瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2014/06/15 21:57   >>

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梅雨入りしたなあ、と思ったら、あっという間に6月も半分が過ぎてしまいましたね。
ということは、あと半月で今年が半分終わっちゃう!
そう書いたら、なんだか急に焦りが出てきてしまったり(笑)。
仕事と読書に追われて、ブログはすっかり放置になってしまいましたが、
観劇もちょこちょことしております。
いろいろ考えていたら、なんだかすっかり書くタイミングを逃してしまいましたが、
自分の中で消化されていなくても、
こういう舞台を観た、という事実だけは残しておこうと思います。


「ビッグ・フェラー」

2014.5.31 ソワレ 世田谷パブリックシアター 1階C列10番台
2014.6.8 マチネ 世田谷パブリックシアター 1階F列20番台

作:リチャード・ビーン
演出:森新太郎
出演:内野聖陽、浦井健治、明星真由美、町田マリー、黒田大輔、小林勝也、成河


物語の舞台は「血の日曜日」の1972年のセント・パトリックス・デイから、
1999年のセント・パトリックス・デイまでの27年間+α。
N.Yのとあるアパートの一室を主な舞台に、
IRA N.Y支部の男たちの"日常"が描かれたこのお芝居。

IRAについてはモジョ・ミキボー」を観たときにちょっとだけ調べました。
「モジョ・ミキボー」は、子どもの目線から北アイルランド紛争を描いたもので、
「ビッグ・フェラー」は、N.Yで活動するIRAの男たちを描いたもので、
どちらも直截的に紛争が描かれているわけではありません。
特に「ビッグ・フェラー」では、舞台が主にアパートの一室ということもあって、
IRAの活動とその在り方については、彼らの言葉や垣間見える人間関係から察するしかありません。
それでも、彼らのやり取りから惹起される"現実"は、私にはとてもつらくて・・・
私は、このお芝居を最初から最後まで、頭で観ていたように思います。

彼らの言葉の、表情の裏に何があるのか、
彼らの関係はどう変わっていくのか、
彼らの目指す"正義"の行く先はどこなのか―――

それは、目の前で起きる化学反応を分析するような感じだったように思います。
たぶん、心で観るには―――彼らの直面している時代を感じるには私の知識は足りなくて、
そして、彼らの心情に寄り添うには、私は弱すぎるのだなあ、と思う。
そんな風に観ながらいろいろ考えて、観終わってからもいろいろ考えて、
でも、結局自分の中にすっきりとした形でこの物語を落とし込むことが私にはできなくて―――
というか、そういう物語だったのかもしれないなあ、と思ったりもしていて。
なので、今回は役者さんについて少しだけ記録しておこうと思います。


ビッグ・フェラーことデイヴィッド・コステロ役、内野さん。
舞台で拝見するのはとても久々、というか、ストプレの内野さんはたぶん初めてなのですが、
もう最初っからその存在感と深さに圧倒されたように思います。
物語は、セント・パトリックス・デイを祝うアイリッシュレストランでの彼の演説から始まります。
中央のスポットライトの中、一人葉巻を吸うコステロ。
彼が、ふと顔を上げ、客席を―――客たちを見まわしたその視線の鋭さに、
一瞬体が後ろに退けるような圧力を感じました。
前方席センターでその視線を正面から受け止めた、ということもあるのかもしれませんが、
あの視線だけで、一気に物語の世界に導かれたように思います。
N.Y支部のリーダーとして、彼の目指す正義に向かって活動するコステロ。
祖国を愛し、家族を愛し、仲間を愛し、北アイルランドの解放という夢に向かって邁進するコステロ。
愛するもの、欲するものの全てを手にすることはできないことを彼は知っていて、
それでも自分にはそれができるはずだと、いや、そういう自分で在ろうとしていた。
けれど、彼の両手から愛する家族は零れ落ち、
彼の目指す"正義"は、組織の"正義"とは離れていった―――
変わったのが彼なのか、組織なのか、そこまでは私にはわかりませんでした。
けれど、ある瞬間に、彼はきっと"疑問"を持った。
その瞬間が、娘が命を絶った時だったのか、妻が出ていった時だったのか、
マイケルたちを痛めつけるフランクを見たときだったのか、
そのフランクを追いつ得る自分自身と向き合った時だったのか、それも私にはわかりません。
けれど、最初と同じレストランで、最初と同じように演説をするコステロの姿は、
年齢的な変化以上に大きく異なっていた。
そこにあるのは、自信でも強さでも闘争心でもなく、
自嘲と諦念と、かつて愛するものたちとの間にあったはずの失われた絆への哀惜と、
そして、それでもなお彼の中に息づく"正義"への想いだったのかな、と思う。
その変貌の鮮やかさに、なんだか最後まで圧倒されていたように思います。

