亡霊の舞踏会

見慣れた赤い座席に貼られた、白い紙。
その紙に書かれた、言葉たち。
それは、この物語の幻の舞踏会で踊る人々のように、
不確かで、儚くて、けれど強い想いとしてそこに存在していた。


VOCARION Ⅶ「女王がいた客室」room 301

シアタークリエ

原作・脚本・演出:藤沢文翁
作曲・音楽監督:小杉紗代
出演:諏訪部順一、中村悠一、神田沙也加、竹下景子


ステイホームを心掛けているうちに、あっという間に大好きな5月が終わってしまいそうです。
この状況になってから、配信される舞台はなるべく観ようと思いながら、なかなか果たせず。
やっぱり、演劇は劇場という空間込みでのものなんだなあ、と改めて実感しています。
そんな中、この配信は絶対に観ようと思っていた舞台がこれでした。
もともとチケット争奪戦に負けて観にいく予定ではなかったのですが、
上演中止が決まった後、全ての組み合わせを映像とするために上演し、
そしてその撮影の日に、SNSに寄せられた言葉たちを印刷して座席に貼る様子が、
ツイッターに流れてきました。
その光景は本当に圧倒的で。
応援する人たちの言葉が、「観客」としてそこに在った。
それはきっと、確かな存在感として、演じる人たちに届いたのではないかなあ、と思いました。
私自身はそこには参加しなかったのですが、
その幻の観客を前に紡がれた物語を、配信という形で観ることができてとても嬉しいです。

舞台は20世紀初頭のパリのとあるホテル。
そこに客として現れたマダム(竹下景子)は、客室係のエレオノーラ(神田沙也加)に自分を陛下と呼ばせ、
滞在する客室のインテリアを勝手に豪華なものに変えていきます。
「マダムは心を病んでいるから」
そう言うのは従者として彼女に付き従うマイカ(中村悠一)。
けれどコンシェルジュでありアレックス(諏訪部順一)と二人きりになった時、
マイカはアレックスに呼びかけます。
アレクサンドル・パーレン伯爵、と。
二人は、ロシア革命で亡命したロマノフ王朝の貴族だったのです。
旧知の仲であるマイカがアレックスに持ちかけたは話とは―――?

という感じのお話。
マダムは実はロマノフ王朝最後の皇帝の皇后だということが明かされて、
彼女が持つ王家の秘宝を得て没落した貴族たちを救済するというマイカの企みを中心にお話が進みます。
最初は歴史ミステリーみたいな感じかなあ、と思ったのですが、
実際は過去の亡霊に囚われた男たちが自由を手にする話だったのかなあ、と思いました。
終盤、翌日に旅立つマダムのための最後の晩餐で、
貴族であった従業員たちが、かつての姿をその時だけ自分に許し、貴族としてマダムを迎え入れるのですが、
そのシーンがとても印象的でした。

そこに集うのは、今はもういないはずの過去という亡霊。
嘆きも、怒りも、憎しみも、悲しみも、あの革命で生まれた感情は全てどこかに置き去って、
あの日の栄光を、王家への敬愛と忠誠を、仮初の姿を纏う。
そこには消すことのできない郷愁があると同時に、
その場に集うエレオノーラ以外の全ての人にとって、訣別の瞬間で。
そして、彼らは今を生きる存在として、生まれ変わったのかなあ。

皇后に付き従うことで、過去に縋りついていたマイカ。
皇后やマイカとの再会で、過去に絡み取られたアレックス。
孫娘との果たせなかった約束という夢を追うことで、過去を生き続けた皇后。
そして、アレックスが作った亡命貴族が働くためのホテルという居場所で、
過去を押し隠して生きてきた人たち。

幻の舞踏会に溢れた彼らの想いは、記憶は、本当に強くて、鮮やかで、切実で。
でも、どうにもならない悲しみと痛みと諦めに彩られていて。
それは、あの言葉という観客で満たされたクリエの客席に通じるものがあるように思いました。

幻の舞踏会に参加した彼らの切望は物語の中ですら叶うことはないけれど。
でも、あの舞台を見守った幻の観客の想いは、願いは、きっと叶う。

皇后の強い想いを受けて、エレオノーラの中に刹那存在したアナスタシアと皇后の邂逅に涙しながら、
そんなことを思っていました。


アレックス役、諏訪部さん。
声優さんには詳しくないのですが、この方の名前はさすがに知っていました(笑)。
穏やかで知的で大人なアレックスが、皇后を前に過去の記憶に囚われて惑う姿が胸に迫りました。
亡命し、困窮する貴族たちの場所としてのホテルを維持するために、
彼がこの10年間、どれだけの苦難を越えてきたのか。
あの穏やかな笑顔の下に、どれだけ強く苛烈な顔を隠しているのか。
客からの要望には絶対にNOと言わないコンシェルジュな彼がいるこのホテルの物語を、
連作短編みたいな感じで観てみたいなあ、と思いました。
エレオノーラも、このホテルの客はとんでもないというようなことを言っていたし、
きっとネタには困らない(笑)。

マイカ役の中村さん。
アニメで気になる役は結構な確率で中村さんなので、多分普通にファンなのだと思います(笑)。
マイカは、屈辱や絶望を噛みしめながらこの10年間を生きてきて。
だからこその野心であり企みであるわけなのだけれど、
口が悪くて態度がでかくて俺様な(え)マイカの弱さもちゃんと見せてくださいました。
彼はきっとずっと孤独だったんだろうなあ。
でもって、エレオノーラのレッスンの時の貴族バージョンとのギャップに、
ちょっとよろめきそうになったかもしれない・・・?

エレオノーラ役、沙也加ちゃん。
メイド服がめっちゃ可愛いv
夢見がちだけれど強かで情の深いとても素敵な女の子でした。
マダムに対しても、文句を言いながらも凄く親身になっていて、
それが彼女の本質なんだろうなあ、と思う。
アナスタシアに成り変わるためのレッスンは形にならなかったけれど、
彼女のその情があったからこそ、あの祖母と孫の会話になったんじゃないかな、と思う。
でもって、あのレッスン、女優としての彼女の糧になるんじゃないかな。

マダム役、竹下景子さん。
舞台で拝見するのは初めてかな。
なんというか、さすがの一言でした。
1幕の不確かなで危うい存在感も、
正体がばれてからの2幕のたおやかなのに威厳のある姿も。
大切なものを全て失くして、自分だけが守られ生きながらえている。
それはきっと、アレックスやマイカとは違う、けれど同じくらいに辛い時間だったんじゃないかと思う。
彼女は自分でこの生活の終わりをちゃんと考えていて。
その終わりは思いがけない成り行きで、思い描いていたものとはきっと異なっただろうけど、
最後に彼女が見た“夢”は、きっとロマノフ王朝の最後の“夢”でもあったんだろうな、と思う。
それにしても、エレオノーラが最後までうまく言えなかった「お楽にしてくださいね」という言葉をマダムに言わせるというラスト、
逆光に沈むマダムのシルエットの美しさとも相まって、ちょっと鳥肌が立つ思いでした。
これ、劇場で生で観たかったなあ・・・!


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