瓔珞の音

アクセスカウンタ

zoom RSS 暗闇に咲く花

<<   作成日時 : 2015/06/02 20:59   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

傷つけるより、傷つく方がいい。
奪うより、奪われる方がいい。
騙すより、騙される方がいい。

そんなふうに、諦めることを覚えてしまった弱い私には、
彼らの中にある熱情も、彼らにとっての必然も、彼ら自身の選択も、
共感どころか理解することすらできませんでした。

それでも、あの瞬間に私が流した涙は、決して偽物ではなかった。


「嵐が丘」

2015.5.10 ソワレ 日生劇場 2階G列20番台
2015.5.23 ソワレ 日生劇場 1階J列10番台

原作:エミリー・ブロンテ
翻訳・脚本・演出:G2
出演:堀北真希、山本耕史、高橋和也、伊礼彼方、矢崎広、小林勝也、ソニン、戸田恵子、
    陰山泰、近野成美、小林大介、横山敬、篠原正志、林田一高、小谷早弥花、鹿野真央 他


エミリー・ブロンテが生み出した、あまりにも有名なこの小説。
またしても私は読んでおりませんで(^^;)
大体のあらすじは知っていたものの、まっさらに近い状態での観劇となりました。
G2さんの脚本はとても明快で、そんな私でも十分理解できたのですが、
それでも最初はちょっと時間軸が上手く把握できなくて混乱したかなー。
初回が2階席と遠くからだったので、冒頭、家の中でやりとりしている若い二人を、
すっかりキャサリンとヒースクリフだと思ってしまっていました・・・

嵐が丘とスラッシュクロス屋敷の双方に、3世代にわたって仕えてきたネリー(戸田恵子)が、
スラッシュクロス屋敷の借り手であるロックウッド(小林大介)に、
彼の知らない過去を語る、という形で進んでいくこの物語。
観る前に予想していた通り、主人公の二人をはじめ、その周囲の人たちにも、
共感できるところは本当に少なかったのだけれど―――

厳しい自然とは裏腹に柔らかな光に満ちた空の下で、あるいは激しい嵐や吹雪の中で、
その、限られた世界の、限られた人間関係の中で紡がれた彼らの生き方。
キャサリンとヒースクリフの、身勝手で不器用で激しい熱情。
互いを互いの半身であると知りながら、生み出すのではなく奪い合うことしかできなかった二人。
その、圧倒的な想いに、なんだか打ちのめされたように思いました。


堀北真希ちゃんのキャサリンは、凛とした立ち姿と無邪気というには奔放すぎる物言いが印象的。
最初の登場シーンは、ほんとにびっくりしました(^^;)
ロックウッドさん、良く対応したねー(してないか)。
彼女の思考回路は、私には全然わからないけれど(ある意味ジャイアン的なのか・・・?)、
ヒースクリフとの関係性に何の疑いも持たないあの揺るぎなさには、
なんだかもう納得せざるを得ないなあ、と思ってしまいました。
リントン兄妹に対しても、全然悪気がないんだよねー。
だって、彼女の中には歴然たる優先順位があるんだから。
ヒースクリフの中に、自らを深く刻み込んで逝ってしまったキャサリン。
彼と育ったあの家に戻りたくて、戻れなくて、18年も彷徨っていた、キャサリン。
それは、もしかしたら、ヒースクリフの幻なのかもしれない。
でも、そのくらい鮮やかで、激しくて、そして儚い―――そんなキャサリンだったと思います。

山本さんのヒースクリフは、なんだかもう最後までいい人なのか悪い人なのか私にはわかりませんでした。
彼の行ったことの根っこにあるのが、彼が生まれつき持っている性質だったのか、
それとも嵐が丘での成長の過程で獲得したものなのか―――?
イザベラには後者に見えたのかなー。
だから、自分だけは本当の彼を知っているんだ、
誠実で、寂しがり屋で、愛情に飢えた彼には私が必要なんだ、って思っちゃったのかも。
うん、何というか、そういう風に女に思わせちゃう色気があった気がします。
ネリーへの甘えっぷりも可愛かったですしねー(笑)。
でも。
彼の中に在る確かなものは、キャサリンだけで―――

キャサリンの死を告げられた時。
自らの死を前に、ネリーへと語る時。
自らを抱きしめるように丸くなる彼を見て思いました。
暗闇の中に咲く一輪の花のように、吹雪の中で瞬く小さな光のように、
彼の胸の中にある、決して譲ることのできない揺るぎない唯一のものがキャサリンなんだ、と。

ラストシーン。
若い夫婦がスラッシュクロスに移るため、空き家となる嵐が丘。
その屋敷をジョウゼフが一人管理する、ということを聞いたロックウッドがこう言います。

「嵐が丘にずっと住みたかった二人の幽霊が、ここで暮らせるように」

その言葉を聞いた瞬間、なんだか最後のピースがぴたっと嵌ったような気持になりました。

周りの全てを傷つけて。
自分自身をも壊して。
互いの全てを奪い尽すかのように求め合った二人。
でも、その二人が本当に欲しかったのは、
嵐が丘での穏やかで優しい二人きりの時間だったのかもしれない。

そう思ったら、なんだかもう泣けて泣けて仕方がありませんでした。
二人のことは全然理解できないし共感もできないけど、
でも、その切実でシンプルな想いにはなんだか思いっきり揺さぶられてしまった。
久々に、カーテンコールで一人号泣、という状況になってしまいましたよ。


そんな風に思ってみると、冒頭でキャシー(近野成美)とヘアトン(矢崎広)の姿が描かれたこと、
それから、キャサリンたちの凄まじい人生の先に結実したのがこの二人であったことが、
なんだか凄く意味のあることのように感じられてしまいました。

自分自身の責任ではない怒りと、恐れと、喪失と、憎しみの中で暮らしていたはずのキャシーとヘアトン。
ヒースクリフに強い言葉を投げかけながら、孤独に震えていたキャシーが、
ヘアトンのわかりにくい優しさに触れて、守られているという安心感を得て、
ふっと纏う雰囲気が変わっていくのがとても印象的でした。
たぶん、初めて観る役者さんで、あまりにも強い台詞回しがちょっと引っかかったりもしましたが、
まあ、これだけの仕打ちを受けたら仕方ないよねー、とも思ったり。
でもって、伊礼パパとはきっと仲良しだったに違いない、とも思いました(笑)。

ヘアトンな矢崎くんはねー。
実力だけでなく、凄く雰囲気のある役者さんに育ってくれたなあ、って、
彼のデビュー舞台を観ている身としては、しみじみ嬉しくなっちゃいました。
台詞の少なめな役なのだけれど、台詞を超えた部分でいろんな感情を見せてくれた。
特に気になったのは、やっぱりヒースクリフとの関係性かな。
キャサリンを介してヒースクリフと対峙した時の表情や、
彼の死を知ったときの、嘆くヘアトンの背中を見て、
この二人には、支配する者とされる者、奪う者と奪われる者、憎しみで繋がる者だけでない、
もっとずっと深く複雑な感情があったんじゃないかなあ、と思いました。
生まれて間もなく母を亡くし、失意の中で酒に溺れ暴力を振う父親との閉鎖的な生活。
下男の身分に落とされ、そして上から抑え込まているということは同じだったとしても、
ヒースクリフとの生活には、もっとドライではっきりした“理由”があったはず。
ヒースクリフ自身も、どこかヘアトンにかつての自分を重ねるところがあったんじゃないかな。
なんとなくだけど、ヘアトンを信頼しているような雰囲気も感じられたし。
そういう、なんて言えばいいのかな・・・
嘆くヘアトンと、彼を抱きしめるキャシーの姿に、憎しみや復讐という事実の中でも、
確かに生まれるどこか暖かな感情があるのが感じられた気がしました。
うん。
この二人は喧嘩をしつつも、その暖かな感情を胸に幸せになってほしいなあ、と思う。


そういえば、登場人物たちが幼い頃のシーンでは、
彼らを子役の子たちが演じて、でも台詞は大人の役者さんが言う、という演出でした。
子役ちゃんたちの動きと大人の台詞がぴったり合っていて、おおお!と思ったり。
ネリーの回想の中の世界、というのも強調されててわかりやすかったです。
が、日生劇場って、Wキャストの子役の名前を見つけられたためしがないんですよねー。
どこに貼ってあるのかな・・・?


高橋さんのヒンドリーは、そんな風に子どものころの様子も描かれてるだけに、
どんなにひどいことをしても憎めない感じがあったかなー。
この人こそ、凄く寂しがり屋なんだろうな、と思ってみたり。
ヒースクリフに父と妹の愛情を奪われ、
息子の出産と引き換えに最愛の妻を亡くし、
彼にとっては本当に喪失の人生だたのかもしれないなあ、と思いました。
いやでもやっぱりヘアトンへの仕打ちは酷いと思うんだけどね(^^;)


伊礼くんのエドガーは、かっこいい王子様キャラだけど、本当にまっとうな普通の人。
だからこそ、キャシーのあの激しく鮮やかな存在感によろめいちゃったのかな。
ヒースクリフさえ帰ってこなければ、彼はキャサリンと幸せになれたのかな?
キャサリンの死の直前、ヒースクリフの腕に抱かれたキャサリンを見た瞬間の彼の絶望を思うと、
なんだか本当に可愛そうになってしまいますが、
それでも、エドガーのスタンスだと仕方なかったのかな、とも思います。

ソニンちゃんのイザベラも、大事に育てられた箱入りのお嬢様。
きっと、本当に穏やかに育ってきたからこそ、キャサリンによろめいた兄と同じように、
ヒースクリフの普通でない部分によろめいちゃったんだろうなー。
駆け落ちした後の現実の前に、そのか弱い花のようなイザベラが、
どんどん変貌していくのが、なんとも哀しくて・・・
でも、きっと彼女を変えていったのは、ヒースクリフに騙された、愛されていないということよりも、
ヒースクリフの中にはキャサリンしかいない、という事実の方だったんだろうなあ。
というか、ネリー、どうにかしてあげて!!と思っちゃいました。

いやでも、そう思ったのはイザベラに対してだけじゃないか。
基本、ネリーは傍観者なんですよね。
キャサリンに、ヒースクリフに、イザベラに、エドガーに、ヒンドリーに・・・
全ての人たちに寄り添いながら、決して介入はしない。
それこそが、彼女が3代にわたって彼らに仕えてこられた理由なのかもしれないけど、
そして、彼女自身、そうするしかできなかったのかもしれないけど、
でも、何とかできちゃいそうなバイタリティを感じたのも確かで(笑)。

そう思うと、あくまで自分自身のスタンスを貫いた小林さん演じるジョウセフはある意味かっこよかったかも?
「ビッグ・フェラー」での恐ろしさとは全く別人な、
飄々とした、ちょっと(ではないかな?)変わり者なジョウゼフ。
ある意味、この物語の中でちょっと癒しだったかもしれません(笑)。


癒しと言えば、陰山さんのケネス医師もいい人だったなあ。
途中、ヒンドリーとネリーと友人同士、的な台詞があったけど、
若い頃のこの3人のことも、ちょっといろいろ想像してみたくなりました(笑)。
原作には書いてあるのかな?
これはやっぱり原作を読まないとかな。


あ、そうそう!
この舞台、音楽もとても綺麗でした。
印象的だったのが、マリンバの音色。
始まりがマリンバだったのですが、まろやかで優しい雨垂れみたいな音色が、
時に嵐の中の雨の礫のように激しくなったり、
嘆きの声のように波打って聞こえたり、
本当にいろいろな表情を見せてくれました。
チェロやフルートといった他の楽器も本当に雄弁で、でもさりげなくて。
BGMという以上に、このお芝居の一部だったなあ、と思います。
客席の下手前方の一部を囲ってのオケスペースって珍しいけれど、
その不思議な距離感もいい感じだったと思います。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
暗闇に咲く花 瓔珞の音/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる