瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2017/06/01 21:55   >>

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その眼は、静かに見つめていた。
彼の願い。
彼の愛情。
彼の欲望。
彼の慟哭。
彼の切望。
―――彼の、罪。


「グレート・ギャツビー」

2017.5.27 マチネ 日生劇場 1階I列20番台

出演:井上芳雄、夢咲ねね、広瀬友祐、畠中洋、蒼乃夕妃、AKANE LIV、田代万里生、本間ひとし、
   渚あき、イ・ギドン、音花ゆり、朝隈濯朗、安倍康律、荒田至法、石川新太、石川剛、乾直樹、
   榎本成志、川口大地、木内健人、後藤晋彦、田中秀哉、宮川愛一郎、池谷祐子、井出恵理子、
   岩崎亜希子、碓井菜央、内田このみ、樺島麻美、七瀬りりこ、花岡麻里名、松島蘭、山田裕美子


物語の舞台は1920年代、ニューヨーク。
ウェストエッグにあるギャツビー邸では、夜毎豪華なパーティーが開かれていました。
その隣に引越してきたニック(田代万里生)は、ある日そのパーティーに招かれます。
華やかさと危険さを内包した別世界のようなパーティー。
客たちが語る屋敷の主のエピソードは、英雄からマフィアまで様々で―――
ギャツビーという男に興味を引かれたニックは、
パーティーの後、屋敷の船着き場で対岸のイーストエッグの灯りを見つめるギャツビーに話しかけます。
人懐こいのに、どこか謎めいた男。
弾む会話の中で、ふとした瞬間にギャツビーの表情が変わります。
それは、対岸に住むニックの又従妹の名前を聞いた瞬間でした。
デイジー・ブキャナン―――ギャツビーが、全てを賭けて追い求めた、一人の女性。
5年の時を経た二人の再会が引き寄せたものは―――?

というような物語。
原作はとても有名な小説ですが、私はタイトルしか知らず。
なので、どんなふうに物語が展開していくのか、わくわくはらはらどきどきしながら舞台を見つめていました。

まず最初に驚いたのは、ギャツビー邸のパーティーの華やかさ!
舞台を取り囲む大きな楕円の中に据えられた、薔薇(だったかと)のアーチ。
優雅な曲線を描く階段と、その上で演奏するリアルなオーケストラ。
そして、集う人々の華やかな装い。
もう、女性陣の衣裳がめちゃくちゃ可愛くて!
ストンとしたシルエットの色鮮やかでキラキラした衣裳はどれもとても凝った作りで、
役者さんたちが並んで踊るところとか、思わず「うわあ!」と感嘆の声が出ちゃいそうになりました(笑)。
このシーンだけではなくて、デイジーの淡い色の布を幾重も重ねた衣装も、
ジョーダンのスポーティなのに女性らしいまろやかさのある衣裳も、
マートルたちフラッパーの、わずかな濁りと不透明さを含んだ色合いの大胆な衣裳も、
デイジーの娘時代の、赤毛のアンが着ているみたいなパフスリーブの衣裳も、
本当にどれもこれも可愛くて、衣裳展とかしてくれたら絶対観に行くのに!と思いました(笑)。
男性陣は基本スーツなのですが、それも多分現代の着こなしとはちょっと違うんですよね?
私はファッションには詳しくないので良くわからないのだけれど、
スーツのラインがちょっと違う気がしました。
なんというか、雰囲気が宝塚のポスターで見る(実物は見たことない)男役さんみたいなんですよ!
プログラムを読むと、もともとこの演目は宝塚で上演されていたのですね。
瀬奈さや杜さんの写真がちょこっと載っていたのですが、そうそうこういう感じ!と。
えーと、何というかある意味ファンタジーというか、
こんな雰囲気のある素敵な男性はリアルには絶対いない!という感じ?(笑)
なのに、それを違和感なく着こなせる井上くんって凄い・・・!(笑)

タイトルロールの井上くんは、そんなちょっと現実感のないファンタジー的な男性を、
非常に静かに、丁寧に、けれど青い炎のような熱さと揺らめきを感じさせる佇まいで熱演されていました。
個人的には、ギャツビーという男を、私は良く理解できなくて。
デイジーに向けられる想いが、一途な純愛なのか、危険な妄執なのか、
1幕を観終わったときには判断できませんでした。
いつでも彼女を迎え入れられるように、全てを整えておきながら、ひたすらに待つことしかしないギャツビー。
再会したデイジーをその手に抱きしめながら、けれども決して彼女を奪い取ろうとはしないギャツビー。
マフィアの一員として犯罪に手を染めながら、決して麻薬売買には関わろうとしないギャツビー。
その行動のどれもが、どこか中途半端なもののように感じて。
それが、罪の意識から来るものなのか、
求め続け手に入れたものが既に失われていると知るのを躊躇いなのか、
手に入れたはずのものを再び失うことへの怖れなのか―――私にはわからなかった。
終盤、人身事故を起こしたデイジーを守るために、
全ての罪を背負って(とはいえ警察に手を回すつもりだったみたいだけど(^^;))、
そのことを理由にデイジーから離れることを決断したギャツビーは、
私にはなんだかほっとしているように見えて―――
多分♪ギャツビーの回想 だったと思うのだけど、歌う彼の姿も、表情も、声も、
どんどん浄化されてどんどん透明になっていくように感じました。
ああ、彼は、この再会が、この温もりが、一瞬の夢であることが最初からわかっていたのだと、
腕の中にいるデイジーが、既にかつてのデイジーではないことを知っていたのだと、
デイジーを狂おしいほどに求めながら、常に彼女に逃げ道を与えていたのだと、
何だか訳も分からず納得させられてしまいました。
更には、最後に若い日のギャツビーが描かれて、やっていることの大小はあれど、
彼はこのころから何一つ変わっていないんだな、と思ったら、
彼が歩んできたまっすぐな道が、すっと目の前に現れたように感じました。
大切なもののために、欲しいもののために、一つずつたゆまなく努力を積み重ねていく男だったんだなあ、と。
その一途さがなんだかとても愛しくて―――とても、哀しくなりました。

夢咲さん演じるデイジーは、何というか罪深いってこういうことなんだな、と思ってしまうお美しさでした。
人から羨まれるような何不自由のない結婚生活の中で、けれど満たされない心。
その時に目の前に現れた、かつて愛し、理由もわからずに離れ離れになった男。
以前と同じ・・・それ以上の熱情を持って自分を見つめる男の手を取ってしまう彼女は、
でも、自分自身は5年前とは変わってしまっていることに気づいていたんだろうなあ。
二人の出会いから短い蜜月のシーンが、本当に明るくて無邪気で幸せに満ち溢れている分、
再会した二人が交わす視線や言葉、重ねられる手の温もりの微かな相違が、
なんだかとても切なくて、それだけでちょっと泣けてしまいました。
昔の恋に対する男と女の違いって、良く本とかドラマとかでも描かれるけど、
それってこの時代から変わらなかったんだなあ、としみじみ思ってしまったり(^^;)
結果として、彼女は大きな代償を払い、
決して消えない罪を背負って生きていかなくてはならないのだけれど・・・
ギャツビーの葬儀に現れたデイジーが背負う闇に、なんだか戦慄する思いでした。

デイジーの夫、トム役は広瀬くん。
え?これ、広瀬くん??ってちょっと目を疑っちゃうくらいのヒールっぷりでございました。
でも、個人的にはこれまで観た役の中では一番に合ってる気がするし、
一番生き生きして見えました(笑)。
いえ、獰猛な笑顔のティボルトも、優しく誠実なフェルゼンも似合ってたんですけどね。
でも、トムが尊大で傲慢で大雑把で(笑)、
思いっきり身勝手なのに愛情だけは真摯、という在り方だったからこそ、
見る側はデイジーの“罪”に理由をつけることができたし、
ギャツビーの純愛を応援したくなる気持ちになれた・・・のかもしれないな、と(^^;)
うん、またこういう役の広瀬くんが見てみたいなあ。

