言霊

この仕事をしていると、時々どうしても言いたくなって、
でも決して言ってはいけないと言われる言葉があります。

絶対。

人のやることに“絶対”はないから。
その言葉に責任を持つことはできないから。
自分を守るためにも、絶対に行ってはいけない、言葉。
それはある意味正しくて・・・

“絶対”大丈夫。
“絶対”治る。
“絶対”助かる。

何度も口から出そうになって、何度も飲みこんだ言葉。
でも。
この物語の彼は―――彼らは、何のためらいもなくその言葉を使った。
それはもしかしたら、自分自身に向けた、自分に言い聞かせるための言葉だったのかもしれない。
それでも、その言葉は彼自身を変え、そして彼らを変えていった。

絶対、絶対、絶対、諦めない。

私も、せめてこの言葉を自分に向けて呟くことを、自分に許したい。
そんな風に感じた舞台でした。


「十二番目の天使」

2019.3.21 マチネ シアタークリエ 14列一桁台

原作:オグ・マンディーノ
翻訳:坂本貢一
台本:笹部博司
演出:鵜山仁
出演:井上芳雄、栗山千明、六角精児、木野花、辻萬長、大西統眞、城野立樹

物語の舞台はアメリカのとある地方都市。
その町のリトルリーグ出身で、大学野球のヒーローで、
大リーグにも手が届きそうになりながら怪我で野球を断念したジョン(井上芳雄)は、
その後コンピューター会社の社長にまで上り詰めました。
けれど、美しい妻と可愛い息子と共に故郷に錦を飾った直後、交通事故で妻と息子は他界してしまいます。
天涯孤独となったジョンは、もう生きている意味を持つことができないと、
自ら命を絶つため拳銃を手に取ります。
けれど、その時彼を昔の友人が訪れます。
リトルリーグ時代を共に過ごしたビル(六角精児)は、
体調不良で辞任せざる負えなくなったリトルリーグの監督を、ジョンにお願いするためにやってきたのです。
ビルに引きずられるようにして懐かしい野球場にやってきたジョンは、
そこで亡き息子にそっくりな一人の少年に出会います。
7歳だった息子と同じくらいに小柄な少年ティモシー(大西統眞)は12歳。
守備もバッティングもからきしな少年は、
けれど余り物としてジョンが監督するチーム、エンジェルスに入ったその日、
真っ直ぐにジョンを見据えてこういいました。
「僕を選んでくださってありがとう」
人一倍練習に熱心で、でもその成果がなかなか現れないティモシー。
「絶対、絶対、絶対、諦めない」
「毎日どんどん良くなっている」
そう言いながら頑張る彼に息子の姿を重ねたジョンは、練習の後の個人指導を申し出ます。
ティモシーと接していく中で、少しずつ日常を取り戻し、喪失に向き合うことのできるようになったジョンは、
時折取り出していた拳銃を、いつしか机の引き出しの奥底へとしまうことができました。
そして、プレイでは失敗ばかりだけれど、その言葉と在り方でチームの快進撃に貢献したティモシーは、
優勝決定戦で最初のヒットを記録し、チームはリーグ優勝を果たしました。
数か月後、監督の任を終え会社に復帰したジョンの下に、
ティモシーの主治医であるメッセンジャー医師(辻萬長)が訪れ―――

というような物語でした。
野球は高校野球の時期にちょっとTVで見るくらい。
更には自己啓発本とか哲学書とかにはあまり食指が動かないこともあり、
ベストセラーだったというこの物語のことは全く知りませんでした。
なので、あらすじすら知らず、観劇直前に役者さんと役名をチェックしたくらいの観劇だったのですが、
見事に号泣いたしました。
いやもう多方面からの攻撃に撃沈です。
井上くん演じるジョンが回想したティモシーの最初の言葉、「絶対、絶対、絶対、諦めない」で、
上記の理由から既に泣きそうになっていたわけですが、
ジョンの置かれた状況であるとか、
彼を気遣う大人たち(故人の記憶含め)の言葉だとか、
子どもたちの不器用だけどまっすぐな友情だとか、
ティモシーの母親ペギー(栗山千明)の想いであるとか、
試合の高揚感であるとか、
予想できてしまうティモシーの未来だとか、
なんというかもうあらゆる意味で泣かせにかかってくるわけですよ。
物語の要素としてもそうなのですが、立場としても、思わず気持ちが寄り添ってしまう部分がたくさんあって。
本当にきつい舞台でした。

正直、観終わった後は爽やかで前向きな気分というよりも、やるせなさの方が強かったのですが、
それでも、何とか席から立ちあがることができたのは、あの舞台セットによるところも大きかったかな、と。
常に舞台奥を覆う空の映像。
街をかたどったセットのシルエット。
くるっと回ると現れる小さな野球場。
そこで描かれる、大人たちの追憶と子どもたちの今。
子どもは二人だけで、そこで実際に野球の試合が行われるわけではないのだけれど、
臨場感あふれるジョンやペギーの語りが、
スピード感を持ってその情景を思い起こさせてくれたし、
その中でのティモシーの在り方とか、リック(城野立樹)との関係性とかが、
返ってクリアに見えてきた感じかして面白く。
変にリアルすぎたり、閉塞感のあるセットだったら、
なんというか立ち直れないくらい打ちのめされてた気がします(^^;)
そういう意味では、青空の効能って凄いなあ、と思ったり。

井上くんのジョンは、どん底に落ちて、全てを拒絶した男が、
また少しずつ世界と繋がって、自分の足で立ちあがって前へと進んでいく姿を、
丁寧に見せてくれたような気がします。
生の台詞と、録音のモノローグの時があって、ちょっと違和感を感じたりもしましたが、
まあ、あの行動をしながら台詞を言うのはちょっと無理があるか(^^;)
終盤、ティモシーの状況を知った後も、暴走することなく、
ティモシーとペギーの選択を尊重して、自分の痛みを軽減するためではなく、
純粋に彼らを支えるために、彼らに寄り添う行動を選択したジョンに、
冒頭の彼とは全く違う強さを感じました。
終盤のジョンの演技は、作られた感情ではなく溢れ出る感情を敢えてコントロールしない感じが、
井上くんにしては珍しいなあ、と思ったのだけれど、
これはきっとそういう舞台なんだな、と、ある意味納得できるものだったように思います。

栗山千明さんは、ペギーと、ジョンの妻サリー役。
衣裳や髪型が全く違うのだけれど、それ以上に全く異なる女性だなあ、と思いました。
サリーは回想の中でしか出てこないので、ある意味“ジョンが見ていた”サリー像で。
唯一ジョンを支え、ジョンを甘えさせることのできる存在だったのかなあ、と。
ペギーは、ティモシーの状況がはっきりしない時点でも、
その言葉の一つ一つに迷いと苦悩と、不自然ではなくそれを隠そうとする強さが見えて、
だからこそ、ラストシーンの台詞が嗚咽で途切れるのが、凄く自然に感じられたし、
そんな彼女を静かに見守るジョンの姿に、なんだかほっとする思いでした。

六角さんのビルは、出てくるとなんだか凄い和みました。
なんというか、ジョンとの距離感が絶妙。
ぐいぐい押してくるときと、黙ってただ寄り添うときと、一緒にはっちゃけるときと・・・
幼馴染というか、チームメイトってこういうことなのかなあ、と思った。
身体が悪いようには全然見えなかったから、
あれはジョンを誘い出すための嘘だったのかなあ、とちょっと思ってしまいました(笑)。

木野花さんも、ジョンの母親と、ジョンの家のお手伝いさんのローズの二役。
お母さんがジョンに向かって言う言葉―――
「自分たちが今いる場所を、私たちの誰とも交換したくないはず」は、
最初どういう意味なのか良くわからなかったけれど、
繰り返される中で、「生きろ」と言っているんだ、とすとんと落ちてくる感じがあって、
何て厳しくて優しい言葉なんだろう、と思いました。
ローズさんがジョンに言う言葉も、根っこの部分では同じで。
監督を始めて前を向き始めたように見えたジョンが、
本当の意味では顔を上げることができてはいなかったことを、
観客と同じようにローズさんにはわかっていたんだなあ、と思いました。

辻さんは、明るくてどーんと構えた感じのジョンのお父さんと、
静かにペギー親子を見守るメッセンジャー医師の二役。
お父さんは、最初にいきなり中通路から登場してきて、ちょっとびっくりしました(笑)。
メッセンジャー医師についてはねー。
なんというか、もの凄い気持ちに寄り添っちゃったので、
素直にお芝居として楽しむというよりも、勉強させてもらいました、という感じになっちゃった(^^;)
メッセンジャー医師も、きっと“絶対”という言葉を言うことはできない立場だと思うのです。
でも、「絶対、絶対、絶対あきらめない」というティモシーの言葉を、きっと彼は決して否定しなかった。
「毎日、毎日、あらゆる面でどんどん良くなっている」という言葉を、
病気を一元的な意味ではなく、人生の一部としての意味でティモシーに伝えていたと思う。
頑張っても、どうにもならないことがある。
“絶対”は、絶対ではないのだと知っている。
その中で、自分のできることを一つ一つ行っていったメッセンジャー先生は、
ティモシーと同じくらいにかっこいいなあ、と思いました。

ティモシー役は大西くん。
名前に見覚えがあるけど、何かの舞台の子役ちゃんだったのかな。
台詞としては、朴訥というかちょっとたどたどしい印象があったけれど、
それがかえってティモシーという存在をリアルにしてくれていたように思います。
登場の時点で、彼は自分の余命を知っていたわけで。
それを加味して思い返すと、彼の言葉や眼差し、行動の意味の深さに、戦慄する思いです。
チームメイトを、ジョンを鼓舞した彼のあの言葉が、
どれだけの切実さと、どれだけの覚悟を持って発されていたのか。
描かれない彼の恐怖や怒りや悲哀が、どれだけ彼を苛んだのか。
でも、彼の言葉はそんな重さは微塵もなくて、思慮深さはあるけれどむしろ無邪気にすら聞こえた。
この物語に描かれたような奇跡は、きっとめったにあることではなくて。
絶対は絶対ではないけれど、でも、言葉は口にすることで何らかの現実へと近づいていく。
「言霊」という概念は日本にしかないものなのかもしれないけれど、
彼の言葉には純粋さ以上の何かの力が、確かにあった。
そんな風に感じさせてくれる在り方だったと思います。

トッド役の城野くんは、「ビリー・エリオット」でマイケルだった子ですね。
たったまだ2年も経っていないのに、びっくりするくらいお兄さんになっていました。
背も伸びていたし、体も凄いしっかりしていた。
トッドの出番は多くはないけれど、
その中で将来有望なスター選手であることと、
描かれない他の選手の分まで、ティモシーのチームメイトとしての関係性を見せてくれました。


そんなこんなで、号泣はしつつも、まだいろいろと自分の中で消化しきれない舞台ではありました。
原作、ちょっと気にはなるんだけど・・・うーん、どうしようかな。
今日はこれからちょっとお出掛けなので、本屋さんで見かけたらもう一度悩んでみようと思います。

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