離れゆく螺旋

人の目では見ることのできない、小さな、けれど無限の世界。
それを見ようとした彼女と彼らは、
けれど、目に見えるはずのものを見ることができなくなっていたのだろうか。


「PHOTOGRAPH 51」

2018.4.15 東京芸術劇場 シアターウエスト H列10番台

作:アナ・ジーグラ
演出:サラナ・ラパイン
出演:板谷由夏、神尾佑、矢崎広、宮崎秋人、橋本淳、中村亀鶴


ワトソンとクリックの名前を知ったのは、中学か高校の理科の授業。
二重螺旋という響きに、ちょっとわくわくしたのは、多分その頃読んでいた小説の影響もあるかもしれません。
今では仕事柄、二重螺旋も遺伝子も遺伝形式もDNAもRNAも日常の範囲に入ってしまっているけれど、
実際にそれらを学んでいた時には、目の前にある“事実”とされることを理解するのに精一杯で、
それが、どんな方法で、どんな熱意を持って、
どんなドラマの中で見つけ出され構築されていったのかについては、
あまり掘り下げて調べることもないままでした。
だから、私はこの人の存在を知らなかった。

ロザリンド・フランクリン。

ワトソンとクリックが、DNAの構造が二重螺旋であるということに辿り着くための、
直接的なきっかけとなったX線解析写真―――Photo 51を撮った人物。

この物語は、その世紀の発見に多大なる貢献をしながら、
科学の歴史からその名前をないものとされたまま早逝した女性科学者と、
彼女を取り巻く5人の男たちの物語でした。

彼女の共同研究者であるはずのウィルキンズ(神尾佑)。
彼女の助手であるゴスリング(矢崎広)。
彼女の研究に敬意を持ち、彼女の助手となるためにアメリカからやってきた研究員キャスパー(橋本淳)。
そして、何らかの事情で手にするはずのないPhoto 51を見て、
そして二重螺旋へとたどり着いたワトソン(宮崎秋人)とクリック(中村亀鶴)。

彼らが語る彼女の数年間は、彼女が置かれた厳しい状況―――
男社会の中で働く女性研究者が、そして第二次世界大戦直後のユダヤ人が置かれた状況と、
その中で、必死に、真摯に、緻密に、真実を見つけ出そうとする彼女の姿を、
鋭利な輪郭で削り出すようでした。
それは、多分現代にもつながる内容で。
そして、多分私が今いる分野では、きっと日常茶飯事に起きていることで。
だから、この舞台は観劇ファンとしても、医療関係者としても、女としても、とても興味深かった。
興味深くて、そして同時に距離感が上手くつかめなくて、ちょっと辛い部分もあったり。
なんというか、登場人物が全員知り合いに見えてきちゃって(^^;)
なので、この舞台について、どういうスタンスで記録を書けばいいのか、
わからないまま10日も経ってしまいました。
そしてそれは、今もわからないままです。

なので、今日は役者さんのことを少しずつ。

フランクリン役の板谷さん。
舞台で拝見するのは初めてかな。
すらっとした長身と、まっすぐに伸びた背筋、そしてまっすぐに人を見つめる眼差しが印象的でした。
彼女の優秀さ、彼女の努力、彼女の自分へも他人へも向けられる厳しさ。
それは、彼女の美徳でもあり、同時に彼女を追い詰めるものでもあった。
その怜悧な頭脳のまま、彼女の歩みを阻もうとする男たちを、
その言葉でバッサリと斬り捨てるのは爽快ではあったけれど、
全てが1か0か、というような彼女の明確さは、どこか痛々しさも感じられた。
もっと肩の力を抜いていいんだよ。
もっと周りの人のことを見てみて。
もっと自分を大切にして。
そんな風に、彼女の肩を抱いて伝えたくなった。
そしてそれは、もしかしたら私の同僚たちに、そして自分自身にも伝えたい言葉なのかも、と思った。

神尾さんは、なんとも生き方の不器用な研究者を、血の通った等身大の一人の男性として見せてくれました。
フランクリンとの最初の感情の掛け違いから、ぎくしゃくとした関係のまま最悪の結果を迎えたウィルキンズ。
途中、何度も彼はフランクリンに歩み寄ろうとして、でもそのたびに撃沈。
それは、彼の不器用さだけでなく、彼女の頑なさによるものでもあっただろうと思う。
その様はコミカルで、でもどこか切実で、哀しかった。

物語の中、シェイクスピアの「冬物語」が象徴的に使われます。
彼女に反発しながら、でも何とか歩み寄ろうとしたウィルキンズが、
唯一研究以外の話で彼女とわずかな感情を交わすきっかけとなった「冬物語」。
この美しい物語の中で、自らの嫉妬で妻ハーマイオニを失ったレオンティーズは、
16年の時を経てハーマイオニをその手に取り戻します。
物語の終わりに、ウィルキンズは、もしあの時彼女の後を追ってあの劇場に入っていたら、と夢想します。
「冬物語」について語り合い、失ったものを手にすることについて語り合う。
研究者としてではない自分と、研究者としてではない彼女。
でも、それは決してあり得ない“あの時”で。
ウィルキンズは、レオンティーズのように彼女を取り戻すことは決してできない。
変異をきたしたDNAが、本来の二重螺旋を形作れないように、
ほんのわずかな感情の掛け違いが、取り返しのつかない未来へと繋がった。

美しい螺旋を描くような「冬物語」と、二度と螺旋に戻れない彼らの物語。
絡み合うその物語の対比と、ラストシーンで独り白い世界に沈むフランクリンの姿が、とても印象的でした。


キャスパーを演じたのは橋本くん。
「クレシダ」で拝見してから、またどこかの舞台で観たいなあ、と思っていた方だったので、
今回観ることができてとても嬉しかったですv
彼とフランクリンの出会いも研究によるものだったけれど、
彼らが最初に交わしたのは言葉ではなく手紙でした。
そのことが、もしかしたら二人の距離を縮めたのかなあ、と思ったり。
手紙は真意を取り繕うことも隠すこともできるし、感情をリアルに伝えることはできないけれど、
フランクリンにとっては、冷静に相手の真実を受け取るためには良いツールだったのかな、と。
いろんな確執を手紙で飛び越して、素直にフランクリンにむきあい、
素直に感情を伝え、素直に彼女に手を差し伸べるキャスパーは、
“知らない”からこそ加害者にはなり得ない安心感があって、
フランクリンの気持ちが傾くのも納得だなあ、と思いました。
あの時、彼女が病に倒れなければ、彼女はキャスパーと別の未来を歩んでいたのかなあ・・・


ワトソン役は宮崎くん。
この前見た舞台とは全然違うエキセントリックさがあって、観ていて楽しかったです。
ワトソンってほんとにこんな人だったのかも?と、その後ワトソンの写真を確認したけど、
もちろん全然違ってました(笑)。いやでも髪型は結構個性的だったかも?
フランクリンの立場からみたら、彼の行動は許しがたいものなのかもしれないけれど、
なんというか、研究者の本能みたいな部分で動いてるっぽい感じに、
これはもう仕方がないのかなあ、と思ってしまったり。
彼はきっと、いろんな意味で瞬発力がフランクリンよりも高かったんだろうなあ。


中村さん演じるクリックは、ワトソンのエキセントリックさの影にちょっと隠れる感じで、
気のいい温厚な紳士、という雰囲気だったけれど、
全てをわかった上でワトソンの暴走を止めようとしなかったんだろうな、と思うと、
実は何気に一番始末の悪い人だったんじゃないか、と最後に思ってしまいました(^^;)


矢崎くん演じるゴスリングは、他の4人とはちょっと違った立ち位置。
個性的な登場人物の中で、研究者としては大成しないっぽい描かれ方だったけれど、
人として、一番視野が広かったのはこの人なんじゃないかなあ、と思いました。
反発し合う主張の強い上司二人の間で、
おろおろしたり、ツッコミ入れてスルーされたり、八つ当たりされたり、
そんな散々な状況を明るく自虐したりして客席を和ませてもくれました。
フランクリンへの気遣いも、彼の持つ優しさ故と感じられて。
上に書いた、私が彼女に言いたかった言葉って、
もしかしたらゴスリングが言いたかった言葉なのかもしれないな、と思いました。
というか、私が彼に言ってほしい言葉なのか(笑)。
暗いトーンの舞台の中で、彼の軽快さと明るさと優しさは、本当に癒しだった。
こういう人、職場に一人いてくれるといいなあ、と心底思ってしまいましたよ(笑)。


物語の終盤、舞台の奥にワトソンとクリックが作った二重螺旋のシルエットが見えました。
精密で、不安定で、けれど強固な繋がりを持つ二重螺旋のシルエットはとても美しかった。
この物語の中の彼女と彼らは、この美しい小さな世界を見つけようとした。
必死に、真摯に、自らの全てを賭けて。
でも、その代償として彼らは、見えるはずのものを見ることができなかったのかな、と思う。
目の前にいる人の笑顔を。
目の前にいる人の手の暖かさを。
目の前にいる人の、存在そのものを。
そんな風に、思いました。

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