息吹

先週末のちょっと無謀な大阪遠征のつけなのか、
今週はなんだかとっても忙しくて、PCにゆっくり向かっている時間が取れませんでした。
さすがにこの年になると、超多忙な当直から体力回復するのにも時間がかかります・・・(笑)
いっぱいいっぱいの1週間の金曜日の朝は、数日前の暖かさが嘘のような冷え込みで。
でも。
ふと見上げると、通勤路にある大きな白木蓮の木には、空に向かうたくさんの蕾があり、
陽射しは、冷たい風を包み込むような強さを持ち、
空の色は冬の清冽な青に、春の柔らかさが混じり始めていました。
季節は確実に動いていて、また春が来るんだなあ、としみじみ思ってしまったり。

が、私の気持ちはまだ「CHESS in concert」に囚われたまま。
今月はもう観劇の予定はないので、もう暫くはこの余韻に浸っていようと思います。
大阪遠征の記録も、書きたいことはたくさんたくさんあるのですが、
そんなこんなでまだ書き始めることができません。
今日こそは!と思っていたのですが、ちょっとそれもできなくなってしまいました。

というのは、今日、職場である映画の上映会があって、
頭が痛くなるくらい真剣に観ちゃって、すっかり疲労してしまったのでした(汗)。

その映画は、「うまれる」

端的に言ってしまうと、妊娠と出産を扱ったドキュメント映画です。
でも、もっともっと広い意味を感じさせる映画でした。

子どもたちが持つ胎内記憶。
幼い日の記憶から、"親になる"ことに不安を持ちながら出産を迎えるご夫婦。
待ち望み、愛し育んだ命を、生まれることなく失ってしまったご夫婦。
限られた命の我が子と、一瞬一瞬を大切に生きるご夫婦。
長い不妊治療の果てに、子どものいない人生を受け入れたご夫婦。

それらの家族のありのままの言葉を、表情を、想いを、丁寧に丁寧に受け止めて作られた、
とても真摯で優しい上質のドキュメンタリーでした。
固い会議室の椅子の上で、身じろぎすることも忘れて見入ってしまったので、
終わる頃には背中がぴきぴきいってました(笑)。

ただ感動的なだけではなくて、いろんな難しい問題も、
"問題"という構えた形ではなく、自然な流れで提示されていました。
等身大の"家族"を見せることで、受け止める側に委ねている感じ。
たぶん、観る人毎にいろんな感じ方があると思います。


―――私は、これから先もたぶん子どもを持つことはきっとなくて。
それは私にとってとても大きな負い目であり、引け目であり・・・
だから、映画の中で、親になろうとする彼らが、親になっていく彼らが、親であり続ける彼らが、
凄く眩しくて、凄く羨ましくて、映画を観ている間、胸が痛んで仕方がありませんでした。
でも、その痛みを感じると同時に、
彼らのような人たちに、彼らの元に生まれた子どもたちのために、私ができることはなんだろう、
そう自然に考えている自分がいました。
そのことに気付いたとき、淋しいのになんだかほっとしてしまったの。

"親になることの出来ない自分"を、私は結局受け入れちゃったんだなあ、という淋しさ。
"医療者である自分"が、自然に存在するようになった、という安堵。

たぶん。
私はこれからもことあるごとに同じ痛みを感じ続けると思う。
この負い目や引け目が、私を苛み後ろ向きにさせることもあると思う。
"医療者"でしか在れない自分が嫌になることもあるかもしれない。
でも、私はこの痛みと共に生きて、この痛みがあることで前へ進んでいけるときもあるのかもしれないな。
そんな風に、感じました。



この映画は、DVDとかにはせずに、上映会で上映するかたちをとっているそうです。
そのコンセプトもHPに書かれていました。
確かに、観終わった後誰かと話をしたくなる映画かなあ。
私は、隣に座っていた妊婦さんな同僚のおなかに、
思わず「頑張って生まれておいで」と声をかけちゃいました(笑)。
けっこういろいろなところで上映会があるようですので、機会がありましたら是非。
お薦めですv

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この記事へのコメント

みずたましまうま
2012年02月18日 00:38
これ、ずっと見たくてなかなか機会のない映画なのです(泣)
地元に来るんですが、仕事が重なってまして。

私もおそらく親になることはない人間なので
負い目や引け目…うん、ありますね。

子どもがいないからこそ、できることもあるのだと考えてますけど。
恭穂
2012年02月18日 08:56
みずたましまうまさん、おはようございます!
私もずっと観たかった映画で、
思いがけず職場で観れてびっくりしています。

負い目や引け目・・・人としてとか女性としてとかもありますが、
一番はやっぱり親に対しての申し訳なさですかね。
子どもがいないからこそできること、というのは、
たしかにあると思います。
最終的には、いかに自分らしい生き方をするか、
なのかもしれませんね。
ザザのように「私は私」と胸を張れるように、
いつかなれるでしょうか。

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