瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2015/10/10 19:25   >>

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金に彩られた、そびえたつような漆黒の扉。
二人の老婆がその扉を押し開けた時、その向こうに広がったのは、
鬼と人―――二つの意識の狭間を揺れ動く人々の物語でした。

「NINAGAWA・マクベス」

2015.10.2 マチネ シアターコクーン 1階XC列一桁台
2015.10.3 マチネ シアターコクーン 1階XA列一桁台

出演:市村正親、田中裕子、橋本さとし、柳楽優弥、瑳川哲朗、吉田鋼太郎、沢竜二、中村京蔵、神山大知、
   内田健司、青山達三、清家栄一、手塚秀彰、塾一久、P哲朗、飯田邦博、景山仁美、前田恭明、
   堀源起、太田周作、長内映里香、坂辺一海、白川大、砂原健佑、續木淳平、鈴木真之介、橋英希、
   後田真欧、西村聡、田中律子、百元夏繪、岡本大地、斎藤慎平、大内天


1980年初演という、この舞台。
事前にいろいろ情報を得ることはできたのですが、敢えてそれらを読むことはせずに観劇に臨みました。
実は「マクベス」も観るのは初めてで、私の中では「マクベス=メタル・マクベス」な図式が・・・(^^;)
知識としてあったのは、登場人物とざっとしたあらすじ、
そして日本の室町時代に舞台を移していることと、セットが大きな仏壇であるということだけ。

まず、その仏壇の大きさにびっくり!
コクーンの大きな舞台の前面を覆うようにそびえる黒と金のセットは、得も言われぬ静寂と迫力がありました。
今回は2回とも前方席だったので、まさに仰ぎ見る、という状況に。
更には通路側の席だったので、客電が落ちたな、と思った後に、
ふっと気配を感じて振り向いたら腰の曲がったおばあちゃんがいて更にびっくり!(笑)
一体何が始まるんだろう、と、内心びくびくしながら、
よたよたと舞台に上がり(2回目の時は思わず手を貸したくなっちゃいましたよ(^^;))、
ペタンと座り込んで仏壇に手を合わせるおばあちゃんの後ろ姿を見ていたわけなのですが・・・

低く鳴り響く鐘の音を合図に、お祖母ちゃんたちが押し広げた仏壇の扉。
その奥に広がっていたのは、まるで錦絵のように煌びやかで、
同時に現実のものでないかのような儚さを感じさせる色鮮やかな世界でした。

まず私が感嘆したのが、その絶対的な美意識のもとに綿密に形作られた空間。
紗のようになった障子の向こう、踊り狂う歌舞伎のお姫様のような造形の三人の魔女。
人と魔女の邂逅を見下ろす、大きな赤い月。
王の広間に飾られた、四季の花を排した金屏風。
大きな瓔珞のぶら下がった、暗く冷たいマクベスの城。
王位奪還を誓う男たちを見下ろす十二神将。
闇の中、散り急ぐ大きな大きな桜の樹―――
どのシーンのセットも、息を呑むほどに美しく、
そして、なぜか背筋が冷えるような恐ろしさがあった。
それは、多分目の前に繰り広げられる世界が、
仏壇という扉の向こうに広がる“異界”の気配を感じたからなのだと思う。

その“異界”を一時統べた市村さんのマクベスと田中さんのマクベス夫人は、
彼岸でも此岸でもない境界の世界で、“人”と“鬼”の狭間を揺れ動く存在だったように思います。
あのチラシにもある不思議な髪型で二人が出てきたとき、
髪を支える棒が、私には鬼の角のように見えました。
ああ、二人は“鬼”になったのだ、となんだかしみじみ思ってしまった。

人望厚く、武勇に長け、主君の覚えもめでたい、マクベス。
魔女の予言に囚われた瞬間に、彼の心は既に王位へ手を伸ばすことを決めていたように見えた。
主君への忠心も、恐れも、迷いも、葛藤も、人としての常識的な正しさも、
最終的に全てを薙ぎ払ってしまうような、絶対的な決意。
彼のその決意の根本にあるのが、本当にただ魔女に煽られただけの野心や慢心だけなのか、
ダンカン王と彼の過去に、一方的でも何かしらの確執があったのか、それはわからない。
わからないけれど、私には、彼がそうするだけの理由があったように見えた。
そして、その“理由”を、マクベス夫人も共有していた。
マクベスからの手紙を読んだ後、二人が選ぶ未来に、彼女はなんの疑念もなかった。
静かに、そして徐々に激しくチェロを奏でながら、
彼女の表情が徐々に変化していくのを、なんだか息を呑んで見つめてしまいました。
もうこの時点で、彼女は“鬼”になることを決めていたんだろうなあ。

二人の変化は、テンポが少し違っていて、
マクベス夫人が一気にトップギアに入ってしまったのとは対照的に、
マクベスは恐れ、迷い、揺らぎながらも、けれどゆっくりと自らを“鬼”と化していったように見えました。
彼の中の“鬼”が完成した瞬間は、たぶん夫人の死を知ったときで。
そのスピードの差が、きっと周囲にはマクベス夫人が彼を唆したように見えて―――
でも、変化のテンポは違っていても、二人の意識は常に隣にあったように思います。
1幕、何回か二人が手を取り合って舞台の奥に駆け込むシーンがありました。
最初は、抑えきれない高揚に弾むような足取りで夫人がマクベスの手を引き、
次には、迷いを振り切るようにして、マクベスが夫人の手をとった。
そして、1幕のラストシーン。
駆けこもうとしてふと振り向いた二人の目の暗さにはっとしました。
そうやって、どんどん変化していきながらも、常に隣に在ったはずの二人が、
2幕では(たぶん)1回も一緒のシーンがなくて・・・
それは、マクベス夫人の乱心ゆえなのかもしれないけれど、
そうなってしまった事実に胸が痛みました。
マクベス夫人は、もしかして“現実の”マクベスを認識できなくなっていたのかもしれないな。
彼女が幻の血を洗い流そうとするシーンを見ていて、そう思いました。

このシーンのマクベス夫人は、本当に圧巻!
なんというか、彼女の中で戦っている人格というか意識が、くるくると入れ替わる感じ。
マクベスを鼓舞し、その手を血に浸すことすら躊躇わない“鬼”の顔。
マクベスの全てを理解し、彼を支え守ろうとする“聖母”の顔。
マクベスと己の犯した罪に慄き、引き裂かれる“人”の顔。
そのどれもが正しく“彼女”であって―――
最期、命を絶つ瞬間の彼女がどの“顔”であったのか、それがとても気になりました。

マクベス夫人とは異なり、マクベスの最後の表情はとてもはっきりと見えました。
妻の乱心、そして死。
次々と離れていく家臣たち。
迫りくる敵―――動く、バーナムの森。
そして、散り急ぐ桜の樹の下でのマグダフとの一騎打ち。
徐々に“鬼”として完成していく彼は、次々と反転していく予言の示す光景に絶望しながら、
けれど決して後悔はしていなかった。
妻を“鬼”にしたのは自分。
マクダフを“鬼”にしたのも自分。
自らを“鬼”と化したのも、自分。
赤い大きな月の下で、マクダフと刃を交わすマクベスの眼は、その月のように赤く見えた。
赤い、“鬼の眼”。
その目に見える世界は、やはり血のような赤い紗を纏っているのだろうか。
緊迫した戦いを、息をつめるようにして見つめながら、頭のどこかでそんなことを考えていた。
そして、マクダフの太刀がマクベスを斬った瞬間―――月は、蒼く変わりました。
倒れ横たわるマクベス。
閉じられるその刹那の彼の眼も、私には青い色に変わったように見えた。

白い目の反対に、穏やかな目で相手を見つめ迎えることを「青い目」というときいたことがあります。
剣術で、真正面から相手と向き合うことを、「正眼(青眼)」というときいたこともあります。
人と向き合い、人を迎え、人を受け入れることができるのは、人でしかなくて。

この瞬間に、マクベスは“鬼”から“人”に戻ったのだ―――
胎児のように体を丸め、
そして母の胸に抱かれる子どものように安堵した微笑を浮かべて息絶えるその姿を見ながら、
なんだかそんなことを漠然と思っていたのでした。

この最後のマクベスの表情が凄く印象的だったので、
ラストシーンでマクダフが持ってきた彼の首級が、苦悶に満ちた表情だったのがちょっと残念だったかなー。
もし、あのシーンであの首が笑みを形作っていたら、マルカムたちは何を思ったのだろう。
そんな風に、ちょっと思ってしまいました。


吉田さんのマクダフは、1幕はすごく大人しい印象。
台詞もそれほど多くないし、どういう人物なのかもあまり描かれないし、
王が殺されたときにがーっと叫んだかと思ったら、気が付くと出奔しちゃってるし(笑)。
その分、2幕でのマクダフは凄かった!
柳楽くんのマルカムを説得しようとする時の誠実な押しの強さも、
マルカムの試しに翻弄され、混乱しつつも安堵した時のあの可愛らしさも(え)、
妻子に関する悪い知らせを徐々に察していく時の抑圧された感情も、
観ていてとても惹きつけられたのですが、特に圧巻だったのはやっぱりあの慟哭かなあ。
妻子の死を知らされて、その悲しみと、マクベスへの憎しみと、自身への怒りとに満たされた彼が、
息も絶えよとばかりに絞り出すあの慟哭の迫力はほんとに凄かったです。
伏した姿で、唯一見える首筋が真っ赤になっていて、このまま血管切れちゃうんじゃないかって、
一瞬本気で心配しましたよ・・・(^^;)
でもって、そこから顔を上げた瞬間に、ああ、マクダフも“鬼”になってしまったんだなあ、と思った。
そのくらい、文字通り鬼気迫る表情だったように思います。
同じ“鬼”になったマクベスとマクダフ。
でも、その違いは残酷なほどに明確だったように思う。
色々考えたけど、きちんとそれを言葉にはできないのがもどかしいなあ。
なんというか、マクダフの“鬼”は期間限定だったように思う。
マクベスの“鬼”が、殺人から始まったものだとすると、
マクダフの“鬼”は、殺人(復讐)で終わる。そんな感じ?

それにしても、今回は吉田さんの言葉が持つ生命の鮮やかさに魅了されました。
シェイクスピアの、あくまで舞台の台詞、その中でもかなり“芝居がかった”シーンなのに、
伝わってくるあの生々しい体温というか熱はいったい何なのだろう・・・!
マクダフという役柄がそうなのかもしれないけれど、
この物語のふり幅を大きく揺るがす存在感は、本当に凄いなあ、と思いました。

柳楽くんのマルカムは、ちょっと年齢設定が良くわからなくて(^^;)
マクダフを試すために嘘をつくんだけど、その嘘があんまりにもしっくりしすぎていて、
その後の本当のことの方がなんだか嘘くさく感じてしまいました(笑)。
でも、マクダフを襲った不幸に対して、ぼろぼろ泣いているのを観て、
もしかしたら、マルカムって10代なのかもしれないなあ、と思ってみたり。
王の器を感じるほど、彼のシーンがあるわけではないのだけど、
将来的にはバンクォーの子孫が王座に座るわけで・・・
その辺はどういういきさつがこれから起きてくるのか、ちょっと気になりました。
内田くんの弟王子との絆は、短いシーンで凄くはっきり描かれてたかな。
でも、あのシーンで冷静且つ賢明なのは弟王子の方なのかとちょっと思ってしまった(笑)。
内田くんは、フォーティンブラスともリチャード二世とも違う、人間らしさが感じられて、おお!と思いました。

橋本さんのバンクォーは、飄々とした佇まいの中に、
ちょこちょこ細かな動きを入れてくるところがさすが(笑)。
豪放磊落、という感じの役柄なのかな?
マクベスと対比された形の魔女の予言が、何とも納得できてしまう感じ(え)。
マクベスと共に魔女に出会い、同じように予言を受け、その結果として自身の命は失うわけなのだけれど・・・
王が殺された後、最初からマクベスへの疑念を隠しもしていない感じで、
これはまあ、マクベスもどうにかしなきゃ、と思うよなあ、と(^^;)
刺客に襲われたときの戦いの場面は、障子の紗の向こうだったのだけれど、凄くかっこよかったです。
でも、一番印象的だったのは、二幕冒頭マクベスが見る、
バンクォーの子孫の行列の一番最後を歩いてくる姿。
すっごいにこにこしてませんでしたか?(笑)
マクベスと同時に魔女の予言を受けたバンクォー。
その予言は彼自身のことではなくて、彼の子孫(未来)のことだった。
だから、彼自身は守りに入ることができた。
でも、もし、バンクォーが受けた予言が、彼自身のことだったら、彼はどう行動したのかなー。

三人の魔女は、中村さんと神山さんと清家さん。
歌舞伎のお姫様のような衣裳と動き、台詞回しが、
美しさと禍々しさ、現実感と非現実感の両方を感じさせてくれました。
冒頭のあのシーンで、一気に仏壇の中に気持ちを持っていかれたからなあ・・・
中村さんと神山さんは歌舞伎と大衆演劇の差はあれど、もともと女方をされているのですね。
最前列から見た神山さんの魔女、めちゃくちゃお美しかったです!

マクベスの侍従(かな?)役のシートンを演じた白川くんも印象的だったかな。
台詞自体は多くなくて、マクベスの傍に控えていたりすることの方が多いのだけど、
彼とマクベス夫妻の関係性がちょっと気になりました。
マクベスのためなら汚れ仕事も辞さない忠誠心とか、
マクベス夫人へ向ける憧れといたわりの混じり合ったような視線とか・・・
マクダフが、あいつには子供がいない、と言っていて、
でも、マクベス夫人は子供を抱いて乳をあげたことがある、と言っていて、
じゃあ、その子供はどうしちゃったのかなあ、とかつらつら考えていたのですが、
そういうことも踏まえて、シートンの立場とか夫妻との関係性とか想像してしまいました(笑)。

文字通り舞台の最初の扉を開け、最後の扉を閉める老婆のお二人は田村さんと百元さん。
上手と下手の花道にに座って、舞台を観ながらお弁当を開いておにぎりとかお団子を食べたり、
お茶を注いだり薬を飲んだり・・・ずーっといろいろしていて、
席の関係でそれが視界の隅に引っかかるので、すっごい気になりました(笑)。
いや、最初にいきなり食べ始めた時は、何事?!と思いましたもの(^^;)
で、マクダフの妻子が殺されるシーンで客席から嗚咽が聞こえて、
珍しいなあ、と思ったら老婆のお二人でした!
その後、「人生は影法師」というマクベスの独白の時にも嗚咽が聞こえて・・・
初回はびっくりしたけど、この老婆の存在が、むしろメランコリックに傾いてしまいがちな自分の意識を、
すっと引っ張り戻してくれたように思います。
なんとうか、徹底的に傍観者なんですよね。
哀しい場面では泣くし、登場人物にも共感するけど、自身のリズムは崩さない。
そこに描かれる全ては他人事、という徹底した在り方。
でも、これって、観劇の根本的な部分だなあ、と思ってみたり。
蜷川さんの意図とは違うのかもしれないけど、
あの二人がいたことで、ちょっと私も冷静に舞台と向き合うことができたように思います。

とはいえ、千秋楽ではカーテンコールでぼろぼろ泣いてしまったんですけどねー。
田中さんが出てきて、マクベス夫人の表情から田中さんご自身の表情に変わったを観た瞬間、
いきなり涙が溢れだしてしまいました。
張りつめていたものが一気に解けたというか。
多分、目の前で繰り広げられる世界に対峙しながら、ずーっと緊張していたんだと思います。
自分自身とはまったく違う存在。
現実ではない、虚構の物語世界。
それに対して、常に傍観者である自分。
その距離感を保っているつもりでも、やっぱり引きずられる部分はすごく多くて。
でも、それこそが観劇の魅力なのかもしれませんね。

そうそう、今回(というか今回も)、衣裳がめちゃくちゃ素敵でした!
着物の生地の美しさにうっとりv
役柄ごとの色の組み合わせとか柄とかも、一個一個意味がありそうで。
マクベス夫妻の衣裳が色違いのお揃いなのも素敵だったなあ。
鎧のとか刀とかも、舞台用にアレンジはしてあるのでしょうけれど、
こんな風になってるのか!とかわくわくしながら見せていただきました。
最近某所に嵌っているので(笑)、太刀の結わえ方とかもちかたとか、脇差のさしかたとか、
拵えの細かさやコーディネートにも興味津々。
マルカムの青い鞘が綺麗だったなあ。
あと、ダンカン王を暗殺する前に、マクベスが持っていた太刀に鍔がなくて、
鞘や柄も白木でできている感じだったのだけど、この辺の使い分けってどういうことなのかな?
あとでちょっと調べて見ようと思います。

そんなこんなで、ちょっと違う方向にも楽しませていただいた舞台でした。
唯一残念だったのが、2回とも前方席だったこと。
舞台全体が見える位置からだと、また受け取れるものも違ったんじゃないかなあ。
もし再演されることがあったら、一度は2階席か後方席で観てみたいな、と思います。

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