緋色の王衣

彼が選んだ白を染め上げた赤。
それは、あの大地に流れた血の色なのか。
彼の未来を飾る薔薇の色なのか。


「ヘンリー五世」

2018.5.19 マチネ 新国立劇場中劇場 1階19列30番台

出演:浦井健治、亀田佳明、鈴木陽丈、浅野雅博、櫻井章喜、水野龍司、田代隆秀、勝部演之、
   下総源太朗、清原達之、金内善久夫、吉村直、横田栄司、内藤裕志、小長谷勝彦、小比類巻諒介、
   岡本健一、松角洋平、田中菜生、那須佐代子、立川三貴、木下浩之、鍛冶直人、玲央バルトナー、
   川辺邦弘、塩田朋子、中嶋朋子


客席に入ったとき、まず目に飛び込んできたのは、
舞台の上手下手を占める、天井に届きそうなほど大きなセットでした。
梁を組み合わせた、足場のような、迷路のような、そのセット。
それは、前作「ヘンリー四世」でハル王子がヘンリー五世として登りつめたあのセットと同じに見えて、
ああ、この舞台はあの物語の続きなんだ、と、感覚で納得させるような力がありました。
そして、かつてあの中央に座していた、今はいない王の姿にちょっと思いを馳せてしまいました。

父ヘンリー四世亡き後、王座に就いたヘンリー五世(浦井健治)。
この物語は、フランスの王位と領地を求めた彼の率いるイングランド軍がフランスに攻め込み大勝する、
アジンコートの戦いを中心に描かれます。
パンフレットによると、フランス軍5万に対し、イングランド軍6千。
絶望的ともいえるその戦力差を覆す戦いの中。
変わらない色彩の舞台の中で、その色合いを変えていくものが二つありました。

一つは、青に金色のフルール・ド・リスを配した、大きなフランス王旗。
フランス王シャルル六世(立川三貴)と皇太子ルイ(木下浩之)が最初に現れるシーンで、
彼らの椅子の下に敷かれた大きなその布は、絹のような光沢を放っていました。
王が纏うベルベットのような豪奢なガウンと共に、それは洗練されたフランスの象徴のような美しさがあった。
イギリスとの最初の戦いのシーンは、4人のフランス貴族(だと思う)が持つその大きな布が、
戦場を覆い、イギリス軍を阻み、ヘンリー五世を包み隠すようだった。
イギリス軍が持つセント・ジョージ・クロスの旗(こちらは棒に着けられた1m四方くらいももの)が、
その布に立ち向かい、引きずり下ろし、巻き込んでいく―――
その戦いの描き方はとてもわかりやすいと共に美しくて、思わず見入ってしまいました。
そして、最初の戦いで地に落とされたその布は、その後も戦いを経るごとに色褪せ、
滑らかさを失ってぼろぼろになり、最後には薄汚れた紙のような存在になっていった。
地の利と数の有利を信じた皇太子やフランス貴族たちが、どれだけ勝利を確信していたとしても、
疲れ切ったイギリス軍が、どれだけ最後の戦いに怯えていたとしても、
あの布の変化は、それ以上に彼らの未来を象徴しているように見えて。
こんな戦いの描き方もあるのだと、なんだか驚くとともに感動してしまいました。
そういえば、「リチャード三世」の時も、女性陣のドレスの色がどんどん褪せていって、
それが彼女たちの進む未来を示しているように感じたことを思い出しました。


もう一つその色合いを変えていったもの―――それはヘンリー五世でした。
前作で、猥雑な色を脱ぎ捨てて真っ白な存在になったヘンリー。
この物語の冒頭の彼は、その真っ白な姿で舞台の中央へと歩んできました。
公平で、聡明で、慈悲に溢れ―――同時に怖いほどの厳しさを自分に向けるようなその、白。
けれど、最初の戦いのあと、彼の白い軍服と王冠は真っ赤な血に汚れていた。
―――他には誰も、血で汚れた者はいないのに。
その姿で、同じ色彩のセント・ジョージ・クロスの旗を振って戦うヘンリー。
―――剣ではなく、旗で戦うその姿は、一人の男ではなく国の象徴ということだったのか。
最後の戦いの後、その軍服と王冠は隙間もないほど赤に染まっていた。
―――その血は、敵の血なのか、同胞の血なのか。
そして、勝利の後、フランスに再び赴いた彼のローブは、王冠は、王笏は血のように深い赤だった。

