瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2015/12/19 21:11   >>

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普段から眠い眠いと言っている私ですが、最近は冬眠モードなのか、更に眠気に負けております(^^;)
昨日本を読んでいて夜更かししたのはあるのだけど、今日は起きたらお昼だったからね!
そして、大掃除のまねごとをした後、お昼寝もしたからね!!
でもって、更に眠れそうな自分が怖いです(笑)。
きっとお腹が空かなかったら、24時間眠れる気がするよ(え)。
とりあえず、すっきり目が覚めたので、今年最後の観劇記録を。


青山真治×古典プロジェクト
「フェードル」

2015.12.6 ソワレ 東京芸術劇場シアターウエスト J列10番台
2015.12.12 マチネ 東京芸術劇場シアターウエスト EX列10番台
2015.12.12 ソワレ 東京芸術劇場シアターウエスト K列一桁台

作:ラシーヌ
翻案:笹部博司
翻案・演出:青山真治
出演:とよた真帆、松田凌、橋洋、馬渕英俚可、中島歩、堀部圭亮


というわけで、12月はこの1演目のみの観劇となりました。
特に意図したわけではないのですが、私としては珍しく(笑)。
6月以来の舞台の上の洋さん、堪能してまいりましたv

物語の舞台は神話時代のギリシャ、トレゼーヌの街。
ミノタウロスを倒したアテネの王子テゼー(堀部圭亮)の妻となったフェードル(とよた真帆)は、
行方不明の夫を心配するどころか、道ならぬ恋に懊悩し、明日の命すら知れぬ身。
恋の相手は、テゼーの息子イポリット(中島歩)。
義理の息子として現れた彼に心を奪われたフェードルは、
テゼーを言葉巧みに丸め込み、イポリットを追放させて距離を置くことで、
一度はその恋を諦めていました。
しかし、今回思いがけぬ再開に、再び彼女の想いは燃え立ってしまいます。
一方のイポリットは、恋多き父を背面教師に、自らは恋をしないと誓っていたにも関わらず、
父が滅ぼしたアテネ王の娘であり、父が迫害し続けているアリシー(松田凌)に恋をしていました。
その恋を振り払うかのように、教育係であるテラメーヌ(橋洋)とともに父を探す旅に出ようとするイポリット。
それぞれの恋に思い悩む二人の元へ、テゼーの死の知らせが舞い込み―――

というような物語。
ギリシャ神話をもとにされた物語なわけですが、
あのミノタウロスとアリアドネの物語の後には、こんな悲劇が待っていたのか!とちょっと驚いてみたり。
神々のいたずらでミノタウロスを生んだパジフィエ。
その娘で、テゼー(テセウス)に尽くした果てに置いてきぼりにされて身を投げたアリアドネ。
母と姉の恋の顛末を、わが身に流れる血の呪いとして、自らの恋に怯えるフェードル。
舞台の上方に吊るされた大きな赤い毛糸玉の禍々しい存在感や、
フェードルがイポリットに恋心を切々と訴えるシーンと、
イポリットが怪物に殺されたことを、テラメーヌが語るシーンに投射される、
大きな角のある怪物の影の意味深さ。
物語としてはシンプルなのに、見方によって色々解釈のできそうな舞台でした。
実際、私は3回とも印象がちょっと違っていたなー。
1回目は、テゼーの悲劇。
2回目は、フェードルの悲劇。
そして、3回目はそこはかとなくSF(笑)。

