空と海が一つになる場所

今、長野で開催されている東山魁夷展では、唐招提寺の障壁画の一部も公開されています。
少し明度の落とされた照明の中、目に映るのは鮮やかな海。
その前に立った瞬間、周囲のざわめきと入れ替わるように、
私は確かに濤の声を聴きました。

黒い岩肌に砕ける波。
緩やかに描かれる波紋。
潮風に耐える松の緑。

12枚の襖に描かれているのは海の青さだけだけど、
その向こうには、異なる青を映した空と、
そこに浮かぶ白い雲と、
そして、二つの青が出会う場所が確かにあった。

鑑真和上が越えてきた海は決して穏やかなものではなかっただろう。
明るい青の世界だけではなく、
底の見えない暗い海も、のしかかるような黒い雲にも出会っただろう。
けれど、空と海が一つになる場所を越えて、和上はこの国に降り立った。
その日の海が、この絵のように鮮やかで、強くて、優しくて、そして光に満ちたものだったらいいのに。
たとえ、鑑真和上の目に映ることがなかったとしても―――
そんな風に思ったら、本当に自然に涙が溢れました。
さすがにその涙は零れ落ちる前にふき取ったけれど。
そして、その時、私の中で流れていたのは、「道元の冒険」1幕ラストの曲でした。

鑑真と道元では、その時代も立場も志も全く異なっているでしょう。
この曲を思い出したのは、たぶん私の気持ちの何割かが、
「道元の冒険」に持っていかれたままだったからなのだと思います。
でも、私はこのシーンもこの曲も大好きで・・・
だから、大好きな東山画伯の絵を見て、この曲を浮かべられたことが、なんだかとても嬉しかったのでした。



「道元の冒険」

2008.7.27 マチネ シアターコクーン 2階C列10番台

作:井上ひさし
演出:蜷川幸雄
音楽:伊藤ヨタロウ
出演:阿部寛、栗山千明、北村有起哉、横山めぐみ、高橋洋、大石継太、片岡サチ、池谷のぶえ、
    神保共子、木場勝己、手塚秀彰、茂手木桜子、金子文、赤石伸一


そんなこんなで、結局毎週渋谷に通ってしまいました(笑)。
でも、何度見ても飽きることは決してありませんでした。
最後の観劇は、全体が見える2階席。
この舞台、近い席で役者さん個人個人の演技を見るのも楽しかったですが、
後ろの席から、全体の配置や照明の堅実な多彩さを見るのもとても興味深かったです。

まず、「波羅蜜多ソング」の振り付けは遠くから見ると本当に圧巻!
モノトーンな衣装と白々とした照明の中で、
鮮やかに翻る赤と黄色は、とても印象的だし美しいなあ、と思いました。
何より、役者さん方、経典を操るのがめちゃくちゃ上手になってませんか?!
洋さんは結構最初から90°以上の角度で蛇腹になってて、
上手だなあ、と思っていたのですが(欲目じゃないですよ!/笑)、
他の方々も、確実に動きが大きくなっている気がしました。

それから、余興の中で出てくるお寺を示す照明の多彩さ。
窓の格子の形も、差し込む光の向きも、凄く細かく表現されてるな、と思いました。
一番印象に残っているのは、「風鈴の唄」のシーンの、細く斜めに差し込む光。
暗い舞台の上に差し込む二条の光はとても暖かで―――
それが、まるでその時の道元の心の中そのもののように感じられて、
なんだかとても切なくて、そして安らかな気持ちになりました。

そして、1幕最後のシーン。
少年道元が宋へ旅立つことを決めた瞬間、青い波が舞台を横切り、
歌が終ると同時に、その海は舞台全体を覆いました。
揺れる荒波。
けれど、その海は明るい鮮やかな青。
徐々に闇に沈む空に瞬く無数の星々―――本当に素敵でした。
この舞台の中で、好きなシーンは沢山あるけれど、
実はこのシーンが一番好きかもしれません。