成河くんのルエリも、物語の中で大きく変化していった人物だなあ、と思いました。
いや、変化したのではなく、知っていった、のかな。
舞台全体を自分のペースに持っていくような怒涛の台詞回しも、
コステロたちとの、息をつかせぬ変化球交じりの言葉と感情のやり取りも、
相手や場面で大きく異なる表情の鮮やかさも、
彼が出てくるだけで何かが大きく動いていくのではないかとドキドキするような期待感も、
とにかくめちゃくちゃ見ごたえがあったのですが、
一番心に残ったのは、やっぱり2幕2場の最後、慟哭するマイケルを抱きしめての台詞だったかなあ。
きっと、彼の中にも彼が目指す理想の未来や正義があって、
でも、スタートラインを彼は間違えたのかな、と思う。
たぶん、彼の兄もIRAで、IRAに入ることに彼は何の疑問も持たなかった。
命じられるがままに動き、人を殺し、投獄され、脱獄し―――
けれど、N.Y.でIRA以外の世界を知ったとき、彼はそのことに気づいたんだろうなあ。
IRAを拒否し、FBIに助けを求めたルエリが、その後無事に逃げのびたのかどうかは、
この物語でははっきりとは描かれていません。
IRAの命令により「メキシコ送り」になったのか、
名前を変え、生き方を変えて、故郷に戻っていったのか―――
後者であればいいな、と思うけれど、
でも、もし逃げ延びていたとしても、彼は自分が人の命を奪ったことをずっと背負っていくんだろうな、と思う。

浦井くんのマイケルは、変わったといえば変わったし、変わらなかったといえば変わらなかったし・・・
うん、でも変わらなかったのかな。
コステロが最後に彼に投げかけた、「まだわからないのか」という言葉が、なんとも象徴的でした。
この物語に出てくるIRAのメンバーの中で、たぶん、彼だけが直接人の命を奪ったことがない。
情報として、知識として知ってはいても、
流れていく血の匂いや温かさも、
その瞬間の悲痛な叫びも、
叫びをあげることすら許されないまま奪われた未来も―――
リアルとして、彼の中には存在しなかったのかもしれないなあ。
そして、それこそがエリザベスが守ろうとした彼の純粋さの本質であり、
ルエリが抱きしめた未来の姿であり、
コステロが突きつけようとした真実であったのかな。
最後、コステロを撃ったのがマイケルだったのか、トム・ビリーだったのか、
物語の中ではやはりはっきりとは描かれません。
けれど、ラストシーンでいつもと変わらない穏やかな朝を過ごす彼の横顔を見て、
マイケルの中にIRAのリアルは根ざさなかったのだな、と思った。
そして、命のリアルを知らないまま、当事者には決してならないまま、
"IRAの一員"で在りつづけるマイケルの存在が、何とも恐ろしく感じられてしまったのでした。
―――それは、たぶん、私の在り方にどこか通じるものがあるから。

黒田さん演じるトム・ビリーは、その粗雑さとか下品さとか乱暴さとか背別的な言動とか、
諸々がどうにも受け入れられなくて、出てくるたびに眉をひそめていたのですが(笑)、
4幕4場での、ルエリが密告者ではない、と明るく言い放つ言葉を聞いて、
この人は実はマイケル以上に素直で純粋な人なのかな、と思ってしまいました。
自分にとっての大切なものと嫌なものがはっきりと区別できていて、
それを隠したり欺いたりはせず、いつも本音で人と向き合ってるのかなあ、と。
疑うことも疑問を持つこともなく、いや、持っていたとしてもそれをそういうものだと受け入れてたのかな。
それって、コステロとは違う強さな気がする。
コステロが待つバスルームにマイケルを押し込み、銃声を待って、待って、
そして撃鉄を起こしてバスルームに入る。
その間の彼の表情から、なんだか目が離せませんでした。
でもって、カーテンコールでの表情が一番癒し系だったのも黒田さんだったかなー、とv

小林さん演じるフランクは、マイケルは唯一接したリアルなIRA幹部、だったのかな。
それまでのシーンでも、名前だけは出てきていて、その残酷さが話題になっていた役だけれど、
実際に目の前でその行為を見せつけられるのは、かなりきつかったです。
その前のルエリとの会話で、夫であり父である存在としての姿もあっただけに、
(それが本当かどうかはわかりませんが)
その時と同じ表情で暴力をふるうフランクのシーンは本当に怖くて・・・
演技だとわかっていても、本当に怖くて直視できませんでした。
でも、その後のコステロとの静かな攻防の緊迫感は、なんだか息をつめて見つめてしまいました。
そして、その戦いに負けて落ちていくフランクを見つめる三人の男が、
それぞれに何を受け取っていたのかが、すごく興味深かったです。

明星さん演じるエリザベスは、コステロといい勝負なカリスマ性のある人物なんだろうな、
と感じさせるような聡明さと、強さと、貫録と、そして愛情深さを感じました。
いやこれはマイケルが惚れるのも当然!と思ってしまうかっこよさ(笑)。
そして、女であることが彼女に突きつける是非の狭間の残酷さが見ていてつらかったなあ。
もともと好きな女優さんなのですが、
あの凛とした声の響きと、まなざしの強さは、やっぱりとても好きだなあ、と思いました。

町田さん演じるカレルマの存在も鮮やかだったなあ!
初回で観たときは、彼女の正体を知ってびっくりしたのですが、
2回目に観たときは、彼女がそうであることを知っていたので、
1幕での彼女の視線の動きとか、コステロが入ってきた瞬間の表情の変化とか、
そういう部分がとても細やかで見ごたえがありました。
エリザベスとは違う形で、女であることを受け止めていて、
その信念の揺るぎなさというか、そういうのがすごく綺麗だった。
だからこそ、ルエリの告白での彼女の動揺と怒りという揺らぎが、とても印象的だったな、と思います。


ラストシーンで描かれたのは、あの日の朝。
その意味を私はきちんとは理解していないと思います。
けれど、朝の光が差し込むあのアパートで繰り広げられた彼らの"日常"のリアルと非リアルは、
あのシーンでのマイケルの穏やかな表情とともに、たぶんずっと私の中に残るんだろうな、と思います。
うん、いろんな意味で、いいお芝居でした。
観るのはすごいきついけど、再演されたらきっと観に行くと思う。
でもって、今観たら「モジョ・ミキボー」も違う見方ができるかもしれないな。
これもすごくいいお芝居だったので、ぜひ再演して欲しいな。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さま
私もきちんと理解できたかどうかは自信ないのですが
とにかく、とても見応えがあり心にも響きました。
IRA・・・というか、アイルランドのことももっと
知らなければとも思いましたし。

>けれど、ラストシーンでいつもと変わらない
>穏やかな朝を過ごす彼の横顔を見て、
>マイケルの中にIRAのリアルは根ざさなかった
>のだな、と思った。

ここは私は逆で、コステロもルエリも、
もしかしたらトム・ビリーもいなくなったNYで
マイケルは今度こそ真のIRAの一員として
生きてきたのではないかと感じました。
その始まりがあのコステロを撃ったかもしれない
バスルームだったのではないかと。

でも、恭穂さんのレビューを読ませていただいて
「な〜るほど〜」と思っちゃっいました(笑)。
いや〜、もう1回観て確かめたいです。


スキップ
2014/06/20 00:07
スキップさん、こんばんは。
舞台は感覚で観るタイプなのですが、
頭で観るべき舞台もやっぱりありますね。
これを機会に、IRAだけでなく視野を広げてみたいな、と思います。

ラストのマイケルの受け取り方、私の方こそ、なるほど!と思いました。
でもって、そう考えると、あのラストシーンが更に怖くなっちゃいますね。
彼の目指す正義や大義は何なのか、やっぱり考えてしまいます。
ほんとに、私ももう1回観たいです!
恭穂
2014/06/20 20:22

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