瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2015/06/18 21:28   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2

高校生の頃、文芸部だった私が一つだけきちんと完結させたシリーズ物の小説がありました。
その中の一つのお話は、ユダヤ人の青年を主人公としたもので。
その青年が捨てた名前、それがZionでした。

Zion―――約束の地、エルサレム。
彼らが求め続けた、楽土。

勉強不足の高校生が書いた物語は、今となっては黒歴史以外のなにものでもないのですが(^^;)、
この舞台を観た後、私の中に生まれたその物語を、ふと思い出しました。

誰もが求め続け、
誰もがその憧れを胸の内に大切に抱きしめて、
誰もがそこで得る平安を夢見る―――楽土。

明確な場所ではなく、概念としての“楽土”を、きっと彼らの誰もが持っていた。



「アドルフに告ぐ」

2015.6.14 KAAT神奈川芸術劇場 1階6列列一桁台

原作:手塚治虫
演出:栗山民也
脚本:木内宏昌
出演:成河、松下洸平、橋洋、朝海ひかる、前田亜季、大貫勇輔、谷田歩、市川しんぺー、斉藤直樹、
    田中茂弘、安藤一夫、小此木まり、吉川亜紀子、岡野真那美、林田航平、北澤小枝子、梶原航、
    西井裕美、溝平広樹、彩吹真央、石井愃一、鶴見慎吾、朴勝哲、有働皆美


この舞台の上演を知ったとき、私はこの物語を知りませんでした。
だから最初は、洋さんの二年ぶりの舞台!という喜び。
次いで洋さんがヒトラー!という驚き。
そして、大貫くんも出演!という嬉しさ、でした。
や、もちろん他のキャストの方々も本当に豪華で、めちゃくちゃ期待は高まったわけです。
でも、原作を読んでみて、そのあまりの重さに恐れのような気持ちが生まれたのも確かで。

そして、実際に観劇してみて―――予想以上の重さと、
予想外のストレートに伝わってくる感情に、思いっきり打ちのめされてしまいました。

物語は、アドルフの名を持つ3人の男の人生を中心に、
直接的間接的に彼らに関わる人たちの人生を絡ませながら、
50年弱の時間の流れを描いていました。
長い物語を3時間に収めているわけですから、エピソードは限られているし、展開もとってもスピーディ。
でも、シンプルな舞台の上で個性的な造形の人たちが丁寧に紡ぎあげたこの限られた世界は、
描かれている以上の時間と空間的な広がりと生々しさを感じさせてくれるものでした。

正直、私はまだこの物語をきちんと受け止めきれていないと思います。
それ以前に、どういうスタンスで受け止めればいいのかがわかっていない。
中途半端な歴史認識も、浅薄な共感も、自分勝手な解釈も、この舞台の前ではあまりにも矮小で―――
それでも、あの濃密な時間の中で私が感じた恐れは、痛みは、嫌悪は、温もりは、決して偽物ではなかった。
そう、思います。

そんなこんなで、きちんとした記録は書けそうにないので、役者さんのことを少しだけ。


アドルフ・カウフマン役、成河さん。
始まった瞬間も、観終わった後も、この役は成河さんのための役だと思いました。
一人の少年が、それまで生きてきた世界から突然切り離されて、放り込まれた場所。
逃げ場のないその場所で、それまでの常識が非常識となり、それまでの価値観が打ち壊されていく―――
この物語の中で、一番変貌を遂げたのはカウフマンだと思うのだけれど、
ある意味一番変わらなかったのも彼なんじゃないかなあ、とも思った。
多分、彼の中にある本当に大切なものは、その変貌の影でずっと変わらないままだった。
ママへの愛情。
カミルへの友情。
日本で暮らした日々の思い出―――
優秀なナチス党員となる彼にとって、それらは蔑み、排除するべきものだったはず。
けれど、彼の中では相反するはずのものたち―――日本とドイツの血、
ユダヤへの嫌悪とカミルやエリザへの想いが、まったく矛盾せずに存在していた。
その、歪み。
その、純粋さ。
それは、どこか禍々しい美しさすらあって。
成河さんは、その矛盾しない矛盾の美しさを、危うい均衡の中で鮮やかに演じてらしたように思います。

ヒトラー・ユーゲントの一員となった彼を、周囲の人たちは変わったという。
でも、きっと、彼の中では何も変わっていなかったんだろうな。
だからこそ、由希江が峠と結婚したことや、
自分が守り通した子どものころのカミルとの約束を、カミルは守ってくれなかったことは、
彼にとって裏切り以外のなにものでもなかったのだと思う。
そして、その“変わらないもの”は、きっと彼があの環境で生きていくための、
たった一つの命綱だったのだとも思う。

カウフマンは、ヒトラーを寂しそうな人だと言いました。
でも、私には彼こそが寂しくて寄る辺ない存在に見えた。
それはきっと、その命綱が変化していくものだということを、彼が気づいていないからなのだと、
彼の中には、日本で暮らしていたころの少年が、そのままに息づいていると感じたからなのだと思う。

終盤、パレスチナで戦うカウフマンは、それまでの寄る辺なさが全く感じられなかった。
それは、きっと家族を得たからで―――だから、その後彼を襲った悲劇と彼の選択が、あまりにも哀しくて・・・
でも、きっと彼の最期は、子どもの時のような笑顔だったんじゃないかな、と思う。


松下くんのカミルは、実は私にはちょっと理解しきれない部分もありまして・・・
カウフマンに感情移入しちゃったからかなー。
凄くまっとうで正しい人なのだと思うけれど、その“正しさ”がちょっときついな、と思っちゃった。
彼もたくさん傷ついて、たくさんのものを失ってきたはずなのに、孤独を感じなかったのはなぜなんだろう。
でも、ラストシーンでカウフマンの名を呼ぶ声が、冒頭の子どものころと同じ響きを持っていて、
そのことが、なんともやるせなく、でも同時に救いのようにも感じられました。


洋さんのヒトラーは、最初の一声を聞いた瞬間に胸が震えました。
ああ、舞台の洋さんの声だ、って思った。
でも、そんな感慨はあっという間に吹き飛ばされました。
たぶん、このヒトラーは過剰にデフォルメされた造形で。
でも、そのコミカルさと不気味さと恐ろしさの感じられる造形に、見事に血肉を与えていたと思います。
ヒトラーにつては、まさにその瞬間のことが描かれていて、
過去については台詞の中で少しだけしか触れられないのだけれど、
その台詞以上に、それまで彼が歩んできた時間や、
味わってきた苦渋や、降り積もっていった憎しみや哀しみを感じさせてくれたように思います。
彩吹さん演じるエヴァとの空気感も良かったなー。
そもそもエヴァが、本当に美しくて神秘的な存在なんですよね。
その微笑みや視線、差し伸べられる白い手や、ヒトラーを抱きしめる腕のしなやかさが、本当に雄弁で!
同時にその現実感のない美しさは、何かの象徴のような存在感と曖昧さがあったように思います。
二人が織りなす、二人だけの空気感に本当に魅了されました。
もしかしたら、この物語の中で現世では叶わなかった“楽土”に辿りつけたのは、
この二人だけなのかもしれないな。


物語の終盤、私の中に浮かんだのが“楽土”という言葉でした。
この言葉は、中盤で谷田さん演じる本多大佐が言っていた「王道楽土」が残っていたのだと思う。
平安で、誰もが幸せに暮らせる場所。
この物語の全ての人々が求め、けれど誰一人辿りつけなかった、それぞれの“楽土”。
その“楽土”が“焦土”であるのか“楽園”であるのか―――?
そんなことを思いながら、あの静かな二人の最後を見つめていました。


その谷田さんの本多大佐は、もうとんでもなくかっこよかったです!!
大貫くん演じる芳男とのシーンもすごい迫力でしたが(というか谷田さんって大貫くんより背が高い?!)、
一番印象的だったのは、ドイツの降伏を知ったカウフマンを静かに見つめる表情でした。
嘲りと憐れみだけではない何かが、その鋭い視線にはあったし、
そして、同じ敗戦国の軍人となるであろう自分自身への覚悟のようなものも感じられました。
なんだかもうほんとに全てがかっこよくって、ちょっとどうしようかと思いましたよ(笑)。

大貫くんの芳男も良かったなー。
この間の朗読劇を観た時にも、いい声になった、と思ったけど、
今回は更にその印象が強くなりました。
彼の持つ信念や決意、思いがけないときめきと高揚、唐突な絶望と覚悟。
そういう幾つもの感情を、きちんと言葉に乗せて伝えてくれたように思います。
1幕ラストのワルツは、リードする手がとても綺麗で、でもって、そのシチュエーションに泣けました。
防空壕のユダヤ人の無言の演技も良かっですv


エルザ役の前田亜季ちゃん。
真摯で凛とした素敵なエルザだったな、と思います。
カウフマンと再会した時の、あの感情の爆発にはちょっとびっくりしたけど、凄く自然だった。
でも、きっとあの感情は、カウフマンを通して自分自身へも向かっていたんだろうな、と思う。


カウフマン母、由季江ママもめちゃくちゃ強かったです!
原作を読んでいても、彼女の立ち位置はちょっとわかりにくい感じがあったんだけど、
終盤の空襲のシーンでの「生き抜いてやる」という台詞に、ああ、彼女の根本はここにあったんだな、と思った。
その上での、あの明るさだったんだなー、とも。


強いといえば鶴見さんの峠!!
物語の中で着実に年齢を重ねてるんですが、着実に強くなってる気がするのは私だけでしょうか(笑)。
いやだって、前半は仁川刑事にこてんぱんにやられちゃってるのに、
終盤ではカウフマンを投げる投げる!
余りに綺麗にコロコロ投げ飛ばすので(成河さんの受身も素晴らしいのね、きっと)、
唖然とするのを通り越して笑ってしまいそうになりました。
というか、カウフマン弱すぎ?!(え)
この物語の語り部?狂言回し?的な立場なわけですが、
見事にサクサクと物語を進めてくれていて、その活躍も素晴らしかったです。
峠という男自身については、本当に彼が望んだものは何だったのかな、と思った。


少女役の小此木さん。
この物語の最初と最後は歌だったのだけれど、最初の歌声を響かせたのが彼女でした。
あの、空気がキンっと鳴るような緊張感には目を見張りました。
そしてその後の全員の歌声に、実は最初っからなぜか落涙してしまっていました。
極個人的な象徴であるエヴァとは対照的に、この物語の全ての人にとっての象徴のような存在。
原作にはない役柄だけれど、彼女がいたことで、
“自分”というものの意味を突きつけられたようにも思いました。
遠くを見据える大きな目と、力強い、けれどどこか危うさのある歌声がとても印象的でした。
ほんとに綺麗な声だったなあ・・・!


そうそう、音楽はピアノとヴィオラの生演奏でした。
しかもピアノは朴さん!
もちろん、録音の音楽が流れるシーンもあったし、
そもそもミュージカルではないからスリミみたいな役者並みの存在感はないのですが、
舞台の一部、役者さんの一部として、この舞台に欠かせない要素でした。


他の役者さんのことや、舞台セットのこと、照明のこと、複雑に動くセットのことなど、
いろいろ書きたいことはあるのですが、やっぱりまだちゃんとまとめられないなー。
一応また観る予定があるので、その時にはもっといろいろ納得できるくらい理解できるといいな、と思います。
とりあえず、プログラム熟読と原作再読かな(笑)。

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内 容 ニックネーム/日時
恭穂さま
「アドルフに告ぐ」 私は結局原作は読まないまま観ることに
なってしまったのですが、今モーレツに読みたくなっています。
いろんな意味で消化しきれていないとは思いますが、
それでも、深く心に響く舞台でした。

物語の壮大さもさることながら、脚本も演出も
舞台装置や音楽も、すべてが総合芸術としての
力を発揮していたと思います。
そしてもちろん役者さんたちも。
成河さんも松下くんも高橋洋さんも、とても
よかったですね。
そして谷田さん、ほんとカッコよかったです。

ところで、恭穂さんって高校時代文芸部だったのですか。
文系にも強い理系女子。
うらやましくもカッコいい!
スキップ
2015/07/04 10:30
スキップさん、こんばんは!
本当に素晴らしい舞台でしたね。
演劇の力を強く強く感じました。
京都に行けなかったのが、本当に本当に悔やまれます(>_<)
スキップさんにもお会いしたかったなー。

あ、私はなんちゃって理系なんですよ(笑)。
その辺はぜひスルーしてください(^^;)
恭穂
2015/07/06 19:27

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