瓔珞の音

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zoom RSS 夜明けの色

<<   作成日時 : 2013/09/20 22:17   >>

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子どもの頃、毎年夏には尾瀬に行っていました。
まだ暗いうちから家を出て、車で登山口まで行くのですが、
そのときに見た、刻々と色合いの変わる夜明の空の色は、とても印象に残っています。
まだ星が見えるくらいの闇の色から、少しずつ光の気配の感じさせる柔らかな紫、
そして、夏の大気の密度を感じさせる青へ。

ごく僅かな時間の、揺らぐ紫。
綺麗で、深くて、でも、見ようとしなければ決して見えない色。

それは、夜明の色。


「next to normal」

2013.9.19 マチネ シアタークリエ 1列10番台

出演:安蘭けい、辛源、岸祐二、村川絵梨、松下洸平、新納慎也


物語を紡ぐのは、アメリカのとある郊外の町に暮らす一つの家族。
父親のダン(岸祐二)。
母親のダイアナ(安蘭けい)。
息子のゲイブ(辛源)。
娘のナタリー(村川絵梨)。
娘の反抗期や父と息子の確執はあるけれど、
どこにでもある普通の家庭のワンシーンのように始まる物語。
けれど―――ダイアナは、精神疾患を患っていました。
急激に変動する気分。
突発的な言動に振り回される家族。
次々と投与される様々な薬。
彼女を苛む副作用。
ある日、ダイアナは全ての薬を破棄します。
副作用から解放されて、"いい状態"になったように見えたダイアナ。
けれど、彼女の病は決して良くなってはいなかった。
だって、彼女にはゲイブが見えるのだから。
そう、彼女の病のきっかけとなったのは、8ヶ月の小さなゲイブが腸閉塞で死んでしまったこと。
その悲しみから抜け出せずに、ずっと薬を投与され続けたダイアナ。
彼女の意識が作り出した成長する息子―――それが、ゲイブだったのです。
ある日、ダイアナはダンに連れられ一人の精神科医に出会います。
Dr.マッデン(新納慎也)。
彼は、心理療法から治療を開始し、催眠療法、薬物療法を組み合わせながら、彼女の治療を試みます。
しかし、ある日彼女は自殺未遂をはかり、意識不明の状態で発見されます。
これは、治療の経過に良くあること。
自殺するだけの力が出てきたということ。
けれど、このままでは彼女はまた同じことを繰り返す。
そうダンに告げたDr.マッデンは、彼に一つの治療法を提案します。
ETC―――電気けいれん療法。
その治療に拒否感を示したダイアナも、ダンの説得により治療を受けることを納得します。
そして行われた治療。
彼女の精神は安定したかのように見えました。
けれど同時に、彼女はダンと結婚したころからの記憶を全て失っていたのです。
ダンとナタリーは、写真や思い出話でダイアナの記憶を少しずつ掘り起こしていきます。
―――ゲイブの存在を、なかったことにして。
甦る記憶の中に、何かが足りないことを感じているダイアナ。
そして、彼女はある日気付きます。自分には息子がいた、ということに―――


ダイアナだけに焦点をしぼると、こんな風な物語でした。
でも実際は、"4人"の家族の、そして一人一人の物語だ、という印象が凄く強かった。

観劇直前にチケットを発券してみたら、思いがけず最前列センターで。
3階建ての高いセットは、2階・3階での演技は見上げていても見えない部分もあったけれど、
1階での演技は、生の声に近い聞こえ方で、
無機質な舞台セットの中で、その声の体温がものすごくリアルに感じられました。
役者さんの表情の変化や視線の動きの細やかさも感じられて、
物語全体を理解する、というよりは、登場人物一人一人の感情に寄り添った感じ。
なので、観ていてかなりきつい部分もあったかなあ・・・

next to normal―――普通の隣。
この物語では、普通と普通でないこと、そしてその境界がめまぐるしく交じり合います。
その中で、普通と思っていたことが普通でなかったり、
正しいと思ったことが混乱を引き起こしたり、
もうだめだ、と思った先に別の道が見えてきたり、と、
人も状況も出来事もどんどん変化していった。
プログラムの中で役者さんたちが、「そもそも普通って何?」と言っていたけれど、
クリアな答えを私は見つけることができません。
そもそも、答えはきっと一つだけではないのだと思う。
物語の中では、精神疾患が題材になっていて、それがいわゆる"普通ではない状態"なのだけれど、
ダイアナをその状態に導いたのは、最初は彼女の悲しみを癒して"普通の状態"にする治療で・・・

4ヶ月以上続く悲しみは治療が必要。

ガイドラインにはそうあると、劇中も語られています。
そして、ガイドラインはあくまでガイドラインでしかない、ということも。

悲しみ人を苛み時に壊してしまう。それは確か。
でも、悲しみをなかったことにしてしまったら?
癒えない傷に蓋をして、見えないようにしてしまったら、
その傷がまだ血を流していることも、膿んでいることも、気付くことはできない。
喪失は、決して完全に埋めることはできなくて。
その喪失を抱えたまま、それでも人には生きていく力があるのだと、私はそう信じているけれど、
でも、その力は人によって大きく違っていて、一律には語れない―――

観ている最中、シーンごとに瞬間的に凄いいろいろ考えたのだけど、
その考えたことが欠片のまま自分の中に散らばっている感じです。
たぶん書いてるとどんどん混乱しちゃいそうなので、とりあえず、役者さんの感想を。


安蘭さんのダイアナは、たぶんもともと感情の起伏の大きな、才気走った少女だったんだろうな、と思います。
予定外の妊娠に、けれど生まれた息子を抱いたときに、全てがあるべきことだったと悟った彼女。
でも、その息子は失われてしまった―――
私の中では、安蘭さんは凄くパワーに溢れた強い女性の役での印象が強いです。
でも、ダイアナは、その力を歪められてしまったような違和感と儚さがありました。
普通と普通でない時を行き来して、その現実に混乱し、疲弊し、怒りを抱えている女性。
でも、その根本にあるのは、やっぱり悲しみと自責なのかなあ・・・
最後の彼女の選択は、私的には凄く納得が行く。
ダイアナの表情が、すっとクリアになったようにも思えて・・・なんだかほっとしてしまったのでした。

岸さんのダンは、とにかく献身的。
冒頭、ダイアナが床に並べたパンを片付ける姿に、
愛情と義務感、そして不屈と諦念の両方が感じられて切なくなった。
多分ダンはゲイブが亡くなる瞬間には立ち会えていないんだろうなあ、と思った。
だから、ダン地震が、ゲイブの死という喪失を抱えたまま、向き合えていない状態で。
終盤、ダイアナだけに見えるはずのゲイブとダンが目を合わせて、
ダンがゲイブの名前を呼んだ時、そしてその後、ゲイブがダンを抱きしめるシーンは、
なんだか凄く完璧な一つの答えを見せてくれたように感じました。

辛さんのゲイブは、鏡のような存在だな、と思いました。
ダイアナとも、ダンとも、ナタリーとも、感情や表情のシンクロが凄い。
そもそもゲイブはダイアナが作り出した存在だから、ダイアナとの相似やシンクロがあっても全然いいのだけれど、
ダンやナタリーともそう感じたのは、なんだか不思議な感じでした。
だからこそ余計に、彼を通り過ぎるダンやナタリーの視線と、
彼の「ぼくはここにいる!」という叫びが切なかったなあ・・・
ゲイブという存在は、たぶん凄くフレキシブルなのだと思う。
もちろん、役者さんは細かくしっかり作りこんできているのだと思いますが、
観る側がどういう感覚で、立ち位置で観るかによって、その存在はかなり変わってくのかな、って。
私個人としては、ダン自身に、ゲイブと会いたい、名前を呼びたいという気持ちがあったんだろうな、と思う。

村川さんのナタリーは、思春期の未発達な部分と、
大人にならざるを得なかった部分が混ざり合っていて、その不安定さと安定感が鮮やかでした。
彼女自身、ものすごく抑圧されて生きてきたんだろうなあ・・・
彼女から感じる不安定さは、自分の存在価値を見失っているせいなのかな、と最初は思っていたのですが、
ダンスパーティに行った彼女がヘンリーに吐露する不安と恐怖を聞いて、
ああ、そうなんだ、とすっとクリアになると同時に、
その前の、ダイアナの薬を持ち出して飲む彼女の姿が思い浮んで、なんだかたまらない気持ちになりました。
「普通の隣でいいじゃない」
そう彼女はダイアナに言うけれど、たぶん彼女自身も"普通"の定義に揺らぎがあって・・・
"普通"だけじゃなくて、いろんな価値観って、育った環境の中で、
周りの人と接する中で、形作られていくものですよね。
彼女は、その足場が、たぶんまだ凄く不安定なのだと思う。
でも、その不安定な足場をしっかりと踏みしめて歩いていく強さも感じられて、なんだか嬉しくなりましたv
その手をしっかりと握ってくれるヘンリーもいるしね。

ヘンリー役は松下くん。
なんとも癒し系な存在感で、ナタリーとのシーンはもうとにかく微笑ましくって!
ナタリーへの向き合い方に、迷いながらも真摯さが感じられて、
彼がいればナタリーは大丈夫だな、とそう思いました。
たぶん、彼は"普通"の問題をかかえた、"普通"の家庭で育ってるんだろうな、と思う。
そういう安定感と距離感を感じました。
途中ナタリーが彼をAD/HDだというシーンがあったけど・・・うーん、どうなのかな?
というか、マリファナとかドラッグとかの描かれ方が、私的にはこのミュージカルで一番理解しがたいものだったかも。
文化の違い、なんですかね?


Dr.マッデン役は新納さん。
この役の前に別の精神科医の役もやってましたが、
最初の呪文みたいな薬の説明がなんだかちょっとリアルで苦笑いしちゃいました。
ダイアナの妄想での二人のダンスのシーンは、目の前で観れてちょっと嬉しかったりv
Dr.マッデンとの最初のカウンセリングの時の妄想も凄かった!(笑)
ほんとにこういう人なのかと思っちゃった(え)。
不思議な新納さんとかっこいい新納さんと両方観れてちょっとお得感あり?(笑)

でもって、Dr.マッデンはねー。
実は一番気持ちというか立ち位置的に寄り添っちゃったので、
観ていてかなりきつかったです。
なんていうのかな、患者さんから見える医者の部分と、医者としているマッデンの部分と、
それからこれはほんとに微かにだけど、素のマッデン自身の部分とが、
きちんと彼の中にあったように思います。
精神医学は専門外なのだけれど、医療者として患者と向き合う姿とか、なんだか凄いリアルに感じました。
いつだって最良を目指していて、でも全てが最良の結果に結びつくわけではなくて。
寄り添う以上に突き放し、理論的に追い詰めなくてはならないときもあって。
でも、苛立ちや困惑を絶対に患者には見せないように気を張っていて・・・
新納さんの表情や動きの一つ一つに、なんだか妙に反応しちゃいました。


うーん、十分に消化できていないまま感想を書くとやっぱり良くわからなくなっちゃうなー。
でも、このミュージカルって、明確な結論や、爽やかな達成感や、大きな満足を得るタイプではなくて、
観た人一人一人が、それぞれの立場とこれまでの生き方の延長線で、何かを受け取るタイプなのかな、と思う。
私はこの1回しか観れないのですが、それがとても残念。
繰り返し観ることで見つけられることもあると思うし、
そもそもWキャストの組み合わせでも全然違うんだろうな、と思う。
また再演があったら絶対観にいきたい。
でもって、もしこの辺境ブログに迷い込まれた方がいて、ちょっとでも興味を持っていただけたなら、
是非観にいってほしいなあ、と思います。
まあ、この観劇記録では魅力の半分も伝わってないでしょうけどね・・・(汗)


ラストシーン、ばらばらの時を過ごすダイアナとダンたち。
誕生日を祝われたナタリーのはにかんだ笑顔と、
それを同じ場所で祝うことなく一人佇むダイアナの姿の対比はとても切なかったけれど、
でも、喪失を喪失として、不在を不在として受け止めることで、
彼らは次の朝へと向かって行ってるんだろうな、と素直に思うことができました。

この物語の中で描かれた色。
"普通"を表す青。
"普通でないもの"を表す赤。
そして、"普通の隣"を表す、紫。
それはきっと、夜明の色。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さん、こんにちは。

私も『ネクスト・トゥ・ノーマル』見ましたよ。
凄く面白かったですが、私も自分の中で消化できていないままなので、感想が纏まらないのですよね。

見たのは、シルビア・小西ペア。ダブルキャストの違う配役です。
小西くんのゲイブはこの世のものでは無い感がありました。辛源くんとは全然違う役作りのようですね。

感想を拝見すると、別キャストでも見たくなりますね。
花梨
2013/10/03 01:01
花梨さん、こんばんは!

N2N、花梨さんもご覧になったのですね。
いろいろ考えちゃうミュージカルでしたね。
でも、いろんな意味で面白いミュージカルだなあ、と思います。

花梨さんはシルビア・小西ペアだったのですね。
小西くんのゲイブはそんな感じだったのですか。
色気が駄々漏れ、という噂は聞いていたのですが(笑)。
ほんとに別キャストというか4通りの組み合わせで見てみたかったです。
また再演してくれるといいですね。
恭穂
2013/10/03 21:24

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