瓔珞の音

アクセスカウンタ

zoom RSS 眷属の分布図

<<   作成日時 : 2014/01/24 22:05   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

インフルエンザがそろそろ猛威を振るい始めましたね・・・
ウイルスのことがいろいろ解明されるにつれて、感染防御はどんどん細かく複雑になっているような気がします。
もちろんそれは良いことなのだけど、なにもここまで・・・的に感じることもあったり。
感染症にしろなんにしろ何かとの"向き合い方"というのは、
情報が溢れている分、自分でちょうどいいところを見つけていかなくてはならないんだろうな。

さて、寝かせていてもなかなか熟成しなそうなので、見切り発車で観劇記録を!


「冬眠する熊に添い寝してごらん」

2014.1.19 ソワレ シアターコクーン 1回D列10番台

作:古川日出男
演出:蜷川幸雄
出演:上田竜也、井上芳雄、鈴木杏、立石涼子、大石継太、富樫真、間宮啓行、木村靖司、石井愃一、
    瑳川哲朗、沢竜二、勝村政信 ほか



日本海のほとりに住まう二人の兄弟―――川下一(井上芳雄)と多根彦(上田竜也)。
兄はライフル競技のオリンピック選手に選ばれた時の人。
弟はエリート商社マン。
違う人生を選んだ二人は、けれど仔犬の兄弟のように仲の良い兄弟でした。
そんな二人の育った川下家には、ある家訓がありました。

「男子、二十五歳にして一子をもうけるべし」

兄はすっかりその家訓を無視し、24歳となった弟は婚約を間近に控え、家訓を果たそうとしていました。
そして、両家の顔合わせがとある回転寿司で行われることになりました。
集まるのは、川下兄弟と彼らを育てた祖父(沢竜二)、
多根彦の婚約者ひばり(鈴木杏)と彼女を育てた血のつながりのない祖母(立石涼子)。
しかし、それぞれに用事ができ、時間通りに・・・というか時間以前から店に訪れたのは一とひばりだけでした。
隣り合って回転寿司を食べるうちに、いつしか二人は意気投合し―――恋に、落ちてしまいます。
互いの存在に刺激され、互いの熱に浮かされ、罪の意識をそれぞれに感じながら、
けれど、互いを求めずには入られない二人。
一方、最愛の兄と恋人の裏切りを受け心身を病んだ多根彦は、あるとき兄に一つの"お願い"をします。
ひばりを人質にとられ、その"願い"を遂行した一は―――


という三角関係な物語に、
兄弟の高祖父(祖父の祖父)である熊猟師(勝村政信)と熊が交わした契約の物語、
ひばりの身体に流れる"犬"の血の物語、
開発が分断した生態系の物語
明治時代の新潟の石油村の物語、
そして現代のエネルギー問題の物語など、
たくさんの"物語"が絡み合って、なんとも長大で複雑な物語が展開されました。
仕掛けに溢れた舞台の上で、4時間という長い舞台の中で、
けれど絡み合う物語は決してその全貌を見せることはなくて。
観ている間中、その、深い山中に迷うかのような心もとなさや不安定さが常に隣にあったように思います。

行き来する時空。
細い糸のように不確かな繋がり。
鮮やかで、情に溢れ、けれど何処か不透明な関係性の中で生きる人たちの強さ。
そして、そんな人々を見つめ続ける存在と、その裏返る顔。

過剰すぎる情報の流れは、1回の観劇ではもちろん全てを理解することは無理で、
でも、そういうたくさんの"物語"の一つ一つは、実はとてもシンプルなものなのではないかな、と、
観終わってから思いました。
そして、たぶん観る人毎に、あるいは観る度に、ひっかかる"物語"は違うのではないか、とも。

そして、私の中にひっかかった"物語"は、高祖父と一の物語でした。

熊を狩るために、犬と共に山の中を彷徨する熊猟師。
熊の命そのものと対峙するその瞬間にも、熊と人と、そして犬の在り方について自問する熊猟師。
冒頭、熊猟師が熊の眷属である子どもを抱きしめた婆たちと交わした"契約"。
その契約の中身を、私ははっきりと理解することはできなかったけれど、
一の選んだ生き方が、熊猟師と同じように"熊"ではなく"人"の命を奪った一の行為が、
契約の終了を意味するものだったのではないか―――
そう感じてしまうくらい、終盤、舞台の上手と下手で銃を構える二人の空気は似ていて。
なんだかちょっとぞっとしてしまいました。


井上くん演じる一は、ちょっとエキセントリックな思考を持つようにみえて、
実はものすごく理性的で、自分の中の思考にちゃんとぶれない芯を持っているように見えました。
家訓を破ることも、弟の恋人と恋に落ちることも、弟の"願い"をきくことも、
彼の中ではちゃんと道筋のある必然で。
そういうぶれない存在だからこそ、彼に関わるひばりや多根彦は、あんなにも揺れ動いたのかなあ、とも思います。

多根彦を演じた上田くんは、初見というか名前と顔が一致したのもこの日、という有様なのですが(汗)、
愛情や憧憬や嫉妬や誇りや貪欲さや甘えや憎しみや―――そういう生々しい感情が、
滑らかで綺麗な皮膚のすぐ下に隠れているような、ギリギリのバランスというか危うさを感じました。
冒頭の一とのじゃれあいは、仔犬か小熊の兄弟がじゃれてるみたいな、
親密さと凶暴さの両方が感じられて、微笑ましいような怖いような(笑)。
ていうか、予行練習でベビーカーを押して散歩するエリート商社マンって、怖くないですか?!(笑)
後半の狂気のシーンは、現実感が乖離するような熱演だなあ、と思いました。
語りかけるひばりのお祖母ちゃんの言葉に答えながら、
でも、二人の会話は全然かみ合ってる感じがなくて・・・
俯く小さなお祖母ちゃんの姿が、なんだか切なくて切なくて。

お祖母ちゃん役は立石さん。
「春琴」の時とは別人のようでしたが、あれ、特殊メイクですよね?
とってもパワフルで楽しくて、そして底知れない何かのあるお祖母ちゃん。
お祖母ちゃんとばば友なみなさんの和気藹々な集まりが、実はシビアなビジネスになってるあたり、
ばば友連盟なみなさん、最強!と思いました(笑)。
この方たちは、冒頭の子どもを抱いた母親とはどういうつながりなのかなー。
もし、彼女たちの子孫、というか彼女たちの生きた"村"に生きる女たちなのだとしたら、
彼女たちは"熊"の眷属だと思うのですよね。
そうすると、"犬の血"が流れるひばりとは、
血のつながりがないだけでなく命のやりとりをする敵同士でもあるわけで・・・
そう考えると、お祖母ちゃんの「孫だから愛してるんだ!」という言葉が、ものすごく重く感じられます。
うん、この二人の物語もとても印象的でした。

