吟遊詩人の系譜

15年前。
初めて彼女の歌声を聴いた瞬間の衝撃を、今でも覚えています。
高く澄んで美しい―――そして、小さな舞台の上という空間を凌駕するような、何かがあった。

この1週間は、そんな彼女の声とお芝居を堪能する1週間でした。
日曜日は一人芝居の朗読音楽劇(かな?)を見て。
火曜日には彼女名義のアルバムが届いて。
木曜日には彼女が主演のアニメ映画を観て。
そして今日、木曜日はもう一度朗読音楽劇を見なおしながらこの記録を書いています。
めっちゃ忙しい1週間だったけど、でも、彼女のおかげでとても幸せな1週間でもありました。


「UTA-KATA vol.1 ~夜明けの吟遊詩人~」

2020.10.25 ガルバホール(無観客配信)

脚本:暁佳奈
出演:石川由依、伊藤真澄(ピアノ)


物語は、一人の少女―――コーデリアの語りで始まります。
生まれ育った小さな美しい島を、奉公のために出ることになった13歳の少女。
見知らぬ土地へと彼女を送るのは、旅の吟遊詩人―――アウローラ。
旅の報酬は、コーデリアの人生―――旅の間の彼女の物語。
そんな不思議なことを言う彼女と共に、コーデリアの旅は始まりました。
嫌がる彼女の背を広い世界へと押し出す母との別れ。
家族を守るために畑を耕しながら雨を待つ農夫たち。
戦争で命を落とした人々を淡々と弔う埋葬人。
収穫の喜びに沸く街。
危険な旅路に向かう人々と獣との戦い。
短い、けれど刺激的で鮮やかなその旅路は、アウローラとの歌声と共にありました。

閉じ込めた想いを解放し。
懸命に生きる人を励まし。
傷ついた魂を悼み。
人々の生活に華やかさを添え。
胸の奥の勇気を鼓舞し。
小さな女の子の成長と人生を言祝ぐ。

そして、別れの時が訪れて―――


というような物語を、由依さんの朗読と歌声、伊藤さんのピアノが繊細に紡いだ1時間半でした。

会場のホールは、一台のグランドピアノがあり、
周囲の壁一面に、まるでセットのようなアンティークの装飾がなされていました。
年経た大木のような柱と色褪せた花々。
複雑な光を反射するステンドグラス。
白い女神のレリーフ。
大きな貝殻のような質感の壁と照明。
重厚な固く閉じられた扉。
綺麗なタイルで囲われた暖炉。
その空間の全てを渡り歩くように場所を変えて、彼女一つ一つの物語を届けてくれました。

それは、まるで1冊の絵本を読むような、1本の映画を観るような、そんな濃密な舞台でした。
優しく情緒的で、けれど凛とした、物語を彩り物語に寄り添うピアノの音も。
由依さんの豊かな表情も。
培ったスキルに裏打ちされは表現で、繊細にたくさんの人物の情景を浮かび上がらせる言葉たちも。
透き通るように綺麗で、更に深く広い世界を伝えてくれるその歌声も。
本当に、本当に素晴らしかった。

アフタートークで、由依さんはこう言っていました。
歌の上手い方は沢山いるから、自分は歌わなくてもいいと思っていた、と。
申し訳ないけど、私はそうは思わない。
私が初めてであった15歳の時の由依さんの歌声の核はそのままに、
声優として彼女が生きた沢山の人生は、その歌声に更に力を与えた。
だからこそ、彼女の歌に彩られたこの物語は、こんなにも豊かな世界を創り出していたと思うのです。
うん、この舞台は、彼女だからこそ創り出せたものに違いありません。
アウローラという存在と旅をすることで成長していく多感な少女を、
信じる心に力をもらい、強い言葉を、強い歌を歌い何かを変えていく美しい吟遊詩人を、
彼女は確かに血肉のある存在として見せてくれました。
この舞台の上で、彼女は確かに今を生きる“吟遊詩人”だった。
由依さんは、多分声優という仕事に誇りを持って向き合っていて、
だからこその彼女の“今”なのだろうと思うけれど、
彼女の歌声とお芝居のファンである私としては、
こういう舞台を続けていってほしいと思うと同時に、
いつかまたミュージカルの舞台で確かな人生を描きだす、
“役者・石川由依”に出会いたいと思ってしまうのでした。


物語は、「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」の原作者、暁さんの作品。
必要とする人の前に現れ、共に旅をし、その人生を歌としてもらい受ける。
お伽噺で語られる、不思議な“夜明けの吟遊詩人”という“事象”。
人生をもらい受けるということは、記憶をもらい受けるということ。
共に旅をする中で交わした言葉も、共有した喜びも、近づいた心も。
麻が来ると消えてしまう一夜の夢のように。
彼女は全てをもらい受け―――全てを、奪う。
その、孤独。
アウローラは、何度もコーデリアに、「あなたは私を忘れる」と言いました。
そのたびにコーデリアは、「忘れないってば!」と言いました。
奪うことで存在する自身を知るアウローラと、奪われることを知らずに心を寄せるコーデリア。
だんだんと色合いを変えていく二人の交流は、本当にやさしくて微笑ましくて、
だからこそ、二人の別れの容赦のなさに、ちょっと呆然としてしまいました。
アウローラとの記憶を失くしたコーデリアの中には、
けれど彼女と交わした感情が確かに残っていて。
それはたぶん、悲しいだけでも、辛いだけでも、切ないだけでもなくて。
アウローラは、コーデリアの人生の一部を奪ったかもしれないけれど、
その奪われた時間の中で彼女が得た感情は、成長は、決して消えるものはない。
“夜明けの吟遊詩人”に理由もわからず心惹かれながら、
その物語を語り続けることを決めたコーデリア。
それは、確かにコーデリアが選び取った未来で、
でも、その未来の一部には、確かにアウローラの存在があって。
もしかしたら、語る彼女の前にアウローラがこっそり現れて微笑む未来が来るのかもしれない。
そのことに、ちょっと救われたような気持ちになったと同時に、ふと思ってしまったのです。

じゃあ、人生をもらい受けたアウローラには、何が残っているのだろうか、と。

共に旅をした人の人生をもらい受け、けれど記憶には残らない。
曖昧で、不確かな、事象。
もらい受けた人生の、記憶の重さは、彼女の存在を保つ力となると同時に、
彼女の孤独を際立たせるものなのではないかと、そんな風に思ってしまいました。
忘れられることを前提に、時間を、心を重ねていく―――その、孤独。
物語の中に散りばめられた、コーデリアが受け取った彼女の孤独や弱さはあまりに鮮やかで。
“事象”ということは、そんな感傷とは無縁の存在なのかもしれないけれど、
彼女の存在が、共に旅したコーデリアたちの人生を奪うとともに豊かにしたように、
彼女の人生―――旅が、いつかどこかに辿り着いてくれるといいなあ。


伊藤真澄さんは、初めてお名前を知った方なのですが、
楽曲の作曲や編曲もされていて、この舞台ではピアノを始めいくつもの楽器と、
更にはたぶんコーラスまで八面六臂なご活躍をされていました。
凄い!
終演後のアフタートークでは、ほんわかした雰囲気がとても素敵な方でした。

アフタートークは、この舞台ができるまでのいろいろなお話を聞かせてくださいました。
本当に、由依さんのための、そして由依さんあっての舞台なんだなあ、と、
なんだか私が嬉しくなってしまったり・・・いや、ファンだからね(笑)。
どんな音楽が好きか、と聞かれて、由依さんがZABADAKのような、と答えたことも、
それを聞いた伊藤さんが、体に沁みこむような、と表現されたことも嬉しかったv
その際に、名前は出なかったけど、
「空色勾玉」か「秘密の花園」にちょっと触れられたことも嬉しかったです。
・・・なんだか嬉しくなってばっかりだな(^^;)
でも、「空色勾玉」も「秘密の花園」も本当に素敵なミュージカルだったので、
いつか劇団の中だけのものではなく、上演してくれるといいなあ。
というか、Vol.1ということは、UTA-KATAのVol.2もあるってことですよね?
来年には、この舞台の楽曲を治めたアルバム(しかも初演の映像付き!)が出るそうで、
もちろんしっかり予約もしたのですが(笑)、
次の公演はぜひぜひあの空間で体感できたらいいなあ。


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