孤独の星

立ちすくむ絶望の底。
呆然と見上げたその眼に映ったものは。
手の届かないはるか遠く―――けれど確かに熱を持ち光を放つ、孤独な星の姿。


「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812」

2019.1.26 東京芸術劇場プレイハウス 1階V列一桁台

音楽・詞・脚本・オーケストレーション:デイブ・マロイ
原作:レフ・トルストイ(「戦争と平和」より)
訳詞・演出:小林香
出演:井上芳雄、生田絵梨香、霧矢大夢、小西遼生、松原凛子、はいだしょうこ、メイリー・ムー、原田薫、
    武田真治、亜久里夏代、会田桃子、アリサ・チェトリック、木暮真一郎、森山大輔、村松ハンナ、
    大嶺巧、大月さゆ、酒井翔子、菅谷真理恵、武田桃子、塚本直、山田元、山野靖博


トルストイの「戦争と平和」。
名作として必ず名の上がるこの大作ですが、恥ずかしながら私は読んだことがなく・・・
いえ、カタカナ苦手な私には、ロシア人の名前とか、同じ名前がたくさんとか、
一つの名前に複数の愛称とか、めちゃくちゃハードルが高くて(^^;)
なので、今回この舞台で初めてこの物語世界に触れました。

物語は、長大な原作の中の一部を抜粋したもの。
貴族の私生児として生まれ、自らの境遇に鬱屈としたものを抱いている青年ピエール(井上芳雄)と、
ある若く美しい伯爵令嬢ナターシャ(生田絵梨香)の経験した恋と絶望を二つの軸として、
彼らを取り囲む人々の人生の僅かな時間を切り取ったものでした。
そう。
あの不思議な舞台の上に紡がれていたのは、まさにその人生を生きる人たちの姿だった

広いステージ全体を使った舞台の床は、何か所も切り取られたかのようになっていました。
一段低くなったその部分にはテーブルと椅子がいくつもあって、
オーケストラのいる2か所以外は観客が座る仕様になっていました。
多分テーブルの上には小さな照明もあったようで、暗く沈んだそのスペースがキラキラしていました。
そして舞台の上方には、彗星を模したと思われる大きな一つの照明と、
小さな星を模したたくさんの照明がぶら下がっていて、
あまりの綺麗さに客席に入った瞬間、思わず感嘆してしまいました。
キャストのみなさんは、そんなステージ上の客席を縫うように存在する「道」の上を、
縦横無尽に動きながら・・・時々そのテーブルに着く観客に絡みながら演じていくわけです。
今回私は1回きりの観劇だったのですが、後方席から見ると、
あのステージ上の席は、物語の一部分のように見えるときもあり、
昏い夜の海のように見えるときもあり、光に満ちた「道」の隣に凝る闇のようでもあり、
仕掛け絵本の細工のようでもあり、なんとも不思議に美しい光景を作りだしていました。
そんな現実感の乏しいステージの上で、けれどそこに生きる人たちはとても生々しかった。


生田さんのナターシャは、本当にとんでもなく可憐でした。
まさに咲き初める花、という感じ。
これはもう、誰だって魅了されるし、守りたくなっちゃうよねー、と思うと同時に、
はいださん演じるマリアの「一目見て嫌いだと思った」という気持ちも凄く良くわかってしまいました。
そのくらい、ナターシャという存在の輪郭を、歌声や演技を越えた部分で見せてくれていたように思います。
歌声も可愛らしいだけでなく、ナターシャの無邪気さ、未熟さ、無意識の傲慢さ、
そして、漠然とした不安を、きちんとこちらに伝えてくれたと思う。
彼女の行いは、理性的に考えれば、多分凄く愚かで。
でも、彼女があの選択をしてしまった根本には、多分彼女の本質があった。
物語の冒頭、キャストたちが主要人物を一言で表しながら紹介するシーンがありました。
初回だったことと、諸々の衝撃であまり歌詞が聞き取れなかったのですが、
(というかこの曲、紹介される言葉がどんどん重なって繰り返されていくのに、凄い圧倒されました)
ナターシャを表す言葉は、“自由”だったと思います。
遠く戦地へと旅立った最愛の婚約者。
一人取り残された彼女を迎えたのは、本心では彼女を拒絶している彼の父と姉。
そして、彼女を守るために囲い込む名付け親と従姉の存在。
閉塞した状況の中で出会ったアナトールという存在は、自由を求める彼女のどこかを震わせた。
心変わりしたのではない。
それが許されないことだとはわかっている。
それでも、あの時の彼女には、アナトールと共に飛び込む未来こそが“自由”だったんだろうな、と思いました。
もちろん、その“自由”は錯覚で―――彼女は全てを失ってしまうわけなのだけれど。
そして、彼女の“自由”を求める魂は凍り付いてしまうのだけれど―――

井上くん演じるピエールは、なんとも屈託のある朴訥とした青年。
猫背の井上くんって、なんだか凄い新鮮な感じでした!
感情を露わにして奔放に生きる他の人たちに比べて、
放っておくと、自分の部屋にずーっと籠っている感じ。
舞台前方の一段低くなったスペースがオケピになっていて、
コンダクターさんのいるピアノの傍が彼の部屋、という設定っぽかったのですが、
途中の1曲でピエールがそのピアノで弾き語るシーンがあって、
その現実と物語の境界が曖昧な感じが、とても不思議で面白く感じました。
というか、地味に井上くんめっちゃ頑張って活躍してた気がする!
ピアノだけでなく、冒頭ではアコーディオンも弾き語ってたし、
「道」の上で物語が動いている時にも、黙々と部屋で本を読んだり何かを描いたり、思索にふけったり、
マトリョーシカ人形を延々と並べて、もう一度片づけたり・・・(状況的に凄い意味深でした!)
ピエール自身、物語の中で妻との関係性に絡んで大胆な行動を起こすこともあるのだけれど、
基本的には受身なスタンスだったのかなあ、と思いました。
歌も、なんというか染み渡るような印象の時の方が多かった気がする。
そんな中、終盤の台詞には、思わず息を呑んでしまいました。

このミュージカル、台詞も全て基本的に音楽にのっています。
アンサンブルさんたちが状況を説明する歌
登場人物が心情を吐露する歌。
登場人物同士の会話も全て歌。
でも、最後にピエールが失意のナターシャを訪ねたシーンでの歌では、一節だけ台詞になっていたのです。
その歌自体が、朗読のような感じで、
歌なんだけど本を読んでいるような気持ちになる不思議な感じだったのですが、
全てを失い、絶望し、打ちひしがれ、彼の言葉も届かないようなナターシャに向けたピエールの言葉・・・

でも、僕を思い出してほしい。
君は一人ではない。
僕がここにいる。

きちんとした言葉は覚えていないのだけれど、メロディーのない、歌ではないその言葉に、
心が一気に引き寄せられるような気持ちになりました。

この言葉は、けれどこの時のナターシャの魂を融かすことはできなくて。
強張った表情のまま、彼女はピエールの前から去っていくのだけれど。
でも。

ラストシーン、暗い舞台の上で独り歌うピエールの頭上に降りてきた星々が輝いていました。
その中で、ひときわ大きく輝く彗星。
暗い宇宙の闇の中を、ただ独り旅する彗星が、地球という存在に辿り着いたように、
誰かの幸いを祈って溢れ出た言葉は、どんなに不器用でも、どんなにたどたどしくても、
その光は必ず相手のこころのどこかに届く。
そして、その光は、自分自身をも幸いへと近づけるのかもしれない。
このミュージカルで描かれた物語は、とてもやるせなく哀しく辛いものであったけれど、
静かな明るさと強さと優しさの感じられる終わりに、なんだかほっとしてしまったのでした。
観終わってからプログラムを読んだら、
原作の終盤ではピエールとナターシャは結婚して幸せになるのですね。
このミュージカルではそこまでは描かれなかったけれど、
そんな未来の可能性を感じさせてくれる終わりだったように思います。


霧矢さん演じるエレンは、ピエールの妻。
愛のない結婚で、堂々と不倫している悪女、という描かれ方でしたが、
なんというか、めちゃくちゃかっこよくてびっくりしました!
この物語の男性陣って、総じて頼りないというか詰めが甘いというか・・・な感じなのですが、
もしかしたらこの人が一番男前なんじゃないかと思ってしまいました(笑)。
ナターシャを誘いに来るシーンとか、
ナターシャが彼女を見る目が「なんて綺麗で素敵なお姉さま!」という感じだったし。
彼女の背景はあまり描かれないのだけれど、
ピエールとの関係性にはそれなりの理由があったんだろうなあ。

エレンの弟でピエールの友人、そしてナターシャの不倫相手なアナトールは小西くん。
ああ、こういう女の子大好きな人っているよねー、とちょっと生温い目で見てしまいました(^^;)
なんというか、全然悪気がないんだよね。
悪気がないからいいわけでは全然ないし、やってることはもちろんとんでもないんだけど、
この男はこういう男だから仕方ない、ってなっちゃう説得力があるのは、
小西くん、さすがだなー、と思いました。
途中、ヴァイオリンを弾いたりしていたような気がするんだけど、
というか、この舞台、キャストのみなさんがいろんな楽器を弾いてたと思うのだけれど、
そんな姿も説得力に一役買っていたように思います。
いやでもやっぱり悪い男だ!(笑)

松原さん演じるソーニャは、ソロの曲がめちゃくちゃかっこよかった!
ブルースっぽい雰囲気もあったかな?
あの1曲で、彼女の生い立ちから、それゆえのナターシャへの想い、
そして、その想いにがんじがらめになっている彼女自身が見える気がしました。
彼女があのあとどうなったのかちょっと気になるなー。原作読むかな・・・

はいださんは、ナターシャの婚約者のお姉さん、マリア役。
年老いた父の世話に明け暮れて、自身の幸せを手にすることのできていない・・・感じ?
華やかな装いの女性陣が多い中で、地味な暗色のドレス姿で、
でも彼女とお父さんのシーンは、シュールなコメディ要素があって、
眉を顰めながら笑ってしまう感じでした。
彼女にとって、ナターシャは羨望と、嫉妬と、気おくれと・・・
マイナスの感情の塊みたいな存在だったんだろうな。
訪問したナターシャとの歌も、同じ歌詞を歌っているのに見事な不協和音になっていて、
そのことが二人の越えられない溝を示しているようで、面白いなあと思いました。

というか、このミュージカルの楽曲、凄いバラエティに富んでいて面白かったです。
めちゃくちゃ難しそうだけど、アンサンブルさんたちがみなさん素晴らしくて、
全然不安も不快もなく音楽そのものを楽しむことができました。
でも、演技や歌やダンスだけでなく、客席降りして観客を煽ったり、楽器を弾いたり、大変だったろうなあ・・・


物語を観ながら、登場人物たちの誰もが、こういう人いるいる!!と思えてびっくりしました。
だって、この物語、200年以上前のロシアが舞台なんですよ?
シェイクスピアの戯曲も、現代に通じる、とかかれていたり、確かにそう感じるときもあるのだけれど、
こんな風に生々しい存在として登場人物を感じたことはあまりなくて、
(もちろん、時代がもっと遡ってますが)
シェイクスピアとは違う意味で、トルストイ凄い!!と思ってしまいました。
この脚本を書かれた方が、そう脚色したのかもしれないけれど、
そもそもの原作が、きっとそうなんだろうな、と漠然と思いました。
これはやっぱり原作を読むべきかなー。
カタカナ苦手なんだけど(^^;)
少なくとも、このミュージカルの部分だけでも後で読んでみようかと思います。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック