天国への階段

高く高く空へと続く階段。
そこに佇みながら、彼は何を思い、何を待っていたんだろう。


ミュージカル「GHOST」

2018.8.23 マチネ シアタークリエ 8列10番台
2018.8.24 マチネ シアタークリエ 16列20番台

出演:浦井健治、秋元才加(8/23)、咲妃みゆ(8/24)、平間壮一、森公美子、松原凛子、松田岳、
   栗山絵美、ひのあらた、大津裕哉、岡本悠紀、小川善太郎、木南清香、コリ伽路、島田彩、
   丹宗立峰、千葉直生、土倉有貴、西川大貴、港陽奈


1990年に後悔された映画、「ゴースト/ニューヨークの幻」のミュージカルを観てきました。
公開時に1回だけ観たことがあるくらいで、細かな内容はほぼ忘れていたので、
ほぼまっさらな気持ちで、且つラストを知っているという安心感でリラックスして、
という2重の楽しみ方ができました(笑)。

舞台セットはモノトーンで統一。
金属っぽい窓枠やドアに曇りガラス(っぽい布?)が嵌っているような作りで、
光の加減で奥に居る人が見えたり見えなかったり、というちょっと不思議な感じでした。
そこにいろんな映像が映されることで、超常現象を視覚的にも美しく表現されていました。
パンフを観ると、元の演出はもっとスペクタクルな感じだったみたいですね。
それもちょっと気になりますが、この舞台にはこういう境界の曖昧な雰囲気が合うような気がします。

此岸と彼岸
生者と死者
善と悪
愛情と憎悪
幸福と悲嘆
光と影

いくつもの対比する何かが、融け合い、混じり合い、束の間の触れ合う―――
そのことを柔らかく受け止めている風でした。


主人公のサム役は浦井くん。
「ヘンリー五世」以来だからそんなに時間は経っていないはずなのに、
ずいぶん久々に浦井くんを見たなあ、という気持ちになったのは、やっぱり歌があったからでしょうか。
空間に飛び立つように強く伸びていく歌声。
おどけたような可愛らしい歌声。
モリーに向かう甘い歌声。
絶望と怒りに彩られた叫びのような歌声。
抑えられているがゆえに余計に感情を感じさせる低い歌声。
いろんな表情の歌声を堪能させていただいて、改めて私は浦井くんの歌声が好きなんだなあ、と思いました。

サムは、というかこのミュージカルでは主要な登場人物の背景はほぼ語られません。
(あ、オダ・メイは語ってたかな?(^^;))
サムとモリーの出会いも、それぞれの家族のことも、カールとの関係性も。
だから、物語に示されることからしか、サムがどういう人物なのかはわからない。
でも、それで十分だったようにも思うのです。
そのくらい、浦井くんのサムは、そこに生きていた。
ゴーストだけれど、ゴーストだからこそ、剥き出しの感情をそこに見せてくれたように思います。

モリーへの深い愛情。
それでも、彼女からの愛の言葉に「Ditto」としか答えられない彼には、
言葉を信じることのできなくなるような何かが過去に合ったのかもしれない。

オダ・メイとの掛け合いに観られるお茶目さ。
切羽詰まった状況でも、目の前にある何かを楽しみ、力に変えることのできる機転と胆力は、
有能な銀行マンとしていくつもの修羅場をくぐってきた男だからこそなのかもしれない。

カールへの信頼―――そして怒りと絶望。
冒頭、カールに向けられる気の置けない笑顔。
1幕ラスト、真相を知ったサムの、カールの声に被さるように低く響いてくる歌声。
そして、カールへの容赦のない仕打ちは、サムがカールと過ごした時間があったこそなのかもしれない。

ゴーストになった後の、サムの焦燥は、本当に観ていて辛かった。
でも、もっと辛かったのは、サムが地下鉄のゴーストから物を動かす力を教わるシーンでした。
このシーン、地下鉄のゴースト役の西川さんがとっても素晴らしくて!
映される映像エフェクトと甲高いタップの音がぴったり合っていて見ごたえがったし、
観ていて凄くワクワクした。
でも。
サムがそうやって“ゴーストの力”を得ていくということは、
少しずつ“人”ではなくなっていくこととイコールのように私には感じられた。
在り得ないはずの存在になり。
在り得ないはずの力を得て。
どんどん人外の存在になっていく、サム。
けれどそれは、モリーを守るために自らが望んだことで―――
終盤、カールを追い詰めていくシーンでは、1回目に観た時には、
そのまま闇堕ちして黒いゴーストになっちゃうんじゃないかと、
ちょっとハラハラしてしまいました・・・まあ、そんなはずないんですけどね(^^;)
そのくらい、鬼気迫るものがあったように思うのです。
でも、2回目に観た時は、あまりそういう風には感じなかったんだなあ。
むしろ、その後必死にカールを助けようとする姿が、凄く印象に残った。
Wキャストはモリーだけなのだけれど、
それでもその関係性の違いはカールとの関係性にも及ぶのかもしれないな、と思いました。
そう思ってしまうくらい、モリーのお二人の印象は全く違ったんです!


