瓔珞の音

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zoom RSS 鎮魂

<<   作成日時 : 2010/07/15 22:12   >>

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物語が終わった舞台の上には、
引きちぎられ、踏みにじられ、握りつぶされ、汚された紙の残骸がありました。

紙=神。
それが、この舞台の上での約束。

誰もいない舞台の上、その無残な姿を晒す"かみ"。
その白々とした哀れさと哀しさは、私の中に大きな影を落としました。



野田地図 第15回公演 「ザ・キャラクター」

2010.7.11 マチネ 東京芸術劇場中ホール 1階E列10番台

作・演出:野田秀樹 
出演:宮沢りえ、古田新太、藤井隆、橋爪功、田中哲司、野田秀樹、チョウソンハ、美波、池内博之、銀粉蝶 他


物語の舞台は、どこかの街にある書道教室。
そこに通いだしたあと、行方のわからなくなった弟を探すために、
書道教室に入り込んだマドロミ(宮沢りえ)は、
そこを追い出されたばかりのオバちゃん(銀粉蝶)に出会います。
やはり、同じように息子の行方を捜すオバちゃんは、
書道教室に入門を試みるも、失敗。
そこで、オバちゃんは外から、マドロミは中から、それぞれの愛する者を見つけるために動くことになります。
ジャーナリスト志望だった弟の書いた原稿を参考に、
書道教室の長である家元(古田新太)の意を汲む発言を繰り返すことによって、
マドロミは徐々に彼の隣の位置をキープしていきます。
そんな彼女に嫉妬を露にする家元夫人(野田秀樹)。
書道教室で家元の変わりに教えることもある大家の地位にあった古神(橋詰功)。
書道教室の会計を預かる会計(藤井隆)。
教室への住み込みを許されたばかりの新人(田中哲司)。
そして、書道教室の中でマドロミに謎めいた言葉を語りかけるアルゴス(池内博之)。
弟のおもかげを追って、家元の手の内にどんどん入り込んでいくマドロミが見る、書道教室の真実の姿。
そして、弟の行く末は・・・?


15年前の、あの事件をモチーフにしたこのお芝居。
ニュースで報道された実際の情報と、別の次元で重なるような意味深な言葉とモチーフ。
「人が木に寄りかかると休む」「人がサムライになると仕える」
そんな言葉遊びのような(「道元の冒険」の表意文字ソングを思い出したのは私だけではないはず!)、
笑いを誘う書道教室の状況が、修行の旅から家元が戻った瞬間から、大きく動き出していきます。

ギリシャ神話を書き写すことによる、ギリシャ写経(という書き方でいいのかな?)という修行。
書道教室の中でだけ流れるギリシャ時間。
その時間を刻む、古い冷蔵庫に貼られた"古時計"の文字。
床に敷かれた大きな紙の上に、大きな筆で描かれる文字の変容。
家元が与える新しい名前。
書き記される言葉の中に、否応なく取り込まれ、
ギリシャ神話の神々になぞらえられ、家元が"望む"役割を演じていく彼ら。
恐怖や猜疑心を、恍惚と尊敬に置き換えることで、自分自身で納得を得、
そして事態を加速させていく彼ら。
その物語をメタファーとして、徐々にその形を露にしていく真実。
空間を交差する書道教室とギリシャ神話の世界が一つに解け合ったとき、
マドロミが見たのは、絶望的なまでに残酷な真実で・・・

別世界のようだった舞台の上に、最後に現れたあまりに直接的な小道具。
彼らが背負う3つの文字―――俤、儚、幻。
そして自分の手から零れ落ちていく弟の背にすがるように、あるいは押しやるように、
姉の手が書き足した線が作り出す、幼。
それは、どれもが不確かで、主観的で、個人的で、どうしようもなく哀しいものでした。

野田地図の舞台は、いつも私にはとても難しくて、
感覚的に受け止める部分と、理論的に受け止める部分の境界の曖昧さが、
癖になるような魅力であるとともに、越えることのできないハードルのように思います。
今回の舞台も、繰り出される様々な意味をもった言葉の海に溺れて、
私はただ目を見開いて破滅へと向かっていく人々と、
破滅に巻き込まれる人々と、
破滅を見据えながら一人立ち尽くす女を見ていることしかできませんでした。
後半は、もう笑うことも泣くこともできず、本当にただ見ていることしかできなかった。
そして、全てが終わったあと。
カーテンコールでの役者さんたちの表情―――赤い目のままこわばった笑顔の宮沢りえさんや、
涙をぬぐいながら、深くお辞儀をする美波ちゃんや、
陽性の笑みを取り戻した古田新太さん、
そして、きょろきょろと役者さんたちを見る野田さんの鋭い視線に、
3回目のカーテンコールで、私の涙腺は決壊しました。
舞台中には泣かずに、カーテンコールで号泣一歩手前まで行ってしまったのなんて初めてです(汗)。
そんな、私にとって、なんとも不思議で忘れられない舞台となりました。


家元役、古田新太さん。
子どものように無邪気に満面を笑みを浮かべながら、決して目が笑っていない家元。
子どものように無邪気な残酷さで、周りを恐怖に震え上がらせる家元。
そして、子どものように無邪気な視線で、誰よりも冷静に周りの人々を見ていた家元。
本当に、本当に怖かったです。
何が怖いって、家元は無茶なことは言っても、
決して決定的な言葉を自分から発することはないのです。
彼の放り投げた言葉を、解釈し、実行するのは周りの人々。
彼はただ言葉を投げかけ、
弟子たちが導き出す"答え"に満足そうに頷く―――
それに気づいた時、なんだかぞっとしてしまいました。

でも、実は一番怖かったのは、野田さん演じる家元夫人/ヘーラーでした。
家元が舞台中央で喋ったりしている間、舞台奥からじっと彼を見据える目が、めちゃくちゃ怖かったんです。
家元の言葉に加速度を加えていたのは、家元夫人なんじゃないかなあ、と思いました。


古神/クロノス役は橋爪さん。
微妙に癒し系な雰囲気ではあったのですが、
この物語の最初の被害者であり、且つ最大の加害者でもあったんじゃないかな、と思ってしまいました。
飄々とした雰囲気と台詞の中に、ふっと差し込まれる現実。
彼は本当に物忘れの状態になっていたのか、
物忘れの状態になることでかろうじて生きていることができたのか・・・
最後の写経のシーンでの、あの切羽詰った演技に、
あの事件でもこんなことがあったのだろうか、とかなり辛くなりました。


会計/ヘルメス役、藤井さん。
舞台で拝見するのは2度目。
前回の子ども役も良かったですが、今回の方が自然だったかな、と思います。
書道教室の内情に疑問を抱き、一度は逃げ出すものの捕まって、
命の瀬戸際に立つことで、どっぷりと家元の作り出す世界にはまっていく・・・
家元の最後の命題に向かっていくときのあの無表情さに、ちょっと背筋が震えました。


新人役、田中哲司さん。
朴訥で真っ当な若者が、朴訥で真っ当であるがゆえに、
家元の世界に素直にはまり込んでいく様が、とてもリアルでした。
でもって、彼がいなければ、この日のこの舞台はきっと終わらなかったに違いありません!(笑)
 実は最後の命題のシーンで、マドロミが傘を舞台下に落としちゃったんですね。
 チョウソンハさんも一瞬探して、でもお芝居を続けていたのですが、
 他の二人の仕草から、傘が泣ければどうにもならない状況だと思い至ったので、ちょっとドキドキしてしまいました。
 で、結局田中さんが自分の傘をチョウさんに渡して、舞台からちょっと降りて傘を拾い上げたんです。
 それがほんとにさりげなくて、あの緊迫した状況の流れを全然妨げなくて、
 凄いなあ、と素直に思ってしまいました(笑)。



アポローン役、チョウソンハさん。
たぶん、初めて見る役者さんです。
恋人を追って書道教室へ入り込み、
「筆一本で世界を幸せにする」はずが、「筆一本で世界を変えられて」しまったマドロミの弟を、
微笑ましいほどの素直さで演じてらっしゃいました。
マドロミが語る弟像に、ぴたりとはまる感じ。

そんなアポローンに求愛されるダプネー役は美波ちゃん。
物語の前半に、唐突に始まった二人の追いかけっこ。
アポローンを拒み、ゼウスを慕い、変身を望むダプネーの愛らしい表情とキップの良さが美波ちゃんにぴったり!
と思ったのですが、その求愛シーンが繰り返される毎に、
そこに隠された現実世界での真実が徐々に姿を現して・・・
最後"変身"を強要されるダプネーの断末魔の痛ましさに、思わず目を閉じてしまいました。
あのシーンも、家元はあの液体を渡しただけだったんだよね・・・
いかん、思い出したらまた怖くなってきた(涙)。


神話の世界と現実世界を繋ぐように、舞台の奥で膝を抱え蹲っていたのが、
池内さん演じるアルゴス。
マドロミには姿が見え、言葉を交わすことができたのに、
どうして母であるオバちゃんには、彼の声は聞こえなかったのかな・・・?
"再会"した後の二人にも、言葉はなかったように思います。
あれだけ言葉に溢れた舞台の上で、言葉以外のものを通じ合わせ寄り添った親子の姿は、
悲劇的ではあったけれど、なんだかほっとしてしまいました。

そのオバちゃんを演じていたのは銀粉蝶さん。
肋骨骨折で休演されていたとのこと、ちょっと声の響きが弱かったのは、
まだ骨折の影響が残っていたのでしょうか? ちょっと心配です。
でも、この不可解なお芝居の中で、
唯一何の含みもなく共感できる現実に足のついた、愛情深い母親を演じてらっしゃいました。
まあ、行動や服はちょっと突飛でしたけどね(笑)。
そういえば「リア王」では、池内さんと恋人役(だよね?)だったんですよね〜。



そして、この物語の始まりと終わりを担った、マドロミ役の宮沢りえさん。
長い長い真っ直ぐな黒髪と、切りそろえられた前髪の下の大きな瞳が印象的でした。
オープニング、異形の天使に導かれて起き上がり、
目を隠していた掌を下ろした時の、淡く発光するような美しさに目を奪われました。
そして、それに引き続く、弟の思い出を語る言葉は、
不可思議で難解なのに、すーっと溶け込むように心に響いてきました。
家元とやりあうときのしたたかで大胆な様子も、とても魅力的でした。
でも、何より圧巻だったのが、全てを知った後の最後の独白。
零れ落ちそうなほどに涙を湛えた真っ赤な目で、
手に入れた真実と、手をすり抜けた弟を語るマドロミ。
時間の中で忘れられていく思い出と、それでも消えることなく残り続ける思い出―――
真っ直ぐに語りかけるマドロミを見ていたら、何故か"鎮魂"という言葉が思い浮びました。

あの事件で、命を落とした人たちへ、
あの事件で、大切な誰かの命を奪われた人たちへ、
あの事件で、誰かの命を奪った人たちへ、
その全てに向かう"鎮魂"。
忘れていくことではなくて、
覚え続けていることで成し遂げられる"鎮魂"。

無残に晒された白いかみは、いつか風化し、
置き去りにされた壊れた冷蔵庫は、忘れ去られてその中身を永遠に封印する。
けれど。
そこに置き去りにされた"鬼"たちを、自らの中におもしをつけて沈めていく・・・鎮めていく覚悟。
そのマドロミの覚悟に、私はこの物語の救いを見たように思いました。

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10/07/10 NODA・MAP「ザ・キャラクター」 幼稚さの暴走をとめるのは「理性」
{/kuri_2/} NODA・MAP第15回公演「ザ・キャラクター」を観に行く。東京芸術劇場での公演というのは、野田秀樹が初代芸術監督に就任しているためで、初めてなのでちょっといつもとは違う雰囲気も感じつつ、2階席の後ろから2列目に着席。 Wikipediaの「野田秀樹」の項はこちら 観劇ブログ仲間のスキップさんの記事を読んで、「ザ・キャラクター」とは「性格」とかの意味ではなく、「文字」という意味の方だとやっと気がつく。漢字はチャイニーズキャラクターというのだと娘が教えてくれた。舞台は書道教室... ...続きを見る
ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記
2010/07/17 03:16

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
スキップさんのレポに目を通して観劇したので、漢字による言葉遊びについて覚悟を持って臨むことができました。舞台装置の床の材質がまた優れものでしたね。水筆で書くと字が濃い灰色に浮かび上がるというずいぶん前に出たアイデア書道練習グッズと同じものだろうと推測。耳で聞くだけよりもビジュアルでしっかり伝えられるのが効果的でした。
あと「袖」と「神」とか、「紙」が「神」に通じるとか。「信」も妄信とか狂信に通じてしまう。古田新太の最後の表情がすごかったです。
人間の「幼稚さ」が暴走した時に起こる惨事をいろいろと想起してしまい、人間が「理性」をきちんと磨いていける社会にしていかなければならないという野田さんのメッセージを感じ取りました。りえちゃんがその「理性」のイメージなのかもしれませんね
ぴかちゅう
2010/07/17 03:25
恭穂さま
「忘れていくことではなくて、
覚え続けていることで成し遂げられる"鎮魂"。」
本当にその通りですね。
今、野田さんがこのテーマを採り上げられたのも
秒単位で変化する世界へ、過去を振り返ることなく
その世界を息せき切って走り続けなければならない
私達へ、の警鐘なのかもしれません。

かなり後をひく舞台で、今でも時々思い出します。
今すぐにではなく、しばらく時間をおいてから
もう一度観たい、そしてまた野田さんのメッセージを
心に刻みたい、そんな思いです。

主題からそれますが、私も舞台を観ている時には
泣かずにカーテンコールで役者さんたちが並んで
いるのを見て大泣きした舞台が今までにひとつだけ
あります。
吉田鋼太郎さんと洋くんの「オセロ」。
ほんとに不思議な感覚で、忘れられない舞台です。
スキップ
2010/07/18 13:01
ぴかちゅうさん、こんにちは!
古田さんの最後の表情、本当に凄かったですね。
りえちゃんが理性のイメージ・・・納得してしまいました。
野田さんのメッセージは、
ある意味とてもストレートなのに、
しっかりと捕らえるのが難しいことが多いです。
いつかまた再演してくれるといいな、と思います。
恭穂
2010/07/18 17:08
スキップさん、こんにちは!
ほんとに、あとからズンと来る舞台でしたね。
今日、スパ中にうとうとしながら、
流れ去っていくいろんな思考の中に、
この舞台のことがありました。
いろんな意味で、私の奥底に入り込んだお芝居なのだと思います。

スキップさんも、カーテンコール泣き(笑)のご経験がありましたか!
「オセロ」、私もそれに近い部分はありましたが、
最後のイアゴーの表情で毎回落涙していた気がします。
こちらも、本当にすばらしい舞台でしたね。
また是非あのキャストで(ここ大事!)再演していただきたいですv
恭穂
2010/07/18 17:12

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