原始の響き

8月ももう終わりに近づいてきましたね。
雨が降れば湿度に負け、晴れれば暑さに負け・・・と動物として弱いことこの上ない私です(^^;)

それでも。
あの舞台で奏でられた太鼓の音、三味線の音、そして楽器として奏でられた人の声には、
なんというか理性を越えたところで沸き立つものが自分の中にあったように思います。
それは、もしかしたら私の遺伝子に刻み込まれた、原始の記憶なのかもしれないなあ。


「ナイツ・テイル ―騎士物語―」

2018.8.24 ソワレ 帝国劇場 1階I列30番台

出演:堂本光一、井上芳雄、音月桂、上白石萌音、岸祐二、大澄賢也、島田歌穂
   小西のりゆき、照井裕隆、中井智彦、神田恭兵、青山郁子、七瀬りりこ、折井理子、藤咲みどり、
   石井亜早実、遠藤令、門間めい、小林風花、今野晶乃、杉原由梨乃、知念紗耶、富田亜希、
   原梓、水野貴以、酒井航、茶屋健太、寺元健一郎、東間一貫、西岡憲吾、練子隼人、畠山翔太、
   樋口祥久、広瀬斗史輝、松野乃知
   三浦公規(和太鼓)、内藤哲郎(和太鼓)、武田朋子(篠笛・横笛)、織江響(津軽三味線)


というわけで、昨日千秋楽を迎えた話題の舞台を観てきました。
主役二人がプリンス二人(笑)なので、これはもう絶対チケットとれないなー、と諦めていたのですが、
幸いなことに1回だけチケットをご用意していただけました!
前すぎない(ここ大事!)前方センターという、個人的にとても嬉しいお席v
おかげさまで、舞台の全体も、役者さんの細かな表情も堪能させていただきました。
まあ、1回きりだと見れる範囲も限られちゃいますが(^^;)


物語の舞台は、多分古代のギリシャ。
暴虐な君主クリオン(大澄賢也)が治めるテーベは、その非情な行いの結果として、
アテネを治めるシーシアス大公(岸祐二)の軍勢との戦いに敗れてしまいます。
テーベの王子であり、従兄弟同士の二人の騎士、アーサイト(堂本光一)とパラモン(井上芳雄)は、
捕虜としてアテネに連れて行かれ、牢獄へと閉じ込められてしまいます。
もともとクリオンに対し叛旗を翻そうとしていた二人は、
囚われの身という不自由な時間の中でも、互いに励まし合いながら絶望することなく過ごしていました。
ある日、二人は牢獄の窓からシーシアスの妹エミ―リア(音月桂)の姿を目にし、
その美しさに一目で恋に落ちてしまいます。
恋敵とはなったものの、囚われの身で互いにエミ―リアに近づくことすらできない二人でしたが、
アーサイトは家族が保釈金を払ったことにより解放され、アテネからの追放を言い渡されます。
けれど、エミ―リアを諦めきれないアーサイトは、
たまたま出会った森の一座にダンサーとして加わってアテネに戻り、
エミ―リアの誕生を祝う舞いに参加したことで、エミ―リアの心を射止め、彼女の従者となります。
一方のパラモンは、彼に恋する牢番の娘(上白石萌音)の手引きで脱獄。
森の中で再会したアーサイトとパラモンは、互いの無事を喜ぶ間もなく、
恋敵としての立場を思い出し、売り言葉に買い言葉で決闘をすることに。
そのことはシーシアスの知るところとなり、私闘を禁じるアテネの法に基づいて処罰されそうになりますが、
二人の騎士的精神に感銘を受けたシーシアスは、
勝った方がエミ―リアを勝ち取り、負けた方はその命を失う、という約束で決闘を認めます。
そして訪れる決闘の日―――

という感じの物語でした。
広い帝劇の舞台の奥には半円の、木を組み合わせて蜘蛛の巣のような形にしたセット。
その上にアンサンブルさん(この場合はコロスかな?)と奏者さんたちが現れ、
演奏が始まり、口上のような歌が始まり・・・というのは、
これまで見たことのある蜷川シェイクスピアのオールメールのような流れで、
それ自体は全然違和感なかったのですが、
驚いたのは楽器に和楽器が使われていたことと、衣裳が古代ギリシャ風だったこと!
いや、古代ギリシャが舞台なんだから、衣裳は全然不思議はないんですが、
なぜか私、この物語って中世イギリス風のキラキラしいものだと思い込んでいたんですよねー。
事前にチラシなどで観た主役二人の衣裳がそんな感じだったし!
でも、主役二人以外の衣裳は、布を纏う、という感じのデザイン。
しかも、音楽は太鼓や篠笛という和楽器で・・・
想像していたのとは全然違う異空間で、とってもびっくりしました!
なんというか、とても原始的な印象。

生々しい命のやり取り。
近しく感じる神々の存在。

冒頭、アマゾネスとアテネ軍の戦いのシーンでは、舞台の上に円が描かれました。
たぶん、スモークと照明によるのだと思うけど、その円がまさに炎でできているように見えた。
その炎を飛び越すようにして、ダンスで戦いを表現する人々。
迸る血潮は真っ赤なリボンを翻して表現し、
ぶつかり合う武器の音は太鼓をはじめとした楽器が奏でる。
最近、殺陣のシーンでは剣戟の音がないとちょっと物足りなく感じていたのですが、
この舞台の殺陣は、楽器の音や低く高く響き渡るコーラスがとても効果的に使われていて、
全然物足りなさなんて感じませんでした。
むしろ、もっと観ていたい、と思った!
太鼓の音って、なぜか否応なしに自分の中の何かが煽られるような気がするし、
楽器として奏でられる人の声は、
人が動物なのだということを思い出させるような原始の響きがあったように思います。
戦いのシーンだけではなく、狩りのシーンでの乗馬の表現とかも、
まさに踊るような、様式美的な要素が強い描かれ方だったと思うのだけれど、
だからこその美しさや迫力があったように思います。
狩られる牡鹿や牝鹿も、ダンサーさん(なのかな?)がその肉体で表現されていたのだけど、
それがまた素晴らしかった!!
しなやかで軽やかで、血肉の温かさや躍動も感じられて、同時にとても神秘的だった。
パラモンと牢番の娘がそれぞれに牡鹿と牝鹿に出会うのだけれど、
あの言葉を介さない、種族を越えた邂逅のシーンは、思わず見入ってしまうような何かがありました。
アンサンブルさんが掲げた、金属でできたような木が動くことで森の表現をするのも面白かったし、
投げつけた花がしっかり地面に立って(磁石か何かかな?)一瞬の内に花畑になったりするのも面白かった。
そういう、リアルさとは対極にある景色の描かれ方が、余計に異空間を感じさせたのかもしれません。


物語は・・・ああ、シェイクスピアだなあ、という感じ(笑)。
正確には、シェイクスピアだけの物語ではないようですが、
あの終盤の怒涛の力技な大団円とか、女性陣がめっちゃかっこいところとか、
久々にシェイクスピアを観たなあ、という気持ちになりました。
これまでも何度も思ったけど、シェイクスピアの女性観ってほんと興味深い。
女性が強くて、賢くて、その深い懐で男を受け止めていれば、すべてうまくいく、という感じ?(暴言)


主役のお二人は・・・ツッコミどころ満載で、でもそれを全力でやっているところが微笑ましかったですv
単独でいるとかっこいいし思慮深いのに、二人そろうと小学生男子みたいになっちゃうのって、
子どものころからこういう二人だったということなのかなー、と想像してみたり(笑)。
アーサイト役の堂本さんは、舞台で拝見するのはもちろん初めて。
勝手に、後光が射しているみたいに煌びやかな人なのかと思っていたので、
まずその在り方に凄く驚きました。
なんというか、めっちゃ堅実。でもってもしや天然?(え)
いや、もちろん凄いかっこいいんですよ。
背が小さいことをネタに笑いを取ったりしていたけど、顔ちっちゃいからスタイルいいし。
でも、ばーん!とその存在感でアピールするというよりは、
一つ一つの台詞、一瞬一瞬の表情で役を届けてくれる、そんな印象がありました。
アーサイトという男は、たぶんとてもまっすぐで裏表のない人なんだと思う。
友情も愛情も怒りも嫉妬も喜びも悲しみも、飾ったり偽ったりすることなく、
いつだって正直に相手に伝えている。
(身分を偽ったのは手段であって、心情的にはまっすぐだったと思うのね)
エミ―リアの前でのダンスも、彼女への気持ちがその眼差しに、触れ合う手に、
溢れていたんだろうなあ、と思う。
エミ―リアは、最初多分彼の容姿に惹かれたのだろうけど、
近しい場所で時間を過ごす中で、彼のそういう等身大の部分に惹かれたんじゃないかなあ、と思う。

対する井上くんのパラモンは、もっと複雑な印象。
アーサイトに対して、深い友情と同じくらい強い屈託があるんじゃないかな、と思った。
この男には勝てない―――そんな思い。
アーサイトとのテンポの良い会話も、アーサイトが素直な気持ちを伝えているのとは裏腹に、
パラモンはアーサイトの言葉や感情に対して、どんどん反応して行っている印象でした。
お前がそう言うなら俺はこうする!的な。
だからかな。
アーサイトがいなくなって一人になったあと、牢番の娘と言葉を交わしている時や、
彼女の手引きで牢を抜け出し、サンザシの茂みの中で一人彼女を待つ時の、
静かに遠くを見ているような瞬間こそが、真実の彼のように見えました。
というか、思いっきり牢番の娘に心惹かれてるよね?!
なのに、アーサイトと再会して、言葉を交わしているなかで急にエミ―リアのことを思い出して、
売り言葉に買い言葉で決闘申し込んじゃうとか、馬鹿なの?!と突っ込みたくなりました(笑)。
まあ、その辺は女性陣が突っ込んでくれてましたが(^^;)

とりあえず、二人のシーンはとても楽しく拝見しました。
いろんなところで中の二人の仲良しっぷりが報じられてますが、役もそれを反映してそう。
そういえば、牢番の娘が「牢の中で歌ったり踊ったりしている」って言っていて、
さすがにそれは冗談だろうと思ったのだけど、ほんとに歌って踊ってましたね(^^;)


女性陣のメインキャストは音月さんのエミ―リアと萌音ちゃんの牢番の娘、
そして島田さん演じるアマゾネスの女王ヒポリタ。
3人ともそれぞれに美しく、可憐で、強くて、見惚れてしまうようでした。
それぞれの衣裳のカラーもしっくりしてたなあ。
高貴で控えめだけれど華やかなエミ―リアのベージュ。
初々しくて生命力に溢れた牢番の娘の緑。
激しく鮮やかで温かいヒポリタの紅。
3人ともいろんな重荷を背負っていて、かなりシビアな雰囲気だったのだけれど、
微笑ましさが勝つ男性陣との対比も面白かったです。
3人が仲良く語り合って(謀してる?)シーンは、ちょっとわくわくしました(笑)。

音月さんのエミ―リアは、ちょっとどこに真意があるのかわかりかねる部分はあったのだけれど、
命が軽々しくやり取りされてしまう、そして女性が女性であるがゆえに支配されるあの時代の中で、
自分の信念をしっかりと持ち続ける強さがあったのかなあ、と思う。
信念を持ち続けながらも与えられた役割は受け入れて、でも決して諦めない。
そういう強さが、音月さんの雰囲気にとても合っているなあ、と思いました。
ダンサーとして舞い戻ったアーサイトの正体を一人だけ見抜いていながら、
彼を傍に置きたくて黙っている乙女心のギャップも良かったv(笑)


牢番の娘役の上白石萌音ちゃんは、ドラマや映画では拝見したことがあって、
静かな雰囲気のある役者さんだなあ、と思っていたのですが、
今回の舞台で拝見して、自分でも驚くくらい魅了されてしまいました。
最初は大人しい感じなのだけれど、ソロで歌いだした瞬間に、
ぱーっと花が開くようにその存在が鮮やかになったような気がしました。
その後も、本当に表情豊かで、目が離せなくなっちゃった。
歌声も綺麗に透き通った温かさがある感じでした。
パラモンに恋をして、父への裏切りとわかっていながら彼を逃がし、
彼との未来を夢見ながら、裏切られたことで正気を失う―――
傷ついて全てをシャットアウトしたかのような彼女が、
春の女神(だったかな?)の代役に駆り出されて舞うシーンも良かったなあ。
空っぽになった心に女神が入りこんだかのような前半のダンスと、
途中で全てを思い出して、でも感情とは裏腹に操られるように踊る後半も。
彼女の正体が、エミ―リアが失ったと思っていた親友フラヴィーナだった、というのは、
ジョン・ケアードの創作(なのかな?)のようですが、
そうすることで、欠けていたピースがぴったりと嵌りこむように、
この物語の辿り着く形が完璧なものになったように感じました。
というか、本来の戯曲はどんな感じなのか、ちょっと気になりました。


島田さんのヒポリタは、苦い現実の中で暗い悲しみと燻る怒りを抱えながら、
最善のために挑み続ける強さが本当にかっこよかったです。
男に人生を翻弄される女として、同じ苦しみを持つエミ―リアの未来を手助けするヒポリタ。
そういう彼女の賢明さ、清冽さこそ、もしかしたらシーシアスの心を射止めたのかもしれないなあ、と思ったり。
最終的に、ヒポリタはシーシアスと心を交わしたのかなあ。
妹たちを連れてきてくれたことに感謝はしつつも、あんまり甘い雰囲気にはなってなかった気がする。
まあ、他の二組がラブラブでしたから、相対的にかもですが(笑)。


岸さんのシーシアスは、男は背中で語れ!という雰囲気だった気がします。
ヒポリタをとても大事に思っているに、肝心の言葉は伝わってない感じ?
というか、この物語では男性と女性の思考回路がかなり乖離しているので、
わかり合うよりも、問答無用で受け入れちゃう方が簡単なのかもしれないなあ、と思ったり。
殺陣は舞いを見るような軽やかさがある舞台でしたが、
シーシアスとクリオンの殺陣は、ゆったりと重厚さのある雰囲気だったように思います。

クリオン役の大澄さん、メインの役は森の人々のリーダー、ジェロルドの方ですね。
立ち位置的には道化に近いのかなあ。
滔々と台詞をまくしたてるところとかがあったので、そんな風に感じたのかも。
森の人々にダンス指導をするのだけれど、結構容赦かったな(^^;)
でも、そんな指導があったからか、彼らが披露する2回のダンスシーンは、とても見ごたえがありました!
そうそう、最初の練習シーンでダメ出しされたメンバー二人(神田くんと寺元くん・・・だっけ?)が、
そのシーンで、舞台奥のセットの上に並んで座って、左右に揃って首を振っているのが凄く可愛くて、
思わず見つめちゃってアーサイトの見せ場を見損ねました(^^;)

というか、アンサンブルのみなさんはほんとに八面六臂の大活躍!
一人何役も演じる上、歌も芝居もダンスも殺陣も小道具の配置まで・・・
きっとそれぞれの役も綿密に作りこんでらっしゃると思うのですが、
全部を見きることは絶対に無理なので、それがほんとに残念でした。
あ、あの人がこんな役を!と思った瞬間もあったのですが(^^;)
それにしても冒頭の三人の王妃の歌声は本当に美しかったし、
敗れる兵士たちの姿はとても痛々しかったし、
牢番の娘の崇拝者と、牢番のやり取りは面白かったし、
森の人々のダンスで、フラヴィーナの相手役の子のダンスに溢れるやさしさが印象的だったし、
主役二人の決闘ときの7人ずつの仲間たちの戦いの、それぞれのキメはかっこよかったし、
ピリソス、めっちゃかっこよかったし!(笑)

改めてパンフを見直すと、本当に隅から隅まで豪華な舞台だったんだなあ、と思います。
なんというか、祝祭的な、ハレの日的な舞台だったのかなあ、と思ったり。
時代も、国も、人種も飛び越えて、ただ命を、愛を、平和を讃える―――そんな物語だったのかな。
観終わった後に、素直に楽しかった!といえる。
観終わった後に、ひと時の夢から醒めたような不思議な感覚が残る。
そんな、舞台だったように思います。

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この記事へのコメント

みずたましまうま
2018年08月30日 22:15
「あの舞台で奏でられた太鼓の音、三味線の音、そして楽器として奏でられた人の声には、
なんというか理性を越えたところで沸き立つものが自分の中にあったように思います。」
まさに!
理由がわからないけど感動が沸き上がってくる瞬間が何度かあって。
恭穂さんのこの文章が、すごくしっくりきました。

和楽器の音、殺陣にぴったりでしたね!
効果音なしで、あんなに戦いの緊迫感や臨場感が出るとは正直思っていなくて、驚きました。
(翌日が新感線だったんですけど、個人的には引けをとらない表現だったなと…)

前方の端寄りで見たので、引きで見るとかなり違うんだなあ…と改めて思いました。スモークの効果とか床照明は全然見えなくて(笑)。
自分が見た舞台なので、普段よりさらに楽しく拝読しました。お話が聞けて嬉しかったです(*^^*)
みずたましまうま
2018年08月31日 11:59
エミーリアの乙女心や、パラモンのアーサイトに対する心情など、読んで「あっ!なるほど」と思いました。
エミーリアはヒポリタやフラヴィーナといる時の方が可愛いと思っていたのですが、アーサイトにそうやって心が傾いていったのかと微笑ましくなりました(*^^*)

シーシアスの「男は背中で語れ!」にも笑っちゃいました。
最初はエミーリアやヒポリタの話に耳を貸さなかったので、よくラストの変心にたどり着いたなと見ながら驚きました。そこがシェイクスピアなんですかね(笑)

森のダンスの二人組は、神田・寺元ペアで間違いないです。ピリソスは、見た目や体格も声も佇まいもかっこ良かったですね!岸さんとの並びは目の保養でした。

もとの戯曲だと、「決闘でアーサイトが死に、牢番の娘は気が違ったまま死に、パラモンとエミーリアが結婚する」という結末で、女性たちの描き方もかなり違うらしいです。
この作品を清々しい祝祭劇にしたのは、ジョンの手腕の成せる技だったのでしょうね。
恭穂
2018年08月31日 21:22
みずたましまうまさん、こんばんは。

私も先程、みずたましまうまさんの感想のまとめをツイッターの方で読ませていただきました。
細かいところまでちゃんと見てらして、凄い!と思いました。
私はどうにも思い込みが先走っちゃうので(^^;)
でも、直接語り合いたかったなあ。
ニアミスが本当に悔やまれます!

殺陣の表現は、本当に新感線と真逆でしたね。
どちらの表現も魅力的だったな、と私も思います。
床照明、きっと綺麗だったんでしょうね。
2階席からも観てみたかったですが・・・再演があることを祈るしかないでしょうか。
まあ、再演されてもチケット争奪戦に勝てる気がしませんが(^^;)

もとの戯曲はそんな悲劇的な終わりだったんですね・・・
まさかパラモンとエミ―リアが!
それはそれで興味がありますが、基本ハッピーエンドが好きなので、
まさに祝祭劇という感じのこのアレンジにしてくれて、
良かったなあ、と思ってしまいます(笑)。

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