瓔珞の音

アクセスカウンタ

zoom RSS 鏡の向こう

<<   作成日時 : 2015/07/08 23:08   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

風邪をひいて遠征を諦めたり、仕事でちょっとパタパタしたり、
うっかり諸々に嵌ったりしていたら、すっかりブログ放置してしまいました(^^;)
観劇自体も間があいちゃったんですけどねー。
とりあえず、7月最初の(え)観劇な週末は無事に達成することができました。
かなり重めの演目のチョイスだったので、なかなか自分の中で消化しきれない部分もあるのですが、
受け取った印象が薄れないうちに、ちょこっとでも書き留めておこうと思います。



「メアリー・スチュアート」

2015.7.4 マチネ パルコ劇場 L列20番台

出演:中谷美紀、神野三鈴

物語の舞台は16世紀イングランド。
反乱に破れたスコットランド女王メアリー・スチュアート(中谷美紀)は、
従姉であるエリザベス1世(神野三鈴)を頼ってイングランドに渡るものの、
従姉とまみえることすら叶わぬまま軟禁生活を余儀なくされていました。
政治。
宗教。
結婚―――
その生き方の様々な面で相容れることのなかった二人。
メアリーが処刑されるまでのその二人の在り方を、女性の二人芝居という形で見せてくれたこの舞台。
思い返してみると、女性の二人芝居というのは初めて観た・・・のかな?
お二人の鮮やかな変貌が、きらびやかな光と深い闇のコントラストの中で、息を呑むような美しさでした。

物語は、メアリーの部屋とエリザベスの部屋それぞれ交互に場を移して進んでいきます。
メアリーの部屋では、神野さんがメアリーの乳母エリザベス・ケネディとして、
エリザベスの部屋では、中谷さんがエリザベスの侍女ナニーとして居ました。
二組の主従の会話、そして二人の女王の独白で紡がれる物語―――
それぞれの独白のシーンでは、もう一人は舞台の片隅の闇の中に沈み、
次の瞬間にはぱっと役も場所も時間も変わってしまうのに感嘆!
チラシでは青と赤のドレスの写真がとても印象的でしたが、
舞台の上では二人とも黒いワンピースの上に同じ色(ベージュだったかな?)のドレスを羽織っていました。
大きな四角い模様が、メアリーは銀、エリザベスは金。
メアリーは片方の袖がなく、白い片腕が露わになっていて、エリザベスは隙のないデザイン。
そういう違いはあるものの、出てきた瞬間の二人は、後方席から観ると一瞬とても似て見えました。
けれど、いざ台詞が始まると、似て見えたのは見間違いだった!と即座に思ってしまいました。
思ってしまった・・・はずなのですが―――
物語が進むにつれて、二人の存在はとても近しいものに感じられるようになりました。


生後間もなく女王として戴冠し、けれど故郷を離れフランスで育ち、
結婚し、寡婦となり、故郷に戻ったメアリー。
いくつもの恋をし、幾人もの男に利用され、たった一人の息子からも引き離されたメアリー。
その姿は、凛とした立ち姿とは裏腹に、どこか危うさを感じさせるものでした。
一方、幾度もの危機を乗り越えて、強く正しい女王として君臨したエリザベス。
戯れの恋はしても、決して男に全てを許すことのなかった―――許すことのできなかったエリザベス。
常に“女王としての自分”を客観的に見ることを心がけ、
けれど過剰なまでに結婚を忌避するその姿は、どこかアンバランスな印象を与えました。

生涯、顔を合わせることのなかった二人の女王。
けれど、それぞれにとって、その存在はとても大きなものだった。
考え方も、生きてきた時間も、選び取った未来も、全てが正反対のように見える二人の女王。
けれど、まるで二人は互いに鏡を挟んで向かい合っているような存在だった。
舞台の奥には、斜めに覆いかぶさるような大きな鏡がありました。
くるくると変わる場面は、私にはその鏡を隔てたこちら側と向こう側のように見えた。
次元を隔てる鏡を挟んで、時に向かい合って、時に背中合わせに、
時に遠く、時に限りなく近く存在する二人の女王。
“女王”である己への、それぞれの対峙のしかた。そのやるせなさと鮮やかさ。
そこに至るまでの苦悩と猜疑と切望。
そして、その果てにそれぞれが見た景色―――

血に染まった真っ赤なドレスに着替えて、中央の椅子に座るメアリー。
彼女の最期の手紙を読む、変わらない姿のエリザベス。
その二人の上に、同じように降り積もる真っ白な雪。
微笑むメアリーと、取り残された子どものようにどこか寄る辺なさの感じられるエリザベス。
その美しいラストシーンに、思わず息を呑みました。


すみません、なんだか訳のわからない記録になっちゃいましたね(^^;)
たぶん、女性の生き方とか、結婚と仕事とか、
いろいろ普遍的なメッセージも内包したお芝居だと思うのですが、
個人的にお二人の存在感に目を奪われているうちに終わってしまった感じだったり(笑)。

中谷さんは、舞台で拝見するのは初めてなのですが、
思っていた以上に映像と印象が変わらないなあ、と思いました。
いい意味できっと芯がしっかりした役者さんなんだろうな。
もちろん、メアリー以外の役をするときには、声音がガラッと変わるし、雰囲気も変わっていました。
ナニーの単純さと言うかちょっとおばかで空気が読めない感じとか、
レティスの弱々しい健気さの影に見え隠れする強かさとか、
なんというかまさに“女”という感じで・・・
うん、そう思うとエリザベスは彼女の中にメアリーの存在も見ていたのかもしれないなあ。
でもって、歌声がとても綺麗なことにも驚いたり。
夢オチなエリザベスとの対面からのデュエットシーンには度肝を抜かれましたが(笑)、
全体的に静謐さとか抑圧とか閉塞感の方が感じられる舞台だったので、凄いインパクトでした。
実際に二人が顔を合わせたら、あんなふうには決してならなかったのだと思うけど、
それでも本音トークで盛り上がる二人は、なんだかとっても可愛らしかったなv

神野さんは、中谷さんの凛とした美しさとは質の違う、
まろやかな形態の中に鋭い光を隠し持ったような美しさ。
中谷さんが花なら、神野さんは良く磨かれた鉱物のような感じかなあ。
エリザベス女王の、女王としての部分、人としての部分、女としての部分を、
ちょっとした仕草や目線でリアルに伝えてくれたように思います。
あの厩番(だったかな?)との密会のシーンは、結構ドキドキしたなあ。
直接的な言葉より、よっぽどエロティックだったように思います。
ナニーやレティスを追い詰めるところは結構怖かったかも・・・(^^;)
エリザベスは、女王としての自分を選んだことを後悔はしていないのだろうけれど、
でも、それでも、違う人生を歩んでいたら、というやるせなさは消すことはできなかったんだろうな。
ケネディとしてメアリーに仕えているシーンとかは、
メアリーに邪険にされてもなお彼女の傍に居続ける様子が、
忠誠とか、乳母としての情愛とかを超えた執着のようなものが感じられて、
その辺りにこちらもエリザベスの気配があったような気がします。
ラストシーンは、後ろ姿しか見えなかったのだけど、あの瞬間、エリザベスはどんな表情をしていたのかな。
それがとても気になりました。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
鏡の向こう 瓔珞の音/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる