瓔珞の音

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zoom RSS 孤独からの解放

<<   作成日時 : 2010/12/24 22:46   >>

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また一気に寒さの厳しくなったクリスマス・イヴ。
私は相変わらず普通にお仕事をして帰ってきました。
帰り際、綺麗な星空なのに、空気には雪の香りがしたように思います。
きっと明日は赤城山は真っ白なんだろうな。

PCには、大切なお友達からの宇宙を経由して届いたクリスマスカード。
携帯には、やっぱり大好きなお友達からのクリスマスメールと、
大切な小さなお友達からの、「プレゼント届いたよ!」コール(笑)。

そして、私自身には、3年前と同様に、
帝劇の大きいサンタさんと小さいサンタさんからの、
ほっこり心が暖かくなるような「Merry Christmas!」。
やはりこの作品は、この季節に観るのがいいのかもしれませんね。



「モーツァルト!」

2010.12.23 ソワレ 帝国劇場 1階K列10番台

出演:山崎育三郎、高橋由美子、島袋寛子、涼風真世、山口祐一郎、市村正親、阿知波悟美、武岡惇一、
    吉野圭吾、坂口湧久 ほか


じっくり思い出してみたら、私、山崎育三郎くんの帝劇デビューの舞台を観ていました。
そのときの観劇記録には、"素直で育ちのいい、ひたすらに優しいマリウス"という感想。
でもって、「ラ・カージュ・オ・フォール」のジャン・ミッシェルの感想は、
"めいっぱい愛されて育った、甘えん坊で天真爛漫で、でもちょっとずるさもある普通の男の子"。
たぶん、この二つの役って、私がもっている"山崎育三郎"のイメージなのだと思う。

そして、今回。
私にとって最初で最後の彼のヴォルフガング。
"3人目"のヴォルフガングを前に、自分がどんなふうに感じるのか・・・?
正直そんな個人的な不安もありました。
そんな私の目の前に現れたのは、"孤独"なヴォルフガングでした。


最初のイメージはね、やっぱり素直、というのが一番でした。
何にも考えていない・・・じゃ言葉が悪いか(え)。
でも、素直だけか、といえばそれだけじゃないし、
天然、というのだとちょっとニュアンスが違うし・・・(汗)
なんというか、まさに"感じたまま喋り"、"心に浮かんだまま行動する"―――
生命力と目の離せない危うさを感じさせるヴォルフガング、という印象。
これはパパもナンネールも心配でしょうがないだろう、って思っちゃった(笑)。
要所要所で彼なりの崩しを加えた歌声も、ノーブルさと下品さがいい具合に混ざっていて、
なんとなーく、とっても古い記憶の映画「アマデウス」のモーツァルトが思い浮びました。
で、やっぱり、彼は愛されキャラなんだなあ、なんて思っていたの。

なのに、♪残酷な人生 で、彼の固い殻のような孤独を感じてしまったのです。
怯えたように見開いた目。
何も掴むことのできない手。
彼の歌声は高らかに響いているのに、
生きていくことの恐怖と不安を抱え込んだ彼の感情は、
私には何故だか彼の内へ内へと固く仕舞いこまれていくように感じました。
そしてそれは、無意識のうちに彼を周囲から隔絶する殻となっていった―――

パパに愛され、ナンネールに労わられ、コロレドと戦い、
シカネーダーとの友情を育み、ヴァルトシュテッテン男爵夫人に引き立てられ、
そしてコンスタンツェにあんなにも求められ・・・周囲の誰もが彼に強い感情を向けていたのに、
それを受け止めているはずのヴォルフガングは、ずっとずっと独りだった。

それを更に強く感じたのが、パパを亡くした混乱のあとのコンスタンツェとのシーン。
あの狂乱も、ほんとに壊れちゃったんじゃないかと思うくらいの迫力で、
コンスタンツェと一緒に怯えてしまいましたが(いや、ほんとに)、
その後、アマデを悪魔と罵り、男爵夫人が歌い諭すシーンでの、
自分を抱きしめようとするコンスタンツェへの彼の無意識の拒絶に、ちょっとぞっとしてしまいました。

もちろんあの時、ヴォルフガングはまったくコンスタンツェが見えていなかった。
虚空を見つめるヴォルフガングの視線の先を確かめながら、
それでもコンスタンツェが彼を抱きしめようとするのは、井上ヴォルフと同じ。
だけど、抱きしめようとするその腕さえ拒絶する―――そんな冷たさがあった。
だからかな、コンスタンツェも彼をしっかりと抱きしめることができないように感じました。
正気に戻って、家を出ようとするときも、立ち止まりはしたけれど彼は全然躊躇っていなかった。
この時点で、ヴォルフガングは音楽=アマデ以外の全てをシャットダウンしてしまったように思うのです。

その、孤独―――

解かり合えないまま父を亡くし、姉と断絶し、妻を拒絶し―――最後に残ったのは、
あんなにも嫌悪し、逃れようとしたアマデだけ。
それを受け入れた瞬間の彼の絶望を、あの後ろ姿に感じてしまいました。

アマデとの関係も、観ていてかなり厳しかったなあ・・・
個人的な感想としては、山崎ヴォルフとアマデは、あくまで一つの存在だったと思うんですね。
事切れるときも、まったくおんなじタイミングだったし。

アマデは結果としてヴォルフガングを追い詰めたけど、
それは決してアマデが意図するところではなかったと思うんです。
アマデの行動は、子どもらしい頑なさと残酷さがあったけれど、
湧久くんのアマデの感情は、いつだってヴォルフガングと共にあった。
パパへの愛情も、ナンネールへの甘えも、男爵夫人への憧れも。
・・・コンスタンツェに関しては、ちょっと違ったかもしれないけど(笑)。

ラストシーン、アマデを拒絶して"自分だけの力"で作曲しようとして果たせなかったヴォルフの言葉、
「駄目だ、書けない」が、こんなにも寄る辺ない子どものような声に聞こえたのは初めてでした。
そして、自分に歩み寄り、白い羽ペンを差し出したアマデと対峙したヴォルフに、
何故か私は歓喜のようなものを感じてしまったんですね。

拒絶し、逃げ惑った自分の"影"は、"影"ではなかった。
アマデも、"自分"以外の何ものでもなかった。
それに気づくことで、一気に彼を覆っていた孤独の殻が壊れていったように感じたんです。
アマデの存在を受け入れることで、彼は孤独ではなくなった。
だからかな、彼らの死は、私には"解放"のように思えてしまったのです。

もっと早く気づいていたら、パパと分かり合えたのだろうか。
もっと早く気づいていたら、コンスタンツェを、ナンネールを傷つけることはなかったのだろうか。
もっと早く気づいていたら、もっともっと沢山の音楽を生み出すことができたのだろうか―――

でも、そんな後悔すら霞んでしまうような、圧倒的な"解放としての死"。
私にとって、とても新しい新鮮な彼らの"最期"でした。


うーん、なんだか上手く書けないなあ。
しかも、影から逃れることがテーマのこの作品から、私ってばまったく違うことを受け取ってる?!(汗)
でも、そう感じちゃったんだから仕方ないか(笑)。

そんなこんなで、山崎ヴォルフ、私的にはとても新鮮でした。
彼自身を見ることに精一杯で、他のキャストとの感情のやり取りまで気持ちが配れなかったかも。

市村さんのレオポルトは、無邪気な息子が本当に心配で心配でしょうがない、という感じ。
井上ヴォルフのときに比べて、過保護度が増していたように思います(笑)。

逆にナンネールは、むしろ長女としての苦悩が更に強まっていたような印象。
この弟と、そして弟を溺愛する父親と、その2人の複雑な関係の狭間にあったら、
それは苦悩もするだろう・・・(涙)

涼風さんのヴァルトシュテッテン男爵夫人は、やっぱりちょっと怖かったです。
現実世界(♪星から降る金 を歌いだす前や♪ここはウィーン のときやブルク劇場のシーン)の男爵夫人は、
少女のような可愛らしさと母親のような優しさを感じさせるのだけれど、
ヴォルフの思念の中に現れる男爵夫人は、なんだか人じゃないみたいだった。
1幕最初の暗示的な歌声と笑みもそっちかなあ。
めちゃくちゃ美しいだけに、その声の後ろに潜んだ誘惑が容赦なくて、
ヴォルフが悪魔と罵るべきなのは、彼女なんじゃないかと思ってしまった・・・
これまた涼風さんや演出の意図とは違うとは思うのですが、
山崎ヴォルフの悲劇性が高まる感じで、私的にはこれもありかも?な感じでした(笑)。

hiroさんのコンスタンツェは、上記の通り、
井上ヴォルフのときよりもかなりかわいそうな感じでした。
この日はちょっと歌声がかすれちゃうときがあってちょっと心配しましたが、
届けるべきものはしっかり届けてくれたように思います。


で、今回はアンサンブルもお目当てな方たちをなるべく探してみました。
といっても、ヴォルフが出てないシーンだけですが・・・
目的その1だった小野田龍之介くん、意識してみたらばっちりわかりました!
貴族の扮装(おい)のときのお化粧が、紅顔の美少年風で、微笑ましかったですv
歌声は、役柄に合わせてちょっと勢いにのった感じかな?
kentaroさんのサリエリとか、ゾフィーじゃないときの徳垣さんはじめ、
細かいお芝居をされているアンサンブルの方々までしっかり見ることができたら、
このミュージカルを二倍三倍楽しめるんだろうなあ・・・と思いつつ、
観る機会が限られちゃうと、どうしてもそこまで観ることができないんですよねー。
昨日は観劇後、ちょっと本気で金沢公演観にいっちゃおうかと思いました。
いえ、ちょうどその土日がお休みなので・・・
ホテルとか電車の時間とかまで調べましたが(!)、なんとか踏みとどまっております(笑)。

ほんとは夏休みシーズンに上演してくれると、
「レ・ミゼラブル」みたいに夏休み使い果たしてでも通えるんですけどね(え)。
でも、なんとなーく、「M!」って冬のイメージがありますよね。
3年前に引き続き、大小のサンタさんに会ってしまうとさらにその感が強くなります(笑)。
カーテンコールのあと、恒例のヴォルフとアマデの登場で、
2人とも可愛いサンタ帽を被って出てきてくれました。
なんでも井上くんが袖に用意していたんだそう(笑)。
きっと今日の東京千秋楽、井上くんも被ったんだろうなあ・・・

二人そろって千秋楽のこの日、可愛い湧久くんの「ありがとうございました」が聞けましたv
カーテンコールでは、涼風さんと山崎くんの挨拶はあったのに、
司会の武岡さんってば湧久くんに話をふってくれなくて(涙)、
市村さんが待ったをかけて、山崎くんが顔を寄せて挨拶の声を聞かせてくれました。
うーん、彼のチビルド、観てみたかったなあ・・・
とりあえず、今期の「M!」の顔は、私的には3回連続アマデの湧久くんだったように思います。
いつかまた別の舞台でちょっと成長した彼の活躍が見れるといいなあ。

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