瓔珞の音

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zoom RSS 何事も才能。

<<   作成日時 : 2013/03/06 22:03   >>

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3月になって、一気に暖かくなりましたね。
もう1回ぐらい、寒の戻りがあるかなあ、と思いつつ、
日々綻んでいく通勤路の白梅に、毎朝笑顔になっておりますv

如月は、すっかりROMとユニゾンさんに持っていかれた感じで、
月が替わってもまだまだ抜け出せない深みにおりますが(笑)、
(いやだって聴けば聴くほど見れば見るほど興味深いんだもの、あの三人!!
 早く大阪公演も完売してくれないかなあ。私が大阪行っちゃわないように!/笑)
実は2月、もう一つ別の舞台も観ていました・・・
直後でツイッターでお友達とやりとりしてすっかり満足しちゃったのと、
ミュージカルの質としては、楽曲も役者さんも舞台美術も衣裳も素敵だったのですが、
どうにも私的には受け入れがたい物語だったこともあり、なかなか観劇記録に突入できず・・・(汗)
さすがにそろそろ記憶力の限界、というか既に限界を超えているので(笑)、
覚書程度に記録しておこうと思います。


「アンナ・カレーニナ」

2013.2.16 マチネ ル・テアトル銀座 5列10番台

出演:一路真輝、伊礼彼方、葛山信吾、遠野あすか、春風ひとみ、井之上隆志、山路和弘、
    乾あきお、ひのあらた、高橋広司、岡田誠、石井一彰、福麻むつみ、伽藍琳、木村晶子、宮菜穂子、七瀬りりこ


トルストイの小説をミュージカル化したこの舞台。
どうにもロシア文学(というか翻訳もの全般)に苦手意識のある私は、もちろん原作を読んだこともなく・・・(汗)
初演・再演もちょっと気になりつつ、あらすじを読んで「あ、無理」と見ないふりをしておりました(笑)。
が、お友達の「山路さんのカレーニンが素敵v」という言葉にちょっとよろめいてチケットをとり、
昨年大晦日のクリエ・コンサートで一路さんが歌った曲が素晴らしかったりで、
とっても楽しみに劇場に向かいました。

で、結果は上記のとおり(笑)。

ル・テアトル銀座の、たぶんそれほど大きくはない舞台を、
盆の高低差と椅子など家具、そして照明の効果で、
雪の夜から暖かな家の中、のどかな農場に、退廃のヴェニス・・・と鮮やかに変貌させた演出は素晴らしかった!
冒頭の駅のシーンの雪は、ほんとに雪の中にいるような気持ちになりましたし、
アンナの最期のシーンとのリンクには、ちょっと鳥肌がたちました。
前方席だったので、役者さんたちの繊細な表情も見えたし、
圧巻の歌声や技ありな歌声も堪能いたしました。
が、いかんせん物語がどうにも受け入れがたく・・・
観ていてなんだかどんどん辛くなってしまいました(涙)。
観終わった後も、なんだかこの切なさとやるせなさをどこにぶつければいいの?!という感じで、
一人でぐるぐるしておりました。
(そのあとROMのルージュバージョン初観劇で更にぐるぐるした・・・)
で、結局余り突き詰めて考えたりはしないまま、仕舞いこんでしまった感じです。


一路さんのアンナは、本当にお綺麗でしたv
すっと立ったときのあの背中の美しさはほんとにとんでもないと思う!(って力説しても/笑)
年齢設定としては、アンナはまだ20代後半ぐらいなのかなあ、と思ってみたり。
親の言うとおりにかなり年上のカレーニンに嫁いで、可愛い息子も生まれて。
たぶんそれが"普通"だと思っていた。
だから、浮気をした兄に向かってあんなに頑なに強行に、そして無邪気に向かい合うことができたのだし、
カレーニンとの関係も、なんの疑問も持たなかったのかもしれないな、と思う。
でも、ブロンスキーに出逢って、彼の強硬なアプローチに揺らされて、
その中で、これまで知らなかったときめきとか熱情とか・・・背徳感を感じてしまったのかなあ、と。
けれど、私はどうしても彼女の気持ちに寄り添えませんでした。
むしろ、どうしてそうなる?!と疑問ばかりが浮かんでしまいました。

100歩譲って、ヴロンスキーによろめくのは仕方ないと思う。
カレーニンの言葉に傷ついたり、反発するのも仕方ないかもしれない。
でもね。
その後の彼女の言動は、私にはあまりにも想像力が足りないように思えてしまったの。
一番強くそう感じたのは、息子を渡そうとしないカレーニンを責めるときのアンナの台詞。
「自分を苦しめるために、息子を手元におくのだ」
この言葉は、私にはあまりにも身勝手で、自分のことしか考えていないように感じられてしまったのね。
じゃあ、あなたはどうして息子を手放したくないの?!って思っちゃった。
それに、自分がこうしたら、周りの人たちがどうなるか、ということを、彼女は全然考えてないようにも思った。
それが恋だ、と言われてしまったらそれまでだし、
自分が恋愛体質じゃないことはもう重々承知しているのだけど(笑)。
でも、その後の彼女の凋落は、私にはもう当然の流れとしか思えなかったし、
逆に、彼女は覚悟が足りなかったんじゃないかな、と思ってしまいました。

うーん、なんだか書いてて一路さんに申し訳なくなっちゃった・・・(汗)
でも、きっとこんな風に感じさせるくらい、一路さんのアンナは生々しい存在だったんだろうな、とも思う。
コンサートで私がもの凄い感動した息子との別れの歌のシチュエーションは、
まさかの息子の幻に向かっての歌だったのだけれど、
でも、この歌を聴いて、ああ、アンナはもうどうしようもなかったんだな、とも思いました。
哀しいくらいに愚かで、どうにもならないくらい息子を愛してた。
カレーニンとの最後のシーンで、「戻ってくるなら受けいれる」という彼の言葉に頷かなかった彼女は、
きっとあの瞬間、最も理性的で最も愚かだったんだと思う。
もちろん、彼女の最後の選択も私には受け入れられなかったのだけれど、
(ヴロンスキーと、残された娘はどうなるんだ?!と思った。最後まで視野の狭い人なんだなあ・・・って)
でも、そのぼろぼろになった瞬間ですら、この人は美しいんだなあ、とも思いました。


伊礼君のヴロンスキーは、もうとにかくうざかった!(え)
いやもうほんとに理性が足りないよね(ええ?!)。
冒頭、アンナに出会った瞬間から心を奪われた感じは微笑ましかったのだけれど、
それがなんともあからさまで・・・
事故に遭った駅員の未亡人にお金を渡すのも、アンナにいいとこ見せたかっただけじゃないかなあ、って、
ちょっと邪推したくなるような真っ直ぐさでした(笑)。
ヴロンスキーの一直線さも、これが恋!と言われてしまえばもう私は何も言えないのですが、
でも、じゃあ彼は何を求めてアンナにあれほど想いを伝え続けたのかなあ、と思う。
カレーニンから本気で奪いたかったのか、
ただちょっと恋愛を楽しみたかっただけなのか・・・
その本心が私には見えなくて。
でも、きっとアンナにも見えていなかったんだろうなあ、と思う。
そんな感じで1幕のアンナとのデュエットとかは、なんというか思いっきり冷めた目でみちゃってたのですが、
(伊礼くんにもごめんなさい・・・)
2幕になってからのヴロンスキーはとてもかっこよかったです!
アンナと駆け落ちするという意味を、彼は彼なりに理解して、ちゃんと覚悟を決めてたんだな、と思った。
唯一つの誤算は、アンナの覚悟が意外なほどに脆かった、ということなのかなあ・・・
彼自身もいろんな中傷や屈辱を受けていて、
もちろんそれは女性であるアンナが受けているものとは比べ物にならなかったのかもしれないけれど、
でも、そういうマイナスの感情を、彼はできる限りアンナには見せずに、
アンナとの未来をきちんと見据えようとしていたと思う。
アンナとの最後のシーンは、双方の想いがどうにもすれ違っていて哀しかったです。
最後、旅立つ彼が、オヴロンスキーに抱きしめられたときの表情がまた・・・(涙)
どうしようもないと思いつつ、アンナは残される彼や娘のことを考えなかったのかなあ、と思っちゃった。
まあ、考えたからこその決断だったのかもしれないけれど。


アンナのお兄さんで、登場人物みんなのお友達(笑)なオヴロンスキーは井之上さん。
初めて観る役者さんですが、なんとも軽やかに懐の深い男性を表現してくれたように思います。
ほんとにあのアンナのお兄さん?!って言いたくなるような、
結構とんでもない言動をしているのですが(笑)、それが全然嫌味じゃないのね。
レイヴィンとの狩のシーンとかも、おいおい、と思いながらも、
その絶妙さにほんわかしてしまいました。
オヴロンスキーがいることで、この歪な物語のバランスがかろうじて取れていたように思います。
ミュージカルは初めて、とのことですが、台詞としての歌の力をとても感じました。


葛山さんのレイヴィンと遠野さんのキティのカップルは、ほんとに可愛らしかったです。
まさにもう一組とは対極にいる感じ(笑)。
ぐるぐるしながらダンベル上げるレイヴィンも、
ぐるぐるしながらチョコレートを頬張るキティも微笑ましかったし、
2幕の二人が気持ちを伝え合うシーンの力技は、もうほんとに二人とも可愛くて、和みましたv
レイヴィンがもっと勇気があったら、そしてキティにもっと素直さがあったら、
二人は最初の時点でお互いの気持ちを伝え合えたのかもしれないけれど、
でも、アンナとヴロンスキーのことがあったからこそ、更に二人の絆は強くなったのかも、と思います。
二人にも、もちろん足りないものはあるし、それがもしかしたら破滅に繋がることもあるかもしれない。
でも、アンナたちにあって自分たちに足りないものと、アンナたちになくて自分たちにあるものを、
二人はきちんと知っているから、だから、大丈夫なのだと、そう思いました。


そういうふうに、自分にあるものとないものを一番わかっていたのは、
もしかしたら春風さん演じるプリンセス・ベッツィーだったのかな、とも思います。
噂好きで、アンナたちの成り行きを面白がっている感じが目立ったけれど、
彼女たちに対する憧れと嫌悪と心配と嘲りと・・・そういう相反する感情が、
なんというか凄く滑らかに交じり合っているようにも思いました。
そういう意味では、アンサンブルさんたちが演じる貴族たちは、
もっとずっといろんな感情がとがっていたように思います。
だからこそ、彼らのシーンは凄く面白かったし、見ごたえもあったのかな。
歌声はもう文句なしの方がそろってらしたしv

そういえば、石井くんを見るのはマーキューシオ以来ですが、
この方も役でガラッと雰囲気が変わるなあ、と思いました。
彼のマーキューシオ、もう1回観たかったなあ・・・
もちろん、また別の舞台でも!


そして、最後に持ってきました、山路さんのカレーニン!!
いやー、もうお友達のおっしゃったとおり、ほんとにめちゃくちゃかっこ良かったですv
苦りきった表情が殆どで、台詞だって決して多くはないのだけれど、
存在自体がもの凄く雄弁なんですね。
そして、ここぞ、というときのあの笑顔と涙の破壊力ときたら!(笑)
彼が、彼なりの正義とやり方でアンナも息子も愛していることが、観客には手に取るようにわかるから、
余計にどうしてアンナは?!って思っちゃうんですよねー。
もちろん、その愛情はもの凄くわかりにくいし、なによりカレーニンは言葉が足りない!!とも思うのですが・・・
2幕の、息子とのやりとりとか、もうほんとにあの不器用さがとんでもなく魅力的でした。
「おまえは良く頑張っている」という言葉に、私、思いっきり涙腺が崩壊しました。
なんというか、アンナの出奔を境に、カレーニン自身も変わろうとしていたんだな、って思って。
だからこそ、その後のアンナとのやりとり、
特に、「戻りたいなら受け入れる」という搾り出すような言葉、
あの言葉を言えるようになるまで、彼はどれだけ苦しんで、どれだけ自分を責めて、
そしてどれだけアンナのことを思ったんだろう・・・そう思ったら、なんだかもう自分の感情がどうにもならなくなりました。


観た当日にお友達とツイッターでやりとりしていて思ったのですが、
この物語の登場人物って、何かが一つ足りないんですよね。
想像力だったり、理性だったり、勇気だったり、素直さだったり、言葉だったり・・・
たった一つ足りないものが、噛み合わない歯車のようにそれぞれの人生に影響した。
完璧な人間なんていないから、それは必然なのかもしれないけど。
でも、それが私には本当に哀しくて辛くてやるせなくて仕方がありませんでした。


それにしても、改めて私って恋愛体質じゃないんだなあ、と実感した舞台でもありました(笑)。
プログラムの対談でもありましたが、家事と同じで恋愛もやっぱり才能なんですよね。
そして、そのどちらも私には備わっていないらしい・・・
このあいだ読んだ三浦しをんさんの本で「そういう感情を知らない人もいるけれど、自分は知ってよかった」
というような台詞があって、たしかにそうだなあ、とちょっと憧れる気持ちもありますし、
才能のない自分が寂しいなあ、と思うこともありますが、まあ、それも人生かな。
他でときめいたりドキドキしたりも沢山あるしv(笑)
まあ、人生も幸いまだ続きそうですから、いつか私がそういう感情を知るときもあるかもしれませんね。
そのときは、周り中振り回すぐらいどっぷり浸かってみようかな?(え)

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