その果ての笑み

先週の金曜日。
久々に法隆寺に行ってきました。
目的の一つは、大好きな仏さまに会うこと。
六観音の中の、文殊菩薩さま。
初めて自分の意志で法隆寺に行った時以来、たぶん私の一番大好きで大切で憧れな仏さまです。
心惹かれるのは、その笑み。
穏やかで。
柔らかくて。
静かで。
温かくて。
見上げていると、自然と自分も笑みが零れてしまうような、そんな笑み。
でも。
たぶんその笑みの奥には、きっと様々な苦悩が、葛藤が、悲哀が、荒れ狂う感情がある。
その上で、ただひたすらに他者に向けられる慈しみの笑み。
こう在りたい。
文殊菩薩さまの前に立つたびに、その気持ちを新たにして、挫折して、そしてまた会いに行く。
その繰り返しは、でもきっと無駄ではないと、思うのです。

そして、その二日後。
大きなスクリーンの中の“彼”の美しい笑みを見た時。
私の脳裏には、文殊観音さまのあの笑みが思い浮かびました。


舞台「刀剣乱舞 悲伝 結の目の不如帰」

2018.7.29 ユナイテッドシネマ前橋 P列20番台(大千穐楽ライブビューイング)

脚本:末満健一
出演:鈴木拡樹、荒牧慶彦、三津谷亮、椎名鯛造、和田雅成、和田琢磨、健人、東啓介、川上将大、
   前山剛久、加藤将、玉城裕規、中河内雅貴、碓井将大、井上象策、小村泰士、小山蓮司、多田聡、
   夛田将秀、中西奨、早川一矢、平野アキム、福島悠介、星賢太、守時悟、山下潤、湯浅雅恭、渡辺洋平


というわけで、悲伝の大千穐楽ライビュに行ってきました。
約2ヶ月ぶりの悲伝。
前回観た明治座公演とちょこちょこ違う部分があるような気がするなあ、なんて思いながら観ていたのですが、
なんとラストも変わっていました!
いや、正確にはラストシーンではなくてクライマックスシーンか。
この変化も含めて、大千穐楽を観ても、この物語の本当のカタチを、多分私は理解しきれていないと思います。
三日月さんの円環は壊れたのか。
最後に顕現した三日月さんは、どの三日月さんなのか。
あの本丸がたどる未来は、三日月さんが望んだ未来なのか。
こうなのかな、ああなのかな、とこの二日いろいろ考えてみたけれど、
(Twitterに流れてくる考察は、自分の記録を書いてから、と思ってあまり見ていないのです)
未だ明確な答えは見つけられないでいます。
いろいろ考えたことは、余力があったらまた最後に書こうかな、と思うけれど、
ひとまず役者さんの感想から。


三日月宗近役、鈴木拡樹くん。
今回ライビュで観ることができて本当に良かった、と思ったことの一つが、
三日月さんの表情をしっかりと観ることができた、という点でした。
もちろん、劇場という空間での迫力や緊迫感はなにものにも代えがたいし、
遠目でも伝わってくるものはたくさんある。
でも、今回のライビュで、何度も何度も三日月さんの表情に気持ちを揺り動かされました。

義輝が、自分の死は何度目か?と問いかけた瞬間。
「悲しい驚きも飲みこんで見せる」と言う鶴丸さんに、「それがおぬしの覚悟か」と言う時。
本丸の襲撃に、終わりの時の始まりを感じた瞬間。
燭台切さんに刃を突き立てる直前。
鵺と共に本丸を去る間際に振り返った瞬間。
骨喰くんの、「悲しい目」という言葉に見せた淡い笑み。
義輝に、“あの時”のことを伝えた時。
自分に刃を向ける刀剣男士たちを見据えた時
そして、あの茫漠の果てで山姥切くんと対峙した時。

明治座ですっぽんから現れた時とは別人のような、真っ白な三日月さん。
今にも崩れ落ちそうなその立ち姿が、山姥切くんと言葉を交わす中で、どんどん変わっていきました。
最後の力を振り絞るかのようにして、山姥切くんと斬り合うその殺陣は、本当に凄まじかったです。
これは舞台だから、この殺陣も決められた形を何度も練習してきたものだと思う。
刀がぶつかるときの音も、実際の音ではなくて音響だってこともわかっている。
でも、あの瞬間、あの殺陣は、真剣で斬り合っていると錯覚させられるほどの何かがあった。
二人の力の全てが、感覚の全てが、拮抗し、ぴったりと重なり合っているかのような滑らかさと、
ほんのわずかなずれで、全てが崩れ去っていってしまうような危うさと、
その上で成り立っている、完璧な美しさがありました。
もう、本当に息をするのも、瞬きをするのも忘れて見入ってしまった。
この殺陣は、大千穐楽1回きりのぶっつけ本番なはずなのだけれど、
それをこんな神がかった完成度に創り上げた二人には、本当にもう震える思いでした。

その殺陣の途中、強く刃を合わせたその時、
山姥切くんの目を見据えながら、三日月さんが小さく首を振りました。
そのしぐさは、山姥切くんに「まだだ」と言っているようにも、「迷うな」と言っているようにも見えた。
そして、刀を取り落とした三日月さんが、自分に刃を突きつける山姥切くんに向かって、
「強くなったな」と言う声の優しさと、口元に浮かんだ笑みの柔らかさ―――
あの瞬間、多分山姥切くんもちょっと呆然としたんじゃないかなあ。
あっという間に三日月さんに弾き飛ばされてたから(^^;)
その後、これまでと同じように三日月さんは刀解されていきます。
その時、三日月さんは山姥切くんと“約束”は交わさなかった。
ただ、「また刃を交わしたい」と、未来を語った。
そして、山姥切くんも「次は俺が勝つ」ではなく、「その時はもっと強くなった俺が相手だ」と未来を語った。
“約束”ではなく、“未来への希望”。
それが、どういう意味の変化なのかはわからない。
でも、この変化は、この「悲伝」という物語が辿り着くべき変化だった、と、そう思いました。


山姥切国広役、荒牧慶彦くん。
前半の近侍としての彼の細やかな在り方、
2幕前半の、苦悩の中に他者を、自らを信じる強さを感じさせる在り方、
2幕後半の、自分の想いをまっすぐに伝えようとする在り方、
三日月さんと対峙した時の―――そして失った時の、感情の発露。
それもとても鮮やかでした。
特に、三日月さんとのシーンは、あの泣き顔にこれまで二人が創り上げてきた関係性が、
山姥切くんが三日月さんに向ける想いが凝縮されているようで・・・
三日月さんが言う、山姥切くんが三日月さんを見る眼。
涙で潤み、溢れる感情に歪み、けれどまっすぐに三日月さんを見つめるその眼には、
本当にたくさんのものが入り混じっていたように思います。

三日月さんと過ごしてきた時間の温もり。
三日月さんと交わした言葉の記憶。
三日月さんが導いた疑念を弾き飛ばすような信頼。
三日月さんの頑なさに向けられる怒り。
三日月さんを引き戻すことのできない自分に対する絶望。
その上で、決して三日月さんの存在を諦めない、強さ。

ラストシーン、これまで三日月さんが語っていた言葉を、山姥切くんが語ります。
三日月さんを失った本丸の中心で、その綺麗な翠色の目で前を見据えながら、
また、いつぞや始めよう―――と。
明治座公演の時には、その時の山姥切くんは厳しい表情を浮かべていたように思います。
でも、この日は違った。
その面には、輝くように美しい、強い笑みが浮かんでいました。
その笑みを見た瞬間、私の脳裏に、あの文殊観音さまの笑みが浮かびました。
それまでの全ての時間を受け止めて、全ての感情を呑みこんで、その上で山姥切国広は笑う。
その事実があるだけで、この本丸の未来を―――三日月宗近の未来を、私は信じられるような気がしました。


骨喰藤四郎役、三津谷亮くん。
彼も、全身全霊をもって骨喰藤四郎という存在を描き出してくれたなあ、と思いました。
某密着ドキュメンタリーで、末満さんが「彼は情感的な役者」と言っていたけれど、
本当にそんな感じだなあ、と改めて思いました。
でも、その情感は、あくまで骨喰藤四郎の情感なんだよね。
記憶がない分、一つ一つを確かめるようにして向き合っている骨喰くん。
記憶がないからこそ、自分の心が受け取ったものに素直に反応する骨喰くん。
そんな骨喰くんだからこそ、何の躊躇もなく三日月さんを追って遡行経路に飛び込めたし、
三日月は敵じゃない、と純粋に叫ぶことができたんだろうなあ。
それにしても、やっぱり義輝の最後のシーンは本当に辛かったです。
「わしが覚えている」という言葉に、くしゃっと泣き顔になるのが、安堵の表情のようにも見えた。
いろんな人から向けられた心で刀の心が形作られ、在り方が変わっていくのだとしたら、
その根拠となる記憶がないということは、
足場がないような底知れない不確かさが常に彼を苛んでいたんだと思う。
でも、たとえ記憶がなくても、今の“骨喰藤四郎”が存在しているということは、
彼に向けられた誰かの心が―――愛が、確かにある、ということなんだよね。
義輝の言葉は、それを骨喰くんに実感させたんじゃないかなあ、と思う。
でも、思い返してみると、元の主に直接手を下したのって、
刀ステ刀ミュ通して、骨喰くんただ一人なんだよね・・・
誰よりも情感的な彼にその役割があてがわれたのって、ほんとしんどい(^^;)


不動行光役、椎名鯛造くん。
今回は、私の大好きな、気持ちを根こそぎ持っていかれるような演技のシーンはなかったけど、
彼の不動くんの存在にほんとに癒されました・・・
本丸の仲間たちに対する、彼の素直な在り方、ほんと癒し!
2幕での小烏丸さんたちとのシーンで、
最後にこにこしながら小烏丸さんに寄っていくのがちらっと映ったんだけど、
あ、小烏丸さんに懐いた!と思って気持ちがほんわかしました。
同時に、虚伝で三日月さんに懐いていたのを思い出して、めっちゃやるせなくなった・・・
不動くんは、三日月さんを信じて信じて、でもその上で刀を向けたんだよね。
それが今の主のためにできることであり、同時に三日月宗近という存在を守ることに繋がると思ったのかな。
それが、不動行光が三日月宗近のいる本丸で、学んでいったことなのかな。
三日月さんのいなくなった本丸で、鶯丸さんたちとお茶を飲み(口パクパクさせるの可愛かったv)、
長谷部とじゃれ合う不動くん。
彼もまた、全てを呑みこんで、未来のために笑うんだな・・・

へし切長谷部役、和田雅成くん。
3度目にしてやっと、彼の極の姿に(私の感覚が)馴染んだ気がします(笑)。
何というか、本当に基本真面目な刀なんだなあ、と改めて思いました。
真面目で、不器用で、情が深い。
彼の主至上主義がぶれないからこそ、周りは安心して無茶ができる・・・って、長谷部くん、大変だ(^^;)
極後の強さの印象は前回観た時と変わりません。まさに破壊!
あの高速の太刀筋だと、光る刀の残像が本当に綺麗でした。
極めた二人の刀身が、敵と対峙していた時には光る仕様だったのに、
三日月さんと対峙するときには普通の刀になっていたのはなぜなんだろう・・・?
場面の絵として光っていない方がいいという判断だったのか、
それとも彼らの心情が反映されるのか、ちょっと気になりました。


歌仙兼定役、和田琢磨さん。
やっぱりとても頼りがいがある歌仙さん。
でも、今回は可愛いところも結構見えたかなあ。
厨での燭台切さんの一人ミュージカルに最後巻き込まれるのって、以前からでしたっけ?
ばっと手を広げた後、燭台切さんに褒められてあわわ(@_@。ってなるの可愛かったv
あと、軍議が終わったとき、大包平の大声に耳を抑えているところとか、
燭台切さんの様子が気になって話しかけるタイミングを計ってたら大般若さんに先を越されて、
話の内容が気になるけど、二人に背を向けるように体を回してるのも微笑ましくv
あれはもしかして人見知り発動だったのかしら?(小夜ちゃーん!(笑))
殺陣のシーンでは、切り結ぶときの力強さと、合間合間の仕草に雅さを忘れないところに感嘆しました。
でもって、今回一番印象に残ったのが、出陣前の「僕が道を切り開く」という言葉。
これは、敵を排除していく道を作る、ということと同時に、
三日月さんの前の道を拓く、という意味でもあるのかなあ、と思ったり。
実際、三日月さんと対峙した時、刀で切りこむのが長谷部くんなら、
言葉で切り込むのは歌仙さんだった気がします。
でもって、最後の手合せ関連の台詞、「小夜ちゃんも呼ぶ?」という燭台切さんに、
「お小夜?! お小夜は僕を選ぶよ!!」って言ってる一生懸命さにやっぱり和みましたv
綺麗で強くて頼りがいがあってかっこよくって可愛くて癒しとか、なんてハイスペックな方なんだ・・・


鶴丸国永役、健人くん。
今回は、鶴丸さんのかっこよさにちょっとやられました(笑)。
いや、もともと大好きなキャラクターなんですが、健人さんの鶴丸さんは、
私のイメージからはちょっと華奢すぎる印象でして。
かっこいいけど、それ以上でもそれ以下でもない、という感じだったんですね。
が!
黒甲冑と対峙した時の「何度でも連れてってやるさ!という台詞と、その声の強さに見事によろめきました。
虚伝の「天さ!」に負けないかっこよさでしたv
この物語の中の鶴丸さんの在り方は、まだちょっと理解しきれていないです。
彼が、三日月さんに対してどういう存在であろうとしたのか、ちょっと友達と語り合いたい!(笑)


燭台切光忠役、東啓介くん。
大画面でアップで観ると、燭台切さんの惑いがクリアに伝わってきて辛かったです・・・
刀の本分。
貞ちゃんに言われ、歌仙さんに言われ、黒甲冑に言われ。
黒甲冑には言われたくなかったんじゃないかと思うんですが、
(しかも声が義伝の政宗さまだ!)
でも、その黒甲冑に言われたからこその覚醒だったのかな、とも思う。
出陣の儀の時は、まだ弱々しいというか、迷う感じがあったから。
そういえば、黒甲冑にとどめを刺すときの、刀を深く突き刺す型、虚伝でありましたね。
あの、すっと背を伸ばして笑うの、燭台切さんだなあ、って思う。
義伝でもあったかな?


大般若長光役、川上将大くん。
明治座公演で見た時よりも、凄く柔らかく、優しくなっていたように思います。
いや、あの時も十分優しかったんだけど。
ライビュで、凄く細やかに演じている姿が見えたからそう感じたのかも。
2幕で、義輝や鵺たちとのシーンの終わりで、立ち尽くす骨喰くんの肩に手をおいて語りかける姿とか、
軍議で燭台切さんを気に掛けている様子とか。
凄い大人で素敵な大般若さんだったのですが、カーテンコールの川上くんは年相応の雰囲気で、
なんだかちょっとほっとしてしまいました(笑)。
それにしても、長船派は二人ともめっちゃスタイルがいいですね!
二人がそろって戦うシーンは今回はなかったと思うのですが、
次回があるなら是非見てみたいなあ、と思います。


鶯丸役、前田剛久くん。
なんというか、鶯丸さんがずっと微笑んでくれているのが、凄く心強く感じました。
声の感じとか、雰囲気が凄くふわふわした感じなのも心地よく。
でも、殺陣が記憶にあるよりもかなり力技なことにも気づきました(笑)。
大包平との仲良しっぷりも磨きがかかっていましたね。
長い時間の中で、ちゃんと信頼関係ができていたんだろうなあ。
カーテンコールの挨拶も、微笑ましかったですv
「天才、加藤将を観察し続けます」って(笑)。
そのあと、ありがとうございました、と〆た前田くんに続いて、
挨拶を既に終えたはずの加藤くんがもう一度「ありがとうございました」と言ってるのも和みましたv


大包平役、加藤将くん。
やっぱり全てが大きくおおらかでまっすぐな大包平でした。
多分まだ顕現したてで、決してレベルは高くないんだと思うんだけど、
それでも自分の全部でがむしゃらに敵にも味方にも向かっていくのが清々しく。
鶯丸さんとの殺陣の連携も、ライビュで見ると更に際立ちました。
が、某密着ドキュメンタリーを見てしまったので、なんというか彼の殺陣がはじまると、
頑張れー!と思わず拳を握りしめてしまいました(^^;)
大包平の三日月への感情が、リアルに加藤くんが鈴木くんに向ける感情なんじゃないかとも思ったり。
カーテンコールの挨拶、泣かずにできて偉かったね!
またどこかの舞台で拝見できるといいなあ。
凄く成長した姿を見せてくれそう。


小烏丸役、玉城裕規さん。
明治座公演に比べて、片足立ちや膝を曲げる動きが目立ってたかな。
全体的に更にたおやかになった感じ?
その分、不思議感というか得体のしれなさも増してた気がします。
殺陣もひらりひらりという擬音がぴったりな感じでした。
小烏丸さんは、この物語の中でとても大きな役割を果たしていると思うのだけれど、
今回特に印象に残ったシーンが二つ。
一つは、死を前にした義輝に、「(義輝を笑うものがいたら)我が切り捨てようぞ」という時。
基本的に高めの声で台詞を言っているのだけれど、この台詞だけ低い声で、凄味がありました。
もしかしたら、本来の小烏丸さんはこっちなのかもしれないな、と思ったり。
もう一つは、山姥切くんとの戦いを終えて振り向いた三日月さんの肩越しに見えた笑み。
なんというか、息を呑む美しさだったんですよ!
全てを終えた三日月さんを労わるような、
三日月さんが歩んできた時間を讃えるような、
去っていく三日月さんを安心させるような・・・
三日月さんとも、山姥切くんとも違う。
どこか超越したようなその笑みが映ったのは一瞬だったけど、
この笑みで三日月さんが迎えられ、送られたことに、なんだか私が安心してしまった。


足利義輝役、中河内雅貴さん。
大画面で見ると、やっぱり凄い目力だなあ、と思う。
でもって、義輝はやっぱり審神者としての力があったんじゃないかな、と思ってみたり。
義輝が鵺に「時鳥」という名前を与えた瞬間に、
いくつもの刀の集合体だった鵺が、時鳥の太刀になった。
それは、彼の中に宿った心を励起した、ということになるんじゃないかなあ・・・
だとしたら、彼が血に汚すことを選ばず、
後世に伝えられる―――歴史を見守ることを選んだ三日月宗近にも、
彼の力は波及していた・・・なんてことはないか(^^;)


鵺と呼ばれる役、碓井将大くん。
何気に悲伝一の出世頭なんかないかと思う(笑)。
前回も思いましたが、命名されるシーン、本当に心が震える。
義輝と鵺―――時鳥が向かい合い、二人を一つの光が包むシーンは、
二人の間の絆が深く結ばれた瞬間を見ているような気もしになりました。
その後、義輝を助けた時鳥の名乗りも良かったなあ。
「我は時鳥の太刀、明鏡止水の刀なり」
名を得るまで、彼は「刀」という言葉を滑らかに発することはできなかった。
いくつもの刀の物語が絡み合って、乱れ、波打ち、混沌としていた彼の内側が、
刀という存在そのものを不確かなものにしていたのかな。
でも、時鳥という名前を得た彼は、静かに澄み渡り、自らのなすべきことを見ることのできる存在になった。
義輝さまを、死なせやしない。
たった一つの、なすべきこと。
それは、かつて同じ望みを持っていた刀に阻まれたけれど―――
彼が最後に言う、「帰りたい。帰りたくない。僕たちはどこへ行くんだろう」(だったかな?)という言葉。
「帰る」はもしかすると「還る」なのかな、とちょっと思った。
彼も、もしかしたら円環の中にいたのかな。
未だ、円環の中にいるのかな。
そうそう、今回、彼の殺陣がどう変わっていくのか一生懸命見ようと思ったのですが、
彼が出てくると物語が大きく動くので、やっぱりいろいろ見損ねました(^^;)
唯一、OPでの三日月さんとの彼の殺陣が、三日月さんの型だったのを見た気がする・・・
心、想い、という意味なら、鵺の中にはもともと三日月さんの一部もいたのかなあ。


そんなこんなでやっぱりめちゃくちゃ長くなったけど、
やっぱり記事を分けるのはどうかと思うので、ここ2日つらつら考えたことを少しだけ。

大千穐楽でラストが変わった、と書きましたが、実は私、最初変わっていることに気づかなかったんです。
いや、気づかなかったというよりは、あまりに自然すぎてそのまますんなり受け止めてしまった、というか。
前日にTwitterに流れてきた「大千穐楽には大きな驚きがあるらしい」という情報に、
今度こそ三日月さんが折れるんじゃないかとか、
山姥切くんが修行に旅立つんじゃないかとか、いろいろ想像して身構えていたのですが、
そういうそれまでの公演の流れをぶった切るような変化ではなくて。
ごく自然に、当然の流れとして全く違和感のない変化だったように思うのです。
もちろん、凄く大きな変化だったんですよ。

山姥切くんが、三日月さんに勝つ。

それは、それこそ、これまでの52公演の終わりを全て否定するものでもあるのかもしれない。
正直なことを言えば、私自身は一つの公演の中には通すべき筋があると思っていて。
舞台は生身の人が演じるものだから、そこに沸き起こる感情が異なることはあっても、
千穐楽で遊びが過ぎたり、物語の流れを変えてしまうような変化はよろしくない。
だって、どれだけたくさんの公演があっても、その1回だけしかその世界に行けない人もいて、
そういう変化は、観客のためではなく、作り手のためのもののように感じるから。

でも。
悲伝のこのラストの変化を、私はすんなりと受け入れていた。
このラストは、これまでの彼らの旅路を否定するものではなく、
虚伝(あるいはジョ伝)から紡がれてきた物語の果て、
彼らがその旅路の果てに辿り着いた場所なのだと、そう感じられたから。
で、ちょっと思った。

この「悲伝」という公演そのものが、山姥切くんの円環なのではないか―――

円環の始まるきっかけが何か、円環とは何なのか、それは物語の中では明確にされていません。
誰かの死であるのかもしれないし、誰かの強い思いであるのかもしれない。
意識的に行えるものなのかもしれないし、無意識に繰り返されるものなのかもしれない。
円環を巡る者は、三日月さんのようにその記憶を持ち続けるのかもしれないし、
義伝のときの燭台切さんのようにぼんやりと抜け落ちているのかもしれない。
それは全然わからなくて、だから、私のこの感覚は、多分全くの見当違いなのだとは思うけれど、
でも、明治座初日で、あの三日月さんとの別れを経験した山姥切くんが、
無意識の中で三日月さんの円環を壊すために―――彼が“望む未来”に辿り着くために円環を巡り続け、
真っ白な三日月さんと戦い続け、約束を交わし続け、その約束に挑み続け、
そして二つの円環が重なったことで、三日月さんの円環に何らかの変化が起きたのだとしたら。
その結果として、二つの、あるいは一つの円環が壊されて辿り着いたのがこのラストなのだとしたら―――?

そう思ったのは、たぶん山姥切くんの最後の笑みを観たからだと思う。
山姥切くんは、三日月さんが居る本丸の未来を諦めていない。
そう、思ったから。

前回明治座公演を見た時、その時点で三日月さんの円環は壊れているのかも、と思ったけど、
今回のラストを見て、円環が壊れたのはこの大千穐楽だけだと知りました。
まあ、壊れたかどうかはわからないけれど、
でも、少なくとも三日月さんが山姥切くんと約束を交わさなかったということは、
一つの到達点に至った、ということなのだと思う。
三日月さんの円環が壊れて、もう彼はその円環から解放されたのだとしたら、
この本丸は三日月さんのいない未来を進むことになる。
あの、最後の三日月さんの姿を見てしまったら、
三日月さんが解放されることは、もしかしたら僥倖なのかもしれないとも思う。
でも。
新しい三日月さんを迎えたとしても、彼らの中には、この「悲伝」の物語の中の三日月さんが残る。
三日月さんを愛した記憶が残る。
孤独に、けれど決して諦めず、未来を繋ぐために戦い続けた美しい太刀の記憶が、残る。
それを力と変えて、新しい三日月さんと一緒に前に進んでいくのか、
その強さを引き継いで、三日月さんの結の目をほぐして、共に未来を紡ぐ道を探すのか―――

もしも山姥切くんが円環の中に在るのだとしたら、後者の可能性もあるのかなあ、なんて。
まあ、その場合、山姥切くんが結の目になる前に解決しなきゃならないですが(^^;)
でも、そもそも結の目がどのくらい円環を巡ったらできるものなのかわからないし、
というかそもそも、結の目になるのは三日月宗近の特異点であって、他の刀は大丈夫なのかもしれないし!
この先の物語が描かれるのかはわからないけれど、
(個人的には、是非解決編で新作を作ってほしいです!)
この悲伝は、三日月さんにとっても、山姥切くんにとっても、不動くんにとっても、長谷部にとっても、
燭台切さんにとっても、骨喰くんにとっても、確かに一つの到達点に至る集大成の物語だったと思います。

悲伝だけではなく、虚伝からずっとこの物語を紡いできてくださった末満さん、
キャストのみなさん、スタッフのみなさんに、今はとにかく心から感謝を。
最後の挨拶でみんなが言っていた「また会いましょう」という言葉、
三日月さんな鈴木くんが言っていた「また、いつぞや始めよう」という言葉を信じて、
今はただ待ち続けていようと思います。


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