瓔珞の音

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zoom RSS 踏みしめる地面

<<   作成日時 : 2016/04/13 21:11   >>

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闇に沈んだ舞台の奥から聞こえる遠雷。
鈍く、けれど確かな力を持って響き渡るその音。
降り始めた人工の雨の放つ水の匂いと肌に纏いつく湿気。
無機質な雨を受け止めた舞台の上に現れたのは、
3人の女、それぞれが踏みしめた、それぞれの地面―――それぞれの、足場。


「猟銃」

2016.4.10 ソワレ PARCO劇場 A列一桁台

原作:井上靖
演出:フランソワ・ジラール
出演:中谷美紀、ロドリーク・プロトー


物語は、一人の男に宛てた3人の女の手紙で形作られています。

母を看取ったばかりの二十歳の薔子が、母の従妹の夫に宛てた断罪の手紙。
13年間、夫と従姉の関係に気づかないふりをして奔放に振る舞ってきたみどりが、夫に宛てた告白の手紙。
そして、死を前にした彩子が、自分を愛した男に宛てた懺悔の手紙。
―――そのどれもが、別れの手紙でもありました。

暗い舞台の奥。
急に降り始めた雨の創る幕の向こうには、猟銃を手に佇む一人の男。
男と、舞台前方を隔てる黒い紗幕に浮かび上がるのは、多分原作である小説の文章。
3人の女から3通の別れの手紙を受け取った男―――三杉譲介が、
偶然の重なりで間接的に互いを知り得たとある作家に送った手紙。
その手紙に記されていた通り、時を置かず作家の手元に届いたのは、三杉に送られた3通の手紙でした。
戸惑いながら、作家はその手紙を読み―――

そんな男の語りは、雨の音に紛れて聞こえにくく、
幕に映った白い文字も薄く掠れて読むにはふさわしくなく、
結果として、その雨音交じりの男の言葉を真剣に聞き取ろうと、
いつしか全ての感覚を舞台に向けることになりました。
そんな風に、全身でその世界に入り込んだ途端に雨はやみ、
舞台の上には大きな池のような水たまりと、その淵に佇む一人の女―――薔子がいました。

このお芝居で一番印象に残ったのは、その“地面”でした。
3人の女、それぞれが立つその“地面”は、
その上で生きる―――あるいは死んでいく女が立つにふさわしい在り方で。
中谷さんという稀有な女優さんの静謐な演技と呼応するように、
視覚から、聴覚から、象徴的に、幻想的に、それぞれの女を表していたように思います。


一人目の女、薔子が立つのは、四角い池のような水たまり。
その縁で、白くキラキラと輝いていたのは、花だったのか石だったのか。
長い髪を三つ編みにして、眼鏡をかけた大人しそうな薔子の声は、
まだ幼ささえ感じさせる、細く儚いガラスのような澄んだ響きがありました。
その池の中を歩き、四隅に一本ずつ線香を手向け、静かに手を合わせながら、
けれど、彼女が語るのは、死を目前にした母の息を呑むような美しさと、
その死の直前に知り得た、母と叔父と慕う男の道ならぬ関係と、
自分の身内である3人の男女が創り上げた罪と、
自分が片足を踏み出している“大人の世界”への恐れと悲哀でした。
揺らぐような細い声は、けれど祈りをささげるごとに、
強く、激しく、そして凍り付くような冷たさを纏っていきました。
祈るためにしゃがみ込んだ薔子のスカートを濡らし、その重さを増していく水。
花の浮かぶ澄んだ水面の下に、濁った汚泥を隠している、その冷たい水。
その水の冷たさが、どんどん彼女を凍り付かせていくように感じて―――

そんなふうに感じながら、薔子の手紙を読み終えた時、
舞台の上にはもう1滴の水もありませんでした。
代わりに現れたのは、丸みを帯びた、けれど様々な形の石に埋め尽くされた“地面”。
そして、そこに立つのは、真っ赤なキャミソール1枚で、波打つ豊かな髪を背に垂らした女―――みどりでした。
まるで何かの役を演じているかのように大仰に、情感豊かに、けれど苦い自嘲を紛れ込ませて語るみどり。
彼女が動くたびに、ガラガラと音を立てる無数の石。
それは、年上の美しい従姉と夫の関係を、そのほとんど最初の頃から知っていたことを告げ、
夫に別れを突きつけるものでした。
初めて二人の関係を知った、二十歳の自分が見た鮮やかな色。
従姉が纏った薊の柄の羽織。
連れだって歩く二人を追うようにして行きついた海の生々しいプルシャン・ブルー。
13年の時を経て、死に近づく従姉が再び羽織ったあの薊。
自分が二人の関係を知っていることを告げた時の従姉と、そして自分の蒼褪めた白い肌―――
長すぎる偽りの関係を解消し、自分の欲しいものを得、
もう嘘をつくことも、嘘に気づかないふりをすることもしなくていい。
それは、解放なのかもしれない。
けれど、彼女の歩みは無数の石に足を取られる不安定なもので。
踊るように歩き回る彼女が、その一歩ごとに傷つき、苛まれているように私には見えました。
そして、終わりの時、みどりの地面は前方から次々と裏返り、
みどりの地面であった無数の石は、けたたましい音を立てて消失して行きました。
その暴力的な音の中で、叫ぶようにみどりが語ったのは、
彼女の妻としての最後の仕事―――夫の部屋を整え、その洋服を見立てることで。
全ての石が消えた舞台の上、一人佇む赤いキャミソールの女の姿は、まるで人形のような空虚さで。
ああ、あの音は、まさにみどりの崩壊の音であったのだと、そう思いました。


そして、水も、花も、線香も、石も、何もないまっさらな木の床の上で、
白いキャミソール姿となった女は、一人静かに端座していました。
乱れた髪を無造作に、けれど優雅に結い上げ、
白い死装束を、襦袢から淡々と着付けていく、彩子。
愛されることを望み、従姉の夫と道ならぬ関係になり、
二人で、みどりだけでなく世間の全てを騙す大悪党になろうとした女。
みどりにばれたら死のうと、ずっとずっと思っていながら、
けれど、いざみどりから真実を告げられた時には、死を望む罪悪感よりも安堵を強く感じた女。
そんな彩子から、生きる最後の力を奪ったのは、自分を捨てた夫が妻を迎えたという事実でした。
従妹を騙し、娘を欺き、三杉の愛を享受しながら、真実彩子が求めていたのは別れた夫の愛だった。
そのことを、たぶん彩子は自覚していた。
自覚していて、その上で、愛するのではなく愛されることを望んだ―――
決して張り上げることのない、笑みさえも孕んだ静かな彩子の声。
その声だけが響く、何もない板張りの“地面”。
その身を包んでいく、輝くような白。
三杉が、かつて彩子の身の内にいると言った白い蛇のような、生々しい冷たさのある、白。
自分の死を嘆く男にこんな事実を告げながら、それでもなお三杉の大きな愛情は倖せであったと、
そう告げる女が創る静謐な空間は、神々しさとも白々しさともつかない、圧倒的な異次元の輝きに満ちている。
全ての身支度を終え、自分を愛した男に―――自分の生きた世界に座礼するその姿は、
けれど有無を言わさぬ美しさがあったように思いました。


正直言ってしまうと、この3人の女と三杉の関係性を、私はちゃんと理解してはいないと思います。
舞台の奥には、この手紙を受け取った男―――三杉が、
時に猟銃の手入れをしながら、
時にグラスの酒を煽りながら、
時に猟銃の照準を女の背に向けながら、
時に崩壊の音に自らも壊れながら、
時に静かに祈りを捧げながら、
常にその姿を見せていました。
たぶん、台詞一つないその動きと表情を、前方の女と重ねて見ることができたら、
受け取れる情報量はかなり多かったんじゃないかな、と思う。
残念ながらサイド席で、男を観るには女から視線を外さなくちゃいけなくて、
でも、中谷さん演じる3人の女は、一瞬でも目を離したくないような魅力に溢れていて、
結局男をちゃんと見ることはほとんどできませんでした。
もちろん、十分濃密で満足できるお芝居だったけど、そのことだけがちょっと残念だったかなあ。
もしまたこのお芝居が再演されることがあったら、
今度はちゃんと原作を読んで、後方センターから観てみたいなあ、と思いました。


そうそう、この舞台、パンフレットがめちゃくちゃ豪華です!
フォトブックみたいな感じで、中谷さんの写真ばっかりなんだけど、
写真だけでも完全に別の女に見えるところがすごいし、
それぞれをイメージした花の写真とか、表紙裏の薊の絵とかも意味深でいいなあ、とv
インタビューも読み応えあったし、このお値段でこの内容はお買い得!と思いましたよ(笑)。

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