名残雪

名残の雪のように誰かの心に降り積もる誰かの想い。
それはきっと、未来の萌芽を導くはず。



「生きる」

2018.10.27 ソワレ 赤坂ACTシアター 1階U列30番台

出演:市村正親、市原隼人、小西遼生、May’n、唯月ふうか、山西惇、川口竜也、佐藤誓、重田千穂子、
    治田敦、松原剛志、上野聖太、高原紳輔、俵和也、原慎一郎、森山大輔、安福毅、飯野めぐみ、
    あべこ、彩橋みゆ、五十嵐可絵、可知寛子、河合篤子、森加織、森実友紀、高橋勝典、市川喬之


黒澤明監督の映画「生きる」をミュージカル化したこの舞台。
市村さん出演ということでチケットを取ったものの、どうしてもその日にお休みが取れず・・・
実は、あらすじを読んで、ちょっとこれはきついなあ、と思ったこともあり、
お休みが取れないということはご縁がないということ、と一度は断念したのです。
でも、チケットを譲ったお友達の感想をTwitterで読んで、
これはやはり行かなくてはならない気がする・・・と急遽チケットを探しはじめまして。
幸運なことにご縁をいただくことができました。

物語の舞台は、戦後の復興の兆しが見え始めた頃の日本。
定年間近な一人の男が、自身の余命を知るところから物語は動き始めます。
変わらないことを安定として、ただただ真面目に休むことなく職場である役所に通い続けた男。
けれど、自らの命があと半年と知ったとき、彼は立ちすくみます。
死への恐怖。
自分の今までの人生が崩れ去る虚無感。
息子夫婦とわかり合えない孤独。
自分にまとわりつく全てを振り切るかのように、初めて職場を無断欠勤し、羽目を外そうとする男。
酒、華やかな夜の世界、ギャンブル―――けれど、そんな自暴自棄な時間はむしろ彼を苛むばかり。
そんな中、男は職場の部下である一人の女と言葉を交わします。
自分のしたいことは役場にはない。
そう言って、退職の書類に判をもらいに来た女。
その女の未来に向かう明るさと生命力に心惹かれた男は、外聞も気にせずに彼女に付きまといます。
とうとう女からも怪訝な目で見られるようになった男は、自分の命が長くないことを女に告げます。
残された時間を、どう過ごしたらいいのかわからない―――
そううなだれる男に女は困ったように話します。
自分が工場で作っているのはこんな簡単な玩具だけれど、これを喜ぶ子どもたちが居ると思うと、
とても幸せな気持ちになる。
だから、あなたも何かを作ってみたら?―――と。
その言葉に男ははっと目を開かされます。
何かを作る―――何かを、残す。
自分にも、それができるのだろうか。
そして男は、自分の勤める市民課に持ち込まれた下町の公園開設に向けて動き始め―――

という感じの物語。
一度きりなので、言葉とかは全然違うかもですが(^^;)

いやー。
覚悟はしていましたが、きつかったです。
もうね、いろんな立場で、いろんな登場人物に寄り添っちゃったんですよ。
がんであるかもしれないと考えた男。
がんを患った父を持った子ども。
お役所仕事を仕方ないと思ってしまう勤め人。
自分の限界を知る医療関係者・・・
ミュージカルって、自分のリアルとはかけ離れた場所にあるものだと思うんです。
かけ離れた虚構の世界の中から、自分のリアルに響く何かに、
あるいは自分のリアルにはない世界に心惹かれる。
でも、このミュージカルは、自分のリアルにとても近い位置にあって。
その距離感で、静かに、けれど容赦なく切り込んでくる物語に、本当に打ちのめされました。
それでも、見ない方が良かった、とは思わなかったけれど。

市村さん演じる渡辺は、本当に普通の男でした。
真面目なだけが取り柄で、かわり映えのしない生活の中、
変わらない生活を漫然と信じている、普通の男。
丸まった背中。
弱々しい声。
市村さんとは思えないほどに薄い存在感に、本当に驚きました。
でも、その存在感の薄さの中に、確かに渡辺の歩んできた人生があったように思うのです。
誠実に、一歩一歩、妻のために、息子のために生きてきた男の人生。
1幕最後で、彼は自分にもできることがあるのかもしれないと、♪二度目の誕生日 を歌い上げます。
それまでの寄る辺ない様子から一変したその姿は、本当に明るくて力強くて喜びに満ちていて、
彼の人生が大きく変わるのではないか、と思わされた。
でも、同時に、小説家に言われるまでもなく、
リアルに刻まれた一人の男の在り方が、そう簡単に変わるはずはないとも思った。
そしてそれは正しくて。
渡辺の在り方は、大きく変わらず、ヒーローに変身はしなかった。
相変わらず猫背で、声が小さくて、押しも弱くて。
彼の変化は、諦めず、誠実に、粘り強く、一歩一歩―――その、彼が本来持っていた力が、想いが、
惑いの中から一つの方向に向かいだしたことなのだと思いました。

実際、彼自身の行動が、公演造成の決め手となったわけではありません。
計画書を手に、助役(山西惇)のところに日参するだけ。
手ひどく追い払われても、痛めつけられても、ただ愚直なまでに頭を下げ続ける。
けれど、その姿が、その想いが、周りを変えていった。
若い部下を動かし、小説家を動かし、役所を動かした。

二幕の後半、公演造成が決まった喜びのシーンから、突如舞台の上から渡辺の姿は消えます。
彼の通夜の席で、他者が語る彼の姿。
その場に集うほとんどの人が知ることのない、彼の想い。
けれど、舞台の上に居る時以上に、私には彼の存在が感じられた気がするのです。
それほどまでに、行く先を見据えた彼の想いは確かだった。
うっすらと降り積もる冬の終わりの雪のように、
静かに、軽やかに、けれど確かに、その思うは降り積もり、その人自身も、周りも変えて行く。
もちろん、その変化はとても融ける雪のように儚く些細なものかもしれない。
うっすらと積もる雪に気づかない―――変わらない人もものもきっとある。
もしかしたら、その想いはとてもエゴイスティックで、
その温度は誰かを変えるのではなく、傷つけ凍えさせるものかもしれない。
それでも、その想いは、次の花に繋がっていく。
渡辺の在り方を見て、そんな風に思ってしまいました。


いやでもね。
市原さん演じる息子との関係性は、やっぱり最後までどうなんだろう、と思ってしまったんですよ。
それはまあ、私が子どもの立場でもあるからなんだと思うんですが・・・
息子に心配をかけたくない、入院したくないという渡辺の決意も、わかる気はします。
自分が“生きる”時間を、奪われたくない、という気持ちでもある。
でもね。
それって、渡辺が光男の時間を奪っている、ということでもあると思うんですよ。
息子として、父親のために生きる時間。
息子として、父親の最後を共有する時間。
息子として、自分の想いを父親に受け止めてもらう時間。
そのどれもを、渡辺は光男から奪った。
そのきっかけは、息子夫婦の配慮のなさだったかもしれないし、
そんな息子夫婦に対する渡辺の遠慮や憤りだったかもしれない。
それでも、半年の時間の中で、歩み寄れる時間はあったと思うし―――あってほしかった。
ラストシーン、小説家に真実を告げられた光男の慟哭は、
満足そうな渡辺の姿との対比もあって、本当に本当に辛かった。
もしかしたら、あの隣のブランコに、光男は座っていたのかもしれない。
子どもの頃のブランコの思い出を、語り合えていたのかもしれない。
でも、あの瞬間、渡辺は一人きりで、光男も一人きりだった。
そのことが悔しくて、悲しくて、やるせなくて、涙を止めることができませんでした。
あの瞬間、私の涙は光男の涙だったと思う。

この日は市村さんと小西さんの千穐楽で、何度も繰り返されるカーテンコールの最後の方で、
市村さんが隣の市原さんにぽん、とあの帽子をかぶせました。
その瞬間、市原さんの顔が、泣き笑いのように歪んで、そんな彼の肩を市村さんが強く抱き寄せた。
それは、役を脱いだ役者としての市村さんから市原さんへの仕草だったのかもしれない。
でも、私には、渡辺から光男への仕草のように思えて、
やっぱり泣けて、そしてちょっとだけ救われた気持ちになりました。

小説家役の小西さんは、やさぐれた雰囲気の中にあるインテリ感というか、純な感じというかが、
まさしく小説家!という感じでした(笑)。
狂言回し的な存在でもあって、彼の小説、という形で物語が進んでいくのですが、
渡辺と接することで彼の中に芽生えてくる変化がとても鮮やかでした。
彼の書いた渡辺の小説が、彼の人生を大きく変えたかどうかはわからないけれど。
それにしても、彼は光男に恨まれても当然だと思います!(まだ言う)

とよ役はMay’nさん。
彼女のファンのお友達に以前CDをお借りしたことがありまして。
今回舞台で観るのを楽しみにしていました。
明るくパワフルで、生命力に溢れるとよという女性を、ちゃんと見せてくれたように思います。
というか、1幕の彼女のソロ、めっちゃ泣けた・・・
あんなに明るい曲なのに、というか、明るい曲だからこそ、
彼女の弾けるような生命力に、渡辺の知らない不可思議さに、未来に向かう笑顔の眩しさに圧倒されつつも、
見つけた!という喜びに満たされる渡辺の気持ちに寄り添ってしまって。
突然距離を縮めてきた渡辺に戸惑いながら、
それでも、彼の想いに彼女の中のなにかも変わっていったんだろうなあ。
それまでの明るさをひそめた喪服の後ろ姿には、それまでにはなかった芯があったようにも思います。

一枝役はふうかちゃん。
ある意味“現代っ子”な立ち位置なのかなあ。
“新しい日本”の象徴的な部分もあるのかも。
でも、年齢的には彼女自身も“戦争”を知っているはずで。
彼女の未来への希望や羨望、希求が、その上に在るものだとすると、
その切実さと危うさが際立つような気がしました。
彼女は、自分と子どもの未来を守り、より良いものにしたいだけなんだよね・・・
一枝が、義父から何を受け取ったのかは描かれてはいないけれど、
渡辺が言っていた「これから生まれる子どもたち」には、
彼女のお腹にいる赤ちゃんのことでもあるんだと思う。
そのことが、彼女に届くといいなあ。
というか、渡辺が孫に会えなかったのは、本当に辛い・・・

一枝さんととよちゃんは、Wキャスト、というか市村さんver.と鹿賀さんver.では役替わりだったようで。
今回鹿賀さんver.を観ることができなかったのがとても残念です。
それぞれ全然違う一枝さんととよちゃんになってたんだろうなあ。
新納さんの小説家も観たかった。
プログラムの写真を見てちょっと仰け反りましたよ。
この着流しとインパネスの似合いっぷり、何事?!って(笑)。
来年TVで両ver.放送されると今日情報が流れていたので、それを楽しみにしていようと思います。

山西さん演じる助役は、とってもわかりやすい敵役だったのですが、
なんだか憎めないなあ、と思ってしまったり(笑)。
重田さん演じる主婦が引き連れるお母さん方も、めっちゃ個性的で迫力がありました!
とよちゃんとはまた質の違う明るさと強さが、見ていてとても楽しかったです。
アンサンブルさんも、知っている役者さんは多かったのですが、
どの役が誰、というのがちゃんと見分けられなかったのがちょっと残念。
物語に圧倒されて、そこまで気持ちを振り分ける余裕がなかったんだよね(^^;)
その辺も、放送の時に見れるといいな。
その前に、映画版も見ておかないと!


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