瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2011/06/25 20:04   >>

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昨日に比べて、今日はかなり過ごしやすい一日でしたね。
最近ちょっと寝不足だった私は、久々にがっつり昼寝をしたわけですが、
途中、凄い雨の音に目が覚めました。
半分寝ながら窓を閉めて、また寝たわけですが(笑)、
そのときの、自分を違うところから見ているような現実感のなさが、
まさに"夢現(ゆめうつつ)"ということなのかなあ、と思ってみたり。

私は結構リアルな夢を見る方で、夢を見ずに熟睡できる!という方が正直羨ましいです。
きっちり起承転結(まあ夢なりに、ですが)のあるストーリーを持った夢を見ることもあるし、
ひたすら理不尽な展開に翻弄される夢をみることもあるし、
何かから逃げて逃げて逃げて、ぐったりして目が覚めるときもあります。

この舞台は、その最後の夢のように、逃げ場のなり焦燥感と恐怖に彩られていました。



2011渋谷・コクーン歌舞伎「盟三五大切」


2011.6.19 マチネ シアターコクーン 1回A列10番台

演出・美術:串田和美
出演:中村橋之助、尾上菊之助、中村勘太郎、坂東新悟、中村国生、笹野高史、片岡亀蔵、坂東彌十郎 他



本当に久々の歌舞伎。
コクーン歌舞伎はこれまで2度観ていて、「桜姫」の美しく幻想的な空間に魅了され、
「佐倉義民傳」が創り出す熱に圧倒されました。
で、今回。
演目について全く予備知識なくチケットをとり、
当日も配役のチェックとプログラムの串田さんの文章だけを読んで臨んだのですが・・・

ひたすら怖かったです・・・(涙)


物語は、忠臣蔵のサイドストーリーという感じで、
塩冶の家臣である家から、訳あって勘当された二人の男が、
それぞれの身元を知らないまま、一人の美しい女と、百両という金を廻って、
騙し、騙され、憎しみのままに命のやり取りをし、
けれど、最後、その金は同じ目的のために必要であったことが明かされる―――

という、恭穂的意訳では、なんともやるせない物語でした。

とにかく怖かったのが、橋之助さん演じる源五平衛の存在。
最初、菊之助さん演じる小万に惚れ込んで、
家財道具一式、畳まで売り払って彼女に尽くそうとする姿とか、
小万に甘えられてちょっとやに下がった(笑)様子とか、
勘太郎さん演じる三五郎に、小万の窮地を知らされて助けに(?)向かいながら腰が引けちゃってるところとか、
なんだかとてもリアルで、且つ微笑ましかったのです。
それが、実は小万と三五郎が夫婦で、
源五平衛から金を巻き上げるために茶屋の者がみんなぐるだったことを知ったあとから、
その存在感がどんどん違う次元のものにシフトしていきました。
うーん、上手く言えないのですが、"人"としての存在が希薄になって、
人外のもの―――"鬼"のような存在へとシフトした、というか・・・

1幕最後の五人切りの場では、恐ろしかったけれど、それでもまだ"人"だったのです。
きっちりつくられた2階建ての家。
三五郎と小万、そしてその仲間たちが寝静まる家。
月光が返って闇を濃くするような雰囲気の照明の中で、
その家を乗せた盆がゆっくりと回ったとき、
家の裏手の壁に寄りかかるようにして立つ源五平衛の姿は、
追い詰められた"人"の静かな怒りと絶望と憎しみが感じられた。
ゆっくりと回る家の動きを効果的に使って、
血に濡れた刃を手に、出会う者をみな斬りながら、憎い二人を探す源五平衛と、
ぎりぎりのタイミングで源五郎の目から逃れる三五郎と小万の姿は、
ちょっとのタイミングで全てが崩れ去るような緊迫感に溢れていて、
まさに逃げ惑う夢のような怖さがありました。

けれど、2幕。
彼から逃げるために住まいを移した三五郎夫妻の新居へ、毒入りの酒を持って現れたときも、
その家に上がりこみ、案内してくれた茶屋の夫妻に芸をさせたときも、
その後、小万を手にかけたときも、
源吾平衛からは1幕で感じたような生々しい憎しみや、感情の揺れは感じられなかった。
唯一感じられたのは、自分の身代わりとして国生さん演じる八右衛門がお縄にかけられるシーンかな。
ここは、このお芝居中で唯一柔らかい感情が感じられて、ちょっと涙してしまいました。

で、私が一番怖かったのは、2幕の愛染院門前の場。
前の場で切り殺した小万の首を大事そうに台の上に置き、
その前でゆっくりと食事をする源五平衛の姿でした。
そこに至るまでの彼の葛藤、彼の苦悩、彼の憎しみ―――そんな生々しい感情が、
すとん、と全て抜け落ちたかのように、無表情に日常的過ぎる動作を淡々とする源五平衛。
そして、笹野さん演じる了心(実は三五郎の父)が現れたとき、
源五平衛は慌てながらも冷静に小万の首を包みなおす―――その現実的な判断。
猟奇的なシチュエーションだから、というだけではなく、
"人"でないものが"人"として振舞う違和感に戦慄した、そんな感じです。

結局、三五郎が自分を陥れてまで手にした百両は、
自分を討ち入りに参加させるために了心が息子に用立てを頼んだ金だった。

そのことを打ち明けながら切腹し、小万の首を抱きしめて絶命した三五郎。
ひととき抱きしめた、儚いほどに弱々しかった赤子。
自分の腕の中でかつて微笑み、そして冷たくなっていった小万。
自分の身代わりとしてお縄にかかった八右衛門の最後の視線―――

ひとり取り残された源五平衛―――不破数右衛門に、浪士の声が語りかけます。

この後、源五平衛は討ち入りに参加した、といいます。
多すぎる犠牲をはらって、"名誉"のために討ち入りに参加した源五平衛。
それは、犠牲となった人たちの望みでもあった。

けれど、きっと彼の心―――魂は、討ち入りの場にはいなかった。
終盤、薄暗い舞台の上で廻り続けるあの家。
永遠の黄昏の中で繰り広げられる、自分が斬り捨てた人たちの、そうであったかもしれない日常。
それは、源五平衛の見る夢。
源五平衛が創り出す幻。
そして、その永遠の幻の中に、源五平衛の魂は沈んでいる。

そんなふうに感じたのは、やっぱりプログラムの串田さんの文章を読んだからかもしれません。
彼が感じる曖昧な時間。
夢と現の曖昧な境界。
けれど、そこには、確かに"人"の情が沈んでいて・・・

これまでに観た2作のようなスペクタクル感(って言っていいのかな?)はなかったけれど、
リアルさに裏打ちされた夏の夜の悪夢のようなこのお芝居は、
モネの絵のような、あるいはクリムトの絵のような舞台美術とあいまって、
私の中にも曖昧な存在感で、ずっと残るような気がします。



では、役者さんのこともちょこっと。

小万役の菊之助さん。
久々に拝見しましたが、やっぱりお綺麗ですねv
でもって、ちょっとした仕草の色っぽさとか、女らしさにちょっとくらくらしました(笑)。
私には、彼女は悪女には見えなかったなあ・・・
三五郎に心底惚れているのがとても良くわかったからかも。
彼女が三五郎と幸せに暮らすためのターニングポイントは、どこにあったのかなあ、と思っちゃいました。

三五郎役の勘太郎さん。
いやー、かっこよかったです!
やってることは結構とんでもないのですが、
なんというか、一本筋が通った男、という感じでした。
小万とのやりとりも、とっても微笑ましくって・・・
こういう自由なはずの男をも操る"お家"や"お主"って、どんな存在なんだろう、
とちょっと考えさせられました。
そういえば、時々声の響きが勘三郎さん?と思うときがありました。
これまでの舞台ではあまりそんなふうに感じなかったので、ちょっとびっくり。

八右衛門役の国生くん。
橋之助さんの息子さんなんですねv
甲斐性のない源五兵衛を叱りながら、一生懸命に尽くそうとする姿が可愛らしかったです。
この物語の中で、一番常識的で、だからこそ割を食っちゃったのかなあ(涙)。
声がちょっと通りにくかったのは、まだ声変わりが終わってないからなのかな?
プログラムでの歌舞伎に対する想いが素敵でした。
これから沢山の舞台を踏んで、きっと自分の目指す"役者"に近づいていくんだろうな。

了心役、ますます坊主役の笹野さん。
コクーン歌舞伎、というと笹野さん。
串田さん、というと笹野さん。
と、私の中でインプットされつつあります(笑)。
今回も上手に客席をいじって、物語に風を通してくれていました。


浪士の声は、勘三郎さんかなあ、と思っていたのですが、
先週、舞台に立たれた、という記事にそのことも書いてあって、やっぱり!と思いました。
コクーン歌舞伎を創り上げてきた勘三郎さん、
きっとこの舞台に立ちたかったろうなあ、と声を聴きながら思っていたので、
このニュースを知ったときには、観れなくて残念!という気持ち以上に、ほっとした気持ちになりました。
続報は目にしていませんが、あの後も由良之助として舞台に立たれたのでしょうか?
そうだといいなあ、と思います。
そして、来年のコクーン歌舞伎では、また是非勘三郎さんの元気なお姿を拝見したいですv

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11/06/18 コクーン歌舞伎「盟三五大切」時代の価値観に縛られる悲劇
東急Bunkamura改装前のラストの公演「コクーン歌舞伎 盟三五大切」。私はこの作品をコクーン歌舞伎版で観るのは初見。1998(平成10)年に上演の舞台を資料などでイメージしてきたが、ようやく実際に観られるのが嬉しい。 前月の「たいこどんどん」に引き続いて橋之助が主演し、... ...続きを見る
ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記
2011/07/09 02:57

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
これまで大歌舞伎で観た「盟三五大切」と今回のコクーン歌舞伎版はずいぶんと違った舞台でした。そのあたりの違いについても言及してようやくようやく感想をアップしたのでTBもさせていただきました。
南北の描くドラマは実は皮肉をこめているのですが、串田さんは悲劇を悲劇として実にウエットに描き出すのですよね。そこがあまり好きになれない舞台と、今回のようにこれもアリだなと思わせる舞台があるのだと納得しました。
しばらく改装中のコクーンを離れて、串田演出版だと「平成中村座」が秋からけっこう長丁場になるらしいです。勘三郎丈もそこには復帰されるでしょうから、今から楽しみにしているところです。
ぴかちゅう
2011/07/09 03:03
ぴかちゅうさん、こんばんは!
この演目、私は初めてだったのですが、とても怖かったです。
大歌舞伎のものは、もっとドライな舞台なのでしょうか?
いつかそれも観てみたいなあ、と思います。

「平成中村座」、またあるのですね!!
1回でも観にいけるといいなあ。
恭穂
2011/07/12 20:55
恭穂さま
観るまでは橋之助さんと勘太郎くんの役が逆の方が
いいなぁ、と思っていたのですが、いえいえ、
橋之助さん@源五兵衛、すばらしかったですね。
大歌舞伎では様式美を重んじることもあって、
ちょっと人間離れした印象も受けることがある
のですが、この源五兵衛は心情までがとても
リアリティのある、生きて愛して恨んで憤って
怒りもすれば悲しみもする、まさに「人間」でした。

実はワタシ、怖いけれどこの演目好きなんです(笑)。
鶴屋南北の忠臣蔵に対するシニカルな見方が映し出されて
いるよで・・・。百両を巡る因果にも改めて背筋が寒くなる
思いでした。

コクーンでお目にかかれてうれしかったです。
またぜひご一緒させてくださいね。
スキップ
2011/07/14 09:26
スキップさん、こんばんは!
百両を巡る因果・・・本当にやるせなかったです。
橋之助さんの源五兵衛はまさに"人間"の弱さがあって、
それが人としての感情の範疇を越えてしまう瞬間が、
とてもとても怖かったです。
私は初見でしたので、いろいろ見落としていることがあるんだろうなあ、と思います。
ので、いつか大歌舞伎でも見てみたいなあ、と思います。
恭穂
2011/07/16 23:01

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