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zoom RSS 文月の観劇な週末 その1〜完敗〜

<<   作成日時 : 2011/07/17 20:56   >>

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というわけで、昨日は久々の観劇日でした。
マチネが「リタルダンド」、ソワレが「血の婚礼」。
どちらも水分をかなり消耗いたしました・・・前者が涙で、後者が汗で(笑)。

まだ頭も気持ちも整理がついていませんが、
今週は夏休みという名の家族サービスとセミナー参加(とそれに付随する観劇/笑)でぱたぱたしそうなので、
見切り発車で一つ観劇記録を書いておこうと思います。



大規模修繕劇団 旗揚げ公演
「血の婚礼」

2011.7.16 ソワレ にしすがも創造舎体育館 特設劇場 B列10番台

作:清水邦夫
演出:蜷川幸雄
出演:窪塚洋介、中嶋朋子、丸山智己、田島優成、近藤公演、青山達三、高橋和也、伊藤蘭、土井睦月子 他


清水邦夫さんの脚本を蜷川さんが演出したお芝居は、これまで2本見ています。
「タンゴ・冬の終わりに」「わが魂は輝く水なり 〜源平北越流誌〜」
どちらもとても難しかったけれど、私なりに感じるものや受け取るものがありました。
が!
今回のお芝居は、もう本当に完敗!!という感じです。
いろんな要素が、とにかく私がこの舞台に歩み寄ることを阻んでいたとしか思えない(笑)。

一番の要素は、暑さと湿気。
90分の舞台の殆ど、舞台上に雨が降る、というのは事前に知っていました。
舞台上に作られたくすんだ路地と客席を遮るような激しい雨と、
その雨の中でびしょぬれになりながら演じている役者さんたちには目を見張りました。
が、とにかく暑かったんですよー(涙)。
最初はむせ返るような水の匂い、それも爽やかな土の気配じゃなくて、
日の射さないアスファルトの気配を混じた水の匂いそのものが、
この舞台の一番の出演者なんじゃないか、って思うくらいの余裕があったし、
飛んでくる水滴を配られたビニールシートで防御する余裕もあったんですが、
時間がたつにつれて、その湿気と暑さに朦朧としてきちゃいました。
なんかね、汗をかくこともできないくらいの湿気だったんです。
途中ちょっと意識が飛んじゃっいました(汗)。
舞台の上で、役者さんたちが語る言葉の端々に捉えられ、浮上しようとするんですが、駄目でした・・・
雨がやんだ!と思ったら、今度は蝋燭の明かりだしね〜。
あの体育館の舞台は、このお芝居にとても雰囲気が合っていたけれど、
この暑い季節に、こういう演出をするんであれば、空調はもっとしっかりすべきだったんじゃないかと思います。
正直、熱中症になるお客さんがいてもおかしくない!と思ってしまいました。
というか、後ろの席だったら大丈夫だったのかな?


次の要素は、やはり戯曲の描く世界自体が、私のキャパを越えていた、ということでしょうか。
「血は立ったまま眠っている」を観たときと同じように、どうしても受け入れがたい部分がありました。
まあ、「血は〜」の時は生理的な拒否感で、今回はどちらかというと心情的な距離感だったようにも思いますが。

結婚式で花嫁を奪った男(北の兄=窪塚洋介)と、奪われた花嫁(北の女・ふね=中嶋朋子)。
2年後、既に二人の生活は破綻していて・・・けれど、そこに彼らに会うために故郷の人たちがやってくる。
その中には、花嫁を奪われた男・ハルキ(丸山智己)もいて。
避けようもなく再会した彼らの間に交わされる、言葉と感情は破滅へと繋がっていて―――

長すぎる春の果てに、殺しあった男たちの手から取り上げた凶器で相対死にする兄さん(高橋和也)と姉さん(伊藤蘭)。
妻の通夜の夜に、何度もこの路地に迷い込む喪服の男(先生=青山達三)。
先生と共に暗闇を歩き、幻の列車の気配を他者に伝える高校生(土井睦月子)。
雨の音すら消し潰すような破壊的な音を立てて行進する鼓笛隊。
そして、雨の中、必死に誰かと交信しようとする、トランシーバーの少年(田島優成)。

それらを、目の前で繰り広げられる"現象""事実"として見つめることはできても、
その奥にある"何か"を自分の中に、自分のモノとして受け止めることはできなかった―――そんな感じです。
2列目センターという良席にいて、役者さんの細かな表情まで見ていながら、
気持ちはとても遠いところにある。
そのことが、ちょっと辛い舞台でしたが、まあ、そういう邂逅もあるよね、と妙に納得してみたり。


そして最後にして実は最大の要素だったんじゃないかと思うのが、
開演前に読んだブロクラムの上演史、その1999年のところに、
「トランシーバー少年:高橋洋」の文字を見てしまったこと。
いやー、自分がここまで"舞台の上で演じる洋さん"に飢えていたとは思いませんでした。
マチネで激昂する吉田鋼太郎さんを観て、「オセロー」を思い出しちゃったのもあるのかもしれませんが、
田島くんの少年が台詞を言い、動くたびに、洋さんの少年はどんなだったのだろう?って思っちゃったんですね。
これって、田島くんはもちろん、この舞台を創り上げた全ての方たちにとって、
めちゃくちゃ失礼なことなのだと十分にわかっています。
でも、理性とは別の部分でそう思ってしまったのは、もうどうしようもないかなあ。
田島くんの少年がまた初々しいのにとらえどころのない存在感と、
その路地とは異質な暗さを背負っている感じがして、とても目を引いたんですね。
彼のトランシーバー少年が良かっただけに、余計に洋さんを思ってしまったのかもしれません。

というか、田島くんのトランシーバー少年、不可思議な存在だったけど、とても素敵でしたv
いやもう可愛くてねーv(おばさん目線?/笑)。
雨の中、北の兄(名前、舞台上で言ってたはずなのに忘れちゃった/汗)と並んで体育座りしてるところとか、
さりげなく北の兄に擦り寄ったりしていて、おおお!と思っちゃった(笑)。
北の兄には一刀両断されてたけど、自分と通じるものを持つ誰かの傍にいることで、
彼は安心することができたのかなあ、とも思ってみたり。
北の兄が死んだあとの嘆きっぷりも良かったしねー。
そういえば、白いTシャツを脱いだトランシーバー少年が、降りしきる雨のなか叫びを上げていた最後のシーン、
一緒に観た弟は「別の人だったよね」と言っていたのだけれど、
実際はどうだったのかしら?
逆光で顔ははっきり見えなくて、大きく波打つ背中と肩の筋肉に、
「脱ぐと華奢だなあ〜」なんて思っていたのですが(おい)、
私はなんの疑いもなく田島くんだと思ってました(汗)。
実際はどうだったんでしょうね?


北の兄役、窪塚洋平さん。
・・・凄い!と思いました。
あの現実の世界から半歩ずれたような世界の中に、ごく自然に存在しているのです。
台詞がとても情熱的だとか、動きが大きいとか、そういうことは全然ないのに、
北の兄がいると、舞台の反対側で繰り広げられる別の芝居を見ているのに、
何故か意識だけが彼に向かってしまう―――そのことに気づいたときに、なんだかとてもびっくりしてしまいました。
でもって、とっても怖かったです。
前半、トランシーバー少年や弟に容赦ない言葉を浴びせるときもですが、
後半、揺らめく蝋燭の灯りの中でハルキと対峙したとき。
客席に降りて語る彼の声が、その熱い存在が、なんだかとても怖くて、
なのに何故かその声はとてもとても優しくて・・・
彼の行動の全ては他者のためだったのではないか?
北の兄は、弟にとってだけでなく、ハルキにとっても、ふねにとっても、そしてトランシーバー少年にとっても、
"兄"として在ったのではないか?―――そんな風に感じてしまいました。


ハルキ役の丸山智己さん。
常に北の兄との対比として存在するハルキ。
必死に追いかけて、でも越えられなくて、
自分を苦難の中に突き落とした彼を憎んで、憎んで、
でも、憎しみを凌駕する愛情を彼に持っていて―――そんな印象でした。
北の兄と、故郷の森の話をしたときの少年のようにキラキラした目が、そんな風に思わせたのかもしれません。
だからかな、最後、蝋燭の灯りを消す瞬間の彼は、凄く満ち足りているように見えてしまいました。


そんな二人の間で、何故か取り残された花の印象だったふね役、中嶋朋子さん。
降りしきる雨の中でも、とてもクリアな佇まいでした。
なんというか、男二人とも、彼女を通して相手を見ている感じで、
そしてそれがわかっていて、二人の男の間に立ち続ける諦念が、観ていて哀しかったです。
最後、倒れる二人の男のそれぞれに触れる彼女を見て、
なんだか「ウェストサイド・ストーリー」のラストシーンを思い出しました。
二人の男の絆から解き放たれて、彼女はこの後幸せになれるのでしょうか・・・?


姉さん役、伊藤蘭さん。
いやー、お綺麗でしたv
足を組んで気だるげに煙草を燻らせる姿が、あの路地のセットにしっくりしていて。
姉さんの姉さんのシーンは、凄く迫力だったのですが、
あのときがまさに暑さピークで、途中ちょっと意識が途切れました。すみません〜!!!

というか、ほんとにどのシーンもなんとなく記憶が曖昧で断片的なんです。
シーンごとに記憶はあるのだけれど、その順番や関係性が微妙・・・
もしや、そういうお芝居だったのだろうか(え)。

幻の電車や鼓笛隊の意味も良くわからなかったしねー。
最後の電車のところで、松田慎也さん演じるシーちゃんが、「ママが乗っている!」と言ったので、
彼岸を走る電車なのかな、と思ったのですが、
一緒に観た弟は「殺した側が乗ってるのかもよ」と言ってました。
彼としては、鼓笛隊が死者の列のようにみえたようなので、その結果なのでしょうけれど、
なるほど!!と思ってしまった。

きっと何が正解、というものはないお芝居なのだと思いますが、
雨の熱帯夜などには、きっとこの舞台の断片を思い出すんだろうなあ、と思います。

なんだかまとまっちゃったので、とりあえず観劇記録はここでお終い。
これからご覧になるみなさん、是非涼しい格好で、
且つ、扇子や冷たいお茶のペットボトル(飲めないけど保冷剤にはなるかも?)をお持ちになることをお薦めします!!

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11/07/29 あばれ梅雨の中、特設劇場に「血の婚礼」が帰ってきた
蜷川幸雄演出の舞台は極力観ることにしている私だが、この作品は今回が初見。観劇を見送った寺山修司の「血は立ったまま凍っている」で気になった窪塚洋介の舞台も初めて観ることができる。 清水邦夫がガルシア・ロルカの「血の婚礼」にインスパイアされて書き、1986年に蜷川... ...続きを見る
ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記
2011/08/03 00:50

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さんのこちらの記事を読んで、保冷剤をハンカチで首に巻いて観劇しました。日本海側に豪雨が降って太平洋側は猛暑がどこかに行っているというまさに「あばれ梅雨」の時期の観劇だったので全く蒸し暑さは気にならなかったのがラッキーでした。
観劇時もそれほど嫌ではなく、反芻していたら鼓笛隊がレミゼの「みな聞こえるかドラムの響きが・・・・・・」を彷彿としたので、けっこうスルスルといろいろなイメージが湧いてきました。さきほどようやく記事アップしましたので、どうぞ読んでみてください。
プログラムの蜷川さんの文章もめちゃくちゃ咀嚼のヒントになりました。苦手な寺山修司の「あゝ、荒野」も観てしまおうかという気持ちがだんだん強くなってきています。あゝ、蜷川さんと心中したい!精神的にですが(笑)
ぴかちゅう
2011/08/03 00:57
ぴかちゅうさん、こんばんは!
ぴかちゅうさんの観劇の時には、それほど蒸し暑くなかったのですね。
良かったですv
私は特に厚さが苦手なので、余計に負けちゃったのかも。
今回は見事に完敗でしたが、またいつか再演されるとしたら、
その時には体調万全であの空間を体感したいです!
恭穂
2011/08/06 22:08
恭穂さま
「廃校の体育館だなんて、この作品にぴったり」と
思っていたのですが、そんなに過酷な環境だったの
ですね。もっと違う季節だとよかったかもしれませんね。

この作品は、受け手側のとらえ方によって印象も
大きく変わるのかなぁ、と恭穂さんのレポを読んで
思いました。
確かにかなりハードルは高かったですね(汗)。

そして、あのトランシーバー少年役を高橋洋さんが
やっていらしたとはオドロキです。
(プログラムを買わなかったので今ごろ・・・)
それはぜひ観てみたかったかも。
スキップ
2011/09/01 12:42
スキップさん、こんばんは。
いえ、過酷な環境ではあったのですが、
たぶん私が非常に暑さに弱いのが原因かと(汗)。
きっと、あの蒸し暑さも演出の一つだったんだろうなあ、とは思いますが・・・
その点でも私にはハードルが高かったです。

トランシーバー少年!
そうなんですよー。
すごく観てみたくなりますよね?!
とても印象的な役なので、どんな風だったのかとても気になります。
恭穂
2011/09/02 23:39

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