導きの星

あの時。
“彼ら”が見上げた先に輝いていた、星。
その星は“彼ら”に何をもたらしたのか。


「モーツァルト!」

2018.6.24 マチネ 帝国劇場 1階M列10番台

出演:古川雄大、平野綾、和音美桜、香寿たつき、阿知波悟美、武岡淳一、遠山裕介、戸井勝海、
   山口祐一郎、市村正親、朝隈濯朗、阿部誠司、奥山寛、後藤晋彦、後藤光葵、高橋卓士、
   高原紳輔、武内耕、田中秀哉、福永悠二、港幸樹、山名孝幸、秋園美緒、池谷祐子、石田佳名子、
   可知寛子、樺島麻美、河合篤子、福田えり、松田未莉亜、柳本奈都子、山田裕美子、加藤憲史郎


今季2度目にして最後のM!に行ってきました。
3週間ぶりだったわけですが、古川ヴォルフガングの進化に目を見張る思いでした。
前回感じられた硬さや力みが見事に昇華されて、でも小さくまとまるのではなく、
ちゃんと彼の“ヴォルフガング”の説得力に繋がっていたと思います。
彼的には、もしかしたらまだまだ目指す場所はずっと遠いのかもしれないけれど、
でも、一つの到達点にはたどり着いたのではないかな。
古川くんの才能と頑張りに、心から拍手を贈りたくなりました。

今回観ていて強く思ったのは、アマデはまさに“才能”の具現化なんだなあ、ということ。
もちろん、これまでもそういうつもりで見ていたのですが、
今回の憲史郎くんのアマデの静かで揺るぎない在り方を見て、
ちょっとそのニュアンスが変わった気がします。
憲史郎くんのアマデは、文句なしの可愛らしさで。
それも、近づきがたい孤高の美しさではなくて(個人的にアマデはそういうイメージ)、
なんというか、親しみやすい可愛らしさ。
冒頭、ヴォルフが歌う「天国の調べです」という歌詞に、ドヤ顔でこくんと頷くのが本当に可愛くて、
そうかそうか頑張ったね!と言いたくなってしまいました(笑)。
ヴォルフとの距離感というか、二人の間に流れる空気も、少し柔らかかった気がする。
でも。
ふとした瞬間に感じる彼の清閑な様に、ちょっと怖いような感覚を覚えました。
酒場でヴォルフガングが憤っている時。
母がこと切れたその瞬間。
ヴォルフガングの感情が大きく波打っているまさにその瞬間に、
アマデは静かに、無心に、ただひたすらに音楽を紡いでいた。

これまで、私の中では、アマデはヴォルフガングの感情を糧にしている存在として認識されていました。
ヴォルフの経験が、感情が、アマデという才能を通して音楽に変換される。
そんなイメージ。
でも、この日アマデから感じたものは違っていた。
宿る体が、心が、どんな状況にあったとしても、絶えることなく滾々と湧き出でる音楽の泉―――
その残酷さに、呆然とする思いでした。
でも、その“才能”は、ヴォルフガング自身で。

父の死を告げられた後の狂乱で、ヴォルフガングはアマデを激しく糾弾します。
お前が、家族を壊した。お前が、幸せを奪った。
けれど、アマデの差し伸べた手に導かれるようにヴァルトシュテッテン男爵夫人が現れ、
その歌を聴いたとき、彼の脳裏には初めてその歌を聴いた瞬間が蘇った。
遠く高い場所を見やったその時、自分の目に見えていたただ一つの星を思い出した。
その星を目指して、ひたすらに前に進もうとする自分が蘇った。
そして、彼は理解したのだと思うのです。
自分の中に、あの星への希求があることを。
自分の中から、絶えず湧き出でる泉があることを。
自分の中から生まれた音楽に、一番に魅了されているのは自分自身であることを。
自分自身が、あの星を目指していたことを。
―――アマデは、まぎれもない自分自身なのだということを。
あの時と同じように遠くの星を見上げる彼が呆然とし、
その表情が徐々に絶望と諦念に染まっていく様から、目を離すことができませんでした。

その後、「魔笛」の作曲に突入した彼には、迷いはなかったように思います。
コンスタンツェの「才能より愛される妻にはなれなかった」という言葉を聴いて、
心を揺さぶられ、やるせなくなる瞬間があっても、
それは音楽の前では些末なことだった。
些末なことだと―――そう、彼は思おうとしているように見えました。
でも、最後に、彼は足掻いたんだと思う。
謎の男が告げた「自分の力で」という言葉。
ただ溢れだすだけの音楽ではなく、ヴォルフガングという男の肉体を、感情を通して、
その“才能”を発露させようとした。
“才能”と、“幸せ”の両方を、彼は手にしようとして―――そして、力尽きたように思う。

この辺りの解釈は、まだ自分の中でも揺れていて、ちょっとこじつけっぽくなってるけど、
あの囁くような「だめだ、書けない」という声が示す何かを、
いつかきちんと受け取ることができるといいなあ、と思う。


今回観ていてもう一つ強く印象に残ったのが、山口さんのコロレド大司教の在り方。
なんというか、唯一無二の存在だな、と改めて強く感じたのです。
正直、山口さん以外の方が猊下を演じることが全く想像できない。
絶対的な大きさでもってヴォルフガングの前に立ちはだかり、
音楽に、研究に、神に―――深く、真摯に向き合い、
そして、天与の才を持つ男を、その才能を、守護しようとする。
そう、今回観ていて、猊下はヴォルフガングを搾取するのではなく、守護しようとしていたんだ、と思いました。
レオポルトとは別の形で、そして、ヴォルフガングの望む形ではないけれど、
彼の才能を愛し、敬意すら持って、彼なりのやり方でもって世俗から守ろうとしてたんじゃないかな、と。
今回の演出で追加された猊下とヴォルフガングの新曲を、私はまだ十分に理解できていないけれど、
たぶんこの曲があったから、こんな風に感じたんだろうなあ。
今更ながらに、猊下についてもっと深く踏み込んでみたくなりました。


香寿さんの男爵夫人は、本当にお綺麗で、歌声も大好き!
なんというか、すごく暖かみを感じるんですよねー。
とてもわかりやすい形で、彼女はヴォルフガングの才能を愛で、引き立て、守ろうとしてたと思う。
だから、仮面舞踏会やリプライズで出てきた男爵夫人は、現実の男爵夫人ではなくて、
彼女の語った物語でヴォルフガングたちが見つけた“星”の象徴なんじゃないかな、と思いました。

そういえば、♪星から降る金 のシーン、ヴォルフガングとアマデだけでなく、
和音さんのナンネールも同じ方向を見上げていたんだよね。
彼女にも、きっとあの“星”は見えていた。
彼女の中にも、きっと“才能”が―――あの箱を開けることのできる力があった。
もしかしたら、私たちには見えないだけで、彼女には彼女だけの“アマデ”が見えていたのかもしれない。
でも、彼女はあの“星”を選ばなかった―――選べなかった。
それが、彼女の優しさなのか、弱さなのか、時代なのか、性別なのか、それはわからない。
選ばなかった彼女が、幸せになったのかもわからない。
でも、同じ“星”を見つめたはずの姉弟がそれぞれに辿り着いた未来の形の残酷さを、
なんだか強く感じてしまいました。

それにしても、新演出で市場のシーンが短くなったのがちょっと寂しいなあ。
傷ついたナンネールに、市場のお姉さんが明るく声をかけるの、凄く好きだったのに。
あれがないと、あの街で暮らし続けるナンネールの辛さが緩和されなくて、見ていてちょっと辛いです(^^;)


コンスタンツェは、2回とも平野さん。
彼女がヴォルフガングに向ける言葉って、その時その時の真実であり、
ヴォルフが欲しい言葉なのかなあ、とちょっと思った。
やっぱり変わることのできない彼女が悲しかった。
彼女の♪ダンスはやめられない 、ほんとに大好き!
あと、今回下手側だったので“現在”の彼女の表情が良く見えたんだけど、
「彼が遺したのは、音楽以外は借金だけよ」という言葉にもの凄い説得力があった気がする。
あと、最後、セシリアがヴォルフガングの服からお金を持ちだすのと、
コンスタンツェがメスマー先生から残りの謝礼の袋を受け取るのがちょっとリンクして見えて、
なんだかやるせない気持ちになりました。


他にも観ながらいろいろ思ったり考えたりしたのだけど、ちょっと霧散してしまいました(^^;)
毎回、もっとチケットとっておけばよかったなあ、と思うんですが、今回も例にもれず。
山崎くんのや他のコンスタンツェも見たかったな。
あと1回くらいは山崎くんもヴォルフガングを演じるんじゃないかと思うので、
次回は頑張ってチケットを取ろうと思います!
でもって、次にヴォルフガングになるのが誰なのか、ちょっと気になる・・・(え)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック