瓔珞の音

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zoom RSS 一期一会

<<   作成日時 : 2016/04/30 19:52   >>

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という言葉を個人的に一番実感するのが観劇なのですが、
今回もまさにそれを見に沁みて死感じてしまいました。
また観るから、ではなくて、毎回本気で向き合ってくれる役者さんに、
こっちも本気で向き合わなくてはね。

そんな観劇の記録をいたします(^^;)


「アルカディア」

2016.4.16 ソワレ シアターコクーン 1階M列10番台

作:トム・ストッパード
翻訳:小田島恒志
演出:栗山民也

出演:堤真一、寺島しのぶ、井上芳雄、趣里、浦井健治、安西慎太郎、初音映莉子、山中崇、迫田孝也、
    塚本幸男、春海四方、神野三鈴


トム・ストッパードさんの戯曲の上演を、これまで何度か観たことがあります。
「ロックンロール」「コースト・オブ・ユートピア」「ローゼンクランツとギルデスターンは死んだ」
どれも非常に難解で、でも、言葉と言葉の間から浮かび上がってくる何か―――
登場人物の思い出であったり、想いであったり、想像される未来であったり、
言葉にできない何かであったり・・・
光と闇の境目のような、静寂と喧噪の狭間のような、希望と絶望の縁のような、
複雑で、けれど美しい何かに、いつも心惹かれていました。

ので、今回のこの演目も、キャストが大好きな方ばかりだとか、栗山さんの影の演出が凄く好きだとか、
そういう要素も絡んで、凄く凄く楽しみにしていたんですね。
で、初回の観劇。
予想以上に難解で、でもめちゃくちゃ深読みのしがいがある物語にとっても嬉しくなって、
次に観るときは、こんな点に注目してみようとか、この疑問点の答えを探してみようとか、
とっても楽しみにしていたのです。
・・・が!
当日、お仕事で呼び出されて、結局2回目を観ることができませんでした(/_;)
ああ、ほんとに舞台は一期一会!

そんなこんなで、この物語は、私の中で未だ落ち着く先を見つけられずに、
ふわふわと不安定に漂っている感じです。
うん、でもまあ、それもこの物語に合っているのかもしれないな。

物語の舞台は、英国ダービシャー州のとある荘園シドリー・パークにあるお屋敷の一室です。
文字通り、その一室。
中央には大きな机。
大きな掃きだし窓の向こうに広がる荘園の庭。
その窓から入る光と、その窓の奥に広がる色合いの変化が示すのは、
繰り返す一日の時間の移り変わりだけ。
その部屋の外がどうなっているのかは、決して見ることができません。
けれど、その部屋の中で、200年以上の時を隔てた二つの時代の物語が、
入れ代わり立ち代わり紡がれていきます。

19世紀、その屋敷の令嬢であるトマシナ(趣里)と、
その家庭教師セプティマス(井上芳雄)を中心とした物語。
そしてその19世紀に作られたこの屋敷の庭と、
その時代に滞在していた人たちの謎を研究するハンナ(寺島しのぶ)とバーナード(堤真一)を中心とした物語。
最初は、暗転することできっちりと引かれていた二つの時代の境界。
けれど、物語が進むにつれて、その二つの時代は別の次元が重なり合うようにして、
徐々にその境界を曖昧にしていきます。

二つの時代に共にいたペットの亀。
大きなテーブルの上に置かれた花やティーカップに触れる、それぞれの時代の人たち。
19世紀の人たちには見えていなくて、でも確かにそのテーブルの上にあるノートパソコン。
それぞれに様々な想いを抱えた人たちが進む未来。
残された古い記録の断片から明らかになっていく過去。
その二つの共通の到達点。
その到達点は、そして、そこから先の未来は、物語の中では明言されておらず、
けれど、残された“彼”が、何を思い何を探すためにあの庭に留まったのかを、
観ている私たちは考えずにはいられない―――

物語は、二つの時代の、多分幸せの頂点と言える瞬間の重なりで終わります。
賢すぎる少女の、けれど素直で瑞々しくまっすぐな想いと、戸惑いながらそれを受け止める男。
差し出された過去の欠片を手にして溢れる喜びと、その欠片差し出した末裔である男。
その二組が薄闇の中で踊るワルツは、泣きたくなるくらい綺麗で―――な
んだかずっと観ていたくなったのでした。

物語の詳細については、多分私はきちんと理解できていないので、割愛(え)。
今度戯曲が発売されると教えていただいたので、それを楽しみにしていたいと思います。
というか、映像化してください!
あの美しさは、残すべきものだと思うのよ・・・


トマシナ・カヴァリー役、趣里ちゃん。
好奇心旺盛で、多分数学的物理学的な、あるいは哲学的な真理に辿り着くくらい、
天才的な頭脳を持っている女の子。
そのはっとするような鋭い思考の眩さと、
あの年頃の女の子が持つ独特の瑞々しい思考の煌めきが、
とても自然に融合している感じが、なんだか凄く特別に見えました。
彼女が何をどこまで理解していたのか、彼女が抱えていたであろう葛藤はどんなものなのか、
彼女の本当に望むものは何だったのか―――
そこまで私はきちんと受け止めることはできなかったけれど、
でも、最後に我儘な教え子の振りをしながら、セプティマスにワルツの授業をねだったときの、
あのどこか祈るような声の揺らぎと、
それでもまっすぐにセプティマスを見つめる目の強さがとても印象的でした。
小鹿のように俊敏で柔軟な動きと、張りのある声がとても素敵。
またどこかの舞台でぜひ観てみたい役者さんですv


井上くん演じるセプティマス・ホッジは、その才の赴くまま毒舌をまき散らす家庭教師(笑)。
と思いきや、実は秘めた思いを胸に抱え、教え子の才能に称賛と微かな嫉妬を持ち、
でも、トマシナの年相応の部分と天才的な部分の混在についつい微笑みながら振り回されちゃう・・・
そんなちょっと複雑な役柄、だったかな?
この人めちゃくちゃプライド高いよねー、と思いました(笑)。
でも、負ける勝負はしないずるさ、というか弱さもある。
彼がトマシナの想いに気づいていたのか、その想いを受け入れたのかどうかはわからないけれど、
あのワルツの夜、トマシナが火事で亡くなった後もあの庭に残り、
沢山の書付を残し、後世に隠遁者と言われるようになった彼が、
トマシナ不在の長い時間を、どんなふうに生きてきたのかが、とても気になりました。
それにしても、レディ・クレームを見つめる視線の切実さと、
彼女に誘惑された時の、どこか恐れるような視線の揺らぎのギャップに、ちょっとドキドキしてしまった・・・
セプティマス、見事に手玉に取られちゃったんだね(^^;)


寺島しのぶさん演じるハンナは、隠遁者の謎を追うバイロン研究者のベストセラー作家。
バーナードとのやりとりを読むと、資料を発掘する手腕もさることながら、
洞察力というか想像力というか妄想力というか、そういうものが凄く強いのかな?(え)
僅かな手がかりから、すっと真実にたどり着く力も持っているのかも、と思ったり。
隠遁者=セプティマスに彼女はたどり着いていたと思うのだけれど、
舞台の上では重なり合っていた彼の“真実”には、きっと彼女は完璧には辿りつけなくて。
それでも、トマシナと同じ血を引く(はずの)ガス・カヴァリーと踊る彼女には、
そういう証拠を超えた何かを受け取っていたんじゃないかな。
受け取っていたらいいな。
久々に舞台で拝見した寺島さんですが、
個人的には今回の役のような雰囲気が一番お似合いだなあ、と思います。
強くて賢くて凛としてて、でもどこかたおやかさや弱さも感じられる。
難しい言葉も、すっと耳に届いてくるのはさすが。
でもって、遠目でみると友達にそっくりで、ちょっと動揺したり(笑)。


堤さん演じるバーナード・ナイチンゲールは、ハンナのライバルのバイロン研究者。
シドリー・パークに滞在していたバイロンと、チェイターという男の関係を探っているのだけれど、
ハンナよりもずっと妄想型というか、結末に向かって証拠を選んでいくような感じ?
彼が自分の説を滔々と語るとき、ハンナがツッコミを入れようとして阻まれるんだけど、
同じツッコミ入れたくなりました(笑)。
ハンナが熱を内に秘めた静だとしたら、バーナードは外も内も全部熱、という感じ?
非常に胡散臭くて、でもどこか説得力のある佇まいがさすがだなあ、と思いました。


バーナードが、狙いを定めた売れない詩人エズラ・チェイター役は山中崇さん。
どこかで見たことあるなあ、と思ったら、室井先生(@「ごちそうさん」)じゃないですか!!
役柄的にもちょっと通じるところがあって、なんとなく懐かしくなってしまいました(笑)。
セプティマスと妻の密会を知らされて、セプティマスに決闘を申し込みに行くのだけど、
セプティマスの弁舌にいつの間にかお友達になってしまっているという滑稽さ・・・
でも、それが何とも微笑ましい感じでねー。
さらっと語られた彼の最期はかなり悲劇的な気がするんですが、
その最後の時まであんなふうにハイテンションだったんだろうなあ、と思ってみたり。


浦井くん演じるヴァレンタイン・カヴァリーは、大学院生。
数理生物学ってプログラムには書いてあるし、その研究内容も劇中で語られるけど、
ごめんなさい、私にはわかりませんでした(^^;)
おばかキャラと見せかけて、実は秀才、というか天才?
彼が出てくると、場面ががーっと動くか迷走して混乱するかどっちかで、
そのポテンシャルはさすが浦井くん!という感じ。
でも、ぱっと方向転換するような思考の流れとか、鮮やかな感受性の強さとか、
トマシナと同じ血が流れてるんだなあ、と思ってしまいました。
あ、でも自己完結しちゃうところはちょっとセプティマスっぽいかな?
終盤は、割と自分の思考に沈み込んでる感じが合ったように思います。
そういえば、ペットも同じ亀ですね・・・って、同じ亀じゃないよね?(笑)


安西慎太郎くんは19世紀はトマシナの兄オーガスタを、現代ではヴァレンタインの弟ガスを演じていました。
前者は終盤しか出てこないのだけれど、とても多弁でトマシナとセプティマスの物語に深く食い込んでくる。
後者は最初の方から出てきているけれど、喋らない(喋れない?)という設定なので、
気づくといつの間にか部屋の中にいたり、意味深な行動をとっていたり。
正反対のキャラクターなのだけれど、終盤、ダンスパーティーの仮装(かな?)をしたガスが、
オーガスタと同じような格好になって(いたと思うけど自信なし・・・)、
ハンナにトマシナが描いたセプティマスと亀の絵を渡すところで、
この二人の存在が重なるというか繋がるところが、なんとも不思議な感じでした。
リアルにオーガスタってガスの生まれ変わりで記憶を持ってたりする?とか思っちゃったよ(^^;)
この辺、ほんとは2回目に観るときにもっと注目したかったんだけどなー。ほんと残念!


トマシナたちの母、レディ・クレーム役の神野さんは、さすがの存在感!
荘園に滞在する男たちを次々と虜にする魔性の女?
でも、伝統としきたりもきっちり守って、それを娘にも要求する保守的な女?
その二つが全然違和感なく見えるのは、そのどちらもが彼女の本質だからなのかな、と思ったり。
セプティマスは結局彼女に遊ばれちゃったのかな、と思うのですが、
彼女にはそういう意識はなかったんじゃないかなあ・・・
そういえば、彼女の夫、トマシナたちのお父さんは全然出てこなかったけど、
その不在には意味があるのかしら・・・?
台詞には出てきたような気もするのだけれど。


うーん、2回目観たら感想を、と思っていたので、時間が経った分やっぱり記憶が曖昧だなあ。
19世紀の庭のこととか、19世紀という時代背景とか、当時の詩のこと、文学のこと、
語られる数学や物理学的な知識・・・そういうものがわかっていたら、
もっとずっとこの物語を深く読み取れたのかもしれません。
今回、私はそれをすることはできなかったけれど、
でも、時間が経てば経つほどに、あの一部屋で重なった二つの時代と、
あの大きな窓の外に広がる世界のイメージは鮮やかになっていって。
彼らが望んだ、あるいは彼らが見つけたアルカディア―――楽園はどんなものだったのか、
いつかまたその答えを見つけるために、あの窓のある部屋に行くことができたらいいなあ。
そう、強く思います。
東京公演は今日が千秋楽、大阪公演はこれから、というタイミングですが、
今から再演を心待ちにしております!
というか、ほんとに映像化してください!!(結局そこに行きつく・・・)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さま
美しい物語でした。
数式とか哲学的なこととか、難解な言葉に持って行かれそうに
なりましたが、最後のワルツでそれが全部吹き飛んだような(笑)。

いろんなことがわかった上でもう一度観たいと思える作品でしたので
私もぜひ再演希望・・・というか映像化希望に10票!

スキップ
2016/06/09 08:41
スキップさん

本当に隅々まで美しい物語でしたね。
推理小説のようなテイストもあって、見るたびにいろいろ発見がありそうだな、と。
いろいろ見落としているのが本当に悔しい(/_;)
再演も映像化も、心から望んでいます!
唱えていれば叶うかなー(笑)。
恭穂
2016/06/09 21:10

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