言祝ぎ

その声はもう届かない。
でも。
その後ろ姿は確かに彼を言祝いでいた。


彩の国シェイクスピア・シリーズ第34弾
「ヘンリー五世」

2019.2.23 ソワレ 彩の国さいたま芸術劇場大ホール 1回M列10番台

出演:松坂桃李、吉田鋼太郎、溝口淳平、横田栄司、中河内雅貴、河内大和、間宮啓之、廣田高志、
   原慎一郎、坪内守、松本こうせい、長谷川志、鈴木彰紀、竪山隼人、掘源起、續木淳平、高橋英希、
   橋本好弘、大河原啓介、西村聡、岩倉弘樹、谷畑聡、齋藤慎平、杉本政志、山田隼平、松尾竜兵、
   橋倉靖彦、河村岳司、澤梅陽子、悠木つかさ、宮崎夢子


というわけで、久々に大好きなさい芸に行ってきました!
・・・この季節はちょっと駅からの道が辛いですが、でも大好きな劇場なのでとても嬉しくv
二年以上ぶりだったので、道沿いのお店が変わっていたり、薔薇が植え替えられていたり、
ちょっとした変化があって、なんだかちょっと切なくなりました。
変わらないものはないんだなあ・・・

今回の「ヘンリー五世」は、時間軸的には2013年に上演された「ヘンリー四世」の続き。
「ヘンリー四世」の最後に戴冠したハル―――ヘンリー五世のフランス遠征を中心とした物語です。
去年、鵜山さん演出、浦井くん主演の同作を観ているのですが、
自分で思っていた以上に別物でびっくりしました!
翻訳と演出と役者さんが違うと、ここまで受け取るものが違うのか、と。
何というか、めちゃくちゃ面白かったんですよ。
いえ、鵜山演出が面白くなかったわけではなくて、私のスタンスが全然違っていたんだと思う。

鵜山演出の「ヘンリー五世」は、何というか凄く感覚的というか、観念的というか、形而上的というか・・・
今になって思うと、外側から精密な箱庭を覗き込んでいるような感じだった気がします。
翻る旗で提示される美しい戦い。
時代や国を越えた不思議な衣裳。
そして、流れる血を纏って“王”となるヘンリー。

一方の吉田演出の「ヘンリー五世」は、そこに生きる人の息遣いが、流れる血潮の熱さが、
戦場という壮絶な場所のリアルが、肌で感じられるような生々しさがあった。
もちろん、作りものなんですよ。
鎧だって、剣だって、地面をぬかるませる雨だって、全部作りもの。
でも、きれいごとではないリアルな生が、死が、まさにそこにあったように思うのです。
そして、その極限の状態を経て、ヘンリーはハルと融合した。

舞台の冒頭、「ヘンリー四世」のダイジェスト映像が流れました。
フォルスタッフと笑い合うハルの幼さの感じられる笑顔。
王冠をかぶるときの、決意を上回る恐れと、それを上回る責任を感じさせる表情。
スクリーンが上がった後、映像ではなく繰り返されるラストシーン―――ヘンリー五世と、フォルスタッフの訣別。
そして始まる物語。

最初にびっくりしたのが、松坂くんのヘンリーの衣裳が漆黒だったこと。
なんとなく、ヘンリー=白という刷り込みがされていたので、
細身の漆黒の衣裳で走りこんできた時には、ちょっと目を疑いました。
若々しく、思慮深くて、けれど苛烈さもある若き王。
国を、自分を裏切るものは容赦なく罰し、自らの権利を手にするために戦場へと駆けだす強い王。
死と隣り合わせの中での勝利という異様な状況の中で、常に正しく在り、味方を鼓舞する正き王。
その姿は本当に凛々しくて。
今回通路脇の席だったのですが、出陣する時に階段を駆け抜けていく彼の姿に、
特にファンではない私も一瞬ときめいてしまったので、ファンの方は大変だったろうなあ、と思う(笑)。
でも―――1幕ラストの表情に、思わず息を呑みました。
かつての遊び仲間だったバードルフ罪を犯し、かつての仲間の懇願を振り切って処刑を敢行した、その時。
フランス軍との戦いは劣勢で。
王の命令に背いて罪を犯した者を助けては士気にかかわる。
そんな状況で、それはきっと王としての正しい判断だった。
けれど、バードルフが絞首刑にされる様を、砦の上から見つめるヘンリーの表情は、
苦悩と、怯えと、後悔に満ちていたように思うのです。
そしてそれは、彼の中にしまい込まれた“ハル”が顔を覗かせた瞬間だった。

2幕で、一兵卒に扮したヘンリーは、兵士たちの偽らない言葉を聞きます。
王を敬愛し、王の部下として命を捧げるという言葉。
同時に、自分たちの命を預かる王の責任を問う言葉。
そのどちらもが、兵の―――民のなかでは矛盾のしない感情で。
王に向けられるリアルな感情に、
王が彼らから求められているものに、
王が彼らを守り与えなくてはならないことに、
王は、決して民とは交われないことに、
そして、その王がまぎれもなく自分であることに、
憤り、叫び、泣くヘンリー―――ハル。
あの瞬間、彼は全てを投げ出して“ハル”になることもできたと思う。
自分の中の深いところにしまい込んだ“ハル”を解き放つことも、
自分の思うままに、大切な人を助ける立場になろうとすることも、きっとできた。
けれど―――自分を迎えに来た弟に声を掛けられた時、一瞬の沈黙の後、彼は笑ったのです。
憔悴した顔のままで、けれど確かに彼は壮絶な笑みを浮かべた。
あの瞬間、彼はもう一度“ハル”ではなく、“ヘンリー”であることを自らに課した。
でもその選択は、一度目の時のように“ハル”をなかったことにするのではなく、
民と同じように、矛盾した感情を―――“ハル”と“ヘンリー”を内包する形だったように思うのです。

迎えた夜明け。
最後の決戦を前に、命を失うことを恐れる者は戦線を離脱することを彼は許可します。
そして同時に、援軍を希う発言をしたウェスモランド伯爵への言葉をきっかけとしたあの演説は、
物語の冒頭の清廉潔白な正しい王には決して言えない言葉だったように思うのです。
王としては型破りの、けれど同胞への情に溢れた言葉。
自らの守るべきものの、自らが背負っているもののリアルを知ったからこその、言葉。
その言葉が確実に仲間を鼓舞していく様が、
命のやり取りの現場に踏み出していく彼らが、恐怖と覚悟と高揚に染まっていく様が、
燃え盛る炎で空気が揺らぐようなヒリヒリする感覚として伝わってきて・・・
通路を駆けあがっていくヘンリーの、最初の出陣の時とは全く違った鬼気迫る表情を、
彼に付き従う人々を、瞬きをすることも忘れて、ただ見つめることしかできませんでした。
そのあとの戦いも―――怖くて目を背けたいのに、見届けなくてはならないという気持ちも同じくらい強くて。
作りものの舞台なのに、あの壮絶なまでの極限状態には、本当に圧倒されました。
なので、戦いが終わって、勝利が確定した瞬間の静寂―――そしてふっと緩んだ空気に、
勝利の雄叫びを上げるのでもなく、ただ茫然と空を見つめる彼らに、
思わず号泣しそうになりました(^^;)
その後の諸々のわちゃわちゃ(笑)も、あの極限状態の余韻というか・・・
舞台の上の彼らと一緒に泣き笑いしながら、凄く自然に受け入れられたように思います。
まあ、まさかさい芸の大ホールが葱の香りで満たされるとは思いませんでしたが(^^;)
あれ、毎日食べるの大変だろうなあ・・・弟くんのどちらか、階段駆けあがりながらむせてたし(笑)。
でもまあ、風邪は引かないかもしれない(え)。

ちょっと話が逸れましたが、というかそれ以前に訳がわからなくなっていますが、
とにかくあの2幕の戦いの生々しさは、とにかく衝撃的でした。
で、その戦いの後のフランス王宮でのシーン、ヘンリーは白い衣裳になっていました。
前作で王になったときのような、真っ白な衣裳。
そして、もの凄いテンションでフランス王女キャサリン(宮崎夢子)を口説き落とします。
その姿がね、なんだか“ハル”のように見えたんです。
浦井くんのヘンリーからは感じられなかった熱が、キャサリンへの恋慕が、
松坂くんのヘンリーからはちゃんと感じられたんです。
王としてだけではなく、征服者としてだけではなく、一人の男―――ヘンリーでありハルである一人の男として、
彼はキャサリンを請うているのだと、理屈でなく感じてしまった。
そして、それを受けるキャサリンがまた、本当に初々しくて可愛かったんですよ!
1幕での英語を学ぶシーンも、頭で理解している政治的なことを越えて、
(というか、もしかしたらそういうことからは隔離されてたのかもと思うくらい)
未来の夫や、まだ見ぬイギリスや、結婚というものに、夢を見ている感じで、
不安とか悲愴さとかは欠片も感じられなくて。
キャサリンと笑い合うヘンリーの笑顔は、まるでハルの頃のように明るくて楽し気で、
ヘンリーは、今度こそ本当にハルと融合して“ヘンリー五世”になったんだなあ、と、
なんだかしみじみ思ってしまいました。
ラストシーン、キャサリンの肩を抱いて舞台の奥へと歩んでいくヘンリーは、
その最奥で、ふと振り返りました。
その視線の先には、彼をじっと見つめる黒衣の男―――コーラスである吉田さんが立っていました。

冒頭、「ヘンリー四世」のラストシーンの短い再現でフォルスタッフを演じた吉田さんは、
その直後に着ぐるみ(違)を脱いで、細身の黒衣になって舞台の上に戻ってきました。
コーラス―――説明役として、物語の状況を説明し、観客を物語に誘い、物語を進める。
その在り方は自由奔放、その言葉は流暢且つ闊達で、凄味もあれば笑いも取る。
舞台の上と客席、フィクションとリアル、その狭間に立ちながら、
台詞のある時以外でも、ずっと物語に寄り添っていました。
例えばピストル(中河内雅貴)たちがフォルスタッフの死を嘆くときに、
いつの間にか彼らの傍にいて酒を注いでいた。
ラストシーンでも、ヘンリーとキャサリンの婚約が成立したあたりから、下手に立っていた。
客席に背を向けて、去っていくヘンリー見つめ、振り返った彼に手を振った。
その後ろ姿に、私には二つの存在が重なって見えました。
一人はフォルスタッフ。
手ひどい言葉でヘンリーから絶縁され、失意のまま病に没したと話されるフォルスタッフ。
前作を見た時、ハルとフォルスタッフはそもそもスタートラインが違っていたんだと思った。
二人の見つめる先は、この後も重なることはないんだと思った。
完全な、訣別だと思った。
でも、あんなにハルを可愛がっていたフォルスタッフが、
拒絶されたからってハルを放っておくはずがないんだよね。
憤っても、嘆いても、もう隣にいることはできなくても、フォルスタッフはハルを嫌いになったりしない。
だから、ヘンリーの中にいるハルを、フォルスタッフはずっと見守っていたんだろうし、
ヘンリーとハルが融合したからこそ、やっとフォルスタッフは彼にさよならと手を振ることができたように思う。
その背中が、ハルを言祝いでいるように見えて、そのことが、なんだかとても嬉しかった。
そして、もう一人は、蜷川さん。
これはね・・・たぶん私の感傷に過ぎないのだけれど。
でもって、そんな風に思うのは、吉田さんにも蜷川さんにも失礼なのかもしれないけど。
でも、この舞台を蜷川さんが言祝いでいるように思えて、
これもやっぱり凄く嬉しくて、なんだか泣けてしまいました。
その後の言葉は、当然のことながらコーラス以外の何者でもなかったけれど、
そして、彼が語るヘンリー五世のその後がとても切なかったけど、
カーテンコールで上手下手を行き来しながら、奥から走り出てくる役者さんを紹介するように指し示す姿が、
この舞台における吉田さんの立ち位置が、なんだかとても素敵だなあと思ったのでした。


つらつら書いてたら想定外に長くなっちゃった(>_<)
ヘンリーの在り方については、もっとちゃんと考えたいなー。
前作のDVDと今作の戯曲を買うことを真剣に検討しようと思います。

とりあえず、せっかくなので他の役者さんのことも少し。
フランス皇太子役の溝端くんは、なんというか、上品な野獣みたいな感じでした。
優秀な皇太子なのか、猪突猛進な愚かな皇太子なのか、判断に迷うところ・・・
まあでも、数千対5万とかの戦力差だったら、しかも地の利があるのだから、
あんなふうに慢心しちゃっても仕方がないのかなあ。
フランス人のエスプリは良くわかりません(^^;)
お父さんな横田さんのフランス王も、良くわからない存在だったなあ。
皇太子を諌めるのでもなく、イギリスにあからさまな敵意を示すでもなく。
二人の若者に挟まれて、且つ、結構苛烈なお妃さまもいて、何気に辛い役回りだったのかも?

中河内くんのピストルは、お調子者だけど情に篤くて・・・彼の嘆きのシーンは辛かったな。
終盤のフルエリンとのやりとりは何事?と思ったけど、
あれはフルエリンなりの敬意と友情だったのかしら・・・?
あのやりとりがあったからこそ、ピストルはまた歩き出せたような気もします。
河内さんのフルエリンがまた独特で!
ウェールズ訛りを方言で言うのは鵜山演出と同じだったけど、今回は土佐弁?長州弁?
馴染のない方言だったので、ちょっと言っていることがわかりませんでした(^^;)
葱を食べろと迫るのもびっくりしたけど、あのシーンにはあれくらいのインパクトがないと、
彼らはあの弛緩した時間から立ち上がることはできなかったんじゃないかなあ、とも思う。
というか、敗戦を知らせに来たフランスの使者さんも巻き込まれてたのだけど、
あの、何とも言えない表情がとても印象的でした。
エクセター公爵は吉田演出でも素敵でしたv
廣田さんの公爵は、ヘンリーが可愛くて仕方ない風な瞬間もあって微笑ましくv
原さんは、大きいからどこにいても良くわかりますねー。
最後のフランスのブルターニュ公爵は、裏がある感じで、でもちょっと浅はかな感じが良かった。
ピストルと仲間のバードルフ役岩倉さん、ニム役杉本さんのシーンは楽しかったv
おバカなことをやってるんだけど(^^;)
この三人も通路を駆け抜けるのが何度かあったのだけど、
たぶん演技なんだけど、ニムさんが凄い息をきらしてて、思わず「頑張れ!」と言いたくなりました。
小姓とアリス役の悠木さんは、どちらも可愛らしくv
倒れた小姓を抱えてピストルが泣くシーンは胸が痛んだなあ。
というか、実はこの舞台のセットの第一印象が「バリケード?!」だったので(笑)、
このシーンはガブローシュとグランテールに見えてしまいました(^^;)

役者さんもですが、今回下手中二階の一部がオケピっぽくなってて。
ギターとドラムの生演奏が入っていました。
録音の音楽や効果音とも重なってたと思うのだけれど、戦闘シーンでのドラムとか、
凄いかっこよくっておおお!となりました。

吉田さんが芸術監督になってからのさい芸シェイクスピアは初めてでしたが、
本当に楽しませていただきました。
あのスピード感というか、奔流みたいに巻き込んでくる感じは凄い。
3時間強の舞台だったはずなのに、体感的には2時間くらいでした。
その間全然集中が途切れなかったのは、それだけ魅力的な舞台だったということなのだと思う。
次回作のフライヤーも入っていたので(また真冬・・・(^^;))、
こちらもまたぜひ観に行きたいと思います。

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2019年03月17日 12:04
恭穂さま
「自分の中の深いところにしまい込んだハル」という言葉が
とても印象的です。
恭穂さんのご感想を読ませていただいて、そうかぁ、私は
ヘンリーが自分の中のハルと訣別したように感じたけれど、
あれは別れではなく、心の奥底に封印したのかもしれないなぁ
と思いました。
それはそれでとてもヘンリー五世らしいし、彼の強さも弱さも
物語っていますね。
シェイクスピアシリーズは完結が近づいていますが、
いつもとても見応えあって、次回作も楽しみです。
恭穂
2019年03月18日 20:01
スキップさん、コメントありがとうございます。
ハルとヘンリーについては、いろいろ考察しがいがあって久々に妄想大暴走してしまいました(笑)。
強さも弱さもあるからこそ、魅力的な王だったのかもしれませんね。
次回作は1年後くらいでしょうか。
その時にはスキップさんと語り合えるチャンスがあるといいなあ、と思います。

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