瓔珞の音

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zoom RSS 文月の観劇な週末 その2〜想いの在処〜

<<   作成日時 : 2011/07/28 22:56   >>

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ここ数日、ふとした瞬間に頭の中を巡るメロディがありました。
切なくて、哀しくて、でも心がほっこり暖かくなるシチュエーションで流れたメロディ。
つい最近聴いたはずなのに、そのメロディが何の曲だか思い出せなくて。
ただただその曲が大好きだという気持ちだけがあって、
その気持ちの行き先が見つからないことが、とても悔しくてやるせなくて仕方がなかった。

自分の中に、確かにあるはずの記憶。
自分の中に、確かにあるはずの想い。
大切な誰かに、繋がるはずの、何か。

刺激を受け取り、それに対して神経細胞の中で起きる電気の流れを感情というなら、
その感情をストックする場所を"心"というなら、
心の在処は脳ということになります。
であれば、脳の機能が侵される病は、心を侵し、感情を消去してしまうのかもしれない。

でも。

記憶が喪われても、それでもなお、この身体のどこかに残る感情―――想いが、きっとある。
そんなふうに感じさせてくれる舞台でした。




音楽劇「リタルダンド」

2011.7.16 マチネ パルコ劇場 X列10番台

作:中島淳彦
演出・作詞:G2
音楽:荻野清子
出演:吉田鋼太郎、一路真輝、高橋由美子、伊礼彼方、松下洸平、山崎一、市川しんぺー


パルコ劇場は、実は私が始めてG2さんの演出に触れた場所でもあります。
そのとき観た「MIDSUMMER CAROL 〜ガマ王子VSザリガニ魔人〜」にもかなり大泣きさせられましたが、
今回の舞台も、涙が乾く間がない、というような感じでした。


物語は、スタイリッシュに整えられたマンションの一室で繰り広げられます。
そこに、一人の男が佇んでいました。
笹岡潤治、51歳。
自分の家の中で、何故か途方にくれたように立ち尽くす笹岡。
急に何かを思い出したように目に付くもの全てを手に取り、また置き、
ピアノに向かって弾き始めた曲は、最初のフレーズの途中で音を外す。
何度も、何度も、滑らかな音程から外れる、音。
不安を煽る、その音―――彼の記憶が、さらさらと崩れ始める、音。

若年性アルツハイマー病を題材としたこのお芝居。
発症した本人の、そして彼を囲む人たちの感情の揺れを、
時に静かに、時に激しく、流れていく時間のような優しいピアノの音に乗せて、
叙情的に、けれどクリアに見せてくれました。

この舞台、どの役者さんも素晴らしくて、とても見ごたえがありましたが、
なにより笹岡を演じる吉田さんの演技に圧倒されました。

冒頭の、自分の中で静かに崩れていく何かの気配に怯える姿も、
部下を前に敏腕編集長として、長年作り続けた音楽雑誌の特別編集号について熱く語る姿も、
コントロールできない自らの激情に呆然とする姿も、
アルツハイマー病の診断を受けた後の、部下と友人に見せた笑みと、妻に見せた笑みの違いも、
何かに追われるようにメモを書き続ける姿も、
息子に向かって「俺はお前の父親だな?」と問いかける瞳の切実さも、
そして、全ての感情の波を越えてしまったかのような2幕の姿―――

1幕と2幕で、笹岡の様子は全く変わっています。
自らの変調に気付き、診断を受け、消えていく記憶に向き合う1幕と、症状が進行した後を描く2幕。
休憩を挟んで目にした笹岡変貌は、驚くほどに鮮やかで、
1幕とは一転した、穏やかとも言えるほどの笹岡の表情に、
描かれなかった時間に彼が、そして彼を囲む人たちがたどったであろう修羅の時間を否応なく思わされました。

新しい記憶から喪われていく、アルツハイマー病。
自分の記憶が喪われていくことへの恐怖すら忘れ、けれどメモを書くことだけは続けている笹岡。
自分に献身的に尽くしてくれる妻を、数年前に亡くした前妻の名前で呼び、
既に成人した息子を、高校生として扱い、
部下を、新人だった頃のあだ名で呼ぶ―――

全てのものへの執着をなくし、子供のように笑う笹岡。
けれど終盤、妻の兄から離婚を迫られた笹岡は、子供のように泣きながら、彼女と共にあることを望みます。
その時に、呼んだのは、前妻の名前ではなく、妻の名前。
そして、混乱の中彼がばら撒いた夥しいメモの中に記された些細な事柄の間に、確かに記された妻の名前―――
1幕とは別人のような受身の存在であった笹岡。
でも、このシーンで、私の目の前で(最前列でした・・・)背中を丸め妻と共に在りたいと願う笹岡の姿に、
伝える言葉をなくしても、共有する記憶を塗り込められても、
決して喪われることなく存在する深く、強い感情を感じました。

