瓔珞の音

アクセスカウンタ

zoom RSS 水底の物語

<<   作成日時 : 2017/03/01 21:43   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

その水の底に潜むのは。
決して捕まえることのできない大きな魚。
空っぽになったかつての故郷。
そして―――一人の男の、物語。


「ビッグ・フィッシュ」

2017.2.12 ソワレ 日生劇場 1階M列20番台
2017.2.26 マチネ 日生劇場 2階D列20番台

出演:川平慈英、浦井健治、霧矢大夢、赤根那奈、藤井隆、JKim、深水元基、鈴木福(2/12)、りょうた(2/26)、
    鈴木蘭々、ROLLY、東山光明、大谷美智浩、加賀谷真聡、風間由次郎、中山昇、遠藤瑠美子、
    加藤梨里香、小林風花、小林由佳、菅谷真理恵、真記子


物語の舞台は、アラバマのとある町。
結婚式のために故郷に戻ってきた海外特派員のウィル(浦井健治)の気がかりは一つ。
自分の話をなんでも大げさに話す父親のエドワード(川平慈英)が、結婚式で大人しくしてくれるかどうか。
子どものころは楽しかった父親の話も、それが現実にはあり得ないのだと気づいてしまったからには、
迷惑なほら話でしかなくて・・・
けれど、根っからの話好きなエドワードが大人しくしているはずはなく・・・
まだ初期だからと内緒にしておこうとした妻の妊娠をみんなの前でばらされて、
結婚式の最中に父と息子は大喧嘩をしてしまいます。
けれど、妻のジョセフィーン(赤根那奈)と共にニューヨークに戻ったウィルのもとに、
母のサンドラ(霧矢大夢)から連絡が入ります。
父が、癌に侵されていること―――もう、長くはないということ。
慌てて故郷に戻ったウィルでしたが、エドワードは飄々とした顔で、
ジョセフィーンに向かってかつてウィルが何度も聞いた荒唐無稽な“父の半生”を話し続けます。
ジョセフィーンに諭されて、父の物語を一つ一つ集め始めたウィル。
しかし、そんな彼は、一つの隠された事実を見つけてしまいます。
その事実を確かめるために、ウィルはエドワードの故郷であるアシュトンの街に足を運び―――

という感じの物語。
ティム・バートンの映画の舞台化、ということで、
映画で予習しようかとちょっと思ったのですが、敢えて何も情報は入れずに劇場に向かいました。
で、思った。

このミュージカルは、日生劇場という空間だからこそなのかもしれないな、と。

日生劇場の客席は独特な雰囲気があります。
無数のアコヤ貝が散りばめられた、曲線だけで作られた空間。
その空間全てを使い、イマジネーションに鮮やかに働きかけてくる演出だったと思います。

壁際の、普段は白い間接照明の光がこの日は蒼くて。
紗幕に移された大きな大きな魚の映像は迫ってくるようで。
そして、物語の冒頭、舞台の上を言葉もなく通り過ぎる沢山の人たち―――エドワードの物語の登場人物。
舞台奥から照らされた彼らの影が、GCの局面に映り、移り行く様は、
まるで大きな魚たちが泳いでいるかのようで・・・
ああ、全く上手く書くことができないけれど、
あの瞬間、暗い水底に沈んでいるかのような、静かで、怖くて、でもどこかわくわくする、
そんな感覚が、自分の中から溢れ出てくるような気がしました。
1回目の初回はそんな感覚だったのだけれど、
2回目に2階席から観た時は、そんな不思議を抱えた水面を覗きこむような感覚で・・・
どちらもとても素敵な体験でしたv
そういえば、ああいう風に舞台奥からの光が壁に影を作る演出は、
エドワードの“物語”の時だけだったような・・・
ウィルたちとの“現実”のシーンでは、光は舞台の上だけだったように思います。
きっと細かな演出の意図があるのだろうなあ。
その辺、もっと突っ込んで観てみたかったです。

物語の中心は、もちろん川平さんのエドワード。
明るくて、チャーミングで、軽やかで・・・頑固で手に負えないのに憎めない。
少年時代から晩年までを鮮やかに演じ分け、
舞台の上で縦横無尽に物語を紡いでいく様には一気に引き込まれました。
彼の語る物語は、本当に荒唐無稽で。
息子が生まれた日に釣り上げた、幻の大きな魚。
アラバマステップに踊らされて水から飛び出る魚たち。
死の瞬間を予言する魔女(JKim)。
引きこもりの巨人(深水元基)。
足を得て軽やかに踊る人魚(小林由佳)。
狼男のサーカスの団長(ROLLY)。
将軍を狙う暗殺者(藤井隆)。
ドラゴンとの戦い。
そして、最愛の妻との出会い―――
色鮮やかで、賑やかで、現実には決してあり得ないような、エドワードの冒険譚。
ワクワクするようなその物語は、
けれどウィルが一つ一つ年を重ね、社会を知り、現実に生きるようになると、
色褪せたただの作り話にしか聞こえなくなった。
そして同時に、そんな“作り話”ばかりする父の何を信じればいいのかわからなくなっていった―――
冒頭、柔らかな笑顔で、穏やかに父が釣り上げた大きな魚について語るウィル。
「僕は、信じない」
そう言った瞬間の、ウィルの目の暗さに、思わず息を呑みました。