杏ちゃんのひばりは、一をはるかに越えたエキセントリックさ。
彼女が自分の詩を朗読する登場シーンは、彼女の在り方をとても鮮やかに伝えてくれたように思います。
1/4だけ白い髪の毛(犬の毛、と彼女は言っていたけれど・・・)の、異端さが凄く似合っていました。
あのシチュエーションの役柄を体温を感じさせる存在として演じられる杏ちゃん、凄いなあ・・・!
一との出会いのシーンは、問題の回転寿司のシーンだったわけですが、
それこそいろんな情報に惑わされずに、この二人をじっくり見てればよかった!と後悔いたしました。
ついつい舞台に映し出されたト書きを読んじゃったんですよねー。
まあ、そこに文字があれば読んでしまうのが活字中毒ですから仕方ないかと(笑)。
でも、それでも、周りの喧噪に惑わされることなく、どんどん近づいていく二人の距離がなんとも鮮やかで、
実はこの後のホテルのシーンよりもドキドキしておりました(笑)。
最終的にひばりは自分の"犬の血"のルーツとであったのだと思うのだけれど、
彼女が"犬"の眷属であるとするなら、犬を使い熊を殺す一との関係はどうなるのかなあ・・・?
でもって、熊猟師の契約を継ぐことのなかった多根彦との関係は・・・?
うーん、やっぱり戯曲を買うべきかな?
それにしても犬の着ぐるみ(?)の中から金髪な新川さんが出てきたときはびっくりしました(笑)。
ていうか、あの犬って、すごいリアルでしたよね?
冒頭、大きく開いた搬入口から射しこむ光の中からの登場シーンは、
影が見えた時点で何が来るのか分からなくて、実は内心かなり怖かったです(笑)。
でも、その分一気に舞台世界に引き込まれたかも。

熊猟師役の勝村さんは、とにかく大活躍!
冒頭のシーンは照明のクールさと熊猟師の思考の変遷がなんだか凄いツボでしたv
お年を召してからの孫(幼き日の祖父?)とのやりとりは微笑ましいし(笑)、
梅原(木村靖司)とのやりとりの時の沈黙の印象的だし、
薬売り(石井愃一)とのやりとりの時のダンディさはかっこいいしv
この熊猟師が全ての始まりで、そして彼はきっと全てを見つめていたんだなあ、と思いました。

あ、でも、見つめ続ける、という意味ではそれはやっぱり富山の薬売りかなあ。
登場するたびに「○○年前から」という台詞の年数がどんどん増えていって、
でも見た目は全然変わらなくて・・・柔和な笑顔に凄味がありました。
時も場所も越えて、熊の胆を得るために熊猟師の前―――その血筋の前に現れる薬売り。
熊にも、犬にも属さない彼は、もしかしたら"人"にも属していないのかも?
「百年の想像力を持たないものは・・・」という台詞、なんだか自分の中では一の言葉として残っていたのですが、
プログラムを見ると薬売りの言葉のようです。
うーん、最後のほうは結構つかれきってたから記憶が(笑)。
一が言うのと薬売りが言うのでは、この言葉の意味合いって同じようで凄く違う気がする。
でも、どちらが言ってもしっくりくるようにも思います。
って、私の個人的な感覚ですが(汗)。
あ、そういえば、熊猟師が薬売りから紙風船をもらってましたね。
私の家にも小さい頃富山の薬売りが来ていたのですが、
薬売りさんからもらう紙風船が、いつもとっても楽しみでしたv
私がもらったのは丸い紙風船で、熊猟師がもらったのは四角かったけど、
でも、なんだか懐かしかったなあ・・・

紙風船だけでなく、観ている間私の中の思考もいろいろ行き来しました。
石油村のシーンやシベリアのシーンでは、ちょうど「海賊とよばれた男」を読んだところだったので、
"燃える水"の人の欲に働きかける魔力に納得してしまったり、
最後の多根彦の"お願い"からは、高村薫さんの「神の火」を連想したりしました。
そういえば、「神の火」、ずいぶん読み直してないなあ・・・
高村さんの本は読むのにただでさえ気力体力がいるのですが、
この本はものすごく後を引くので、読み直すのに結構覚悟が必要なんですよね(笑)。
でも、この舞台を観た後だからこそ、読み直してみたいかな、と思いました。

うーん、つらつら書いてるときりがないなあ・・・
いろんな疑問は残るけれど、観劇後に残った曖昧で抽象的でなイメージは、
そういう疑問を越えた、どこか穏やかな静謐に溢れているようにも思います。
そのイメージが私の中ではとても綺麗な記憶になっているので、
疑問は疑問のまま、疑問を内包する世界として、この観劇はこれでおしまいでいいのかな。
そんな風にも思います。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
眷属の分布図 瓔珞の音/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる