ちょこっと記録

東洋医学的には、女性は7の倍数が変化の年、とCMなどでも言われています。
確かにこの前の7の倍数の時は、一気に体力が減ったなあ、と思ったりも。
ですが、次の7の倍数を迎える前に、今年はちょこちょこ体調を崩しました。
とはいえ、風邪がちょっと長引いたり、久々にぎっくり腰(笑)をやったり、という程度なのですけどね。
頭痛と胃痛にも悩まされましたが、これはもう肩凝りと同じで常に私と一緒にあるものという意識ですし、
一応今年やってみた脳のMRIでも大きな異常はなかったので、一安心。
そんな中、ちょっと個人的に記録しておきたいこともあったので、書いておこうと思います。
ほんとに個人的なことですが、そのとき自分がどんな気持ちになったのかの記録と、
あと、もし同じ状況になった人の参考に少しでもなればいいなあ、と思って。
あ、でも、非常に生々しいというか痛々しい(笑)話になりますので、ご注意を!
でもって、今は全然元気で問題ありませんので!(これ大事)



私の職場では、職場の健康診断を人間ドックに変えることができます。
もちろん自費での支払い分はあるのですが、補助も出ますし、
私も40歳になったら受けよう、と決めていました。
というか、胃の検査が嫌でそこまで延ばしてたんですね(笑)。
市のがん検診も基本的には40歳からだし、それでいいかなー、と。
で、今年意を決して受けてきたわけです。
オプションで脳のMRIとマンモグラフィーを足したのは、ほんの思い付きでした。
結果的には、一番の懸念事項の胃内視鏡も、経鼻だったこともあって何とかクリア。
(それでも精神的ダメージは結構強かったですが・・・/汗。まあ、これはまた別の話。)
高額なだけあって、病院のホスピタリティも過剰なぐらいでしたし、
終わった後の付属のランチも美味しくいただいて、午後はちゃんとお仕事にも行きました。
帰り際にもらった血液検査は大きな問題はなかったし、
そのほかの結果は1ヵ月後ぐらい、とのことだったので、ひとまず私の中でドックは終わり、となっていました。

で、翌日の土曜日は観劇な週末。
腰を痛めた直後だったので、早めにホテルにチェックインして、
ソワレまで腰を重力から解放(つまり横になってた)していたところ、携帯に着信が。
見知らぬ番号でしたが、職場関係だとまずいと思って出たところ、昨日ドックを受けた病院から。

「乳がん健診で要精査となりましたので、ご都合の良い日の予約を取らせてください」と。

一瞬何を言われてるのか分かりませんでしたが、
とりあえず勤務の都合のつく日の予約を入れて電話を切りました。
途中もっと詳しいことを聞きたくなったけど、かけてきてるのは事務の方のようだったし、
電話ではこの手の情報は話してくれないことは分かっていたので聞かず。

電話ではたぶん最後まで冷静に話せたと思うのですが・・・
いやー、その後結構動揺いたしました。
実は、がんって、特に乳がんはドックの中でも思いっきり想定の範囲外だったんですよ。
というのも、私の家族は3代前まで悪性腫瘍の既往が全くない。
でもって、一応仕事柄乳房の触診は自分で定期的にしてたんですよね。
で、生理前だけ触れるしこりがあることは分かっていたけど、生理になればなくなるし、
ドックもそのタイミングだったので、触診してくれた先生も「乳腺症だねー」と言ってたし。
マンモを追加したのもほんとに思いつきで、
撮ってる最中も、私のなけなしの胸を挟めるなんて、技師さん凄いなーとか、結構痛いなーとか、
正直義務的に行っただけで、まったく危機感はなかったんです。
その自分の甘さを突きつけられたような気持ちになりました。
でもまあ、ほんとに急ぎだったら1週間後の予約とかにはしないだろうし、と自分に言い聞かせて、
その日も翌日もふとした瞬間にちょっと考えたりもしつつも、観劇も突発的なライブも楽しんでいたわけです。


で、1週間後の受診。
見せてもらったマンモには、はっきりと分かる石灰化がありました。
左側に、昴みたいに小さい石灰化の集蔟。
「片側」の、「集蔟した」「石灰化」はカテゴリー3、つまり「良性、しかし悪性を否定できず」になります。
これで引っかかったんだなーとこれはもう素直に納得。
で、同時に思い浮びました。
カテゴリー3では、5~10%が悪性である、という統計学的な事実。
その日は再度の診察(生理後だったので、しこりは小さめ)と、
もう少しはっきり映るマンモの取り直しとエコー検査をしました。
石灰化は同じ。
エコーでは、小さなのう胞が見られるけど、石灰化の位置かどうかはわからない。
で、当然のことながら、これだけでは良悪の区別はつきません、ということで、
1週間後に造影MRI検査を行うことになりました。

そして、1週間後のMRI。
いやー、結構辛かったです。
いえ、身体は全然辛くないんですよ?
造影用のルートを確保するのはちょっと痛かったですが、看護師さん上手だったし。
(でも、普段23Gしか使わないので、22G針の大きさは実際刺されると結構衝撃でしたが/笑)
胸がはまり込むような台の上にうつ伏せで乗っかって、両手を頭上に組んで、その手にコールボタンを持って。
音の大きさは知ってたし、うつ伏せで周りが見えないから器械の圧迫感もないし。
撮っているときに、その部位に熱さを感じたのにはちょっとびっくりしましたが。
造影剤を入れるときも、予想していた体の熱感は私は全然なかったし。
でも、何もできずにじっとしている間、凄いいろんなことを考えちゃうわけですよ。

1割に入ったらどうしよう。
両親になんて言おう。
入院なんていうことになったら、仕事はどうしよう。
今任されてる事業、誰にお願いすればいいんだろう。

そういうことを延々と考えちゃうわけですね。
で、検査が終わって帰宅する車の中でも、その思考は止まらなくて。
それどころか、どんどんマイナスの方に行くわけです。

任されてるって言ったって、私がいなければいないで仕事は誰かが問題なく引き継いでくれるのだろうし。
というか、私って誰かに必要とされてるのかな?
私がいなかったら家族は泣くだろうし、友達も悼んでくれるだろうけど、
でも、それは"私"じゃなくても同じなんだから。
"私"じゃなきゃ駄目、という人はいない。
だって、自分でそういう人生を選んできたんだから―――
で、最後の最後。
死んじゃってもいいかな、って、ふと思っちゃったわけです。

これ、実際に闘病されてる方が読まれたら、ものすごく失礼だし傷つける傲慢な言葉だと分かっています。
でも、この時は、仕事でもプライベートでも、いろいろ困難なことがあって、
もともと低い自己評価が更に低くなっていたというか・・・なんだかもう頑張る気力がなくなっちゃってたんですね。
で、思考はどんどん進んでいって。
両親の老後は弟もいるし、私の保険金も入るし。
仕事は、トップにだけ伝えて、他の人には伝えないで欲しいな。
治癒の可能性が低いんだったら、誰も知っている人のいないホスピスとかに入ろうかな。
後を弟にお願いするんだったら、どこに何を纏めればいいかな。
友達にはどのタイミングで伝えてもらおうかな。
そんな風に妙に具体的にいろいろ考えてしまいました。
既にとってある来年の舞台のチケットの嫁ぎ先のことまで考えるあたり、冷静なんだかそうでないんだか(笑)。
健診で引っかかったくらいで大袈裟な!って、今思うと笑っちゃうんですけど、
そのときは結構(自分では)真剣に(ループに嵌ったみたいにぐるぐると)考えてたんですね。
でも、全部が済んでから同僚に話したら、「私は遺書を書いた」と言われました。
結果がはっきりするまで結構時間がかかるし(私は2ヶ月弱かかりました)、
多かれ少なかれ、みんないろいろ考えちゃうんだろうな、と思います。
まあ、入院とかすれば1~2週間で結果は出るんでしょうけど、なかなかそうはいかないですよね。
私の場合、結果が出るまで誰にも言わない、って決めてたし。
(でも、さすがに有給が続くと上司には言わないわけにはいきませんでしたが)

そんなこんなで、10月の末から11月の半ばぐらいまで、非常にマイナス思考にはまり込んでいました。
しかも、この時期に観た舞台が、「メリリー~」にしろ「イーハトーボ~」にしろ「ショーシャンク~」にしろ、
生きること、そして死んでいくことを真正面からつきつけてくるようなものばかりで・・・
このあたりの観劇記録を読み直すと、思考がジェットコースター並みに迷走しているのが丸わかりです(汗)。
でも、この状況の時にこれらの・・・特に「イーハトーボの劇列車」を観ることができたのは、
結果的には凄い自分にとって収穫だったな、と思う。

それから、ユニゾンの新譜とDVDにも助けられました。
斎藤さんの「大丈夫だよ」を聞いて、車の中で突然涙が溢れたこともあった。
DVDを観た時、アンコールの♪ライドオンタイム の彼らと客席を見て、
この幸せに溢れた空間を創り出す彼らのこれからを、もっとずっと見て行きたい、
彼らが創り出す世界を感じたい、
そう、湧き上がるような気持ちがあって―――号泣してしまいました。
たぶん、この瞬間に心の向かう方向が少しだけ変わったんだな、と思います。

で、こんな風に思考が少しプラスに傾いたところで、MRIの結果が出ました。
乳腺症と思われる像はあるけれど、悪性を示唆する造影効果はない。
でも、MRIは100%ではないから、生検が必要なので大学病院に紹介。
・・・まあ、想定内の結果ではありました。
この時には気持ちも落ち着いていたので、先生の立場だったらこうとしか言えないよね、とも思ったし、
電カルに四苦八苦しているおじいちゃん先生に、思わず手助けしたくなっちゃう余裕もありました。
余裕があった、というのは、MRIの結果がとりあえず良かった、というのもあるし、
ここまで来たんだから、ちゃんと白黒つけよう、という覚悟ができていた、というのもあります。

というわけで、それから2週間後、ホテルで電話をもらってから1ヶ月ちょっとで、大学病院受診となりました。
実は大学病院は昔1年だけ勤めたことがあったので、知ってる先生だと気まずいなあ、と思ったのですが、
診て下さったのは、同い年の女性の先生で、一安心。
もう1回マンモグラフィーとエコーをやって、
位置的に生検はうまくできないかもしれないし(マンモからだとかなり上方外側っぽいよう)、
マンモで経過観察もできるけど、どうする?と聞かれました。
確かにその方法もあるけれど、そんなにしょっちゅう仕事は休めないし、
やっぱり白黒つけて欲しかったので、位置決めで駄目なら中止ということで、
1週間後に生検を行うことになりました。

行ったのは、マンモトームという検査。
エコーやレントゲンで位置を決めて、そこに針を刺す、というもの。
私がやったのは、座ってするレントゲンのタイプでした。
いやー、緊張しましたよ。
だって、検査前の血圧、140越えてたもの(笑)。
検査を終えて帰る直前の血圧はふだんと同じ120弱だったので、ほんとに緊張してたんだと思います。

検査は、マンモと同じような感じで乳房を板で挟んで、レントゲンでxyz軸から位置を決めます。
マンモをやった方はご存知だと思いますが、マンモって結構痛いんですよ。
マンモトームは、マンモほど痛くはなかったのですが、それが30分くらい持続するわけで(汗)。
でも検査中一番痛かったのは、麻酔の注射でしたね。
局所麻酔薬を、10mlと注入するんですよ!
それなりに密な組織に10mlの体積を無理やり入れるわけですから、それは痛いです(涙)。
でも、その後は殆ど痛みはなかったので、局所麻酔薬って凄いなあ、と改めて思いました。
で、麻酔が効いたところで、検査用の針を刺すわけです。
身体を固定された状態なので、どんな器械なのかはきちんとは見えませんでしたが、
20×7×7cmくらいの四角いつつにボールペンの芯(3mmくらい?)くらいの太さの針がついているようでした。
これを器械本体につけて、レントゲンの画像から計算した位置に針を刺していくわけです。
説明書からすると、針はたぶん穴の開いた外筒と刃のついた内筒があって、
吸引して外筒の中に吸い込んだ組織を、内筒の刃で切り取ってとってくる、という感じなのかな。
採取している最中は痛みというよりも引っ張られている感じが強かったです。
で、たぶん3~4回採取をして、取れた組織に石灰化が含まれてるかレントゲンで確認して、
取れていたならあとは生検した部分に小さなクリップを挿入して、もう1回位置確認で撮像して検査はお終いです。
終わった後は器械から離れて圧迫止血。
ふと器械を見ると、結構流血した模様・・・器械と乳房にべったりと血液が付着していました。
それでもそのときは痛みは全然なくて。
止血が確認できた後、ステリーストリップ(細長いシール)で傷をくっつけるように貼りつけて、
パット付きのシールを貼って、その上から硬く巻いた3cm強のガーゼを当てて弾性テープで固定されました。
この固定は24時間は外しちゃ駄目。
当然この日はお風呂には入ってはいけません。
でもって、内出血は仕方がないですからねー、と明るく止血してくれた研修医らしい若い先生に言われました。
医療関係者、というプライド(笑)もあるので、平気な顔をして笑顔でお礼を言いましたが、
内出血ってどの程度?と内心ちょっとびくびく(笑)。
終了後、30分外来で様子を見て、出血はないことを確認して帰宅となりました。

帰宅と言っても、実はこの日午前中の仕事を終えて、14時過ぎから検査、
でもって夕方から抜けられない会議があったので、そのまま職場へ戻りました。
説明書にあったとおり痛みもあんまりないし、固定はちょっとうっとうしいけど全然大丈夫!と思っていたのですが・・・
麻酔が切れる17時半頃から重いような痛みが徐々に強くなっていきました。
そこからは結構きつかったかなあ。
痛くて腕が上げられないんですよ。
私はカバンを左手で持つことが多いんですが、痛くて持てないの。
車を運転するときも痛いのですが、ハンドルを右に切るときが一番痛かった。
こういう風に痛みがあると、普段意識しないでどんな風に身体を使っているのかわかりますね。
帰宅してから痛み止めを飲んだけど、完全には痛みは引かなくて・・・(涙)
ツイッターで「痛い痛い痛いー!!」と叫んだのはこの痛みでした(笑)。
その節は、励ましてくださったお友達なみなさま、ありがとうございました。
その後着替えるときに見たら、明らかに左右で胸の大きさが違っていたので、結構内出血してるんだな、と。
寝ていてもどの姿勢でも痛くて・・・とりあえず左側臥位が一番痛くなかったのですが、
これは多分内出血している部分が腕で支えられてたからかな。

痛みはそれから数日続きました。
じっとしていても痛い、というのは翌日の夜くらいにはかなり軽減しましたが、
左腕を動かしたり、力を込めると痛い、というのは完全に消えるまで1週間位かかりました。
胸の左右差もそのくらいまではあったかな。
だんだん痛みは左胸の12時方向(上の方ね)に限局してきたので、
ああ、この場所を生検したんだなあ、と実感したり。
実は、今も腕を大きく振り上げたりすると、痛みというか引っかかる感じがあります。
傷自体は、5mmぐらいのちょっと盛り上がって色が違う部分があるかな、という程度で全然目立ちません。

で、痛みが引いてきた頃に、結果を聞きに大学病院へ。
入ってすぐに「大丈夫でしたよ」とさらっと言われて、
一瞬「大丈夫でしたか?」と聞かれたのかと思って「しばらく痛かったけど平気です」と答えたら、
先生に怪訝な顔をされました(笑)。

検査の時も思ったのですが、大人と子どもだといろんなことが全然違うんだなあ、と実感。
問診の仕方も、検査の時の消毒のしかたも、検査後の対応も。
案内とかも必要最低限というか、聞かないと教えてもらえない。
・・・これは大学病院だからかな?(え)
基本自己申告できるとか、免疫力の違いとかいろいろあるのだとは思いますが、
それで大丈夫なんですか?!とびっくりすることも時々ありました。
検査の最中も、麻酔を入れます、位置を見直します、検査を開始します、というだけ。
私の場合は仕事柄そこそこ知識があったので、いろいろ予想したりして疑問も少なかったけど、
見えないところで何か分からないことをされている、というのは多分凄い不安なんじゃないかなあ。
あ、でも、人によっては逆に事細かに説明されちゃう方が怖くなっちゃうか。
結果の伝え方については、こういう風にさらっと言う方がいいのかなあ、とかいろいろ考えてみたり。
今後の仕事に役立てられるといいなあ、とも思いました。

そんなこんなで、乳腺症の石灰化だったことがはっきりしたので、
マンモでの経過観察も必要なくなりました。
今後年1回健診をきちんと受ければ良いとのことです。
結構内出血してたっぽいので、出血後がまた石灰化しないかどうかも聞いてみました。
そうしたら、1年くらいはもやもやした像が写るかもしれないけど、検査で石灰化はない、とのことでした。


というわけで、トータル7週間くらいで、一応全部すっきりと終わることができました。
この間の気持ちの変遷を思うと、自分の弱さを改めて感じます。
強がって強がって生きていても、こういう状況でこんなにも弱くなっちゃうんだなあ・・・
それから、自分の傲慢さにもちょっと打ちのめされました。
大切なことを、たぶん私はものすごく見落としてきてるんだろうな、と思う。
自分にとって必要なこと、自分に求められていること、自分だからできること、
誰かから受け取るもの、誰かに伝えていかなくちゃならないこと―――
そういうことを、刹那的な意味ではなく、きちんと掴んで向かい合って生きていかなくちゃな、と改めて思いました。
あと、両親よりも早く自分が死ぬ場合があるということを、もっとちゃんと考えていかなきゃ、とも思った。
そうならないように健康には気をつけていこうと思うけど、不慮のことだってありうるわけで。
年末帰省したときに、そういうことも両親と話せるといいなあ、と思います。

なんだか決意表明みたいになっちゃいましたね(笑)。
でも、とりあえずマンモグラフィーはほんとにもっと受診率が上がるべきだと思う。
健診としては40歳以上となっていますが、それでも受診率は3割に達していないそうです。
私もそうですが、自分は大丈夫、という気持ちがやっぱりあるのかなあ・・・?
これはもう広く知られていることですが、乳がんの場合早期に発見できれば5年生存率は9割を超えていて、
でもって、早期に発見するためにマンモグラフィーがあるわけです。
過剰に拾い上げて過剰な検査をしてしまう、という可能性ももちろんあるし、
私の場合はそうだったかもしれないけれど、
でも可能性だけだったらそうでない(悪性である)可能性もあったわけですよね。
このブログは基本観劇ブログで、観劇をされる方は女性が多いわけで・・・
だから、辺境ブログではあるけれど、ここに迷い込まれた方の意識に、
このことがちょこっとでも入り込んでくれると嬉しいなあ、と思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

スキップ
2013年12月23日 21:30
恭穂さま
10月末から、そんな葛藤の日々があったのですね。
ご職業柄、冷静に記録されていることに感心する
ばかりですが、それとメンタルはまた別物ですので
精神的にはずい分ハードな日々だったと拝察いたします。
でも結果が良好で、何よりでした。

私事ながら、数年前、私も同じ要再検査となったことが
ありまして、生検まではいかなかったのですが、今も
年に一度の健診でマンモとエコーを受けています。

恭穂さんの決意表明(笑)、とても示唆深く読ませて
いただきました。ありがとうございます。
楽しい観劇の週末も親孝行も、まずは元気なカラダ
あってこそですものね。
お互い健康に気をつけて、充実した日々を過ごしたいですね。
恭穂
2013年12月25日 20:36
スキップさん、こんばんは。

改めて文章にしてみると、こんなに大袈裟に考えてた自分に苦笑してしまうのですが、やっぱりこういうことって結構ストレスになりますね。
スキップさんもご経験があるとのこと、やはり定期的な健診は大事ですね。
観劇は何気に体力を使いますし、年々体力は減っていきますし(笑)、お互い身体に気をつけて、これからも素敵な舞台と出会えるとよいですねv
みずたましまうま
2013年12月31日 23:26
何日か前に最初に記事を読んだ時は、本当に驚くとともに
コメントする言葉を見つけられずにいました。
少し気持ちが落ち着いたので、再びお邪魔しております。

どんなにご心配だっただろう、お辛い夜を過ごされただろう、あの時にそんなに痛い思いをなさっていたのかと…
それなのに毎朝ああして明るく前向きにツイートなさっていたのかと…
何といっていいかわからないんですが、ほんとに凄いなと思いました。
大変でしたね。1割に入らなくて本当に良かったです。

実は家族が同じ病で治療をしておりますもので
今回の記事は、私にとっても非常に勉強になるものでした。
職業人としても、患者家族としても、そしてこれから罹患する可能性を持つ人間としても。
書いてくださって、ありがとうございました。
恭穂
2014年01月03日 15:45
みずたましまうまさま

ご心配をおかけしてすみませんでした。
そして、あの時は優しいお言葉をありがとうございました。

とても独りよがりな記録なので、
ご不快に思われた点もあったのではないかと思います。
でも、少しでもみずたましまうまさんのお役に立てたなら嬉しいです。

健康は、当たり前のものではないし、
気をつけていたからと言って絶対に大丈夫なわけではないですよね。
そのことを心に刻みつつ、
お互いにこれからも積極的に人生を楽しめるといいですね。

この記事へのトラックバック