瓔珞の音

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zoom RSS 黒猫とひまわり

<<   作成日時 : 2016/03/25 23:07   >>

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桜の開花宣言が出たと思ったら、ここ数日冬に逆戻りな寒さになりました。
今朝、ちょこっと雪が降ったからね(^^;)
通勤路の桜の樹は、蕾の先に僅かに花の色がのぞいたまま、ちょっと身を縮ませているようです。
でも、実は私、咲く直前の桜の樹の、内側から何かが溢れ出るようなざわめき、結構好きだったりするんです。
日に日にその輪郭を濃く、ふくよかにしていく枝。
その色は、徐々に花の色を映すかのように印象を変えていって。

何かが始まる前の、何かが生まれる前の、とてつもないエネルギー。
そのエネルギーを押しとどめるかのような、不安。
そして、その先に感じられる、“終わり”の気配。
―――それでも、咲くことを止められるわけではなくて。

この舞台で描かれた、彼らの時代の夜明けも、そんなざわめきを内包していたのかもしれません。


ミュージカル「さよならソルシエ」

2016.3.18 ソワレ Zeppブルーシアター六本木 17列10番台
2016.3.19 マチネ Zeppブルーシアター六本木 10列20番台

原作:穂積「さよならソルシエ」
脚本・演出:西田大輔
音楽:かみむら周平
出演:良知真次、平野良、土屋シオン、小野健斗、吉田大輝、Kimeru、窪寺昭、合田雅吏、泉見洋平、
下道純一、田極翼、穴沢裕介、青木一馬、酒井航、廣瀬真平、荒木栄人、前田大翔
ピアノ演奏:江草啓太


炎の画家、ゴッホ。
その激しく狂気を帯びた人生は、その絵と共に多くの人の心に強く働きかける。
けれど、実はその人生は、無名のまま死んだゴッホの絵を世界に広めるために、
画商である弟テオドルスが創り上げたものだった―――

この原作を初めて読んだとき、自分の中に湧きあがった感情を、
私は今でもクリアに説明することができません。
それまで、私の中のゴッホ像は、それこそ市村さんが演じた「炎の人」で。
その剥き出しの魂のままに描かれた絵は、強い説得力があったように思う。
でも、この物語に描かれたフィンセント(平野良)が、
自分の周りの全てに向ける、あの真摯な視線と柔らかな笑みも、
私の知るゴッホの絵と、何の矛盾もなく融合した。
そしてそれは、光である兄に対し、ひたすら闇で在りつづけようとするテオドルス(良知真次)の存在も、
強く強く感じさせてくれた。

そんな、私にとってちょっと特別な漫画を原作としたミュージカルを観てきました。
原作が好きすぎて、自分がこの2.5次元枠(笑)のミュージカルをどう感じるのか、
実はちょっと怖い部分もあったのですが、
例のごとくそんな心配は無用でございました。

原作のシーンを、台詞を、一つ一つ丁寧に拾い上げながら、
“ゴッホの人生”の脚本を書くことをテオドルスから依頼されたジャン・サントロ(合田雅吏)に、
彼らと同じ時代を生きた若き画家たちが、二人を語る、という形で進んでいく物語は、
原作を大事にしていることをクリアに感じさせてくれるものでした。
もちろん、拾いきれていないエピソードがあったり、
フィンとテオの関係性を決めた子どものころのエピソードが、歌の中だけでわかりにくかったり、
大事なシーンではあるけれど、ちょっと冗長だな、と感じる部分もあったり、
100%満足かと言われたら、素直にイエスとは言えない部分もあります。
でも、そういうものを超えて、舞台としてのこの物語の魅力がちゃんとあったように思う。

何より嬉しかったのが、フィンとテオの関係性を物語の中心に置きながら、
新印象派としてパリのアカデミーに叛旗を翻した若き芸術家たちの青春と成長を描いていたこと。
原作でテオたちと交流を持つ画家の中で名前が出てきたのは、
ロートレック(土屋シオン)だけだったと思うのだけど、
舞台ではベルナール(小野健斗)やシニャック(吉田大輝)、ゴーギャン(Kimeru)などの画家たちが、
テオと共にアンデパンダン展を計画し、一度はアカデミーの妨害に屈しそうになりながら、
自らが美しいと思うものを描き、絵を通してその絵を見る市井の人々と向き合う様子、
そして、人々に受け入れられる喜びを、とても鮮やかに描いてくれました。
♪モンマルトルの丘 のシーンは、彼らの全開の笑顔が本当に眩しくて、嬉しくて、
あんなに明るいシーンなのに、一人でぽろぽろ泣けてしまいました(^^;)