ウィルにとって、父の語る“あり得ない”半生は、彼の中の“父親”の存在を揺らがせた。
父の何を信じればいいのか。
どうして、父はあんな物語を語った―――騙ったのか?
父の真実は何なのか。
自分は、父の何を信じればいいのか―――

でも。
エドワードの語る物語の中には―――誇張され、色付けされ、飾り付けられた物語には、
まぎれもない真実があった、と思うのです。
それは、巨人のカールがちょっと背の高いだけの人だったとか、
エドワードの言葉で、自分自身を受け入れることができたサーカスの団長は実在したとか、
そこまで大きくはなかったけど、息子が生まれた朝にちゃんと彼は魚を釣ったとか、
そういう現実の事実という意味ではなくて・・・(いや、もちろんそれも真実なのですが)
エドワードの記憶の中で、想いの中で、それらの物語は紛れもない“真実”だったのだと。

そう強く感じたのは、1幕のラストシーンでした。
3年の月日を超えて、やっと向き合うことができた運命の人、サンドラ。
彼女にエドワードが渡した黄色い水仙の花束。
それはいつしか、舞台の上を埋め尽くすような、一面の水仙の花畑になっていき―――
その美しさに―――圧倒的な幸福感に私自身が満たされる中、ふと思ったのです。
現実には、こんな花畑はなかったかもしれない。
これは、エドワードお得意の誇張なのかもしれない。
でも、この瞬間、彼らを包んだ幸福感は、決して虚構ではないのだと。
エドワードとサンドラにとって、この光に溢れる青い空と一面の黄水仙の景色に象徴される瞬間は、
真実に他ならないのだと。
そのくらい、鮮やかで強いイマジネーションを生み出す、劇的な瞬間であったのだと。
彼の物語は、そんな“真実”で紡がれているのかもしれない、と。

父の隠した本当に偉大な“真実”と一つの“罪”を知ったウィルが、
どんなふうに自分の中に折り合いをつけたのか、私はクリアに受け取ることはできませんでした。
父の物語の中に“真実”を見つけたことで、
隠されていた父の“事実”に辿り着いたことで、
彼はやっと“父親”を知ることが―――見つけることができたのかもしれない。
でも、最後に連れ出したエドワードと共にウィルが紡いだ物語は、
そんな浅はかな考察なんて吹き飛ばすような力があった。
息子を呼ぶエドワードの声の切実さ。
その声に応えようとして、でもどうすればいいかわからないウィルの混乱。
(そこは水じゃなくてDrを呼ぼうよ!とちょっと思った・・・でもそれじゃあ物語にならないね(^^;))
その後、エドワードを閉じ込める監獄(もしかしたら、病気の暗喩?)からの逃亡。
たどり着いた先に現れる、エドワードの“物語”の中の住人たち。
そして、最愛の妻と、息子。
魔女に予言された通り、二人に別れを告げて、自らの物語の潜む闇へと歩んでいくエドワードの後ろ姿。
この一連のシーンは、本当に綺麗で、楽しくて、愛しくて、哀しくて・・・嗚咽を堪えるのがとても大変でした。
でも、その後の静寂も含めて、本当に素晴らしいシーンでした。

観ている時には、本当にいろんなことを考えたのだけど、なんだかやっぱり言葉にするのは難しいなあ。
人には、生きていくのに空想や物語を必要とする人もいれば、必要としない人もいる。
そのどちらが正しいとか、間違ってるとかはいうことはできなくて。
でも、誰もが自分の中に自分だけの“物語”を持っていて、それを誰かに伝えながら生きているんだろうな。
観終わった後、そんな風に感じました。

なんだか訳の分からない記録になっちゃったけど、とりあえず役者さんのことを少し。

ウィルを演じた浦井くん。
今回のミュージカルを観て、
私は浦井くんの語る声も歌声も本当に好きなんだなあ、としみじみ思ってしまいました。
♪知らない人 の、まだ見ぬ息子へ、そして見失っている父へと向かう気持ちの鮮やかさ。
この曲は、去年のコンサートで聞いたけれど、
物語の中で聞くと、やっぱり全然届いてくるものが違うなあ。
長く伸ばされる声が、自分の深いところに沁みわたる澄んだ水のように感じられて、
その心地よさに魅了されました。
♪ショーダウン でエドワードを糾弾する低い声とダンスもかっこよかったし!
ジョセフィーンとのラブラブっぷりも微笑ましかったですv

ジョセフィーン役の赤根さん。
すっと背筋を伸ばした立ち姿と、まっすぐにウィルを見つめる様子が素敵でした。
妊婦さんな役なので、歌や踊りは少なくて、
袖の近くでウィルと一緒にエドワードの物語を見ていることがおおかったのだけど、
にこにこしながら見つめていたり、手を振り上げて楽しんだり、ウィルをさりげなく気遣ったり、
細やかに演じられていたように思います。
どうしても中央に目が行ってしまって、ちゃんとその辺を見れなかったのが残念!
そういえば、♪ショーダウン のシーンで、赤いドレスで踊っている時、
そのしなやかな手の長さの綺麗さに驚きました。
「1789」は、沙也加ちゃんオランプしか観なかったのだけど、
再演の時は赤根さん(夢咲さん?)のオランプも観たくなりました。

霧矢さんのサンドラは、幅広い年齢を、どのシーンもとても魅力的に演じられていました。
サーカスのシーンはめっちゃ可愛かったし、
現実で、病に侵される夫に寄り添う姿は、とても強くて、そして慈愛に満ちていたし、
ラストシーン、蒼いドレスを着て旅立つ夫を見送るシーンの美しさは、まさに運命の人、という感じだったし。
というか、あのシーンの言葉を超えて届いてくる感情の強さは凄かった!
歌声もとても綺麗で。
舞台を拝見するのはこれが初めてなのだけれど、別の舞台も機会があれば見てみたくなりました。

ドン・プライス他役の藤井さん。
舞台を拝見するのは「エッグ」以来、かな?
印象としては、「スペリング・ビー」のときと似た感じかな、と思いました。
川平さんに負けない切れのあるダンスと、川平さんに負けない憎めなさ(笑)。
エドワードの物語の中のドン・プライスは、詰めの甘い悪役的な感じだったけど、
実際の彼らは良いライバルだったのかなあ・・・少なくとも、エドワードの転機の一要素ではあるよね。

魔女役のJKimさん。
久々に拝見しましたが、相変わらずパワフルな歌声に聞き惚れました!
歌うシーンはそれほど多くなくてちょっと残念ではあったのだけれど、
その分、魔女のシーンのインパクトは素晴らしい!!

カール役の深水さん。
あの竹馬(じゃないか?)にずーっと乗っての演技は大変そうだけど、凄く楽しかったです。
カールの洞窟のシーンの、あの影の演出も良かったなあ。
あ、それは魔女もなのだけど。
最後に出てきた時、3mはないけど背が凄く高かったのだけど、あれはリアルなのかしら?

アンサンブルさんたちもいろんな役を演じられてました。
めちゃくちゃ身体能力の高いお嬢さんもいらして(新体操とかやってたのかしら?)、
冒頭のシーンの人魚や、サーカスのシーンではおおお!とテンション上がりました(笑)。
中山さんは相変わらずいいお声v
初回で観た時はロミジュリとのマチソワだったのだけど、大公がここに!とちょっと思ってしまいました(^^;)

子役のお二人は、やんちゃなのに冷静な福くんと、大人びたりょうたくん。
エドワードに対する不信感が芽生え始める時期のウィルを、それぞれ丁寧に見せてくれました。
♪ドラゴンと戦え のシーン、ダンスも歌も頑張ってて可愛かったv
そういえば、エドワードとウィルが互いの手を打ちあわせる仕草の最後が、
右手をぴろぴろって感じで動かすのだけど、あれって魚をイメージしてるのかな?
冒頭で、行きかう物語の中の人々の影の中、一人立つウィルがその仕草をするのだけど、
その時と、終盤エドワードとの別れのシーンで同じ仕草をする時とで、
全く表情が違うのが印象的でした。

今回の舞台で、客席の空間全てを使った演出にとても感動したのだけれど、
映像の使い方も素晴らしかったと思います。
川のほとりの樹々。
ニューヨークのビル群。
カールの洞窟。
一面の水仙。
ドラゴンと城。
エドワードを送る人々が沈む夕闇の川辺・・・
どこか曖昧なラインと色合いで作られたそれらの映像は、
床の色彩や照明のニュアンスと共に、舞台に不思議な奥行きを作っていたように思います。
そして、そういう映像があったからこそ、
エドワードが旅立つシーンでの、何もない空間の静謐さが際立ったように思う。
白井さんの演出の舞台は、あまり数を見ていないのだけれど、
そういえば「ジャンヌ・ダルク」も「GOLD」も、
空間の温度差が鮮やかだったような気がする・・・
うん、こういう空間、凄く好きだなあ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
水底の物語 瓔珞の音/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる