刃の向く先

孤独な雨雲が降らせた血の雨涙雨。
それに濡れる人たちに傘をさしかける男こそ、
もしかしたら、一番誰かの傘を必要としていたのかもしれない。



劇団☆新感線『髑髏城の七人』Season月 下弦の月

2018.1.27 ソワレ IHIステージアラウンド東京 28列40番台

出演:宮野真守、鈴木拡樹、廣瀬智紀、木村了、松岡広大、羽野晶紀、千葉哲也、
    インディ髙橋、中谷さとみ、中村まこと、伊達暁、肘井美佳、安田栄徳、藤家剛、工藤孝裕、
    井上象策、安田桃太郎、長谷川聖、青山郁彦、神田丈志、小笠原祐太、岩田笙汰、内田莉紗、
    大川真煕、北村たくや、小池亮介、後藤祐香、齋志野、樹麗、東松史子、中野順一朗、
    野田久美子、原田賢治、山﨑翔太、山﨑ちさと


というわけで、我慢できずに2回目の下弦の月、観てきちゃいました!
いや、1回目に観た時に、これはきっとどんどん化けていく!と思ったので、
どうしてもそれを確かめたくなっちゃって。
かーなーり強行軍になってしまいましたが(だって新宿でのマチネの終わりが17時(^^;))、
行って良かった、と心から思うくらいの化けっぷりでございましたv
2度目で流れがわかっている、というのもあったかもしれないし、
後方席で全体が見渡せたことで俯瞰して物語を受け止めることができた、
というのもあるのかもしれませんが、とにかくびっくりするほどの進化であり、深化でした。

宮野捨は温かさと哀しさが増し、
廣瀬蘭兵衛は美しさと危うさが増し、
鈴木天魔王は残酷さと狂気(とマント捌き)が増し、
羽野極楽太夫は情と覚悟が増し、
松岡霧丸は真摯さと明るさが増し、
木村兵庫は一途さと男っぷりが増し、
荒武者隊は純真さと優しさが増し、
千葉狸穴さまは底知れなさと潔さが増し、
伊達右京はトリッキーさと安定感が増し、
中村贋鉄斉は軽やかさと心強さが増し・・・

一つの物語世界として、なんというかある意味完璧なカタチができていたように思いました。

中でも今回一番私の中で衝撃的だったのが、宮野さんの捨之介。
これまで、私にとって“捨之介”という男は、大人で強くて自由で、
信長の影に囚われている天魔王や蘭兵衛を解き放つヒーローみたいな存在でした。
でも、この日の宮野さんの捨之介を見て、もしかしたら彼は全然自由ではなくて、
他の二人と同じくらい、いや、ある意味それ以上に囚われていたんじゃないか、と、今更ながらに思ったのです。
だからかな、霧丸に、蘭兵衛に、仲間たちに向けられる明るい笑顔や強い響きを持つ言葉。
その一つ一つに、なんて言ったらいいのかな・・・そう、“願い”のようなものがあったように思う。

地の男として、それこそ自由に動く信長の影として生きてきた捨之介。
信長を亡くし、もう影ではなくなったはずの彼は、けれど完全には自分と信長を切り離せてはいなかった。
信長の影に囚われた天魔王を、再びその影に呑みこまれた蘭兵衛を、真の意味で解き放とうとした捨之介。
彼らが降らす血の雨涙雨から人々を守ろうとした捨之介。
多分彼は、それができるのは自分だけだと思っていた。
自分が、やらなくてはいけない、と思っていた。
それこそが、自分の役目だと思っていた。
だから、義理も縁も捨てると言いながら、無意識の中で彼自身がそれを自分に科し、
どこかに潜み、いつか萌芽を兆すかもしれない信長の気配を探しながら、
彼は一人で生きてきたのかもしれない。

捨之介は霧丸に「その刃は明日に向いていなくてはならない」と言います。
これまで私は、捨之介の刃も明日―――未来に向かっていると思っていた。
でも、彼の刃は天魔王たちと同じように過去に向かっていたのではないか。
彼が他者に望む“未来”には、彼自身の姿はないのではないか。
霧丸に、兵庫に、太夫に、あれだけの強さで未来を、生き抜くことを求めながら、
彼自身は、自分の命がいつ果ててもいいと、
信長亡き後の自分は本体をなくした影法師だから、いつ消えてもいいのだと、
そんな風に思っていたのではないか。
そう感じてしまうほど、この日の捨之介は哀しみに満ちていたように思う。

けれど。
そんな彼を、霧丸が引き戻した。
刃の向かう先を、未来へと変えさせた。
蘭兵衛の選んだ道を見届け、天魔王を天から引きずり降ろして人に戻し、
生きてまた髑髏城の外で会おうと仲間たちと約束しながら、
この期に及んで家康に首を差し出そうとした捨之介を、
その言葉で、その笑顔で、その生命力で、霧丸が引き戻した。
引き戻された後の、呆然として抜け殻のようになった捨之介が、
だんだんと感情を、表情を、力を取り戻していく様は、ただそこにいるだけなのにとても鮮やかで。
ああ、これでやっと捨之介は自由になれたんだ、と。
この物語は、捨之介が解き放たれるための物語だったんだ、と。
なんだか初めて実感した気がしました。

うーん、これってほんとに今更な感覚で、これまで私は髑髏城の何を見てきたんだ?!という感じだけど、
でも、遅くても今更でも、そのことに気づけて良かったなあ、と思っております(笑)。


そんな感じで、もしかしたらこの物語のヒーローは彼だったんじゃないかという松岡くんの霧丸!
初回に観た時と同様に元気いっぱい体当たり!という感じが清々しくてv
でも、それに加えてぶれない真摯さというか、強い信念のようなものが感じられた気がします。
なんというか、お日様みたいだった。
劇中で、捨之介が天魔王を雨雲に例えるけど、彼にとっては霧丸はお日様だったんじゃないかなあ。
霧丸が、捨之介を信じていく過程もまっすぐに伝わってきたので、
彼が捨之介を解き放つということが凄く自然に見えました。
でもって、百人斬りも凄くスムーズで説得力のあるシーンになってました!
前回感じたぎこちなさとか違和感が全然なくて、めっちゃワクワクしたし、
彼らの信頼関係がびしばし伝わってきたように思います。
本当にこの進化は素晴らしい!
そういう、本当に未来とか光とかを感じさせてくれる霧丸だったので、
彼が最後に駆けだして行ったあとの空っぽの空間の静寂が、
寂しいものでも空虚なものでもなくて、可能性に満ちた場所のように感じられたのも良い後味でしたv


でもって、廣瀬くんの蘭兵衛は、ほんとに綺麗で危うい存在になってました。
前回観た時も十分綺麗だったのに、さらに増してくるってどういうこと?!(笑)
なんというか、この蘭兵衛は堕ちるべくして堕ちたんだなあ、と思ってしまった。
前回見た時は、天魔王が彼の中の虚を暴いた、と書いたけれど、
今回は、蘭兵衛自身がこの未来を望んで選んだんだ、と感じました。
多分ね、最初に天魔王とまみえた瞬間に、既に彼は自分の向かう先を決めてしまっていたように思う。
捨之介の言葉に頷き、太夫たちと微笑み合いながら、
もうあの時点で彼の心の何割かは、天魔王の―――彼のもとに在る信長の気配に堕ちていた。
それは、信長に対する思慕なのか、執着なのか、後悔なのかわからないけれど、
彼は、そう在る自分こそが、自分である、と選んだんだと思う。
無界の里での、太夫たちとのやりとりは前回観た時よりもずっと親密さが増しているように見えたのに、
なんだかそんな風に強く感じてしまいました。
一人無界の里を去るときに、深く礼をする姿から感じた太夫たちへの気持ちは本物。
でも、無界の里で殺戮の限りを尽くしながら、「楽しい」と笑う彼も本物で。
そして、自分の中に消すことのできない“蘭丸”が居ることを、きっと彼はわかっていた。
それでも、髑髏城で天魔王の言葉を聴くまでは、彼は今の“自分”がそのどちらを選ぶのか、
確信してはいなかったんじゃないかな。
1幕ラスト、白い彼岸花の中で笛を吹き、刃をきらめかせる蘭兵衛は息を呑むほど綺麗で。
それは、殺陣の滑らかさが増しているとかだけではなくて(もちろんそれも凄かったですが)、
自分がどちらの未来―――あるいは過去を選んだとしても、
それを全うするという覚悟のようなものが感じられたからなのかな、と思う。


覚悟、という意味では、羽野さんの極楽大夫も凄かった。
やっぱり蘭兵衛とは恋愛要素はあまり感じなかったのだけれど、
それよりももっと切実なものがあったように思う。
なんて言えばいいかな・・・互いの命を背負う覚悟、みたいな感じ?
天魔王と共に在る蘭兵衛を見て、
「いつかこんな日がくると思っていた」というようなことを太夫が言っていたと思うのだけれど、
どちらかが過去に―――影に囚われた時には、どちらかがその始末をつける、
そんな暗黙の協定のようなものが、二人の間にはあったのかもしれないな、と思った。
太夫は、蘭丸の復讐のためではなく、蘭兵衛を救うために髑髏城に向かったのだと。
そして、蘭兵衛もそれを待っていたのではないかと、蘭兵衛の最後のシーンを観て思いました。
自分では決して断ち切ることのできない執着を太夫が断ち切ってくれる。
そういう深い信頼関係が―――互いへの深い情が、あったように思いました。
そう思ったのは、1幕ラスト、髑髏城に向かう蘭兵衛のシーンに流れる太夫の歌によるところが大きいかも。
2回目にしてやっとしっかり歌詞を聞き取ることができたのだけど、
あのシーンの綺麗さと相まって、なんだか凄い泣けてしまった。
捨之介をして「地獄を見てきた」と言わしめた太夫の過去が何なのかは語られません。
もしかしたら、太夫の方が闇堕ちする可能性もあったのかもしれないし、
その可能性はたぶん消えてはいないのだと思う。
でも、太夫はきっと大丈夫。
だって、兵庫がいるんだから。


木村くんの兵庫は、軽やかに笑いも涙もかっさらっていったように思います。
もしかしたら、私が思っているより年齢設定が低いのかも?とちょっと思った。
そのくらいなんだか可愛い兵庫になっていた気がします。
でも、男っぷりも上がってた、と感じる不思議(笑)。
ほんとに毎回思うのだけれど、兵庫と竜胆には幸せになってほしいです。
でもって、開幕からずいぶん時間もたって、アドリブも増えてきたんですかね?
兵庫がお父さんに会って、つい語尾に方言が出ちゃうシーン、日替わりアドリブなのかしら?
ちょっとグダグダな感じでハラハラしたのですが(え)、
「~ずら!」をつっこまれてごまかすとき、「太夫、今度ゴジラを観に行こう!」っていきなり言いだして、
何事?!と思ったら、「4月から公開される映画を観に行こう! 主役の声優さんが凄いらしい」・・・って、
主役、宮野さんじゃん!
宮野捨、苦笑いしながら客席にちょっとアピールして、
去っていく兵庫に向かって「ありがとー」って言ってました(笑)。

アドリブと言えば、贋鉄斉の庵のシーンも挙げないとですね!
生駒が頭に刺した刀が曲がって抜けなくなっちゃったみたいで、捨之介に取ってくれって頼むのだけど、
「ちょっと待って、頭皮が取れないようにするから!」って(笑)。
その後もしばらくわちゃわちゃしつつ、「あんまり伸びると怒られるから」って二人で言いながら、
なんとか流れを戻してました・・・あの後怒られてないといいな(^^;)
そんな中村さんの贋鉄斎は、なんだか出てくると凄い安心感がありました。
在り方もやっていることもあんなに突飛なのにねー(笑)。
どうしてかなー、と思ったのですが、信長をリアルで知っている人たちの中で、
彼だけが信長に囚われていないからなのかもしれないな、と思いました。
だからこそ、捨之介も迷わずに頼れたのかなー。
うーん、あの迷いのなさは剣花道のたまものなんだろうか・・・?(笑)


鈴木くんの天魔王は、1幕を観た時には強さと切実さが増していた、と思ったのですが、
2幕を観て増していたのは残酷さと狂気なのかも、と思いました。
それがあまりにもクリアで、贋鉄斎とはまた別の意味で、
前回観た時よりも迷いのなくなった天魔王だと思った。
彼が信長や蘭兵衛、捨之介に向ける想いについては前回と同じ印象だったのだけど、
それが更に明確になっていたように思います。
台詞がめちゃくちゃ聞き取りやすかった、というのもあるのかも。
前回は叫ぶような声の時は聞き取りにくかったのだけど、今回はそんなこともなく。
席の関係なのか、鈴木くんが劇場を把握したからなのかはわかりませんが、
遠目なのにも関わらず、天魔王の存在がぐっと迫ってくるように感じました。
彼の動き、台詞、目線・・・そういう一つ一つ全部に意味があるように感じられて、
これはゲキ×シネになったら観に行かないとなー、と思いました。
表情をつぶさに見てみたくなった。
天魔王が何を思い、何を望み、何を選んでいるのか、思いっきり深読みしたくなったというか。
そういえば、捨之介との対決のシーンは、天から人へと引きずり降ろされながらも、
今回はなぜか頼りなさとか痛々しさはあまり感じなかったなあ。
というか、彼が“負けた”という風にも思わなかった気がする。
私の、捨之介の受け取り方が変わったからかもしれないけれど・・・
もしかしたら、信長に仕えた3人の中で、彼が一番自由だったのかもしれないなあ。
この辺、上弦を観たらまた解釈が変わってくるかしら?

思うままに書いていたら時間切れになってしまいました。
この3人については、考えだすとほんとにきりがない。
機会が合ったらお友達と語り合いたいです。

最後に。
今回かなり後方席からの観劇だったのですが、
この位置から全体を見渡せると、舞台の広がりが創り出す空間の奥行きや、
映し出され細やかに動く映像の魅力が増すように思いました。
特に終盤、7人が逆光になるシーンは本当に本当に涙が出るほど綺麗で―――
というか、今回いろんなところでちょこちょこ泣けてしまいました。
とりあえず、後方席でも酔わずに観る方法を会得できて良かった(笑)。
次はいつ行けるかなー。

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