この空を共に。

一瞬の静寂の中舞台を覆い尽くした空色の布。
それはきっと、二人が夢見た空。


「マタ・ハリ」

2018.2.10 東京国際フォーラム ホールC 2回7列50番台

出演:柚希礼音、加藤和樹、東啓介、百名ヒロキ、栗原秀雄、和音美桜、福井晶一、遠山祐介、則松亜海、
    田村雄一、石井雅登、乾直樹、金子大介、木暮真一郎、後藤晋彦、彩橋みゆ、石田佳名子、
    神谷玲花、彩月つくし、花岡麻里名、松田未莉亜、吉田理恵


物語の舞台は20世紀初頭、第一次世界大戦の最中のパリ。
戦争の暗い影がヨーロッパ中を覆う中、眩い輝きを放ち続ける一人の女性がいました。
その名は、マタ・ハリ(柚希礼音)。
オリエンタル・スタイルの舞踊で人々を魅了した彼女は、
戦争の最中にも関わらず、多くの国で公演を行っていました。
そんな彼女をスパイとして利用しようとしたフランス諜報部のラドゥー(加藤和樹)は、
彼女の秘めた過去をちらつかせながら、自らの配下となることを迫ります。
そんな彼を一度は毅然と拒絶したマタ・ハリは、帰り道で一人の男と出会います。
しつこいファンに絡まれた彼女を助けてくれた若きパイロット、アルマン(東啓介)。
怪我をした彼を解放しつつ語り合った二人は、惹かれあいます。
しかし、実はラドゥーに命じられて彼女に近づいたアルマンは、
そのことを彼女に告げられないまま二人の関係に気づいたラドゥーにより、
前線へと送られ、偵察飛行に飛び立ったまま消息を絶ってしまいます。
一方ラドゥーの要求に応え一度だけベルリンでの諜報活動を行ったマタ・ハリにも、
フランス・ドイツ両国の思惑による破滅の時が近づいていて・・・

というような物語。
マタ・ハリ、という名前は知ってはいましたが、女スパイ、というくらいの知識しかなかったので、
第一次世界大戦という世界情勢に翻弄された一人の女性の半生の物語として、
とても興味深く観ることができました。

マタ・ハリ役の柚希さんは、以前からお名前だけは良く見かけていたのですが、
BEの時もご縁がなくて、舞台で拝見するのが今回が初めて。
冒頭、暗いトーンで描かれる戦時中の市民たちに差し込む一筋の光のように、
マタ・ハリが現れて踊り出した瞬間、その存在の鮮やかさにちょっと目を見張る思いでした。
もちろん、照明だとか、音楽だとか、そういう演出になっていたのだとは思うけれど、
そういうものを超えて、彼女の―――マタ・ハリの美しさとか、強かさとか、凛々しさとか、激しさとかが、
一気に伝わってくるようでした。
そして、それは人形のような無機質な美しさや強さではなくて、
体温の感じられる、血と肉の熱さが感じられる―――生命力、のようなものだと思いました。
「髑髏城の七人」の極楽太夫に通じるものがある感じ?
二人とも、「地獄を見てきた女」という意味では、同じ凄味があるのかもしれません。
その存在感は、あの時代では確かに“異質”だったのだと思う。
そして、その異質さが、市井の人々を、各国の要人を―――ラドゥーを魅了したのかな。

東くん演じるアルマンは、なんというか人懐っこい大型犬みたいな感じ。
刀ステ以外で彼を観るのは初めてでしたが、
あの大きな舞台の中で、しかもあの存在感の塊みたいな柚希さんの隣で、
自分の大切なものを見誤らずに、しっかりと自分の足で立つ男を見せてくれたのには、
ちょっと嬉しくなりました。
歌声も、ちょっと周りに紛れちゃう感じはあったけど、凄く良かったと思う。
にぱっという笑顔が本当に明るくて素直な感じで・・・ええ、マタ・ハリともども見事に騙されました(笑)。
でも、出逢い方以外では、彼はきっとマタ・ハリを騙してはいなかったんだろうな、と思う。
任務として近づいた彼女の中に、多分アルマンは自分と同じものを見つけたんじゃないかな。
自分の中にある大切なもの―――空への憧れ、自由への希求、そのための熱情。
そういうものと同じ純度の何かを、二人は互いの中に見つけて、だからこそ惹かれあったのかな、と。
アパートの屋上で夜明けを見つめる二人には、なんだか同じ輝きがあるように見えた。
そして、そのキラキラ光る何かは、ラドゥーにはないものだったのかな。

加藤くん演じるラドゥーは、なんというかめっちゃ中間管理職でした・・・(^^;)
膠着する戦況を打破するために、情報をせっつく上層部。
前線で命を掛けて戦う兵士たちの存在。
何万もの命を背負って、自分を律し、自分を押し殺し、情報を得る方法を模索する日々。
そんな彼が、駒として近づいたはずのマタ・ハリという異質な存在に魅了されるのは、
ある意味必然だったのかな、と思う。
その熱情も、その奔放さも、その眩さも―――自分にはない全てを持つ彼女を手にすれば、
自分も救われるかもしれない・・・そんな必死さのようなものが感じられました。
だから、非情で冷酷、というよりは、真面目で不器用な男なんだな、と思ったり。
そんな状況で、自分が命じて近づかせた男が、ちゃっかり彼女の心を奪ってたら、
それはキレるよねー、と思ってしまった(^^;)
で、またアルマンの行動が最後の最後まで見事にラドゥーの神経を逆なでするもので・・・
物語としては悪役なんだけど、ある意味彼も被害者なんだなあ、と思えてしまったのは、
加藤くんが演じたからなのか、ラドゥーという男がそういう役だったからなのか。
佐藤ラドゥーと加藤アルマンの組み合わせも観ればよかったなあ、とちょっと後悔しております。