そんな若き芸術家たちの明るさと、テオの持つ闇の対比も素晴らしく!
というか、良知くんのテオ再現度、凄すぎます!
登場シーンで、「テオがいる!」と思ってしまったもの。

帽子をかぶるときの芝居がかった仕草。
帽子の影から覗く目の鋭さ。
少し歪んだ笑みの凄味。
全てを操るかのようなしなやかな指先。
他者を圧倒する怜悧な佇まいが、フィンを前にした時にみせる僅かな揺らぎ。
そして、その内に秘められた熱さと脆さ―――

良知くんをキャスティングしてくれた方に、思いっきり拍手したくなりましたよ!
歌もたくさんあったので、久々に堪能させていただきましたv
もともと私は良知くんの歌声にまず心惹かれた過去があるので(笑)、嬉しかったな。
個人的には、もっと低い歌声が聴きたかったな、というのはあるのだけど、
フィン役の平野くんが、落ち着いた雰囲気の、でも凄く強さの感じられる歌声だったので、
二人の声が重なるときのバランスとしては良かったかな、と思います。
1幕最後のシーンもそうだし、
歌ではないけど、カーテンの向こうで絵を選んでいたテオが、どんどん激昂する時のフィンとの温度差とか、
(このシーンは、影を使った演出が凄く良かった!)
2幕終盤でフィンの最後の手紙を読むシーンでの、フィンの歌声とテオの在り方とか、
漫画とは違った形で自分の中に届くものがあって・・・
「僕に与えられたギフトは君だったんじゃないかな」という台詞から想起される、
愛と、罪と、呪縛と、解放と、歓喜と、絶望と、そして未来―――
これが2.5次元の醍醐味なのか、としみじみと思ってしまいました(笑)。

平野くんのフィンは、歌声もだけど、その存在自体がとても穏やかで、強い。
テオとは質の違った強さと、天才であることを自覚しないからこそ天才なんだ、と思わせる在り方に、
これはテオ、きついよねー、と思いました(笑)。
ある程度の距離を持って接していたら、きっと凄く癒されるというか優しい関係になれるけど、
誰よりも傍でその存在を受け止めたら、彼の中の深みに飲み込まれてしまう感じ。
そんな底知れなさもあったり。
冒頭の絵を描くシーンの穏やかなのに鬼気迫る様子とか、
芸術家たちを見つめている時の面白がっているような表情とか、
飲み屋で手紙を書いている時の満ち足りた笑みとか、
くるくる変わる表情も魅力的でした。
教会での変貌も鮮やかだったなあ・・・!
しかし、あのシーン、泉見さん演じるジェローム、めちゃくちゃいたたまれなかったんじゃなかろうか(^^;)
いやだって、もうあれってある意味痴話喧嘩を延々と見せられてるようなものだものね(え)。
うーん、あのシーンはもうちょっと違う描き方でも良かったかも。
まあ、良知くんの歌がたくさん聴けたのは嬉しかったけど(またそこ)。

ラストシーン、自分の創り上げた“炎の画家の人生”に殉じるように、“炎の画家の弟”の存在を消し去り、
テオドルス・ファン・ゴッホではなくなった年老いた男が、
炎の画家とその弟の墓前で、小さなころの兄の声に導かれるように、
二人が共に過ごした故郷のひまわり畑へと歩んでいく後ろ姿も、凄く良かったなあ。
原作では草原なんだけど、咲き乱れる黄色い花と、その上に広がる青い空の鮮やかさが本当に美しくて・・・
ああ、やっと彼は自らを光の中に解き放つことを自らに許したんだな、と思った。
でもって、かつてテオだったその男の後ろ姿が、私には一匹の黒猫に見えました。
そう思うと、最初から最後まで、テオって黒猫っぽかったな、って思う。
あのしなやかさとか底知れなさとか美しさとか甘えんぼさ(笑)とか・・・
フィンが登場してすぐの時の歌で、「僕は黒猫」という歌詞があって、
それはプログラムによると、彼の晩年の作品に因んだ者のようなのだけど、
個人的にはテオの方が黒猫っぽかった気がします。
あの曲の歌詞、というか音響の関係か、歌詞があんまりクリアに聞き取れなかったので、
ちょっと誤解している部分もあるかも・・・
これはやっぱりDVD買うべきかな(笑)。


他の役者さんのことも。

ちょこっと書いたジェローム役、泉見さん。
そうかー、泉見さんもこんな年齢の役をするようになっちゃったのね(笑)。
立ち位置的には思いっきり悪役なのですが、
この時代の、この役職の人としては妥当な行動なのかしら?
彼にとって、絵を描くことは神に向き合うことだったのかな、とも思ってみたり。
1曲の中での感情のふり幅が凄く大きくて、とても聴きごたえがありました。
そういえば、私が初めて良知くんの名前をちゃんと認識したのって、確か泉見さんの弟役だった気がする・・・

若き芸術家の中で一番印象的だったのが、ゴーギャン役のKimeruさん。
演技も歌声も軽やかで爽やか。で、なぜか凄く引っかかる。
最初はあのちょっと掠れた声のせいかなー、と思ったのですが、
多分演技として凄く安定感があるんだな、ということに2回目で思い至りました。
舞台の中央で笑いを取ってる時ももちろんだけど、
画家たちがわちゃわちゃしている時でも、なんとなく目が行くの。
でもって、台詞の時は掠れた感じの声が、歌になると一気にのびやかになるのね。
存在も歌声も周囲に埋没しない。
原作では名前しか出てこないゴーギャンだけど、
“炎の画家”の人生に一役買った男として、さりげない説得力があったように思います。

ロートレック役の土屋さんは、原作にある役だけに、芸術家の中では一番目立ってたかな。
甘いルックスと歌声とは裏腹な屈折っぷりがちょっとツボでした(笑)。
でも、あの杖は持っていなくても良かったんじゃないかなー。
ロートレックの実話に基づいてるんだろうけど、ただ持っているだけ、になっちゃってるのが残念でした。
まあ、あの動きの多い舞台の中で足の悪い演技は大変だろうけどね・・・

ベルナール役の小野くんは、背の高さで一番に4人の中で個別認識しました(笑)。
4人の中では一番やんちゃな印象かなー。
テオと初めて出会うシーンで、ロートレックに絡むのは毎回アドリブみたいですね。
見事に無視するロートレックと、懲りずに絡むベルナールが良い感じでした(笑)。

シニャック役の吉田くんは、元気いっぱいな感じがとっても微笑ましくv
ボドリアール役の窪寺さんは、泉見さんよりも個人的には悪役だなあ、と思いました。
というか、アカデミー勤務の人たちってめちゃくちゃ腕っぷしが強いよね(笑)。

ジャン・サントロ役の合田さん。
狂言回し的な役柄なんだとおもうのですが、
ゴッホ兄弟に関わった人たち、そしてテオの話を聞きながら“炎の画家”の人生を書く現在と、
その話の中の過去とをつなぐ在り方が面白かったです。
舞台としては、この脚本の構成、結構好きだったなあ。
終盤、現代のゴッホ展を見に来た友人同士(原作では男女のカップル)を演じてたのが、
たぶん合田さんとKimeruさんだったと思うのだけど、
キヅタの花言葉を教えられた合田さんが、「へえ〜」という時の微妙な表情に、
なんだか妙に共感してしまいました。
うん、あの花言葉には、その反応しかできないよね(^^;)

アンサンブルさんの中では、穴沢くんがちょっと気になった。
あの兄を亡くした弟のシーン、好きだったな。
というか、原作でもあのエピソードが凄く好きなので、
セットに映された、フィンの描いた「笑っている兄さん」の絵が、穂積さんの絵っぽかったのが、
なんだかちょっと嬉しかったりv

そうそう、この舞台、映像の使い方も面白かったです。
照明も、前述の影のシーンだけでなく、光と影の使い方が結構好みでした。
音楽も、下手に置かれたグランドピアノの生演奏だけ、というのがこの舞台にとても合っていたと思います。
あまり主張をせず、物語に寄り添うというか溶け込む感じのピアノだったかな。
ちょっとスリミを彷彿とさせる部分もあったりしたのだけど、
それはまあ良知くんが出てるから仕方ないか(^^;)
(良知くんの「私」、好きだったんだよねー。というか、テオってちょっと「私」っぽいよね?)
どの曲も聴きやすくて耳に残る感じがかみむらさんだなあ、と。
(「オセロー」の曲、今でも大好きだし、White_Classical_Bandは時々引っ張り出しては聴きなおしてますv)
私の記憶力では、曲を脳内再生できないのが悔しい・・・
これはやっぱりDVD(以下略/笑)

そんな感じで、とても好きな舞台でした。
数日間だけの公演なのが残念に思えるくらい。
これ、少し長めの公演だったら、どんどん深みを増していったんじゃないかな。
2.5次元ミュージカルって、再演されたりするのかなー。
もし再演されることがあったら、またぜひ観に行きたいと思います。
というかやっぱりDVD買うか・・・(^^;)

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