望むことではなかったかもしれないけれど―――


それにしても、やっぱり泉見さんの表情とか声、凄い好きだなあ、と思います。
正直歌わない泉見さんってどうよ?と思っていたのですが(ほんとにマリウス大好きだったの・・・)、
マジ泣きしてても(え)、独りよがりにならずにきちんと感情を伝えてくれました。
感情が入ったせいか、後半はちょっとかむことが多かったですけどね(笑)。
そういう意味では、坂本さんは凄かった!
感情の波もきちんとあるのに、ほとんどかむことがなかったと思います。
確か声優もされてるんですよね?
もしかしたら声だけの演技に慣れている、というのもあったかもしれませんが、
一人の女の子としての薫も、浩介の女神としての薫も、きちんとみせてくれました。
特に、終盤、薫の台詞が凄く少なくなるのですが、
単語ばかりの僅かな台詞にのせて、薫の感情が強く伝わってきて、ちょっと鳥肌たちました。


レミの禁断症状(笑)からこのカップルのチケットをとりましたが、
他のカップルもいろいろ気になっていました。
特に沙也加ちゃんとアッキーは観たかったなあ。
今回も観ながら、沙也加ちゃんの薫はもっと儚い感じなのかな、とか、
アッキーの浩介はもっと固い殻を感じさせたのかな、とか、
ちょっといろいろ想像しちゃいました。
組み合わせや日程から、この二人の回を見ることができなくてとても残念・・・
というか、お気に入りのこの二人で見たかったかも。
岡本さんのブログによると、稽古のときに1回だけこの幻のカップルがあったようですね。
この二人、「LOVE LETTERS」ではカップルだったはず。
私はまだ「LOVE LETTERS」は観たことがないのですが(今回の公演も日程が合わず/涙)、
いつかこの二人も再演してくれるといいなあ、と思います。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
泉見マリ×真綾エポの組み合わせは、私もとても好きでした。
レポを読ませていただいて、ああ私もこれは自分の目で見たかった!と
しみじみ感じております(笑)

真綾さんは、むしろ声優さんとしての方が有名だし
超ベテランでいらっしゃったかと。
アニメだけでなく、洋画や海外ドラマの吹き替えも多数あるそうですから
本当に実力のあられる方なのでしょうね。

LOVE LETTERSは、東京在住でない人には
日程・時間的に厳しいことが多いですよね(泣)
この二人のLOVE LETTERS、いつか実現しないかな〜。
みずたましまうま
2010/06/12 21:15
泉見さんと坂本さんの組み合わせ、私はあまり見たことがないのですが、
ちょっとおとなの雰囲気なマリウスとエポだったのかな、
とこの舞台を観て思いました。
「LOVE LETTERS」も、いつか是非観てみたいですv
恭穂
2010/06/20 21:40

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