ニック役の田代くんも、なんというか凄くお似合いでした。
基本的には傍観者の立場なんだけど、終盤、ギャツビーに向かって一歩踏み込む姿に、
ギャツビーと一緒にちょっと救われたような気持になりました。
彼の「誇りに思う」という言葉と、それを聞いた瞬間のギャツビーの淡い笑み、凄い良かった。
できればジョーダンと幸せになってほしかったなー。
タンゴを踊っている時の二人の距離の縮まり方にちょっとときめいたし、
♪恋のホールインワン の二人はとっても可愛かったので。
でもまあ、仕方ないか(え)。

ジョーダン役のAKANEさんが、もうとんでもなくお美しくて、ちょっとどうしようかと思いました!
あの髪型、凄いお似合いですよね。
でもって、歌声も相変わらず素晴らしいし、
ゴルフの試合の時のコメディタッチの表情の豊かさもキュートだったし、耳福眼福でございましたv
ニックとは違って、デイジーの選択に対して一定の距離感があるというか、
踏み込まないことで彼女に寄り添っている感じが親友なんだなあ、と思って見たり。
まあ、この事件のあと、二人の友情がどうなったかは描かれていませんが(^^;)

マートル役の蒼乃さんは、アルジャーノンでフェイを演じてらした方ですね。
今回も生きる力に満ち溢れた役。というか、蒼乃さんの持ち味がそういう感じなのかしら?
彼女のこの生命力に、トムも心惹かれたんじゃないかな、と思っちゃった。
夫に対する裏切りは褒められたことではないし、愚かな所業だけれど、
それでも、デイジーよりも彼女の“愛”の方が純粋だったように思うのは私だけかなー。

マートルの夫、ジョージ役は畠中さん。
拝見するのは久々ですが、相変わらず渋くて素敵な歌声でございましたv
ギャツビーの愛情が、最終的に妄執ではなく純愛だと思えたのとは裏腹に、
ジョージの“愛”は、最初純愛だと思ったのに、どんどん怖くなっていったなあ。
なんというか、この人は見たくないものは見えない人なんだろうな、と思った。
見たいものだけを見て、信じたいものだけを信じる。
それはまさに妄執で―――
終盤、ギャツビーと対峙した時の、二人の表情の対比に、ちょと背筋が寒くなる思いでした。

ジョージと男たちが灰の谷で歌うシーンで、
請われた眼科の看板の丸い眼鏡をかけた大きな眼を、ジョージは「神の目だ」と言うのだけれど、
この“神の眼”の表現、凄まじいな、と思いました。
照明のニュアンスで、その眼の色合いが違って見えるのもインパクトあったし、
あと、舞台セットの大きな枠が正円になったり、重なり合ってアーモンド型になったりするのですが、
そのどれもが“神の眼”のように感じられて・・・
なんというか、常に彼らを見つめている存在があるように感じました。
圧巻だったのが、終盤の事故の情景を描いたシーン。
二つの正円のそれぞれに車を運転するデイジーと、
その車をトムのものと誤解して飛び出してくるマートルがいるのですが、
まさにそれが“神の眼”が見ている光景のように思えて、ちょっとぞっとしました。

この物語の登場人物は、誰もが罪を背負っているように思います。
描かれる事柄は、倫理的には決して正しいとは言えないことばかりで、
現実にあったら、絶対に許せないことだと思う。
でもね。
ギャツビーの選択を見守っていると、
正しいことが全て正解ではないこと、
正しくないことが全て間違いではないこと、
正しくないことが全て悪ではないこと、
正しくないからこそ、救えるものが―――辿りつける場所があること。
そんな良くわからない考えが浮かんできて、なんだかひどく曖昧な気持ちになりました。

そんな感じで、後味が良いとは言えない物語ではありましたが、
なんというか、凄くいろんな色合いの純粋さを見せてもらったなあ、と思いました。
うん、ちょっと宝塚版も観てみたくなった(笑)。

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