瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2016/07/26 20:50   >>

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今日は「エリザベート」東京公演の千秋楽でしたね。
きっと大盛況のなか幕を下ろしたのだと思います。
今頃は役者さんもスタッフさんもほっと一息?
それとももう次の公演に向けてのブラッシュアップが始まっているのかしら?
地方公演にも残念ながら行くことはできませんが、
みなさん怪我なく大千秋楽まで走り抜けてほしいな、と思います。

そんな感じで日比谷の黄泉の国の名残に気持ちを飛ばしつつ、
私の数少ない「エリザベート」観劇記録を(笑)。


「エリザベート」

2016.7.17 マチネ 帝国劇場 1階Q列10番台

出演:花總まり、井上芳雄、佐藤隆紀、古川雄大、未来優希、香寿たつき、成河、大谷美智浩、
   角田裕明、広瀬友祐、安倍康律、秋園美緒、加藤憲史郎 他


今回の公演で一番気になっていたのが、成河さんのルキーニでした。
だって、めちゃくちゃ似合いそうなんだもの!
でも、きっと私の想像とか軽々と超えてきちゃうんだろうなあ、と思いながらの観劇だったのですが、
予想通り予想を超えるルキーニでございましたv
いやもうルキーニから目が離せないの!
これまで何度も観て、ルキーニの行動の流れも理解しているはずなのに、
成川さんのルキーニは、次に何を仕掛けてくるのかが全然わからない。
何というか、このエリザベートの物語を演じている人たちとの距離感が凄く近いの。
近いのに、気持ち的には明らかに違う位置にいる。
この物語の“登場人物”たちに、欠片も共感する様子はなくて、
なのに、彼らへの影響力はとても強くて・・・まさに、この舞台の演出家的な印象。
物語への介入という意味では、山崎くんの方が積極的に思えたのに、
こんなにも強い影響力を感じたのは、なんだか凄く不思議な感じでした。
細かなところをきっと沢山見落としていると思うのだけれど、
道化のような、ジョーカーのような、その存在感はさすが!

これまで拝見した舞台では、台詞の声と歌声の違いを強く感じていたけど、
ルキーニではその境界がいい意味でとても曖昧。
語るように歌い、歌うように語る。
間違いなくミュージカルなのに、ストプレを見ているような感覚もありました。
それはもしかしたら、彼の表情の温度差がとても大きいことによるのかな、とも思う。

この“物語”を牽引するときと、“物語”を見つめるときの表情の差。
ふとした時に、親指の爪を噛むときの暗い目。
トート閣下と交わす視線―――ナイフを求め、手にする瞬間までの惑乱と恍惚。

このルキーニは“死”との親和性が凄く強い気がしました。
というか、この日の組み合わせは、エリザベートもルドルフも“死”との親和性を感じました。

花總さんのエリザベートは、やっぱりとてもお美しくv
そして、ある意味変わらない存在だな、と思った。
去年観た時に感じた、
「在るべき場所、在るべき自分という当然のものを獲得するための戦い」という印象はそのまま。
だけど、この日は最初から彼女の中に“死”の存在を感じました。
最初から、というのは違うかな。
トートに命を助けられてから、なのかも。
彼女とトートの間には、明らかに強いつながりがあって、彼らの攻防も、なんだか戯れのように思えた。
で、ふと思ったのね。
トートに命を助けられたあの時、シシィの命の一部は、トートによって作られたのではないか、と。
彼女の失われた部分は、闇の成分で補われていたんじゃないか、と。
彼女は、闇でできた宝石のようなものをその身の内に持っているのではないか、と。
そう思ったら、自分の中で、なんだかいろいろしっくりきてしまいました。

だからこその、二人の絆。
だからこその、二人の類似。
だからこその、あの笑み。
だからこその、反発。
―――だからこその、希求。

そんな風に感じていたせいか、この日の♪最後のダンス は、もの凄い説得力でした。
というか、トート閣下、肉食獣みたいだった(笑)。
その前に観た時とのあまりの印象の違いに、ちょっと呆然としてしまいましたよ(^^;)
でも、自分の一部を持つ相手だったら、それは自分のもの宣言するよね・・・

で、そんな風にトートとシシィの間の強い絆を感じてしまっていたので、
これは皇帝陛下は割り込む余地ないよね、とも思ってしまったり(え)。
というか、佐藤フランツって、私的にはとても利己的に見えるの。
真面目で誠実な軍人でもある皇帝―――でも、全ての根拠は自分。
エリザベートへの想いも、彼女自身への想いというよりも、
自分のために存在する彼女を求めている、という感じ。
だからかな、エリザベートとフランツの間には、絆よりも断絶を強く感じてしまいました。
この二人は、本当に立っている位置も見ているものも違うんだなあ。
そして、そのことにフランツは最後まで気づかない。
なので、霊廟のシーンでの二人の無言のやり取りがとても自然に見えて、なんだか哀しかった。
逆にいうと、フランツと、それから香寿ゾフィーは“死”との距離が凄く遠かったのかもしれないな。
・・・うん、それなら、エリザベートともルドルフともわかり合えないよね(>_<)

古川ルドルフも、去年観た時と大きく印象は変わらなかったかな。
花總エリザとまさに母子な完成された自我は、今回もとても鮮やか。
ただ、今回は彼も“死”との親和性を強く感じました。
年齢設定的に、京本ルドよりも年上に見えるせいなのか、
実際のルドルフってこうだったんじゃないかな、と感じる部分もあったり。
賢くて、思慮深くて、でも熱い想いを持ち、自分自身の意志で選択していく、そんなルドルフ。
でも、だからこそ、“死”に対しても、
操られるのではなく自分で選んでその手を取ったように見えた。
それは、子どものころの出会いや約束ということ以前に、
彼の中にも母から受け継いだ“闇”の要素があったからなのかな、なんて思ってみたり。

チビルドな加藤くんは、ちっちゃくて可愛かったですv
あのタムがこんなにお兄ちゃんになったのねー(*´▽`*) とも思いましたが(笑)。
3人のチビルドの中では一番小さいのかな?
もう一人見た大内くんは12歳くらいのようなので、余計に小さく感じたのかも。
大内くんはひ弱、というよりも愛情に飢えた少年、という印象が強かったけど、
加藤くんは幼気でか弱くて・・・でもトートはほだされないんだなー。
いや、ほだされちゃダメなんだけどね(^^;)
それにしても、チビルドくんたちは当然だけど、本当に歌がお上手v 
そして、素晴らしい度胸!(笑)


アンサンブルさんたちは、今回も大迫力でした。
♪ミルクもだけど、♪憎しみ は、凄い圧力を感じました。
というか、成河ルキーニの総統姿でちょっと「アドルフに告ぐ」を思い出してしまって、
なんだか複雑な気持ちになりました。
あの舞台もまた再演してくれないかなー。

トートダンサーさんたちも、今回も大活躍!
本当に、彼らがいないと舞台が回らないよね。
お一人、ちょっと心惹かれる動きをされる方がいたのだけれど、
遠目できちんと見分けがつかなかったので、どなたかわからず・・・
いつか、トートダンサーが見分けられるくらいチケットとれる時が来るといいなー(笑)。

うーん・・・今回もやっつけな感じの記録になってしまいました(^^;)
観終わった後には、死との親和性についても、もっと明確なイメージがあったのですが、
すっかり記憶の彼方に・・・
次の公演がいつになるのかはわかりませんが、
また、この辺の感覚を深く掘り下げる機会ができたらいいなあ、と思います。

ひとまず、東京千秋楽、おめでとうございます!

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