物語の途中、部下のマントを借りたヘンリーは、一兵卒に扮して兵士たちと言葉を交わします。
その目的が何なのか私にはわからなかったけれど、
王冠を隠し、顔を隠し、身分を隠して話す彼は、どこか楽しそうで、
ハル王子の頃の彼のやんちゃさが少しだけ顔を覗かせているようだった。
その時に交わした決闘の約束をフル―エリン(横田栄司)に押し付けた時の悪戯っぽさも、
相手に正体を明かしたときの、どこか楽しそうにはずんだ声も、
自分の意志で捨てたはずの“ハル”の欠片があるような、そんな感じがした。
でも。
その直後、双方の戦死者の数と、その名前を読み上げる彼の声から、表情から、
何かがどんどん抜け落ちて、そして、何かがどんどん覆いかぶさっていくような気がした。

彼を染めた、赤。
それは、もしかしたらあの戦場に流れた者たちの血で。
それを身に纏うことで、彼は完全に“ヘンリー五世”になったのかもしれない。

終盤、フランス王女キャサリンにヘンリーは求婚します。
愛を囁き、愛を求め、少女の小さな手を取るヘンリー。
でも、その言葉には誠実さはあっても、まったく熱が感じられなかった。
ヘンリーがキャサリンに一目惚れしたとか、そんな甘いことを考えることすら許さないような冷たさがあった
勝者が当然の権利を得るために。
死んでいったものたちのために。
正当な王位を望んだ父のために。
自らの痛みも、迷いも、願いも、苦しみも全てをそのローブの下にしまい込み、
血の色を纏って、ただ王としてそこに立つヘンリー。

基本色彩の変わらないその舞台の上で。
他の誰も色彩を変えていかないその物語の中で。
ただ一人纏う色を変えていく彼の強さが、なんだかとても悲しかった。

「ヘンリー六世」から始まったこの物語は、「リチャード三世」から過去へ飛び、
「ヘンリー四世」を経て大きなループを描くようにして「ヘンリー五世」へとたどり着きました。
浦井くんも、ヘンリー六世、リッチモンド伯、ハル王子を経て“ヘンリー五世”に辿り着いた。
そう思うと、なんだかちょっと感慨深くなります。
そして、この先には、偉大な父の面影に囚われたヘンリー六世がいる。
あの、ヘンリー六世にもう一度会いたくなったけれど、
今の浦井くんが演じたら、きっとまた別の“ヘンリー六世”になるんだろうなあ。
それもちょっと観てみたいかもです。
とりあえず、今回の舞台で久々に個人的に文句なしにかっこいいと思える浦井くんを見れたのが嬉しかったv
1幕ラスト、旗を担いで舞台奥に現れた時には、あまりのかっこよさにちょっと見惚れてしまいました(笑)。


キャサリン役は中嶋朋子さん。
1幕で、穴の開き始めたフランスの布の上で、
侍女のアリス(那須幸代)に英語を教わるシーンがめっちゃ可愛かったv
周りにいる説明役のみなさんが、心配そうに見守るのも良くわかります(笑)。
というか、本気で10代の少女に見えるところがすごい・・・!
でも、そんな彼女の可愛らしさとは裏腹に、あの布の上で英語を習う、というのが、
周りの誰よりも早く、無意識にでも自分の未来を予感しているのかなあ、と思えて、
ちょっとぞっとしてしまいました。
終盤、ヘンリーに口説かれるときも、片言の英語とフランス語でわからないなりに、
一生懸命彼の真意を受け取ろうとしているのが健気だった。
でもって、その真意が、自分への愛情ではなく国と国の関係だということで納得しちゃうのが、
なんだか凄く切なかったなあ。
いやでもヘンリーのあのジェスチャー、絶対伝わらないから!
まあ、可愛かったからいいけど(え)。


岡本さんのピストルも、前作と衣裳とかは変わらないのかな?
ニム(小長谷勝彦)やバードルフ(松角洋平)と共に、“ハル”を知る存在として描かれているけど、
他の二人とは違って、ピストルはハルのことを一言も口にしていなかったように思うのだけど、
私の記憶違いかな?
でも、最後の戦いの時、フランスの布に逆光で皇太子と戦うヘンリーの姿が映し出されるのだけど、
ヘンリーと入れ替わるようにしてピストルの影が大きく映し出されたり、
戦いの後のあれこれを、下手のセットの上方から静かにピストルが見つめていたり、
そういういろんなところに、ピストルがハルだったヘンリーに向ける気持ちが出ているようで、
なんだかぐっときてしまいました。
最後、フル―エリンにやりこめられたあとの彼が、
「どいつもこいつも俺を置いていく」的なことを言うのに、ちょっとほだされそうになりました。
でも、その後捌けていく彼がヘンリーと交差する瞬間が合って、
その時のピストルの横顔を見て、この後も彼はヘンリーをずっと見続けるんだろうなあって思ったのは、
感傷的過ぎますかね?
そういえば、彼が戦場で捕まえた(?)あのフランス兵はどうなっちゃったんだろう・・・?


横田さんの演じる騎士フル―エリン。
なんというか、非常にインパクトのある役柄でした(^^;)
基本暗いトーンの物語の中で、からっとした明るさを見せてくれました。
地方出身という設定からなのか、さ行が綺麗に言えなくて、
ピストルがピシュトルになっちゃうのを何度も指摘されて、
結局「騎士ピストル」と呼ぶところを「騎士ぴ」で止めちゃうのとか、力技で良い感じでした(笑)。
ヘンリーとじゃれ合って、お互い水におっこっちゃうのも、何だか和みました。
同郷の・・・ってヘンリーと話してた気がするけど、
あの気やすさはそう言うことなのかしら?
彼にはずっとヘンリーの傍にいて、彼を和ませてあげてほしいなあ、と思いました。


イギリス貴族、フランス貴族のみなさまも、それぞれに渋くて個性的で、
物語の緩急をつけてくれていたように思います。
だがしかし!
カタカナが苦手な私は、舞台上の台詞だけで役柄と顔が一致せず(^^;)
とりあえず、ヘンリーのおじ様な浅野さんのエクセター公が、
弟役のお二人と一緒に、時々心配そうにヘンリーを見やるのにちょっとほっとしたし、
最後の戦いの前に弱音を吐いた水野さんのウェスモラント伯が、
ヘンリーの言葉にだんだんと気持ちが上向いていくのに、私もちょっと気持ちが引きずられたし、
木下さんの皇太子ルイの強気な浅はかさにはハラハラしたし、
塩田さんのイザベルが、わずかな仕草や表情で、
王妃としての自分と母としての自分の間で揺れる様を表すのに見入ったりしました。
あと、説明役の方が状況を観客の想像力に委ねちゃう潔さに、さすがシェイクスピア!と思いました(笑)。
そうだよねー。
昔はこんな風に鮮やかな照明とか大掛かりなセットとかもなかっただろうから、
観客は自由に想像の翼を広げていたんだろうなあ。
説明役のみなさんが、マントを脱ぐことで本役(?)にぱっと変わったり、
物語の登場人物の回りでおろおろしたり、仕草でツッコミを入れたりしているのも楽しかったですv


ラストシーン、舞台の奥に現れたセント・ジョージ・クロスの中央は赤く染まっていました。
丸いその形は、日の丸のようにも見えたし、花のようにも見えた。
確か、ヘンリー四世に端を発したランカスター家は赤薔薇だったよね。
もしかして、この赤と白は、この後の薔薇戦争を暗示しているのかなあ。
そう考えると、余計に「ヘンリー六世」を見直したくなるけどそれは無理なので、
とりあえず、「薔薇王の葬列」を読みなおすことにします。
あれは確かヘンリー五世は出てこないけどね(^^;)

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