好き、といえば、余興の前に僧たちが歌う「道元禅師半生記」(曲名違うかも・・・/汗)も、
すっごい好きだったんですよねー。
あの、わらべ歌のようなフォークダンスのような(笑)振り付けも良かったし。
2階席では、ちょこっと手拍子が起きてました。
私もしていたのだけど、あまり広がらずに終っちゃってちょっと残念。
それにしても、この時の洋さん、ほんとにめちゃくちゃ可愛かったですv(え)
あと、この歌、全然違う状況で3回歌われるんですが、その時々の心情がとても良く伝わるんです。
1回目は、この余興をやって大丈夫かな?と思いながらも、少し茶目っ気のある楽しそうな雰囲気。
2回目は豪雲に脅された後の震えが止まらないままの、恐怖で半分やけくそになった雰囲気。
3回目は、余興を全て終え、師を喜ばせることが出来た達成感での全開の笑顔。
でも、この最後の笑顔は、それだけではないような気がするのです。

前回感想を書いたとき、この余興は僧たちの変則的な修行でもあったのでは、と書きましたが、
今回観ても、やっぱりそう思ったのですね。
道元が、目の前に繰り広げられる自身の半生に共鳴すると同時に、
僧たちも、ふとした瞬間に道元と交感している。
最初は禅僧二が演じる少年道元が、
質問の答えに窮して道元を振り返ることにしか気づかなかったのですが、
義介が演じる青年道元も、確かめるような目線を道元に送っていることに初めて気づきました。
でも、義尹が演じる壮年道元は、まったく道元と目線を合わせないのです。
けれど、視線を交わす以上に、壮年道元と道元の気持ちは共鳴していた。
そして、道元の全ての師を演じた懐奘は、いろいろなシーンで、何度も道元を見つめていた。
交し合う視線から受け取る何か。
視線を交わさなくても、重なり合った気持ちから受け取る何か。
この余興の中で、各々が一つの到達点に達したのではないか・・・そんな風に思いました。

でも、結局この余興も、道元の葛藤も、夢の中の男も、
みんなみんな道元さんたちが見た夢でしかないのですよね。
あ、今回は途中で横切る看護夫さんも見落としませんでした!(笑)
横切るとき、看護夫さんは微笑んでいるように見えました。
そして、それを見る道元は、なんだかとても不快そうな、訝しそうな顔をしているように見えました。
この短いシーンは、彼らの”夢”と”現実”、”正気”と”狂気”が交わる瞬間なのでしょうか。
最後のシーンを、やっぱり私は理解しきることができなかったように思います。
見終わった瞬間は、こういうことなのかなあ、と思ったりもしたのだけど、
それは時間が経つにつれて曖昧になっていって・・・
結局、私の中に残るのは、あの暗闇での孤独と恐怖だけ。
でも、このお芝居はそれでいいのかもしれないな。
打寄せては引く波のような井上さんの言葉の一つ一つを受け止めることは私にはさすがに無理で・・・
でも、その怒涛の言葉の波と、その波を彩る役者さんの光と、蜷川さんの重力から出来上がった、
3時間の夢のような、狂気のような舞台の中で、私の中に残ったものがあった。
それは確かなことだから。


最後だったので、全体での印象的なところをつらつらと書いてみました。
もちろん、役者さんお一人お一人も、とっても見ごたえがありましたよ!
森を見るか枝葉を見るか、こんなに悩む舞台も珍しいかと(笑)。
今回特に印象に残ったのは、やっぱり鶏の元気さですかねー(え)。
いえ、本当に凄い元気で・・・笑顔で乗り切った横山さん、ほんとに凄いです!
あとは、懐奘に遮られた鷹司が二階席にも聞こえるくらいの舌打ちをしてるのとか、
片岡さんの木魚の叩き方の鋭さが素敵vとか、
漢字対決の時に、北村さんの顔に結構大きく墨がついていて、
それを洋さんが笑顔でつっこんでた、とか、
大石さんの老典座がますますかくしゃくとした老人になってる、とか、
青年道元に下手から走り抜けて鉄拳を下す時、洋さん満面の笑みなんだ!とか、
「月の砂漠」のシーンの洋さんのお姫様と王子様は絶品(え)!とか、
卓球シーンで、とうとう道元の口にピンポン玉がはまり込んでたとか、
「小さな火花も~」のシーンで阿部さん道元は号泣してたんだ!とか、
「風鈴の唄」の時に、洋さんが入り込みすぎて曲と全然合ってなかったとか・・・
うーん、やっぱり洋さんに傾きますな(笑)。

