天使と悪魔

人間の肩には、それぞれ天使と悪魔がのっているのだと何かで読んだ記憶があります。
善き心と悪しき心。
節制と欲望。
慈愛と憎悪。
意識するしないに関わらず、大なり小なり確かに常に人の心はどちらかに揺れながら、
日々を生きているのだと思う。
でも。
どちらか一つだけに大きく傾いた心にも、確かにもう一つの存在はあって。
だからこそ、人は人なんだなあ、と。
彼を観ながら、そんなことを改めて思ってしまいました。


「レ・ミゼラブル」

2019.5.2 マチネ 帝国劇場 1階M列30番台

出演:吉原光夫、川口竜也、濱田めぐみ、唯月ふうか、海宝直人、小南満佑子、KENTARO、朴璐美、
   小野田龍之介、大矢臣、立花莉愛、山本花帆、増原英也、石飛幸治、武藤寛、丹宗立峰、
   木暮真一郎、中井智彦、持木悠、新井海人、藤田宏樹、深堀景介、町田慎之介、松村曜生、
   長尾哲平、大津裕哉、森加織、廣野有紀、桑原麻希、柳本奈都子、中村萌子、磯崎未伶雅、
   石丸椎菜、五十嵐志保美、華花、小倉優佳


というわけで、令和最初の観劇は「レ・ミゼラブル」になりました。
10連休、どんなふうにお休みが取れるかわからなかったので、飛び飛びに複数回確保してたんですよねー。
幸いなことにあまりチケットを手放す必要がなかったのでほっとしております。

今回は正面センター中ほどからの観劇。
前回の2階席からの観劇も面白かったのですが、
(下水道のシーンの後ろから沸きでてくるスモークとか!)
正面から見ると「絵」としての情景の完成度というか、迫力が凄いですね。
1幕ラストの、アンジョを中心とした三角形の陣形と、大きく振られる真っ赤な旗には、
圧がもの凄くて呑みこまれてしまうような感覚がありました。

前回とはプリンシパルがかなり違っていたこともあり、
見えてくる景色や関係性も違っていて、今回もとても興味深く、そして例の如く号泣いたしました。
その筆頭は吉原さんのバルジャン。
実は何気に初めて見せていただいたのですが・・・いやー、素晴らしかった!
個人的に、吉原さんはちょっと怖い印象が強くて。
冒頭の手負いの獣みたいなバルジャンはやっぱり凄く怖くて、思わず身が竦む瞬間も。
でも、そういう風に暗い方向に振り切れそうなバルジャンだったからこそ、
堕ちていくギリギリの瞬間に司祭様に試練という名の愛情を手渡され、
破滅への誘惑と試練への恐怖に立ち向かうべく立ち上がる姿が、
本当に切実で、鮮やかで、そしてなぜか「天使と悪魔」という言葉が浮かびました。
ジャベールの歌にあるのとは違って、誰かにとっての天使か悪魔かではなく、
バルジャンの両肩から彼の生き様を見つめる存在を感じたというか・・・
その存在は、その後も何度も何度も感じました。
♪Who Am I ? では、後ろのセットに映る二つの影がそのままその存在に見えたし、
コゼットからの追及を逃れようとするその後ろ姿にも、
マリウスからの手紙を読んだときも、
バリケードでジャベールと対峙した時にも感じた。
でも、物語が進むにつれ、彼の中の悪魔の存在が、どんどん希薄になっていくようにも思ったのです。
そして、♪Bring Him Home で、その気配は完全に天使に圧倒されたように思えた。
あの歌は、マリウスに向けられたもの。
でも、マリウスだけに向けられたものではなかった。
バリケードで戦う、頭でっかちで、世間知らずで、未熟で、でもだからこそその未来を祈らずにはいられない、
学生たち全てに向けられたものだった。
バルジャンにとって、マリウスやガブローシュだけでなく、
あの場にいた学生たち全てが、守るべき存在だったように思うのです。

吉原バルジャンは、たぶん自分よりもか弱きもの、小さきものに対しての保護本能が凄く強いのだと思う。
投獄のきっかけとなった妹の子。
農場で転んで泣いている女の子。
母という寄る辺を亡くしたコゼット。
貧民街で母に抱かれて泣く赤子(まあ、テナルディエ夫人の声だったわけですが(^^;))。
華奢な体で少年のように振る舞うエポニーヌ。
無謀なまでの勇気で自分の存在を知らしめたガブローシュ。
ふとした瞬間に見えるそんな彼の眼差しにふと気づき、
あの♪Bring Him Home を聴き、
戦いの後、気づいた彼が周囲の惨状を見て上げた嘆きの声を聞き、
そして、マリウスに全てを託した後、コゼットのいる窓に向かって手を挙げたその背中を見て・・・
彼の中から溢れるような慈愛に、なんだかもう泣くしかできなかった。
ラストシーンで、駆け付けたコゼットに向けられた笑顔の優しさにも、
再開した司祭様と交わした笑顔の誇らしさにも、
死した者たちと並んで生きる二人を守るように手を広げるその笑顔の強さにも・・・
ああ、バルジャンは、二人の守護天使になったんだなあ、とそんな風に思ってしまいました。
そして、1幕冒頭で感じたあの恐ろしさからの変貌に、なんだか呆然としてしまった。

以前この演目にめちゃくちゃ嵌ったとき、そのきっかけは別所さんのバルジャンでした。
正直、あのバルジャンを越えるバルジャンには出会えないんじゃないかと思っていた。
でも、この日の吉原バルジャンには、別所バルジャンと同じくらいに愛を感じ、
そして気持ちを持っていかれました。
これが、今回だけの気持ちなのか、吉原バルジャンが私にとってそういう存在になるのか、
それを確かめる機会は残念ながら今期はないのだけれど、
いつか、ぜひ、確かめてみたいと思います。


川口さんのジャベールは、なんというか本当に真っ当な人、という感じ。
真面目で融通の利かない役人というか・・・
ファンテーヌの様子とか、学生たちの様子とか、ガブローシュの死とか、
死にかけてるマリウスとか、結構いろんなところで気持ちを揺らしていて、
でも、それを職務に対する責任感で無理やり押さえつけてる様子が、
見ていてなんだかとても苦しかったです。
だから、マリウスを抱えたバルジャンを見逃したとき、
囚人番号で彼を読んだのはなけなしの矜持で、
でも、その後の彼はどこかほっとしているような、解放されたような印象を受けました。
それにしても、対決のシーン、バルジャンってば鎖を巻いた右手でジャベール殴ってたよね?
うーん、容赦ない(^^;)

濱田さんのファンテーヌは、なんというか凄いリアリティだな、と思いました。
強い怒りとか、底なしの慈愛とか、そういうものが一切ない。
辛い現実に翻弄されて、傷つき、戸惑い、足掻く一人の女。
騙された過去を、それでも懐かしみ男を信じ続ける愚かな女。
どうすることもできない状況の中で、差し伸べられた手を必死に掴む一人の母。
多分、あの時代、ファンテーヌのような女はどこにでもいた。
でも、そんなありふれた存在だからこそ、彼女はバルジャンにとってのきっかけになったんだろうなあ。
そんな風に思いました。
ラストシーン、駆けこむコゼットを見る表情は暗くて見えなかったのだけれど、
最後に後ろに一列に並んで歌う時、じっとコゼットを見つめる柔らかな笑みが印象的でした。
物語の中では描かれなかったけれど、彼女はずっとバルジャンとコゼットを見守っていたんだろうなあ。


ふうかちゃんのエポニーヌは、本当に健気だなあ、と。
一生懸命マリウスを追いかけて、自分の痛みを押し殺してマリウスの望みをかなえようとする姿に、
本当に切なくなりました。
また海宝くんのマリウスが、全然エポニーヌの気持ちに気づいていないわけですよ。
というか、彼にとってエポニーヌは守り導き救うべき貧民の一人であって、
決して対等な存在ではなかったんだろうな、と思う。
無意識の、差別。
マリウス自身すら認識していなかったそれを、エポニーヌはわかっていたのかな・・・
今回、見ていてちょっとびっくりしたのだけれど、
♪One Day More で、マリウスを選択させたのは、エポニーヌだったんですね。
迷うマリウスを見つめ、その手をとって仲間のもとへ向かわせるエポニーヌの、
どこか切実な横顔に胸を突かれました。
コゼットに、渡したくない。
その想いが、彼女にあの行動をとらせたんだろうか・・・?
でも、それは愛する男を命の危険にさらす行為だった。
♪On My Own で彼女が選んだ道。
エポニーヌは、自分の命を賭してでもマリウスを救うために、砦に戻ったのかなあ、なんて思いました。
そして、その願いは、叶ってしまった・・・


小野田アンジョは、カリスマ性の功罪を体現しているような存在だなあ、と思いました。
逞しいのに傾城というか(^^;)
カフェでも、バリケードでも、仲間たちに迷いが生まれた瞬間に、それをぶった切ってしまう感じ。
このリーダーについていけば大丈夫なのだと。
自分たちの行いは正しいのだと。
この先に正しい世界があるのだと。
そんな風に感じさせてしまう存在感は、その歌声が素晴らしいにも関わらず、
めちゃくちゃ危なっかしく見えました。
なんというか、周りを思考停止させちゃうんですよ。
大丈夫だと、市民は来ると、なんの根拠もないのに言い切ってしまい、それを信じさせてしまうカリスマ性は、
一見頼りがいがある分、その破壊力は凄まじいな、と思いました。
エポニーヌの死の後の第一声も、砦の夜明けでの言葉も、
あの瞬間に彼は違う選択をすることもできたと思うのです。
美しく滅ぶことではなく、無様に生きてもう一度未来に挑むこともできたはず。
でも、彼は何の迷いもなく、その選択を切り捨てた。
彼には、彼だけの天啓が聞こえていたのかなあ。
でも、それはもしかしたら、天使ではなく悪魔の声だったのかなあ・・・
そんな風に思いました。

あと初見だったのは、マダム・テナルディエの朴さん。
声優さんとしてはいろんなところで拝見していますが、女優さんとしては二回目、かな。
このマダム、昔はめちゃくちゃ持てたんだろうなあ、と思ってしまいました。
強かで、自分に正直で、でも、普通の人。
ファンテーヌとの類似と相違を、ちょっと深く考察してみたくなりました。
というか、この二人、もしかしたら昔は親友だったりしてないですか?(笑)
原作ではどういう扱いになっているのか、ちょっと気になりました。
歌声は・・・どうなんだろう、演技のインパクトが強すぎてあんまり印象に残ってないです。
すみません!

コゼットはこの日も小南さん。
やっぱり強くてしっかりしたお嬢さん。
そして、エポニーヌとの邂逅で、断片的にでも記憶を取り戻してると確信しました!(え)
ラストシーン、手紙を読みながら徐々に笑顔が戻って、
最後に「パパ、ありがとう」と呟いたのに、なんだかほっとしたなあ。

ガブローシュも二度目の臣くん。
やっぱりめちゃくちゃ男前でかっこよかったです!
リトル・コゼットの立花莉愛ちゃんは、歌声が素晴らしくv
めっちゃ可愛くて、バルジャンと笑い合う姿がほんとに微笑ましかったです。

あと、この日凄く印象に残ったのが、カフェのマスター。
盛り上がる若者たちの中で、時には一人静かに周りを警戒し、
時には一緒に盛り上がり、時には不安がる若者をなだめ・・・
めっちゃ細やかにいい仕事をされていました。
年上だけど彼らの仲間で、年上だからこその立ち位置をちゃんと見せてくれた感じ。
今更ですみません(^^;)
砦が落ちた時、マスターがどうなったのか見届けられなかったのが残念。
♪カフェ・ソング の時はいなかったから、生き延びたのかなあ。
次に観るときは、できればマスターの行く末にしっかり目を向けたいと思います。


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