瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2014/12/26 22:14   >>

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その舞台の中央には、1本の大きな木がありました。
星明りを浴びて、淡く発光するかのようなその木肌。
沢山に枝分かれしたその姿は、まるで進化の系統樹のようにも、
いくつもの支流が合わさった大きな川の流れのようにも見えました。

そこで繰り広げられた、一組の男女の物語。
それは、沢山の"もしも(if)"が重なり合う、不思議な宇宙の物語でした。


「星ノ数ホド」

2014.12.13 ソワレ 新国立劇場小劇場 C2列一桁台
2014.12.20 マチネ 新国立劇場小劇場 D1列10番台

作:ニック・ペイン
翻訳:浦辺千鶴
演出:小川絵梨子
出演:鈴木杏、浦井健治


物語は、とあるバーベキューでの一人の女と一人の男の会話から始まります。
物理学者のマリアン(鈴木杏)と養蜂家のローランド(浦井健治)。
初対面の二人のちょっとぎこちない会話。
それを切り裂くように、高く澄んだ音が細く響き―――
その音を境に、二人はもう一度さっきしていた会話を始めます。
何度も響く音。
何度も繰り返される会話。
けれど、その会話の内容は、少しずつその内容を変えていき―――

人間の行動は全て同時に存在する巨大な宇宙の集合体に存在する。
そんな多元宇宙論を根本としたこの物語は、
その沢山の宇宙に存在する、沢山のマリアンとローランドが交わす会話を、感情を、
そして彼らの"未来を"描くことで進んでいきます。

彼らの出会い。
彼らの恋。
彼らの別れ。
彼らの再会。
彼らの結婚。
そして、彼らの―――彼女の選択。

置かれた状況を、その瞬間の時間軸を、向き合う感情を、その結果としての選択を、
少しずつ変えながら進んでいく沢山の"二人の物語"。

それは、淡い色をした薄い玻璃が何重にも重なっているような。
澄んだ音を立ててその玻璃が割れるたびに、違う"二人"が現れるような。
その音そのもののように、綺麗でもどかしく、儚いけれど可能性に満ちて、
そして、残酷なほどに容赦のない世界でした。


次々と現れる異なる"二人"を演じる二人の、繊細さと瞬発力が絶妙な演技にまず感嘆!
僅かな相違を含んだ繰り返される会話を、
全く飽きさせず、というか、1個1個の短いシーンなのに、
その相違を違和感と感じさせない沢山のマリアンとローランドが、確かに同時にそこにいたように感じました。

聡明な研究者で、全てを自分で背負い、
解決するだけの強さのある―――あると自分を感じていた、マリアン。
そして、大らかでまっすぐで、優しい目をした熊のような印象のローランド。
バックグラウンドも、仕事のフィールドも全く違う二人が、
沢山の別の宇宙のどの次元でも、心惹かれ寄り添っていく様子に、
なんだかドキドキしたりハラハラしたり、思わず微笑んだり、眉をひそめたりしてしまいました。

マリアンの(あるいはローランド)の浮気で、一度破綻した二人の関係。
今回は、ついついマリアン目線で舞台を観てしまったのだけれど、
マリアンは、怖かったのかなあ、とふと思いました。
強い、自分。
一人で生きていけるはずの、自分。
でも、ローランドの傍にいると、彼に頼りたくなる。縋りたくなる。守ってもらいたくなる―――
そんな風に、どんどん弱くなっていく自分が、マリアンは怖かったのかなって。
そう感じてしまう浦井くんのローランドに、マリアン並によろめいてしまいました(笑)。

いやだって、ほんとに可愛くてほんわかしたローランドだったのよ!
もちろんそうじゃないシーンもあるのだけれど、
酔っぱらってマリアンの膝枕を虎視眈々と狙ってる様子とか、
駆け抜けるマリアンを思わず呼び止めちゃったときの全開の笑顔とか、
プロポーズの時のいろんなパターンのローランドとか・・・

というか、あのプロポーズのシーンは、凄い良かったなあ、と思います。
プロポーズの言葉を紙に書いて読み上げる、
あるいは忘れてしまって頭を抱えるローランドも可愛かったけど(おい)、
それを聴くマリアンが、それぞれの宇宙で全然違っていて、
彼女の表情と、そこに向き合うローランドの言葉を聴いているだけで、
それぞれの"二人"が、どんな時間を経てその"現在"に行きついたのかが、
感覚として伝わってくる感じがしました。
拒否、拒否、拒否!だった後、最後の"マリアン"の時には、
彼女の表情がローランドの言葉を聴き始めた最初から、本当に幸せに満ち溢れていて、
なんだかもうおめでとう!!って拍手したくなっちゃったよ(笑)。

そんな幸せの後だったから、その後のマリアンの病気告知のシーンはきつかったなあ・・・

この物語は、未来に向かう沢山の二人の時間軸に挟まるように、
星明りに浮かぶ木の下で、二人が交わすもう一つの時間軸が描かれます。
その時間軸は、描かれるごとに会話を過去に遡っていって・・・
だから、彼女が病魔に侵されたことも、
その病気が、どういう病気であるかも、そのシーンに至るまでにわかっていた。
それでも、告知を受けたマリアンの恐怖や苦悩や怒りも、
その内容をマリアンの口から聞くローランドの衝撃や嘆きも、
描かれるどの彼らの感情も痛いほどに鮮やかで―――
しかも、病気が良性であると喜ぶ"二人"のシーンが挿入されているから余計に、
逃げられない現実に向き合う二人が、本当に観ていてつらかったです。

病気のせいで、文字通り言葉にならない感情。
あんなにも流暢に、あんなにも楽しそうに、あんなにも生き生きと、宇宙について語っていたマリアン。
その姿は、ローランドが言うように「超かっこよく」て。
そんなマリアンから言葉が奪われていく。
思考することはできるのに、言葉にすることが―――伝えることができない。

白い木の下で、その病と向き合った彼女が選んだ自分の未来―――尊厳死、という選択肢。

―――その瞬間、二つの時間軸が重なった。

最後から2番目のシーンは、たぶん尊厳死の契約を交わしに外国に来ている二人の会話でした。
同じように、玻璃の割れる音をきっかけに、繰り返される会話。
でも、その会話のバリエーションは、最初と比べて格段に狭まっていた。
そして、気づきました。
彼らがたどった時間の中で、沢山の"二人"がたどり着く先は、
木の枝のようにどんどん広がっているのではなく、一つの"結論"に向かっていることに。
申し訳のように挟まる、全く違う未来に向かう"彼ら"も描かれているけれど、
その言葉を交わす状況は異なっていたとしても、大まかな"未来"は同じだった。

最後にあの木の下のシーンが描かれたとき、舞台の奥に何枚もの鏡が現れました。
細長い鏡の中に、断片的にうつる白い木と二人の姿。
それは、まるで別の宇宙にいる"彼ら"の姿のようだった。
重なり合う彼らの多元宇宙は、枝分かれする木のようにどんどん可能性を広げていくのではなく、
複雑な網目のように、違う道をたどっても、いつか同じ未来に行きつく場合もあるのかな。
描かれている"未来"がこの結論なだけであって、きっと違う"未来"もあるはず。
けれどもしかしたら、沢山の蛇行する細い支流がいつしか合流して大きな流れになるように、
彼らの行きつく先は―――彼らの"運命"は、定められているのだろうか・・・?

そんな風に思いながら観た、ラストシーン。
それは、中盤で描かれた、再会した二人の会話のシーンでした。
中盤で描かれたときには、二人の関係をもう一度始めようとしたのはマリアンだった。
けれど、このラストシーンでは、言葉を尽くしてもう一度向き合おうとしたのは、ローランドだった。
その言葉を聴くマリアンの、強い光を宿した大きな瞳、淡い笑みを浮かべる口元、
そしてもう一度ローランドに向かっていく、その感情・・・
それを見た瞬間、思いっきり涙腺が決壊してしまいました。
逃れようのない"未来"を描いた後に、そうではないかもしれない"未来"の可能性を秘めた二人を描く。

それは、なんて優しくて、なんて残酷なラストシーンなんだろう。

沢山の薄い玻璃が重なり合うような平行した多元宇宙。
脆い器のようなその宇宙の中で、
その宇宙の法則に従いながら、あるいは翻弄されながら生きている彼ら―――私たち。
互いを知ることもなく、互いに干渉することもない、沢山の"別の自分"たち。
そんな宇宙の法則の中では、自分たちは単なる素粒子に過ぎないと、
原子の存在では過去も未来もないのだと、そうマリアンは言います。
けれど、そこに在る"沢山の私"たちは、
だからこそ、こんなにも懸命にその"時間"を生きているのだと。
そこに居るのは、紛うことなき"生きている存在"としての自分であるのだと。

明るくなった客席で、しばし立ち上がれずに、
まだ涙の乾かない目で白い木と、その枝が落とすひび割れのような影を見つめながら、
なんだかぼんやりとそんなことを考えていました。

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