とよたさんのフェードルは、その強烈にして曖昧な存在感が素晴らしく。
物語の中での年齢設定がどうなっているのかはわかりませんが、
少女のようにも老婆のようにも見える瞬間があって目を見張りました。
フェードルの選択や行動って、とんでもないなあ、と思うし、
王妃や母として考えたら、愚かだな、と思う部分もあるのですが、
個人的には凄く聡明な女性なんじゃないかな、と思いました。
そう感じたのは、「私に政治?!」という感じの台詞を言った時。
ああ、この人は“自分”をちゃんと理解している。
理解して、その上で戒め、抑圧し、自分のすべきことを全うしようとしていた。
その抑圧が外れた瞬間からの彼女の暴走には、なんだか凄い生命力と魅力を感じました。
彼女は恋に溺れ、嫉妬に狂い、全てを失って死んでいくけれど、
ラストシーンのあの後ろ姿には、なんだか有無を言わせぬ説得力のようなものがあった気がします。
他の登場人物からは散々な言われようの彼女ですが、
でもって、私自身もああいう生き方はエレーヌ同様「無理無理!」という感じではありますが、
でも、お友達にはなりたいかも?


中島さんのイポリットは、一番印象が揺らいだ役柄でした。
舞台で拝見するのは初めてですが、映像で見るよりも幼い印象がありました。
体だけ大人で内面は子ども、みたいな。うん、そういう役柄なのかな。
それこそ抑圧された欲望や色気が、抑圧されているからこそ鮮やかに滲み出ている感じ。
アリシーに恋をしていて、父王は尊敬し憧れているけれど複雑な感情があり、
テラメーヌには子どものように全面的な信頼があり・・・と、その立ち位置も明確だったのですが、
フェードルに対しては、彼がどういうスタンスなのか、最後までわからなかったなー。
というか、3回目に観た時、もしかしてイポリットもフェードルに惚れてる?!と思ってしまったの。
フェードルに告白されたとき、驚きとか戸惑いとか嫌悪とか呆れとか、
台詞に語られるようなそういう感情を最初は感じていたのですが、
最後に観た時、そういった感情を一瞬凌駕するような悔しさというか、
自嘲のような雰囲気を感じた気がするのです。
何故今更あなたがそれを言う?!というような怒りの感情も。
まあ、この辺は私の錯覚なんだろうな、とは思うのですが、
イポリットが恋を毛嫌いする原因の一つがフェードルへの恋心だったとしたら、
それはそれで切ないなー、と思ってみたり。

アリシーは、松田くん。
初の女役、ということで、若干不自然さや硬さはありましたが、
謎めいた悲劇の王女の凛とした鉱石のような美しさがあったように思います。
比較的露出の多い衣裳だったのですが、実際に凄くお似合いだったのにびっくり。
多分拝見するのは初めての役者さんなので、実際の声がどうなのか、
この役の声は裏声みたいな感じで作っているのかはわかりませんが、
静かに一つ一つの言葉をかみしめるように語りかける場面と、
客席通路などで、迸る感情を表す時の声の強さの対比が鮮やか。
2回目の時は通路に面した席だったので、その声を目の前で聴いたのですが、
その言葉の持つ強さに圧倒されました。

テゼー役の堀部さん。この方も初見かな?
神話の元ネタ的には、この結末は自業自得なんじゃ、という感じですが(酷)、
それをあまり知らずに観ていると、
この物語の悲劇性を全て背負っているのはこの王様なのでは?という気持ちになりました。
フェードルに本気で惚れていて、だからこそ息子がフェードルに言い寄ったというのも信じちゃったのかなー。
ある意味この人も恋は盲目な感じなのかしら?
ざっと調べた神話的には、イポリットを殺した怪物は、
テゼーが神々に祈った結果、という雰囲気なのですが、
この舞台では、それよりもフェードルの妄執が創り出した怪物、
あるいはフェードルの生霊的な感じだったのかしら?
まあ、この脚本では、実際には怪物は出なかったっぽいですが。
息子も妻も失って、息子が愛したアリシーを娘として扱う、と言っていたけど、
アリシーはイポリットと出奔しちゃったんですよね・・・ほんと哀れだな、テゼー(涙)。
でも、結構この後あっさり次の恋を見つけちゃったりするのかもですね(え)。

エレーヌ役は馬渕さん。
うん、やっぱりこの方の眼や声に溢れる鮮やかさ、大好きv
フェードルとの関係性は、乳母というより乳兄弟とかメイドという感じでしたが、
(衣裳が黒のワンピースに白いエプロンだったからかも)
良かれと思って発する言葉や行動が、彼女の気持ちとは裏腹にどんどんフェードルを追い詰めていって、
その果てに、全てを捨てて付き従ったフェードルに断罪されて拒否されるのは、
なんとも切ないなあ、と思いました。
去っていくエレーヌの無表情さが、更にその感情を露わにしている感じでね。
だから、初回に観た時は、彼女が断崖から身を投げた、というのを本気で信じて涙しましたよ私は(笑)。
まあ、それも最後に思いっきりひっくり返されたわけですが・・・それも含めて、かっこよくて愛しい役柄でしたv

テラメーヌ役は洋さん!
青山演出の舞台は、去年から引き続いて2回目ですね。
国民服のような上下に、救国挺身隊とかいう言葉の書かれたタスキをかけた姿で冒頭舞台に佇んでいたので、
ギリシャ悲劇って聞いてたのに?とちょっと頭が混乱しました。
戯曲ではある冒頭の進行役としての台詞がバッサリカットされていたことを後から知りましたが、
遠くを見るように佇むその表情の茫漠とした感じがなんとも意味深で、
そして、イポリットが登場した後、突然笑いながら振り返るその表情の変化を空恐ろしく感じでしまいました。
なんだろう、凄く胡散臭いというか不穏といくか(笑)。
イポリットにたいしても、甘やかしているというよりも、観察してるような感じ。
要所要所で物語を動かしながら、終盤にテゼーにイポリットの最期を語るシーンが来るわけですが、
それがもう凄い迫力で!!
あの言葉の力と勢いに思いっきり巻き込まれて、投射された怪物の影と相まって、
本当にその瞬間を見ているような気持になりました。
これはテゼーも信じるしかないよねー。
でも、観ているうちに、なんだか凄い違和感を感じてきて・・・
この人、絶対何か隠し持ってる!と思ってしまった(笑)。
なので、フェードルも王も去った後、一人残ったテラメーヌの表情が冒頭の表情と同じ温度になるのを見て、
そして、死んだはずのエレーヌが現れた時には、やっぱりなー、と思いっきり納得してしまったのでした。
その後の雰囲気や声音も、それまでとは全く異なっていて・・・騙されたー!と思いつつも、
騙されたこと自体がなんだか嬉しくなってしまいました(笑)。
洋さんと馬渕さんの並びも、「オセロー」を彷彿とさせる感じで、なんだか懐かしかったなー。
「オセロー」の二人もここまで強かだったら、あの悲劇は喜劇になってたかもしれないな。
というか、舞台上の並び、ほんとにお似合いだわ、この二人v

で、思った。
この二人、いつから結託してたの?
2回目以降は、それを何とか把握しようとしたのですが、
そもそもテラメーヌとエレーヌが直接言葉を交わすシーンってないんですよね。
だけど、衣裳の時代性的な部分は、二人とも共通していて、
それから、テラメーヌが掛けたタスキと、
エレーヌのエプロンの片側だけで斜めに走る紐の視覚的イメージが凄く似ている気がして・・・
もしかして、この二人って最初っから結託してたのかな?
というか、その資格のないものが上に立つ国の悲劇、というような台詞もあったし、
(戯曲にはなかったので、というか、そもそもこの二人のシーンがないので、翻案された部分なのかしら?)
実はこの二人、未来とか宇宙とかから歴史を改変するために送り込まれた存在とか?
そんなSF的なことを考えてしまうくらい、ラストシーンのこの二人から異質さを感じてしまいました。
まあ、単純にフェードルに絶望したエレーヌを、
テラメーヌが勧誘(笑)して引き込んだ、ってだけかもしれませんけどね(^^;)
でも、個人的には未来人説、結構お気に入りなんだけどなー。

いずれにしろ、イポリットの前途は多難な気がします。
頑張れ若者!

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