瓔珞の音

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zoom RSS 彼女の明日

<<   作成日時 : 2017/02/01 21:38   >>

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明日には―――

そう、彼女たちは歌いました。
一人の役者が演じる、全く異なる二人の女。
その女たちが望んだ“明日”は、どんな色の夜明けだったのだろうか。


「フランケンシュタイン」

2017.1.28 マチネ 日生劇場 GC階A列一桁台

出演:柿澤勇人、小西遼生、音月桂、鈴木壮麻、相島一之、濱田めぐみ、朝隈濯朗、新井俊一、
    後藤晋彦、佐々木崇、当銀大輔、遠山裕介、原慎一郎、丸山泰右、安福毅、彩橋みゆ、
    江見ひかる、可知寛子、木村晶子、栗山絵美、谷口あかり、原宏美、福田えり、山田由美子、
    石橋陽彩、齋藤さくら


東京前楽のマチソワ。
1週間ぶりの柿澤ビクターと小西アンリを観てきました。
とはいえ、この組み合わせは初。
どんな印象を受けるかなあ、と楽しみにしていたわけですが
これはもう、なるべくしてこうなったと達観しそうになるラストシーンでした。
この二人じゃ、こうなっても仕方ないよね、と感じてしまう不思議な説得力。
なんというか、凄い破滅的な二人だなあ、と思った。

少年の頃の切望のまま、全てを拒絶して突っ走るビクター。
そんなビクターのために死ぬことに、なんの疑問も持たない小西アンリ。
その二人にとっては、エレンもジュリアもブレーキにはなり得なかったんだなあ、と。

柿澤ビクターは、素直・・・というか、とにかく感情がストレート。
好き―――嫌い。
欲しい―――いらない。
感情の揺れも常に、0か100、どちらかに振り切れる感じ。
間で踏みとどまることのできない、不器用で臆病な子ども。
まさにそんな感じでした。
エレンやジュリアに対しても、全てを理解してもらえないなら、全てが手に入らないなら、全てを拒絶する。
抱きしめようとするエレンの腕も、
寄り添おうとするジュリアの手も、
とることができずに拒絶するビクター。
彼がそうせざるを得ないのは、多分小さい頃に刻まれた疵のせいで。
アンリに対してもそう。
牢獄でのアンリの言葉を聞きながら、ただ泣き崩れ、
自分に差し伸べられる―――自分を未来に引き上げたかもしれない手を、
ビクターはとることができなかった。
ただ泣きながらアンリの言葉を受け止めるビクターを抱きしめるアンリの、
仕方がないなあ、という苦笑のような、愛しいものを見るような、そんな表情がなんだかとても印象的で。
そういえば、酒場で泣き上戸全開なビクターを見る顔もこんな感じだったかなあ。

小西アンリについては、前回アッキービクターとの組み合わせで観た時は、
アンリはビクターに未来を望ませた、という風に感じたのだけど、
柿澤ビクター相手だと、その望ませた未来が狂気に繋がってるように感じました。
というか、小西アンリ、こんなに破滅的な感じでしたっけ??
なんというか、小西アンリは冒頭で死を覚悟した瞬間から、実は一歩も動いていないんじゃないかと思った。
死に場所が、戦場からビクターの傍に変わっただけ。
死ぬ理由が、絶望から希望に変わっただけ。
彼の希望―――ビクターのために死ぬことは、彼にとって当然のことで。
そんな風に思ってしまったら、断頭台に上がったときの決意に満ちた彼の笑顔に、
ちょっと打ちのめされてしまいました。
いや、これはビクターも突っ走るって!と(笑)。
前回観た時は、凄く優しい笑顔に見えたのになー。
組み合わせが変わることで、こんなにも受ける印象が違うのかと、びっくりするやら面白いやら。

怪物になってからの印象は、前回と大きく変わらなくて、
カトリーヌを前にした時のあの純粋な笑顔に、思わず涙してしまったのですが、
その分、カトリーヌに拒絶され、“独り”に戻り、ビクターの前に現れてからの静かな哀しみというか、
拭い去ることのできない“死”の気配というか、
淡々とビクターを追い詰めていく様は凄い迫力だったなあ、と思います。
アンリは自らの“死”でビクターを未来へ進めようとしたけれど、
怪物は、自らの“命”でビクターを“死”へと引きずり込んだのかなあ。
この辺り、観ている時は納得!と思ったのですが、改めて言葉にしようとすると難しい・・・
でも、このペアならではの説得力のようなものを感じられたので、観れてよかったなあ、と思いました。

それから、今回とても印象に残ったのが、ジュリアとカトリーヌの在り方。
1幕の♪独り言 でジュリアが歌う「明日には笑いあえるかもしれない」という歌詞と、
1幕の♪生きるということは でカトリーヌが歌う「明日には自由かもしれない」(だったかな?)という歌詞。
二人が歌う“明日”。
それはどちらも、そうはならないかもしれない、という不安の裏返しのような感じで・・・
それでも、感情の向かう方向は、彼女たちが選んだものは、まるで正反対だったようい思いました。

流されるままに、けれど全ての選択は自分でしているカトリーヌとは違って、
ジュリアは受身だなあ、と前回観劇した時は思ったのですが、
今回、怪物の気配に挙動不審になる柿澤ビクターをなだめる姿を見て、
物語には描かれていない3年間で、ジュリア、めっちゃ頑張ったんだなあ、としみじみ思ってしまいました。
内に閉じているとはいえ、ちゃんと周りとも繋がっているアッキービクターはともかく、
全てを拒絶して、“怪物”を生み出したことに絶望している手負いの獣みたいなビクターを、
ひたすら愛して、守って、支えて、エレンと仲直りさせて、同時に父親(やたぶん親戚)を説得して、
結婚までこぎつけるって、生半可な努力ではできないと思うんですよね。
でもって、この結婚の先には悲劇があるということを、漠然とでも感じて受け入れて、
それでもなお永遠に共に在りたいと願う―――ジュリア、何気に最強なのでは、と思いました(笑)。

ジュリアだけでなく、二役の間の共通点(在り方や歌詞)は他の役者さんでも感じられて。
でも私の記憶力ではきちんと比較できるほど覚えていられないのがとても悔しい・・・
柿澤ジャックは、やっぱりあの得体のしれなさというか、予測のつかない感じが凄く怖い。
あの無邪気に残酷なところとか、下ネタ好きなところとか、ある意味子どもなのかなー。
エヴァとの関係性は、夫婦というよりも共犯者というか同類というか・・・そんな印象を受けました。
で、2回観てやっと気づいたんですが、柿澤ジャックのシーンって、凄いアドリブだらけなんですね!
PPAPのパロとか、もしや受けないことで自らツッコミ入れるのを狙ってるのか、という感じで、
笑っていいものかどうかちょっと本気で悩みました(笑)。
あと、ステッキの後ろにイゴールを乗せて捌けるときも、
くすぐってくるイゴールに、「せーくーはーらー!」って言いながら捌けていったけど、
どの口がそれを言う?!ってちょっと思いっきり問いただしたくなりました(笑)。
そういえば、イゴールの動きが、この日はどうにもふ○っしーに見えてしまって、ちょっと困りました(^^;)
それにしても、あの後出てくるビクターの回想のルンゲさんの表情が、
めちゃくちゃ優しくて切なくて愛情に満ちているんですが、
イゴールを演じた直後とは思えなくて・・・役者さんって凄いなあ(笑)。

そういえば、今回初めてGCの最先端の席だったのですが、ここ、面白いですねー!
斜め上から覗きこむ感じって、普段の1階席からは得られない感覚でした。
オケピの中が見えるのも楽しかった!
ティンパニーの方の動きがめちゃくちゃかっこよかったり、
指揮者の方が、役者さんを凝視して歌いだしのタイミングを計っている緊張感も感じられたし。
もちろん、舞台の上も目に入ってくるものがちょっと違うので興味深く。
上記の優しいルンゲさんもそうなのですが、
最初の舞踏会のシーンでのウォルター一家の攻防とか、
(一生懸命止めようとするお母さんとか、母の気も知らずぽーっとするウォルターとか、
 婚約者(?)のお嬢さんと向かい合わせて正気に戻らせようとするお父さんとか・・・)
闘技場のシーンで、エヴァが放り投げた扇子を拾ったり、手を差し伸べたりと、
細々とエヴァのお世話をしている若者とか・・・
ストーリー的にどうしても主役二人を中心に見てしまいますが、
アンサンブルのみなさんの、それぞれの役の生き様も、ちゃんと観れたら良かったなあ、と、
今更ながらに思っています。
きっと、舞踏会も酒場も村人も、ちゃんと人間関係とかも含めて役作りされてるんだろうな。
個人的に、2幕で水晶玉持って出てきている女性は、
20年前のシーンではどの女の子だったのかが気になります(笑)。

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