でも、「風鈴の唄」はほんとにドキドキしました。
演技としては全然破綻してないし、というか私的にはめちゃくちゃ感動したし、
歌声そのものはとてもしっかりしていて聴き応えがあったのですが・・・
こういうとき指揮者のいる生演奏なら、合わせてくれるのかなあ・・・って無理ですかね?(笑)

それにしても、洋さんと北村さんのコンビって、なんだかとってもツボでしたv
これまで私が見た舞台では、洋さんと直接絡む役って、
吉田さんとか、壌さんとか、堤さんとかの、わりと年上の方か、
小栗くんや藤原くんみたいに若い子が多かったように思うのですよね。
北村さんとは同年代だから、ただ仲良く、という風にはなりにくいかもしれませんが、
お二人とも全く違う魅力のある役者さんですし、
お二人がいい意味でのライバルとして、また同じ舞台にたってくれるといいなあ、と思います。
それこそ、北島マヤと姫川亜弓みたいに・・・ってこの場合、マヤはどっち?(笑)
お馬鹿な戯言はさておき、真面目に、
今度はシリアスな舞台でお二人が正面からぶつかり合ったりしてくれると嬉しいですv
そんな舞台がいつかありますように!


さて、明後日(というかもう明日?)は「道元の冒険」in大阪開幕ですね!
同僚が夏休み期間中でなかったら、きっと行ってました、私(笑)。
もう、この舞台を生で観れないのが、本当に残念・・・でも、この舞台を観ることができて本当に良かった!!
大阪公演も怪我などのハプニングなく、
皆さんが楽しく”道元さんたち”を演じられますように。
遠くから応援しております!

そして私は後ろ髪を引かれつつ、怒涛の「ミス・サイゴン」週間に突入です!(え)

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この記事へのコメント

卯月
2008年08月02日 20:37
凄いです!素晴らしいです!
本当いろんなとこ観て、色々考えてるんですね。
すごいなぁ…尊敬しますo(^-^)o

私もこの舞台何回観てもあきることはありませんでした。

洋さんと北村さん、良いコンビですよね♪
私もこの二人が絡むとこはなんだか嬉しくなっちゃいます(*^o^*)
>シリアスな舞台で正面からぶつかり合って

大共感です!!


大阪はついに今日からですね。
キャストの皆さんが怪我なく千秋楽を迎えられることを私も祈ってます。
恭穂
2008年08月03日 16:20
卯月さん、こんばんは!
考えているというか、妄想暴走というか(え)・・・
そんな大層なことは全然書いてないのですが、
でも、楽しんでいただけたなら幸いですv

洋さんと北村さん、いいですよねーv
またお二人のお芝居が見れるのを、
一緒に心待ちにしていましょうね!
スキップ
2008年08月09日 02:02
恭穂さま
こんばんは。
>青年道元に下手から走り抜けて鉄拳を下す時、
>洋さん満面の笑みなんだ
あはは。その場面で転んじゃうんだから、
洋さん、ちょっと悔しかったかも(笑)。

観終った直後より、少し時間を経た今の
方が、物語をかみしめています。
こうして恭穂さんの数回に渡るレビューを
読ませていただいたお陰かもしれません。
あの人、そこでそんな表情してたんだ、とか。
洋さんの歌はともかく(シツコイ)、
「風鈴の唄」のシーン、ステキでしたね。
恭穂
2008年08月10日 19:34
スキップさん、こんばんは!
あの場面、実は毎回見るたびに、
転ぶんじゃないかとはらはらしていたんですが、
とうとう転んじゃったんですねー(笑)。
洋さん、きっと悔しかったに違いありません!

洋さんの歌は、それでも開幕直後から、
どんどん良くなっていってたんですよ(笑)。
まあ、周りにいるのが木場さんや北村さんですからねー(え)。
繰り返し観る方が魅力の増す舞台がありますが、
「道元の冒険」もそのタイプだったのでは、と思います。
私の記録が、ちょっとでもお役に立てたなら嬉しいですv

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