瓔珞の音

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zoom RSS 体力勝負な文月・・・

<<   作成日時 : 2012/07/22 21:06   >>

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ちょっとハードな一週間を終えて、明日からの更にハードな一週間の間に、
ずっと観たかった舞台を観てきました。

結論。

やはり観劇はベストコンディションで行うべき!(え)


「スリル・ミー」

2012.7.22 マチネ 銀河劇場 3階B列10番台

原作・音楽・脚本:ステファン・ドルギノフ
演出:栗山民也
出演:良知真次、小西遼生
ピアノ:落合崇史

初演の頃から気になりつつ、ご縁がなくて観ることのできなかったミュージカル。
今回、更に新しいペアを迎えての再々演ということで、何とか観ることができました。

幼馴染の「私」と「彼」。
小さい頃からずっと一緒で、いつしか身体の関係も持っていた二人。
共に飛び級をするほどの明晰な頭脳を持ち、
裕福な家庭で何不自由なく育ってきた、二人。
ひたすらに「彼」を求める「私」と、
「私」の思いを知りながら、それを自らのために利用する「彼」。
何処か歪んだ二人の関係が、一つの終わりを迎えたのは、二人が19歳の時。
ニーチェに傾倒し、自らを”超人”であると信じた「彼」は、
「私」を巻き込みながら、”超人”である自分たちには許されるはずと、
スリルから得られる興奮のために、犯罪を繰り返していきます。
放火、窃盗・・・けれど、いつしかそのような犯罪では、「彼」は満たされなくなり―――
そして、彼らが踏み込んだ犯罪は、殺人。
自分たちなら、完全犯罪を行える。
そう、「私」を説得する「彼」。
恐れ、躊躇いながらも、「彼」の求めるままに凶器をそろえる「私」。
そして、まったく無関係な一人の少年の命が無残にも失われた。
嬉々として、少年の家族へ身代金要求の脅迫状を書く「彼」。
けれど、その完全であったはずの犯罪は、ささいなことから破綻し―――

事件から34年後、仮釈放請求審理委員会で、「私」が当時のことを語る、
という形で舞台は進んでいきます。
シンプルな板張りの四角い舞台。
中央の階段の上、上手側にある黒いグランドピアノと黒衣の奏者。
最低限の小道具で、光と役者さんの演技で、現在と過去を見せる演出は、
さすが栗山さん、という感じ。
彼らが歩く靴音も、左右の壁に映る二人の影すら意味がありそうで・・・


でも、実は正直なところ、ちょっと不完全燃焼な感じだったりします。
3階席からだったので、役者さんの表情が遠いだけでなく、
動きが手すりや前の人の頭で遮られたり、照明で舞台の奥が見切れたり・・・
チケットをとった時点でわかってはいたことなのですが。
私自身かなり疲れが残っていたこともあって、
物語を受け止めるだけの余裕がなかったというのもあるかもですが、
濃密な心理劇である分、実際の距離以上に気持ち的な距離が影響しちゃいました。
なんというか、良くテレビとかでやっている再現ドラマを見てるような感じ。
DVカップルの共依存の果ての破滅、みたいな。
でも、この舞台って、それだけではないですよね?
そういう”気配”は感じられたのですが、
リアルな関係性を感じ取るまでにはいきませんでした。
それがとっても残念。
できれば1階席で、可能ならば、初演再演をしたような小さい劇場でこの舞台に触れたら、
もっと心に切り込むような、あるいは蝕むような、
そんな何かを受け取れたのかなあ、とも思います。

とはいえ、お友達によると、ペアによってかなり印象が違うというこの舞台。
もしかしたら、このペアの在り方も、私にそう感じさせたのかも。

小西くんの「彼」は、とてもかっこよかったです。
でも、それだけ。
ただかっこいいだけの、頭でっかちなこども。
「彼」は決して「彼」が考えているような超人ではなく、
成熟した大人、あるいは大人になりつつある少年の中に、
抑圧されたこどもがいるのでもなく、
ニーチェの超人を言い訳に、いきがって背伸びしているだけの、こども。
私には、そう見えました。
「私」の扱いも、甘い言葉と冷たい仕草で「私」を振り回しているように見えて、
実は無意識に「私」に甘えている感じ。
ちょっとほっとけない感じもありました。
この人には、自分がいなくては、と思わせる雰囲気。

良知くんの「私」がまた、素直な見かけの中に屈折したものが感じられて、
そのギャップが結構ツボでした。
R&Jのマーキューシオも可愛かったですが、「私」もかなり可愛い感じで、
冷たくされても「彼」にまとわり付いて、「僕を愛して、僕に触って!」って甘えながら、
実はしっかり「彼」を誘導して主導権を握ってるんですよね。
もしかしたら、「私」が傍にいなかったら、
「彼」は殺人まではたどり着かなかったんじゃないかな、って思っちゃった。

「彼」を理解できるのは、自分だけ。
「彼」を支えられるのは、自分だけ。
「彼」の傍にいるのは、自分だけ。
「彼」を、手に入れるのは、自分だけ―――

そういう「私」なので、あの事件の結末が「私」の故意だというのは、
もの凄く納得で着ちゃいました。
結局、「私」の思惑通りに、その後の「彼」の人生は「私」と共にあったわけだけれど。
最後、「彼と出会わなかったら、あなたの人生は違うものになっていたのでは?」、
というような審理官の質問に答える瞬間の「私」がどんな表情をしていたのか、
見損ねたのがとっても残念です!


舞台セットや照明も良かったですが、楽曲ももちろん良かったです!
焦燥や不穏さを感じさせつつも、とても美しいピアノの響きと、
彼らの歌声は、聴き応えがありました。
小西くんの歌声は、とても柔らかくて、冷たい言葉を言っていても、
基本は甘さがある感じ。
良知くんの歌声は、もともと大好きなのだけれど、
今回は、私が心惹かれた「陰陽師」の時のような迫力のあるものではなく、
もっと静かで、何かを押し隠しているような印象でした。
役柄的には、それで合ってるのかな?
「彼」に迫るところも、結構捨て身なんだけど、セクシーさよりは痛々しさの方があったかなあ。
最初のキスシーンとか、「私」が彼の身体に手を回す直前に「彼」が「私」をつきはなすのだけど、
その後の「満足か?」の問いに俯いて頷くところとか、ちょっとよろめきました、私(え)。
「私」が彼を押し倒すシーンと、最後の方で「彼」が「私」に縋りつくシーンで、
「彼」と「私」の横たわる姿勢が一緒なのも、結構意味深だったかなあ。
立場というか力関係の逆転?
「私」の表情が、遠めに見てもどんどん暗い笑顔になっていって、
逆に「彼」の表情が怯えたものになっていくのも良かったな。
もともと腐女子要素のある私なので(え)、
そういうフィルターでもいろいろ深読みさせていただきました(笑)。
でも、そうやって深読みするのと同時に、この舞台って、それだけじゃないよね、ってやっぱり思った。
そう感じさせる片鱗があった。
大人になりきれない少年の、無軌道な行動と歪んだ愛情の果ての犯罪ではなくて、
もっとずっと厳しくてやるせなくて、でもどうしようもない”何か”があるんじゃないかな。
そういう舞台なのではないかと、そう思います。

来週は、新納さんと田代くんのペアを観ます。
そのときに、自分がどんなものを受け取るのか、今からとっても楽しみですv

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