瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2013/05/06 18:05   >>

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長いなあ、と思っていたGWももう最終日ですね。
そろそろUターンラッシュもはじまっているのかしら。
そういえば、昨日の東京駅ももの凄い混雑でした…
みんな、お家でのんびりしようよ!って思ったけど、私もその中の一人ですね(笑)。
帰りの新幹線内でお友だちから「遠征お疲れさま」のツイートをいただいて、自分の中の違和感にびっくり!

東京って、もはや私にとって遠征先ではないらしいです(笑)。

まあねー、この回数行ってれば、遠征とは言わないよねー。
でも、行き先は劇場周辺なので、非常に限られたところしか知らない辺りがちょっと痛いです(笑)。
とりあえず、私にとって「遠征」とは、東京を越えた先らしいと実感した今回。
今年は何回遠征に行くのかなー(え)。

そんなお気楽なことを書いておりますが、昨日の観劇はいろんな意味でちょっときつかったかなあ。
きちんとした感想はどうも書けなそうですが、記録としてちょっとだけ書いておこうと思います。



「木の上の軍隊」

2013.5.5 マチネ 銀河劇場 1階H列10番台

原案:井上ひさし
作:蓬莱竜太
演出:栗山民也
出演:藤原竜也、山西惇、片平なぎさ、徳高真奈美(ヴィオラ)


井上ひさしさんの新作として告知されていながら、井上さんの急逝により幻となってしまった「木の上の軍隊」。
井上さんの残したメモを元に、井上さんの作品世界を愛するたくさんの人たちが力を合わせて、
「木の上の軍隊」は創りだされたといいます。
観劇の前日、NHKで放送されたドキュメントを見て、
なんて困難なことにこの人たちは立ち向かったのだろう、と思いました。

一歩間違えれば、自己満足でしかなくなってしまうのではないかという不安。
「井上ひさし」という人物に対する、自分自身の感情を暴かれる恐怖。
それでも、これを形にしなければ、という強い意志。

ドキュメントを見ながら、その厳しい状況に、ちょっと身震いしてしまいました。
そして、そうまでして創り上げられた舞台に対して、期待同時に不安も高まりました。

そして、臨んだ「木の上の軍隊」。

物語の舞台は、終戦間際の沖縄伊江島。
戦いの中、大きなガジュマルの木の上に逃げ込んだ二人の兵士が、
その後終戦をしらないまま、2年近くも木の上に隠れ住み、変わっていく島を見つめ続けた、
という、実話を元にした物語です。

舞台の上には、大きな1本のガジュマルの木。
斜めにしつらえられたその木は、遠近感をちょっと狂わせて、
なんだか歪んでいるように見えました。
その上で動き回る二人の兵士の動きに合わせて、上方で微かに揺れる葉。
恐怖と、猜疑と、諦念と、不確かな信頼と、僅かな希望に翻弄されながら、
非日常であるはずの樹上生活が、いつしか"日常"になっていってしまう二人。
静かな眼差しで、彼らの"生活"を見つめ続けるガジュマルの樹の精―――

井上先生が、書かなくてはいけない、と思い続けていた「沖縄の物語」。

結果として、個人的にはどうにも納まりの悪い印象が強かったように思います。
なんというか、最初から最後まで、「力み」のようなものが感じられて、
それがとても舞台を単調にしてしまっていたように思うのね。

光と陰の絶妙な重なりが美しい栗山さんの演出。
テンポの良い会話が、ぐいぐいと先へと物語を運んでいく蓬莱さんの戯曲。
その魅力もきちんとあった。
たった三人、いえ、二人きりの会話劇として、緊張感のみなぎる場面もあったし、
笑いが起きる部分もあった。
舞台の上に響くヴィオラの音色と、それに似た片平さんの声は、とても不思議な空間を創りだしていた。
でも、どうしてかなあ。
前日の特番で朗読された僅かな台詞の方が、何故か私の中に素直に届いたような気がするのです。

もちろん、役者さんたちはみなさん素晴らしかったです!
藤原くんの新兵は、最初の純朴な印象から、徐々に複雑な内面が見えてくるようだったし、
山西さんの上官は、上官としての自分と一人の人としての自分の境界を見失ってく様が見事だったし、
片平さんの語る女は、穏やかな表情と優しい視線の先に見ているものが、彼らのもっと先であることが感じられた。
はっと息を呑んでしまうシーンもあったし、
彼らが感じているであろう暗い感情の気配に不安になるシーンもあった。
新兵が彼の知る"事実"を語るシーンでは、
半年もの間、それを上官に告げることのできなかった彼自身の揺れ動く心情と、
彼にそうさせた上官の"変化"に、上官自身が向き合う様が、
観ていて辛くなるようなギリギリ感があったように思います。

ふと心に響く台詞もたくさんあったし、
印象的な役者さんの表情もあったのだけれど、
なんというか、それ自体が切り込むような鋭さというよりも、ふわふわとした現実感のなさに見えました。
実話を基にした物語で、メッセージ性も非常に強くてクリア。
でも、何故か私には、そこまで、だったんだな・・・
たぶん、これは私の側にいろいろ問題があったんだろうと思います。
私が感じた「力み」は、私自身のこの舞台に対する身構えた力みであったのだと思う。
それが、この舞台に漲る製作者の「強い想い」を、より過敏に感じてしまったんだろうなあ、って。

うーん、やっぱりちゃんと感想が書けるだけの観方はできていなかったな。
それがとても申し訳ないし、非常に残念です。
可能であれば、またいつかリベンジしてみたい。
今日が千秋楽のこの舞台、是非、いつか再演してくださいね。

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13/04/18 井上ひさし原案「木の上の軍隊」で受け継がれた「信じる心」
冒頭の写真は「木の上の軍隊」の2つのチラシだ。右の方は井上ひさしが癌闘病を公表した後、書き上げるぞと意思表明したかのような2010年の速報チラシ。そして左が今回2013年のシアターコクーン公演のチラシ。舞台公演のチラシとチケットはファイリングしているので、何冊... ...続きを見る
ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記
2013/05/12 14:38

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内 容 ニックネーム/日時
井上ひさしさんが癌闘病を公開した後で制作発表したこの沖縄戦を描く作品を楽しみにしていたのですが、亡くなられてしまって残念に思っていました。それをこまつ座として栗山民也さんに相談し、栗山さんが見込んだ若手の蓬莱さんに戯曲化をしたという企画で、まさに遺された者たちによる追悼企画だと思って観に行ったので、蓬莱さんの作品は初めてでした。
5/4に「NHKスペシャル 井上ひさしラストメッセージ」をやっていて、あの井上さんでさえ、書きあぐねて何度も上演企画を見送っていたことを観劇後に知りました。
私はよくやったと思います。確かにガジュマルの精に独白部分を担わせたというのは安直なようですが、日本を代表する上官と沖縄を代表する新兵という設定は井上原案にあったので、その本音で語り合えない二人の会話ですから仕方がないかという気がするのです。
それと私はずいぶん前になりますが、沖縄の戦跡めぐりと米軍基地の視察ツアーに参加したことがあり、占領時代と変わらぬ沖縄の実態をこの目で見てきていますので、身に迫ってしまい、その現実を二人の魂がガジュマルにとどまって見ているというラストシーンも胸に迫りました。
日本が沖縄にしてきたこと、今もしていることについて考えさせられ、それを乗り越える力が生まれることについてもやっぱり「信じるしかない」ということを思い知らされるようでした。信じることができなくなるということは主体的に生きる力が無くなるということだと思うのです。
実は、今の社会状況に対する絶望感、無力感が広がっていて、私もそれに捕えられそうになることに必死に抗っています。その力が「未来を信じる」ことにかかっているのです。その「信じる」力で多くの人共感・連帯していくことでしのいで生きて、未来への種を蒔くこと(職場で有志の勉強会をやってます)を続けていくつもりでいます。
ぴかちゅう
2013/05/12 14:54
ぴかちゅうさん、こんばんは。
コメントとトラックバック、ありがとうございました。
今回の舞台、私はたぶん私自身のコンディションや受け取り方の問題で、
表面に描かれることの先まで受け取ることができなかったのだと思います。
それがとても情けないし、残念です。
沖縄の歴史も含め、次の観劇の機会を得るまでに、
私も自分なりにきちんと勉強しようと思います。
ぴかちゅうさんの記事も読ませていただきましたが、
今の私にはコメントを残す資格がないように思いますので、
こちらでのお礼でご容赦いただければと思います。
申し訳ありません。
恭穂
2013/05/15 22:54

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