瓔珞の音

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zoom RSS その橋の行く末

<<   作成日時 : 2016/03/23 22:04   >>

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その橋の、始まりと終わりは闇の中に沈んでいました。
遊女の涙が作ったという蜆川にかかる、来し方も行く末もわからないその橋の上で、
時空を超えて交差する二人の女の過去と今、そして未来。
それぞれに何かを捨て、何かを得て、そして互いに背を向けて歩き出す二人が見据える未来には、
いったい何が待っているのだろうか―――



「ETERNAL CHIKAMATSU」
  ―近松門左衛門「心中天網島」より―

2016.3.20 マチネ シアターコクーン 1階J列10番台

作:谷賢一
演出:デヴィッド・ルヴォー
出演:深津絵里、中村七之助、伊藤歩、中島歩、入野自由、矢崎広、澤村國久、山岡弘征、朝山知彦、
    宮菜穂子、森川由樹、中嶋しゅう、音尾琢磨


物語の始まりは、リーマンショック後の大阪。
自殺した夫の借金を返すため、売春婦となったハル(深津絵里)。
借金を返して、老後の備えをするためには、あと何年、何万人と仕事をすればいいのか。
年齢を重ねるとともに下降線を下る収入を加味して、リアルな計算をし、
店の客引きのババア(中嶋しゅう)の帳簿の間違いを指摘し、
あくまでも客観的に、自分と、自分の将来を計算するハルのもとに、一人の客がやってきます。
いつものように料金を説明し、“準備”を始めようとしたハルに向かって、
男(音尾琢磨)は金の入った封筒を差し出します。
「弟と、別れてほしい」
毎週火曜日に通ってくるジロウ(中島歩)と、
いつしか本当の恋愛のような形になっていたハルに突きつけられる、
ジロウの妻の苦悩、ジロウの狡さ、ジロウの弱さ―――割り切ることのできなかった自分の弱さ。
仕事の上での関係でしかないと、誤解する方が悪いのだと、そう嘯いたハルは、
更に兄に金を要求し、
その上で兄の携帯に、ジロウに向けた別れの言葉を吹き込みます。
私は、愛を売った―――
ババアの心配そうな視線を背に、店を出たハルは、いつしか一筋の川にかかる橋にたどり着きます。
そこで彼女が出会ったのは、赤い和傘を指した一人の女郎―――小春(中村七之助)でした。
短い言葉を交わした彼女のことが気になったハルは、そこに現れたジジイ(中嶋しゅう)に導かれるまま、
小春が夜ごと何万回も繰り返す物語の世界―――ジジイ=近松門左衛門が描いた、
「心中天網島」の世界に入り込み・・・

という感じのお話。
実は歌舞伎でも文楽でも「心中天網島」を見たことのない私。
多分、いろんなところに散りばめられた“原作”とのリンクには全然気づくことができなかったと思うのですが、
その分なんの先入観もなく、物語を受け止めることができたように思います。
というか、ハルの生きる現実と、小春の生きる物語の世界の境界が、とても曖昧。
ハルも小春も、そして小春の馴染みである治兵衛(中島歩)の妻おさん(伊藤歩)も、
互いの存在に何の疑問も持たないまま、
言葉を交わし、相手の想いを受け止め、自分の想いを伝えていきます。
何でも理詰めで考えちゃう私としては、最初ちょっと戸惑いもあったのですが、
いつの間にかそんなことも忘れて、小春の生きる世界に引き込まれてしまいました。

それは、たぶん七之助さん演じる小春の言葉以上に佇まいが伝えてくる心情と、
それを見守るハルに重なる自分の視点と、
そして、有無を言わさぬ強さで物語に引き込んでくれる中嶋さんの語りの力によるものだったのかな、
と思います。

闇の中に浮かぶような橋の上。
心中へと向かう小春と治兵衛の怯えにせかされるような歩み。
その果ての、美しいからこそ凄絶で陰惨な小春の死に様。
それらを語るの姿は、確かにそこに見えているのに闇に溶け込むようで。
追い詰められ―――いや、追い詰め合う男女の最期と、それをひたすらに見つめる一人の女の存在が、
更に際立つように感じました。

ルヴォーさんの演出は「人形の家」と「ルドルフ」しか観たことがない(と思う)のだけど、
何というか“空間”の創り方が凄いなあ、と毎回思っている気がします。
今回は、橋の上の人と想いが行きかう空間とその周りの闇の対比や、
欄干や和傘の赤い色の鮮やかさも印象的でしたし、
人力で動かすことで、橋自体が意志を持って女たちを迎え入れ、そして送り出しているような、
何とも不思議に有機的で濃密な空間がとても印象に残りました。

物語としては、多分私はきちんと隅々まで理解はできていないし、
共感するというよりも、「心中天網島」の世界を核に、
それを外から見ながらいつの間にか踏み込んでいるハルの視点、
そのハルの後ろ、更に外側から見つめる自分の視点、というスタンスだった気がします。
自分の生きる世界とは隔絶した、けれど目を離すことのできない世界を見つめている風で、
あまり自分に引き寄せて物語を感じてはいなかったのですが、
“物語”の世界に介入し、決まっているはずの“物語”の結末を変えたハルが、
降りしきる雨の中、真っ赤な和傘をさして浮かべた笑みの鮮やかさと、
彼女が見据え、考えている“明日のこと”、そこに向かって歩んでいく彼女の強さに、
なんだか湧きあがるように笑顔になってしまった自分がいて、
それにちょっと驚いてしまったのでした(笑)。


ハル役の深津さん。
舞台で観るのは「春琴」「エッグ」に次いで3度目、かな?
本来とても理性的で賢くて、そして多分思いっきり理系なハルの、
最初からどこか壊れたような雰囲気は、観ていてとても辛いのに、目が離せない何かがありました。
恋人の兄からの罵声を受けながら、彼女の心情がどんどん変わっていく様子に、
なんだかいたたまれない気持になったり。
彼女にとって“死”はとても身近で、でも身近だからこそ抗う部分もあって・・・
彼女は小春の“物語”を一夜だけ変えたけど、
彼女の“現実”は変わらないし、誰かが買えてくれるものでもない。
それでも、あの幻の傘をさしながら、彼女は前へ―――この橋を降りた先へと進んでいくんだろうな。

小春役の七之助さん。
ここのところ歌舞伎を観ていないので、ずいぶん久々に拝見しましたが、
今回も登場シーンの美しさに知らず息を呑んでしまいました。
とても儚げな佇まいの中に在る、燃えるような強い想いが、
強そうに見えて、ぽきっと折れてしまいそうな儚さのあるハルとの対比がすごい。
河庄で治兵衛に別れを告げるシーンでは、逸らした視線や伸ばした手といった、
台詞以外の部分が伝えてくれる心情の細やかさにこちらもやっぱり目が離せず。
ハルを罵倒したお兄ちゃんとは違い、同じく音尾さん演じる治兵衛の兄は、
ちゃんと小春の心情も理解して、その上での行動のように見えたことにほっとしたり。
だって、ジロウのお兄ちゃんは、もう端からハルのことを見下して嫌悪してたからねー。
まあ、時代背景の差もあるんだろうけど。
ハルの時は、この兄ちゃん許しがたい!と思ったけど、
小春の時は、兄ちゃんもっと弟をちゃんと教育してあげて!と思いました(笑)。
いやだって、治兵衛、ダメダメだよね?!
ちょこっと描かれたジロウもどうしようもない男だと思ったけど、
治兵衛の場合、行動の全てを周りに決められて、流されて、
一番の被害者は自分!っていう風に見えてしまって(^^;)
まあ、扱いやすくて可愛げがあると言えないこともないのかもしれないけど、
とことん甘えたな感じに、ハル、もっとどついちゃって!とも思ってしまいました(笑)。
でもまあ、中島さんはかっこいいよね(え)。
「フェードル」の時とはまた違った雰囲気で、別人のように見えました。

治兵衛も妻、おさんは伊藤さん。
「わたしを離さないで」のたつこ先生がとても印象的だったのですが、
こちらもドラマとはまた違った雰囲気で、なんともたおやかで強い女性を見せてくださいました。
治兵衛を送り出した後のハルとの語らいのシーンは、
なんだかしんみりしつつも、気持ちがほっこりしました。
もしかしたらジロウの奥さんとハルも直接本音を語り合ったら、
ジロウを挟んだ関係を超えてわかり合えるんじゃないのかなー。
うん、それでふたりでいっぺんにジロウを見限るといいよ!(笑)

って、私、ジロウも治兵衛もけちょんけちょんに言ってるな(笑)。
まあ、この物語の男性陣って、なんだかなあ、と思う感じではありますよね。
ハルの旦那さんも、いやそこで見守ってたって言われても!って思ってしまいました(^^;)
まあ、ちゃんとお別れを告げてくれたのは良かったですけどね。
それにしても、あの早変わり(かな?)にはびっくり!
衣裳はともかく、小春は白塗りのメイクだったと思うんだけど・・・どうしたんだろう?

そのほかの男性陣としては、小春にちょっかいかける商人、太兵衛役の入野くんが、
勢いのある演技で楽しませてくれました。
空気を読まない粋のかけらもない男、という風だったけど、
自分の中にちゃんと揺るがないものを持ってるんだなあ、と思いました。
入野くんが動だとすると、静の雰囲気でハルに関わったのが、ハルの弟を演じた矢崎くん。
その役で出たのは、ハルと電話で話すワンシーンだけでしたが、
お姉ちゃんのことを心底心配して、
でも自分は何もできないことを知っているやるせなさみたいなものも感じられたかな。
そういえば、入野くんと矢崎くんの稚羽矢と月代王(@ミュージカル「空色勾玉」)じゃないですか!
二人とも大人になったねー(*´▽`*)


中嶋しゅうさんは、現実世界では店の客引きであるババアとして、
物語世界では、この物語を作った近松門左衛門らしき男、ジジイとしてハルに関わります。
特に声音は変えていないのに、それぞれ全く別の存在に感じられるのが凄い。
というか、最初の方にも書きましたけど、中嶋さんの語りの力の素晴らしさに感嘆。
語りの時は、この空間に溶け込んで、声だけが届いてくる感じだったのに、
語らずに舞台の片隅で小春たちを見つめている時には、むしろちょっと気になる存在感も醸し出していたり。
この舞台の重石というか礎として、なくてはならない存在だったのではないかな、と思います。


そんな感じで、純粋に物語として、というよりも空間として印象に残った舞台でした。
「心中天網島」は、いつか歌舞伎か文楽で見てみたいなあ。
その時に、自分がどういう感想を持つのか、ちょっと楽しみだったりします(笑)。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さま
「ETERNAL CHIKAMATSU」 何とも余韻の残る舞台でした。
私は恭穂さんとは逆に歌舞伎でも文楽でもこの作品を観たことが
あるのですが、ほほぅ〜と感心したりハッと気づかされたり、
とても楽しむことができました。

近松の心中ものに出てくる男の人って基本的にダメ男ばかり
だと思うのですが、中でも治兵衛がダントツにダメダメだと
私は思っています(笑)。
でも、そんなダメ男でも、不倫でも、愛してしまったら
気持ちは押さえられなくなってしまうのもまた真実で、
切ないですね。

七之助さんのあのラストは、現代劇で普通の男役(という
言い方はヘンですが)も観てみたいと思いました。
スキップ
2016/03/24 09:27
スキップさん、こんばんは!

やっぱりスキップさんは歌舞伎も文楽もご覧になっていたのですね。
どこがポイントなのか、あらかじめ教えてもらえば良かった!(笑)

治兵衛、ダントツにダメダメなのですか・・・
私の感覚がおかしいんじゃなくって良かった(^^;)
でも、そういう男だからこそ、深みにはまっちゃうのかもしれないですね。
確かにそれは切ないです。

七之助さん、現代劇には出られたことがないのかしら?
確かに、男役、私も見てみたいです!
恭穂
2016/03/25 23:09

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