瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2013/03/24 19:19   >>

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舞台を観るとき、いつも自分の中のイメージを大切にします。
それは、もしかしたら脚本家や演出家、キャストの皆さんの意図するものとは違うのかもしれないけれど、
それでも、私の感覚の全てで、目の前で繰り広げられる"虚構"の中に、
何かしらの"真実"を見つけ出そうとしているのは確かで。

だから、きっと私がこの舞台で見つけたものも、"真実"ではあったんだろうなあ、と思う。

・・・それが、多分に思い込みだったとしても(笑)。



「Thrill me」 Cペア

2013.3.16 12時開演 銀河劇場 1階M列10番台
2013.3.20 19時開演 銀河劇場 1階H列20番台

原作・音楽・脚本:ステファン・ドルギノフ
演出:栗山民也
出演:良知真次、小西遼生
ピアノ:朴勝哲


去年、このミュージカルで最初に観たのがこのペアでした。
いろいろコンディションが悪くて、納得が行かない、というか混乱したままAペアの勢いに巻き込まれ・・・
なので、今回このペアを観るのは、ちょっとリベンジ的な意味合いもあったりしました。
が!
いやもう全然受けた印象が違ったのですよ!
更には、16日と20日でも違ってて、またしても思いっきり混乱いたしました(笑)。
前回観た時は、凄く"閉じた"感じの二人だなあ、と思いつつ、
良知くんの「私」の色気にちょっとよろめいていたのですが(笑)、
今回は二人の在り方というか、立ち位置に翻弄された感じです。
まあ、多分に私の偏ったイメージによるものではあると思うのですが・・・
ということで、この後の感想は、恭穂の独断と偏見に満ちたものになるかと思いますのであしからず。


今回1階席センターから観て一番驚いたのが、良知「私」が凄くたくさん笑うこと。
最初の審査会のシーンから、控えめだけど笑みがあって、
最後の方の歪んだ笑みには、ちょっとぞっとする感じがありました。
で、そこに至るまでの過程が、ちゃんとある感じなのね。
基本的に良知「私」は素直で真っ直ぐな印象なのですが、
物語が進むにつれて、その在り方がその表情と同じようにどんどん歪んでいくの。
なのに、その歪みのままに素直さのようなものがちゃんと残っていて・・・それが凄い怖かった。
何の関係もない少年を殺すことも、「彼」を陥れることも、
「彼」に認められ、「彼」を手に入れるために必要なことなら全然躊躇わない。
むしろ、それは必要なことなんだ、正しいことなんだ、と本気で素直に信じてる。
なんというか、いつの間にか自然に軽やかに一線を越えてしまっている感じがありました。
暗い森に、そうだとわかっていてあえて踏み込むというか・・・

なんだかね、16日は見終わった瞬間に、この物語はどこまでが真実なのかな、って思ってしまいました。
もちろん「私」にとってはこれが真実なんだと思う。
でも、過去を回想する、というよりも「53歳の私」が過去を語る、というニュアンスを強く感じた。
だから、語られる"事実"は「私」にとっての"真実"であって、「私」と「彼」の"真実"ではないのではないか―――
そんな風に感じてしまったのです。
全てにおいて「私」フィルターがかかっているというか。

また、小西「彼」の体温がないんじゃないかって思えるような冷たい佇まいが、
更に現実味をなくした、というか、その印象に拍車をかけたような気がします。
端正で綺麗な「彼」。
だけどそれは人形のような無機質なものに感じられました。
これは、「私」の眼で見た「彼」。
「私」の世界の中だけに存在する「彼」。
「私」が手に入れた「彼」。
―――「私」が壊した、「彼」。

独房で一人恐怖に慄く「彼」は、それまでの端正さが粉々に崩れていくようでした。
そう思ったら、その流れで、壊れた人形のような「彼」を抱きしめて幸せそうに笑う「私」が思い浮んで、
ちょっとぞっとしてしまいました。
で、これがもし「私」にとっての"真実"なら、
「彼」の側から見た"真実"もあるんじゃないかなあ、とも思いました。


ので、20日に観た時は、その"真実"の欠片を探したいなあ、と思っていたのですが・・・
またまた違うイメージを受け取ってしまって、またまた混乱してしまいました(笑)。

良知「私」の基本的な印象は同じなのですが、
この日の「彼」は、ちゃんと「彼」にとっての「彼」として存在していたな、と感じました。
(わかりにくい日本語ですみません・・・)
ので、「私」の一方的な"真実"ではなくて、二人の関係の結果に見えました。
が、その上で、二人の立っている場所が全然違うことに愕然としたというか・・・
二人それぞれが、相手を見ているようで結果的には自分しか見ていない―――そんな風に感じられたのね。
「彼」は、何も感じない自分に囚われて、その恐怖と焦燥感から抜け出すことに固執して、
「私」のことはあくまでそのための便利な駒としか思っていなかった。
「私」は、「彼」にとって自分は特別であることを全く疑わず、
ただ「彼」という存在を"手に入れること"="自由にすること"は必然であると思っていた。
二人の感情が本当の意味で交わる瞬間がないように感じてしまって、
なんだか二人芝居なのにとても孤独で殺伐としていて、
でも、素直といえばこれほど素直な二人はいない、という風にも感じました。

このミュージカルでは、最後のシーン舞台の上方奥の暗がりに、
自由になった「私」を迎えにくるかのように「彼」の姿があります。
「レイ」と「私」を呼ぶ「彼」の声。
「待ってた」と呟く「私」の声。
その二つは、なんだか酷く遠い距離にあるようで・・・
2回の観劇で、過程は違っていたけれど、
このシーンの「彼」は「私」が作り上げた幻影なんだろうなあ、と思ったのは同じだったり。


自分で書いていて、なんだかちょっとこのお二人に申し訳なくなってしまいました・・・
でも、どうしてもこのペアの間には暖かな感情は感じられなかったんですよね。
ただ、そういう互いの求め方も"有り"だな、とは思っています。
どうしても、この演目だと二人の関係性の紡がれ方に興味がいってしまうのですが、
歌声、という意味では実はこのお二人がとても好きだったりします。
もともと良知くんの声は初めて聴いたときからかなり好みで、
あのまろやかで深い歌声と、表情のギャップに戸惑いつつもよろめいておりましたv
小西くんは、舞台で拝見するたびに上手になるなあ、と、
マリウス初演のころを知っている身としては、ついつい母のような目線になってしまいます(笑)。
この二人の場合、身長差もちょっとツボだったり(え)。
低い側に立った「私」の肩を掴んで、かがみこむように腰を曲げて「私」と目を合わせる「彼」にちょっとときめいたりv
距離的な近さでいえば、Bペアの方が近かったように思いますし、
それがあの二人の心理的なやりとりの密度にあっていてかなり魅了されたのですが、
このペアの心理的な距離感とは裏腹の身体的な距離感の表現も、面白いなあ、と思いました。

そういう風に感じたせいか、朴さんのピアノもBペアとはテンポが全然違っていたような・・・
Bペアの時は、感情を交わす"間"があったように思うのですが、
Cペアの時は、せかされるというか追い立てられるような流れがあって、
だからこそ余計に「私」フィルターを感じたのかもしれないなあ、と思います。


こうやって書いていると、いろんなシーンが脳裏に甦るのですが、
それぞれのペアでの細かい演技のニュアンスとか、もっといろいろ深読みしたかったなあ、と
今更ながらに思います。
台詞や歌詞だけでなく、一つ一つの仕草や視線にもきっと意味をつけてきているよね。
今回は韓国ペアを見ることもできませんでしたし、
また来年あたり是非再演して欲しいなあ、と思います。
そのときは、ちょっとリミッターを外して、リピートしてみたいな。
・・・って、どうなるかちょっと怖いですが(笑)。

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