そんな感じで、三角関係の物語というよりは、
マタ・ハリとアルマンの恋物語(+横恋慕するラドゥーの悲劇)という印象でした。
ラドゥーの存在に、マタ・ハリとアルマンの心は一度は離れてしまうのだけれど、
アルマンを探し出すために危険を承知でドイツに向かったマタ・ハリも、
伝えきれなかった真実の気持ちを彼女に伝えるために、彼女の裁判の場に乱入したアルマンも、
やっぱり似たもの同士だなあ、と思ってみたり。
これはもうラドゥーが入りこむ隙はないよね・・・
アルマンをその手で殺した後のラドゥーの背が、これまでで一番暗く弱々しく見えたのは、
彼もそのことを実感したからなのかな、と思う。
ラスト、独房から刑場に引き出されたマタ・ハリが舞うシーンは、
冒頭の舞との同じように美しくて、強くて、でも、ギリギリの緊張感があった。
私の席からは、ちょうど彼女を狙う銃が見えていて、いつその瞬間が来るのかの怯えながら、
でも、彼女の舞に魅了されていました。
そして、その瞬間―――空色の大きな薄布が、舞台上を全て覆いました。

空の中のような、光あふれるその空間の中央で、一人立ち、振り返るマタ・ハリ。
その顔には、穏やかな淡い笑みが浮かんでいて。
ああ、彼女の目には、アルマンが見えているのだな。
これから二人は、望み続けた通り、自由にこの空へと飛び立つんだな。
誰にも救いのない辛い物語だったけれど、
死でのみ成就する想いは決して幸せではないと思うけれど、
でも、この物語はハッピーエンドなのかもしれないな、と思いました。


そのほかの役者さんも少しずつ。

アンナ役、和音さん。
マタ・ハリの衣裳係、というだけでなく、彼女の唯一の味方のような存在でした。
でしゃばらず、押しつけもせず、でも、いつだってマタ・ハリを支え、彼女を勇気づける存在。
アンナが居たから、マタ・ハリはマタ・ハリとして生きてこれたのかもしれないな、と思いました。
彼女の過去には言及されないけれど、もしかしたら彼女も地獄を見てきた女なのかなあ。

そういえは、マタ・ハリの楽屋に、踊るシヴァ神の像が飾ってあって、
ちょっと「CIPHER」が読みたくなりました(笑)。

ピエール役、百名さん。
アルマンと同じ部隊で、偵察に行くこと=撃墜される、という状況の中、
脱走しようとする若い兵士の役・・・なのかな?
素直に描かれる切実さに心が痛みました。
で、彼を説得するときに長身の東アルマンが腰をかがめて顔を覗き込むのが、
なんだかとっても微笑ましかったりv
それにしても、結局帰還できたのがピエールの機体のみで、
マタ・ハリはじめパイロットの家族に取り囲まれちゃうのは、本当に切なかったです。
逃げ出そうとした自分だけが生き残るという残酷さ。
そのことに一番疑問を持ち、一番傷ついていたのは彼だったんだろうなあ。
あの後、ピエールがどう生きていったのかも気になりました。

ヴァン・ビッシング役福井さん。
マタ・ハリの後援者で、いいように利用されちゃうドイツ将校。
この人の方が、ラドゥーよりもよっぽど冷酷だなあ、と思ってみたり。
まあ、自分の屋敷で行ったパーティーを、諜報の現場として利用されたら、それは頭にも来るよね・・・
なんというか、この人は純粋にマタ・ハリのファンだったっぽい印象だし。
マタ・ハリに対する贋の情報を流すことを決めた後の笑みに、ちょっとぞっとしました。


笑みと言えば、この舞台セットで、舞台奥の壁は空のようになっていたのですが、
そこに絵がかれた雲の形が、笑いを浮かべる人の口元のように私には見えました。
懸命に生きる人たちを見下ろすようなその笑みはどこか歪んでいて・・・
朝焼けのオレンジに、昼間の明るい空色に、夕闇の前の紫に、夜の蒼に、
刻々とその色合いを変えていく空の中、変わらない歪んだ笑み。
マタ・ハリとアルマンは、あの笑みからも逃れられたのかなあ。
だとしたら、やっぱりこの物語は二人のハッピーエンドなのかもしれません。


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この記事へのコメント

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2018年02月18日 23:21
恭穂さま
「下弦の月」の記事をお訪ねしようとしたところ先にこちらが目に入り・・・(^^ゞ

「ハッピーエンドかもしれない」というレビューにハッとする思いです。
私は3回観たのですが、最初に観た時、何ともやり切れない物語なのに観終わった後、不思議な清々しさも感じたのです。
それはマタ・ハリの潔い生き方のせいかと思っていたのですが、恭穂さんのおっしゃるように空の彼方の2人が幸せだろうと思えることから来るのかもしれません。
ラストの演出は東京公演で少し変わったのですが、よりマタ・ハリの幸福感が色濃くなったように思います。
それでもやっぱり切ないですけれど。

佐藤さんラドゥー、加藤さんアルマンのバージョンはまた全く雰囲気が変わって、それもとても良かったので恭穂さんにもご覧いただきたかったです。
恭穂
2018年02月19日 22:10
スキップさん、こんばんは!

あのラスト、不思議と清々しさがありましたね。
マタ・ハリの生き様は本当に潔くて、その印象も強かったのだと思います。
ハッピーエンドの定義は未だに良くわかりませんが(笑)、この二人には(できればラドゥーも)幸せになってほしいなあ、と思いました。

大阪と東京ではラストが違っていたのですね。
Wキャストと同じく、どちらも観てみたかったです!
再演があったら、頑張ってチケット確保しようと思います。

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