瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2010/12/12 20:52   >>

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今日は午前中で仕事がお終い。
久々にがっつり昼寝をして、ちょっとすっきりして目覚めました。
で、目覚めた瞬間に、アッキーの歌声が思い浮びました。
一昨日の観劇から、ずーっと聴いている「Plugless Concert 2009」。
愛しい誰かに向かう、リアルな歌声。
キラキラと光をまといながら、飛び立つような歌声―――

けれど、アッキーのアンディーは、飛び立つことを恐れるような頑なさがありました。



「LOVE LETTERS  20th ANNIVERSARY 2010 Christmas Special」

2010.12.10 PARCO劇場 Z列10番台

作:A.R.ガーニー
訳・演出:青井陽治
出演:中川晃教、神田沙也加



舞台の上には、淡いグリーンとサーモンピンクの椅子。
そして小さな卓の上の水差しと2つのグラス。
現れたちょっと神妙な笑顔のアッキーと、はつらつとした笑顔の沙也加ちゃん。
椅子に座り、おもむろにグラスを手に取り、一気飲みみたいにごくごく水を飲むアッキーに、
驚いたように眼を見張り、綻ぶような笑顔で「時間時間!」というふうに手首を指差す沙也加ちゃん。
その様子は、なんともほのぼのとしていて、こちらも思わず笑顔になる感じ。
そんなふうに、和やかな空気で始まったこの物語が、
こんなにもシビアで辛いものになるとは、このとき私は想像もしていませんでした。


物語は、1930年代、一人の男の子の手紙から始まります。
大好きな女の子のママに宛てた、その子の誕生バーティー招待のお礼の手紙。
そして、物語は、壮年になった彼が、やはり彼女のママに宛てた手紙で終わります。
その手紙は、彼女の逝去を悼む手紙―――

50年にわたる長い間、彼―――アンディーと彼女―――メリッサの間で交わされた、沢山の手紙。
彼らが読み上げるその一通一通から浮かび上がる、
それぞれの想い、それぞれの人生、そして"二人の"人生。


これまでの20年間、たくさんのペアが沢山の"二人"の人生を生み出してきたこの朗読劇。
数年前にその存在を知ってから、ずっと観たいと思ってきました。
そして、今回、役者でありアーティストでもある大好きな二人が生み出す"彼ら"の人生に触れることができました。

正直、今でもどんなふうに言葉にしていいか分かりません。
たった2時間。
音楽も派手な照明もない。
椅子に座り、目も合わさないたった二人が読み上げるだけの物語。
なのに、どうしてこんなにも"生身の彼らの人生"を、私は感じることができたのだろう?

手紙というツールは、とても危ういものであると思います。
そこに書かれる事柄は、正直な気持ちであるかもしれないし、
そうありたいと思う気持ち―――ある意味偽りの気持ちであるかもしれない。
直接会ってかわす言葉のニュアンスや表情というサポートがない状態で受け取るその"気持ち"。
それは、たぶん決定的な何かを欠いていた。
書き込まれた文章から、彼らは相手の環境を想像し、相手の本当の気持ちを探る。
その不確かな情報は、彼らに思いもよらぬ熱情を与え、そして思いもかけぬ絶望を与える―――

観ていて感じたのは、この二人の時間のすれ違いでした。
時間というよりも、時期、タイミング、と言ったほうがいいでしょうか。
互いに愛しく思い、互いにかけがえのない存在だと思いながら、
その愛が相手に向かう瞬間が、微妙にずれている。
互いが互いを必要とする瞬間が、何故か一致しない。
それは、"縁"がない、ということなのかもしれません。
二人には、絶対的に共に人生を歩むという"縁"がなかった。
でも、それだけで片付けてしまうには、彼らの相手への想いは深すぎた―――


芸術家肌で、エキセントリックなメリッサ。
素直で、でもその分ちょっと堅物なアンディー。

1幕での二人のやり取りは、小さな少女と少年の、微笑ましさがありました。
メリッサが大好きな少年アンディー。
おしゃまで可愛い少女メリッサ。
けれど、二人のたわいない初恋のやりとりは、
大人の思惑や周囲の環境に翻弄されていきます。

全寮制の学校。
メリッサの両親の離婚。
思春期の不安定さ。
互いの体温を感じられない距離と、面と向かったときのぎこちなさ。

正直、1幕のメリッサの奔放さには、ちょっとびっくりしてしまいました。
堅物な私(笑)としては、アンディーの気持ちに寄り添うように、
その言動に驚き、嫌悪し、魅了されていた。
彼女を取り巻く状況の厳しさに、その状況から抜け出そうとする彼女の必死さに胸を痛めた。
なにより私を打ちのめしたのは、彼女の表情の変化でした。
アンディーからの手紙を読んでいる時の、可愛らしく多彩な表情は、やっぱり沙也加ちゃんの大きな魅力。
零れる笑顔、ちょっと拗ねて尖らした口、怒りに輝く大きな瞳。
けれど、その表情が、あるときからふっと消えるのです。

軽く伏せられた眼。固く結ばれた唇。
その虚ろな眼の奥に感じる、深い闇―――彼女の、心の闇。

この舞台では、照明は殆ど変わりません。
なのに、彼女がこの表情をした瞬間、彼女を取り巻く光がふっと翳ったように感じました。
彼女が感じている寂しさ、恐怖、絶望、苛立ち、虚無―――
けれど、アンディーは彼女のその貌を知らない。
手紙の文面や、時折の邂逅から察することはあったかもしれない。
でも、きっとあの瞬間に彼女を取り込んだ闇の深さを、彼はきっと知らなかった。
だから、彼なりの誠実さで彼女に向けられる、"正しい行い"や"未来へのビジョン"は、
どうやっても彼女の求めるものに重ならなかった。
それは、なんだかどうしようもないことのように思えて、そう思えてしまったことが、なんだかとても哀しかった―――


アッキーのアンディーは、貴族として生まれ、跡継ぎとしての行いを常に求められ、
その期待にちょっと違和感を持ちながらも、一生懸命期待に応えようとする男の子。
1幕の屈託のない表情や、
メリッサの言動にちょっと眉をひそめる大人ぶった表情が、等身大のアンディー、という感じでした。
メリッサが大好きで、直球で口説いて(笑)いたアンディーが、
自分自身の"居場所"を見つけることで、徐々に冷静で落ち着いた口調になるところに、
彼の成長を感じてみたり・・・

けれど―――

物語が進み、アンディが大人になるにつれて、
彼の持つ欺瞞が、エゴが、狡さが、弱さが、保身が、甘えが、どんどんクリアになっていきました。
それは、決して彼だけのマイナスではない。
地位のある男なら、きっと誰だって多かれ少なかれ持っているもの。
そして、たぶん彼自身、"大人"になった自分がそれらを持ち、
それがメリッサを傷つけていることに、最後まで気づかなかった。
それくらい、普通のことだった。

メリッサに向けられる、"優しい"言葉。
彼の都合だけに左右される約束。
窮地に陥った時の、無責任な保身。

精神を病み、堕ちていく彼女へ差し伸べられるアンディーの手は、たぶん彼の素直な想いだった。

放っておけない。
自分が助けなければ、彼女は壊れてしまう。

実際、メリッサは、アンディーがいなければ生きていけない、と訴えます。
最初、私はそれがメリッサのアンディーへの依存だと思った。
堕ちていく彼女が、成功をおさめた彼に伸ばした腕だと思った。

けれど、アンディーの最後の手紙を読んだ時、
依存していたのは、アンディーの方だったのだと、そう思えてしまったのです。

誰が敵かも分からない政界で、
完璧な夫を、父を演じるプレッシャーの中で、
ただひたすら"アンディー"を求めるメリッサの声、メリッサの腕、メリッサの体温。
それは、多分彼にとって大きな拠り所だった。
彼こそが、この関係を切り捨てることができなかった。


メリッサのことを思えば、アンディーは彼女との関係をきっちりと断ち切るべきだったと思います。
もちろん、それでメリッサの人生が終わってしまうリスクはある。
けれど、メリッサを抱きしめながら、家庭も地位も捨てられない彼の欺瞞は、
どちらをも捨てることのできない彼の優柔不断さは、
メリッサへ未来への期待とともに絶望も与えていた。
メリッサが次へ踏み出すための、たぶん一番大きな足枷だった。
そして、たぶん、メリッサ自身も、途中から彼の狡さがわかっていた。
わかっていて、それでも尚、彼を求め、彼の狡さを許していた。

メリッサの死が、狂乱の中での自殺だったのか、病死だったのか、私にはわかりませんでした。
けれど、一人残されたアンディーは、
自分にとって彼女がどういう存在だったのかを、
自分がどれだけ彼女に依存していたかを知ります。
それは、確かに、純粋に"愛"でもあった。
でも、そのことを、もう彼は彼女に伝えることはできない―――


物語の間中、二人は一度も目を合わせませんでした。
数メートルと離れていないのに、互いを視界に入れることもしていなかったと思う。
そこに表される、物理的以上に心理的な距離―――
けれど、アンディーが最後の手紙を読む時、
メリッサは、初めて彼に視線を向けました。

死の自由を得たメリッサの魂が、彼に向ける視線。
穏やかに包み込むような美しい笑顔。
「もういいのよ、アンディー」という、優しい優しい言葉。

なのに、アンディーはその視線に気づかない。
気づかないまま、まるで懺悔するように、自分の気持ちを吐露する。
最後で最後の、本当に心のそこからの言葉。
けれど、そんなときでさえ感情を爆発させることのできない、自分自身への絶望。

だんだんと暗くなる照明の中で、最後にふっとメリッサが立ち上がりました。
「ありがとう、アンディー」
その言葉とともに、生きている間は踏み出せなかった一歩を空へ向かって踏み出したメリッサ。
そして、その気配を察したかのように空を仰ぐ、独り残されたアンディー。
暗転の前の一瞬、アンディーの頬に光った涙を見たような気がしました。


その涙を、メリッサの笑顔を見たら、なんだかもうどうやっても涙を止めることができませんでした。
でも、今でもその涙のわけがわかりません。
彼らへの同情でもない。共感とも言い切れない。
哀しい涙なのか、悔しい涙なのか、嬉しい涙なのか・・・
そのどれでもあるように思うし、どれとも違う気もする。
たぶんどんなに考えても、そしてたとえまた二人のアンディーとメリッサに触れたとしても、
その答えは出ないような気がします。

そんな混沌とした割り切れないものこそが、生きているということだと思うから。


20年という間、たくさんのペアが生み出した"二人の人生"。
たぶん、そのペアによって、私が受け取るものは大きく違うと思う。
いつか、また別のペアでも観てみたいと思う。
でも。
私の一番最初の「LOVE LETTERS」が、この二人であったことが、
そして、今回のこの空間に居合わせたことが、本当幸せでした。
一度組んだペアは換えないというこの朗読劇。
これから沢山の舞台やステージに立ち、どんどん経験値を上げていく彼らの、
"その時に生み出される二人"に、また会いたくなりました。

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