実際に、この病気の方と接している人にとって、
このお芝居はご都合主義のファンタジーなのかもしれません。
こんなふうに都合よく、厚く塗り込められたはずの記憶の扉が開くことはないのかもしれません。

それでも。
脳だけではなく、その身体に、その肌に、その指先に刻み込まれた想いは、
その根拠となる記憶を喪っても、その姿を現す術をなくしても、
きっと消えることなく存在している―――そう、思いました。



笹岡の再婚相手である洋子さんを演じた一路さん。
舞台を拝見するのは本当に久しぶりなのですが、
凛と伸ばした背筋と、笹岡に真っ直ぐに向かう眼差しの深さが、とても印象的でした。
結婚後半年での笹岡の発症。
アルツハイマー病で施設に入所した母を持つ洋子さんにとって、笹岡との未来を想像することは容易かったはず。
それは、決して生半可な気持ちで向き合うことのできる時間ではなくて―――
けれど、洋子さんは最初から笹岡の傍にいることを望み、それを貫き通しました。
正直、どうしてここまで?と思ってしまう部分もあった。
数年前に亡くなった前妻の名前で呼ばれても、最初の衝撃をやり過ごしたあとは、
笑顔でその呼び声に答え続ける洋子さん。
でも、潤治がプロポーズ代わりに洋子さんに渡した手紙の文面が読み上げられたとき、
洋子さんがそこまでの覚悟を持って潤治に寄り添おうとする理由が少しわかったような気がしました。
でもって、その覚悟と強さを、こんなにも健やかに違和感無く演じられるのは、
やっぱり一路さんの人間的な深さによるのかなあ、と思いました。


笹岡の息子・恵治役は松下洸平さん。
名前は聞いたことがありましたが、実際にお芝居を観るのは初めてかな。
洋子との結婚に反抗して家を出ていた恵治を、潤治の発症後に洋子さんに呼び戻され、
徐々に喪われていく潤治の記憶と反比例するかのように、
家族としての絆を深めていく恵治の変化が、断片的なエピソードの中で鮮やかに描かれていました。
とっても好青年な印象v

ミュージシャンでもある、とのことで、劇中のピアノもギターもとてもお上手でした。
実の母(恵さん)が亡くなった時、母を思う歌を作った恵治に、潤治が作ったという歌。
"お前がどれだけ世界を憎んでも、世界はお前を愛している"というような歌詞。
恵治が家にもどったとき、潤治は既にこの歌を忘れていて・・・
必ず思い出させる!と、家に帰るたびに恵治はその前奏を弾き、潤治に歌わせようとします。
けれど、潤治の歌い始める歌は、きっと子供のころから歌っていた童謡で。
「夕焼け小焼け」「しゃぼん玉」に潤治の歌が摩り替わってしまうたびに、
苦笑いしながら最初から繰り返し、でも最後にはそのまま潤治の歌う歌に軽やかな伴奏をつけていました。
実は、このシーンが一番泣けたんですよね。
潤治の歌にみんなが笑いながら、だんだん一緒に「夕焼け小焼け」を歌う・・・
(一人は意地で「しゃぼん玉」を歌ってましたが/笑)
容赦なく進んでいく時間―――病状に、困難ばかりが目に付く日常の中で、
いろんな形の愛情を潤治に対して抱き、その病に心を痛め、自分自身も傷ついている人たちが、
笑いの混じった歌声を元気一杯張り上げて・・・共に過ごす時間を、共に感じる楽しさを、体中で受け止めている。
そのとき全員が感じた"楽しさ"や"幸せ"は本物で、
そのことが、なんだかとても嬉しくて、切なくて、しゃくりあげる寸前までいってしまいました。


高橋さんが演じたのは、潤治の部下の編集者、吉野康子。
新人の頃から編集長である潤治に憧れ、想いを寄せ、一度だけ彼と関係をもった吉野。
自分よりもずっと短い時間しか潤治と過ごさないのに、彼と結婚した洋子さんに複雑な感情を抱く吉野を、
高橋さん自身が持つ陽性の魅力で、とてもリアルで素敵な女性として見せてくれました。
殆ど弱みを見せず、誰にも頼ろうとしない洋子さんとは対照的に、
病の進行していく潤治に、「私は編集長にとって新しい記憶?古い記憶?」と問いかけ、
「編集長の中から自分が消えてしまうのがいやだな」とはっきりと言葉にする姿がとても切実で胸に迫りました。
伊礼さん演じる後輩の編集者や市川さん演じるライターへのきっぱりはっきり遠慮のない態度とか、
家族の写真をとる潤治の顔を上げさせ笑わせるための捨て身な行動とか(笑)、
個人的にとってもお友達になりたい女性でした。
歌声もほんとに素敵でうっとりしちゃいましたv

このお芝居、音楽劇なので要所要所で歌があるのですが、
どれもそのときのその人の気持ちをそのまま音楽にのせた感じでした。
ミュージカル俳優陣の滑らかに感情を言葉にする歌声と、
吉田さんや山崎さん、市川さんの言葉がそのまま音楽にのって感情を伝えてくれる歌声が、
絶妙なバランスで交じり合っていて、どちらの歌声も大好きな私としては大満足vでした。


高橋さんと一緒に素晴らしい歌声を聞かせてくれた伊礼さんが演じたのは、編集者その2(笑)の藤原雅彦。
イマドキなかっこよさと、昭和な(語学的)センス、音楽へ向ける熱い想いと、
吉野へ向ける及び腰な恋情が、とーっても伊礼さんに似合っていたなあ、と思いますv
「港町純情オセロー」に引き続き、魅力的な役柄でした。
吉野への想いの空回りっぷりも涙を誘いましたが(え)、
編集長へ向ける手放しの尊敬を直球勝負で見せてくれた感じです(この言い回しも昭和?/笑)。
とにかく、藤原は潤治の音楽知識や、ロックへ向ける愛情をひたすらに尊敬してるんだなあ、と。
だからこそ、潤治の発病に対して、最初は受け入れられない気持ちを素直過ぎるほどに露にしてました。
最終的には、潤治が最後に企画した特別編集号を何とか世に出そうと、
吉野と一緒に頑張り続ける訳なのですが、結局潤治は退職せざるを得なくなり、
特別編集号も出すことができなくなってしまうのですね。
そのことを潤治に告げたとき、「申し訳ありませんでした!」と深く頭を下げるのですが、
そのとき斜め後方から彼を見る私の席からは、涙で真っ赤になった藤原の目と、
両脇で固く握り締められた手が細かく震えていることがはっきり見えて、
その本当に直球な感情に、私まで胸が痛くなってしまいました。
役者さんが泣くシーンの多いこのお芝居の中で、一番豪快に泣いてたのが彼だと思う(え)。
その後マジ泣きしてしまっている藤原に、「大丈夫かな」とクールに呟く吉野が何気にツボでしたv


潤治の大学の後輩で、ライターの泉拓郎は市川しんぺーさん。
いやー、この人も潤治のことめちゃくちゃ好きですよね?!
かなりストレートな物言いで、他の人から非難の眼で見られたり、
吉野には「もう二度とここに来るな!」とか言われちゃったりするんですが、
言い方はともかく、泉が言うことっていつかは直面しなくてはいけないことばかりなんです。
もちろん、露悪的な言い方に過ぎる部分もあるけれど、
それ自体も潤治の病を受け止めるために、彼にとって必要なことだったんじゃないかな、って思うし、
だからこそ誰よりも早く"発症した潤治"に向き合うことができたのかなあ、と思いました。
そういう意味では、潤治への寄り添い方というかスタンスが、洋子さんに通じるものがあるかな?
潤治と二人きりでお留守番しているときの泉とのやり取りのシーン、
泉の懐の深さみたいなものが感じられて、とっても好きでしたv
このお芝居の中で、しっかり笑いを採っていたのも泉で、
その笑いが、引き絞られるばかりのこのお芝居に、ふっと緩みを持たせてくれたように思います。


山崎さんが演じられたのは、洋子さんの兄・小松義男。
独り身で、認知症の母親の面倒をずっとみていた小松さん。
最愛の母親の記憶が喪われていく時間を―――自分が忘れられていく時間をずっと母と共有していた彼は、
潤治が発症したことを知ると、離婚届を手に洋子との離婚を潤治に迫ります。
1幕では、離婚届にサインをしようとした潤治を洋子が止めるのですが、
2幕、母の葬儀の後で、もう一度彼は潤治に離婚を迫ります。
そこで、潤治が既に名前も忘れたはずの洋子と共に在ることを望み、
ばら撒かれたメモの中に洋子の名前をみんなが見つけるシーンになるのですが、
このときの、小松さんの表情が、とてもとても印象的でした。
こわばっていた表情が、徐々に徐々に柔らかくなって、最後は泣き笑いになって・・・

愛する人の中から自分の記憶が消えていくこと。
誰よりも傍にいるのに、それを止めることができないこと。
それは、多分、小松さんの心をずたずたに引き裂き、頑なな殻に閉じ込めてしまうくらい辛いことだった。
だからこそ、彼は潤治に離婚を迫った。
けれど、潤治の中に、断片的でも"洋子"の存在があり、
洋子への想いが消えることなく刻み込まれていることを目の当たりにすることで、
彼はきっと、記憶を喪った母の中に、確かに存在したであろう自分への"想い"を感じることができたのだと思う。
そして、そう感じることで、小松さんの深い疵は癒されていった。
そう、感じました。


潤治が洋子さんの名を呼び、みんなが潤治の中に深く刻まれた洋子さんへの想いを感じたラストシーン。
それは、それだけでもとても感動的なシーンで。
でも、そのとき私が流した涙の理由は、そのことにたいする喜びではなかったように思います。
蹲る潤治。
彼を抱きしめる洋子さん。
その姿に、私は潤治に残された時間の短さを感じてしまった。
潤治の命の灯火は、きっとあと僅かしかない―――そう、理屈でなく感じてしまった。
でも、それは彼らの"幸せ"の終わりではなくて。

潤治の中に刻まれているはずの自分への想い。
潤治と共に過ごした時間の中で、自分に刻まれた想い。

その両方を大切に抱きしめて、彼らは自分の未来へ歩いていく。
その先には、潤治の姿はないかもしれないけれど、
いつか、自分が潤治を、そしてみんなと共に過ごした時間を忘れてしまう時が来るかもしれないけれど、
それでも、今ここにある"想い"は、決して消えることはない。

―――それが、誰かと共に生きる、ということだから。

そんなふうに思ったら、どうにも涙を止められなくて、カーテンコールの間中泣き笑いしていたような気がします。
終演後、お隣に座った伊礼さんのファンの方に話しかけていただいたときも、
それで堰がきれちゃったのか、しゃくりあげながらのお返事になってしまって、
大変申し訳ないことをしてしまいました(汗)。
でも、ほんの短い間でしたが、この舞台への想いを共有できたことは、とても嬉しかったですv


今週末が千秋楽のこの舞台。
私が見たときは休日にも関わらず空席がけっこうありました。
さすがにもう空席はないかもしれませんが、
でも、この辺境ブログに迷い込まれて、この舞台を観ようか迷われている方がいらっしゃいましたら、
是非、観にいって欲しい、と思います。
ファンタジーであるかもしれないけれど、でも、そこに描かれる感情のリアリティは本物だと思うから。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
この舞台すごく見たかったんですよ…
なのに今回は名古屋大阪までしか来ないんだもんなぁ(泣)
恭穂さんの感想を読んで、ああやっぱり大当たりだったんだと(+_+)
DVD購入決定ですw

次の記事から察するに、冒頭で語られている曲は
「ガス〜劇場猫」でしょうか?
みずたましまうま
2011/07/31 02:18
みずたましまうまさん、こんばんは!
そっか、この舞台、大阪までなんですね・・・
舞台のセットとかもとても凝っていて、
(基本マンションの部屋なんですが、
 壁とかが途中で途切れた感じになっていて、
 物語のコンセプトとあってるのかなあ・・・なんて)
照明もとても綺麗でしたし、
きっとDVDで観ても見ごたえがあるんじゃないかな、と思います。
お薦めですv というかきっと私も買います(笑)。

はい、冒頭の曲はその通りです!
私の記憶力ってもの凄く変で、
数日ぐらいたってから、不意にメロディとか台詞の一節とかが、
思い浮んじゃうんですよねー。
そういうこと、ありませんか?(笑)
恭穂
2011/07/31 21:23
恭穂さま こんばんは。
恭穂さんの細やかなご感想を読ませていただいて
また舞台が蘇ってきました。
あそこまで深刻ではなかったのですが、身内に
同様なことがあって、潤治が壊れていく過程では
観るのが辛くて、観に来なければよかったと
思いましたが、今は観てよかったと思っています。
舞台の上の絵空ごとではないリアリティがあって、
でもちゃんと希望も持てるラストで、心安らかでした。
鋼太郎さんはじめ役者さんも皆すばらしかったですね。
スキップ
2011/08/21 22:33
スキップさん、こんばんは!
潤治の病状が進む過程、鋼太郎さんの細やかな演技に、
本当に観ていて心が痛みましたね。
もう一度観るには勇気がいりますが、
DVD買っちゃうかもしれないなあ、と今では思います。
恭穂
2011/08/23 22:07

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