初回に観た時のモリーは秋元才加ちゃん。
「ロックオペラ モーツァルト」でのコンスタンツェ役以来・・・ではないか。
もう1回くらい観ている気がするな。
私は、彼女の真っ直ぐに伸びた背筋と甘さの少ない強い歌声がとても好きなのですが、
彼女のモリーはその強さが、同時にとても脆いもののように感じられました。
なんというか、ポキンと折れてしまいそうな感じなの。
一人でまっすぐに立って、前に歩いていく強さは、
誰かに頼ることを恐れる弱さの裏返しなのかもしれない。
そんな彼女が、その怖さを越えて共に在ろうとした相手がサムだったんじゃないのかなあ。
でもって、サムもそんな彼女の脆さを知っていたんじゃないかな、と思う。
秋元モリーに対するときのサムは、本当に全てから彼女を守ろうとしているように感じました。
でも同時に、きちんとお別れをすることで、彼女の背を未来に向かって押し出しているようにも感じた。
二人の最後のダンスのシーンは、本当にサムに縋るように見えたけれど、
そして、サムが旅立った後の彼女の嘆きは本当に激しかったのだけれど、
でもなぜかな。
ああ、このモリーは、サムの愛情の確かな存在を胸に、サムの存在を過去にして生きていくんだな、と思った。
なので、カーテンコールの二人の歌は、普通にED曲、という感覚で聴いていました。

2回目の時の咲妃さんは初めて拝見する役者さん。
なんとも大人っぽく、しなやかな強さのあるモリーでした。
歌声もまろやかな肌触りで、なんというか凄く余裕のようなものを感じました。
だからかな、サムよりもちょっとお姉さんな印象。
サムの方がモリーに甘えているような感じ?
冒頭の二人のやり取りで、ギターで歌いながら許しを請うサムに(浦井くん、いつの間にギターを!)、
しかたないなあ、という風に微笑みながら、彼を受け入れるのにちょっと見惚れました。
二人の歌声も、柔らかく重なり合っているように聞こえました。
そんなモリーなので、サムも心配でたまらなくてモリーの傍にいるというよりは、
ただ傍にいたいからモリーの部屋にいて、結果的に彼女を守った、というような印象だった気がする。
そういえば、モリー作の胸像が、サムの存在と重なって見えたのはこちらのモリーだったなあ。
ろくろを回すモリーを、サムが後ろから抱きしめるシーンも、
決して触れられないし、その存在だってモリーは感じていないはずなのに、
サムが彼女に向ける想いの温度が、彼女が無意識に感じる温もりの気配が確かにあるように思えて、
切ないけれどとても綺麗で、言葉以上に二人の関係性を示してくれるシーンだったように思います。
確かモリーの歌か台詞で「さよならも言えないまま別れた」というのがあったと思うのだけれど、
最後の二人のダンスは、言えなかったさよならを言って、別れを受け入れていく過程のように見えた。
なのに、ラストシーン、旅立つサムを見送ったあとのモリーを観て、
このモリーはずっとずっとサムを想って一人生きていくような気がしました。
「さよなら」は愛情の終わりではない―――そんな感じ?
階段の途中で暗闇に沈んでいくサムも、そのまままっすぐ空に登っていくというよりは、
そこにずっと佇んでいるような雰囲気があったように思います。
なので、カーテンコールの二人の歌は、再開の歌のように聞こえた。
ああ、サムは天寿を全うしたモリーを迎えに来たんだなあ、って。
まあ、この辺は思いっきり私の思い込みなんですが(笑)。


カール役は平間くん。
物語の詳細はほぼ忘れていたのに、冒頭のふとした表情や、暗闇の中去っていく後ろ姿に、
カール怪しい!と感じさせてくれるのは、さすが!という感じでしょうか。
サムとの関係性とか、モリーへの恋慕は真実だったのかとか、
どうしてこんな犯罪に手を染めてしまったのか、とか、
物語には描かれない色々を想像したくなってしまう在り方でもありました。
映画では描かれてたのかなー。
ちょっと見直したくなりました。
上記のとおり、彼が黒いゴーストに連れて行かれてしまうシーンは、
初回と2回目でずいぶん印象が違いました。
1回目の時は、捕らわれて闇へと引き込まれるカールに自分自身を重ねているように見えたし、
2回目の時は、必死にカールを助けようとして、できなかったことを絶望しているように見えた。
2回目に観た時のサムは、どこかでカールを信じていたのかもしれないなあ。


森さんのオダ・メイは、もうさすが!!としか言いようのない素晴らしい存在感でした。
なんというか、一瞬の隙もない情報過多!という感じ?(笑)。
歌声はもちろん、表情も仕草も全てが意味深で情に溢れていて、もう全てがオダ・メイ。
彼女のシーンは本当に楽しかったし、歌の後は思いっきり拍手しちゃいました!
森さんの情報過多な感じ、実はちょっと苦手だったんですが、
ここまで精度を上げて全力で演じてくださると、もう感嘆するしかありません!
サムのとばっちりで才能が開花しちゃったのは、
彼女にとっていいことなのか悪いことなのかわからないけど、
少なくとも、彼女がモリーの傍にいてくれるということは、
サムにとっても、それから観ているわたしにとっても凄い安心材料だなあ、と。
なんだかんだ言いながら、きっとゴーストたちの声を聞いて、助けてあげるんだろうなあ、と思う。
まあ、ちょっとはお金儲けもするだろうけど(笑)。


ウィリー役の松田くんは、名前は聞いたことあるけど拝見するのは初めてかな。
めっちゃイケメンくんなのに、見事なくずっぷりで思わず内心で喝采しちゃいましたv
ウィリーのモリーへの印象がそれぞれ違ったような気がするんですが、
あれはアドリブなのか私の聞き間違いなのか(^^;)
オダ・メイの妄想シーンではかっこいいダンスを見せてくれたので、
正統派にかっこいい役の松田くんもいつか観てみたいな、と思います。


アンサンブルさんは、みなさん実力派な方ばかりで、歌声もダンスもとても楽しませていただきましたv
ゴーストたちが、セットと同じような灰色であること、
着ている衣裳の年代がバラバラなことなど、ちょっといろいろ深読みしたくなりました。
彼らは、サムのように心残りを解消することができないまま、ずっとあの曖昧な空間にいるんだろうなあ。
ひのさん演じる病院のゴーズトも、もしかしたらもう奥様は天国に言っちゃってるのかもしれない。
待って待って待ちくたびれて、諦めれば天国への階段が現れるのかもしれないけど、
それでも待ち続けることしかできないのだとしたら、
その時間はどれだけの絶望に満たされているんだろう。
それとも、待ち続けるということは、それだけで幸せでもあるのかなあ。
階段を登ろうとするサムの頭(肩だったかも)をポンと叩きながら、
ひのさんの病院のゴーストが浮かべた笑みの優しさが、なんだかとても印象に残りました。

楽曲もとても綺麗だったので、映像化は無理でもCD化してくれたら嬉しいなあ、なんて思うんですが、
なかなか難しいかなあ。
三重唱の歌詞はさすがに聞き取り切れなかったので、歌詞だけでも教えてほしいな、なんて思います。
というか、いつかまた再演して欲しい!
とりあえず、残りの東京公演、そして地方公演を、
みなさんが怪我なく病気なくトラブルなく元気に全うできますように!

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この記事へのコメント

みずたましまうま
2018年08月30日 16:59
こちらも楽しく拝読いたしました。
この作品は近くまで来るのに見に行けなくて、残念に思っていました。
恭穂さんのレポを読んだら、見てきたような気分になれて嬉しいのと、実際に見られないのが寂しいのと、両方が混じりあっています(笑)。
ダブルキャストの見比べも、街中のゴーストたちも、オダメイとサムも見てみたかったです(*^^*)
恭穂
2018年08月30日 21:57
みずたましまうまさん。
こちらも読んでいただきありがとうございます。
そうかあ、ご覧になれなかったんですね。
ニアミスだったので、こちらもかな、と思っていました。
とても素敵な舞台だったので、また再演してくれるといいなあ、と思います。
その際には是非、大迫力なオダ・メイをご堪能下さい!(笑)

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